《【電子書籍化】退屈王は婚約破棄を企てる》12.王は凍りつく
その後、話題は自然とアシャール王國のことに移った。
アシャール王國は、フェルベルク王國の西の隣接國の、さらに西方に位置する大國である。フェルベルク王國とアシャール王國との間に特別の同盟関係はないものの、その関係は概ね良好である。
アシャール王國の國土はフェルベルクの約5倍あり、しかもその大部分が沃な平野である。昔から農業大國として栄え、近年は海上貿易も盛んに行っている。経済力、軍事力はフェルベルクを大きく上回り、文化レベルでもフェルベルクを含む周辺國の一歩先を行く國である。
ロズリーヌはなかなか知りで、しかも話し上手だった。アシャール王國で流行のドレスや裝飾品、食べのことなど、王が興味を持ちそうな事柄を次々と語る。フローラのふとした疑問にも淀みなく答え、ちょっとした裏話や的なエピソードも織りぜる。
フローラも徐々に話に引き込まれ、それと同時に、沈みかけていた気持ちもしずつ浮上していった。
特にお菓子好きのフローラにとって、アシャール王國のお菓子事は興味深い話題だった。
「お菓子と言えば、フェルベルク王國では最近、次々に新しいチョコレート菓子が開発されておりますわね。フェルベルク王國のチョコレート菓子は、アシャールでも評判ですのよ」
「まぁ、本當に?」
「ええ。それに、チョコレート菓子を流行らせたのがフローラ第4王殿下だという話も有名ですわ」
フローラはい頃からお菓子が好きである。
お菓子好きの者の中には、気にったお菓子があればそればかり食べるという者もいるが、フローラはどちらかと言うと、々なお菓子を食べてみたい方だ。未知のお菓子を食べることは、もはやフローラの趣味の1つと言ってもいい。
王宮の料理人の作る菓子だけでは飽きたらず、3年ほど前からは、王都の菓子店やカフェからも取り寄せて食べるようになった。味しい菓子があると聞けば、高級店に限らず庶民向けの店からも取り寄せて食べてみる。特にお気にりのカフェには、時折お忍びで行くこともあった。さすがにこちらは、警備の都合で一部の高級店に限られるが。
また、フローラはお菓子を食べるだけでなく、その材料や作り方にも興味を持った。可能であれば、お菓子を作った者から直接話を聞いたりもする。実は自分でも作ってみたいとかに思っており、基本的なクッキーならば材料も手順も完璧に頭にっているのだが、殘念ながら王のでそれを実踐する機會はいまだなかった。
話題のお菓子があればすぐに取り寄せ、自らも店に足を運ぶとあって、フローラのお菓子好きは広く國民にも知られていた。元々、末姫として國民から親しまれている上に、店の格にこだわらずに関心を寄せることから、多くの菓子店やカフェから好意的にけ取られている。
そのフローラが最近特に好んで食べるのが、チョコレートを使ったお菓子である。それを知った王都の菓子店やカフェは、こぞって新しいチョコレート菓子の開発に力をれるようになった。その結果、様々なチョコレート菓子が生み出され、今や新たなフェルベルク名として近隣諸國に知られるまでになったのである。
これは全てフェルベルクの菓子職人達の努力の賜だとフローラは考えているが、自國の新たな名の誕生に多なりとも貢獻できたかと思うと、王として誇らしい気持ちになるのだった。
「わたくしの功績ではないけれど……フェルベルクのチョコレート菓子がアシャール王國にまで知られているなんて、嬉しいわ。でも、お菓子好きの王だなんて、なんだか子どものようで気恥ずかしいわね」
「あら、お菓子をするのに年齢など関係ありませんわ。わたくしももう18ですけれど、甘いものは大好きですのよ。そうですわ、フローラ様。よろしければ、フローラ様のお勧めのチョコレート菓子を教えて頂けませんか?」
「それならば……」
フローラは王都の菓子店を思い浮かべ、その中からお土産向きの日持ちのするものを2つほど上げる。
「それから、カフェ・ブルームのホットチョコレートも是非試して頂きたいわ」
「ホットチョコレート、ですか?」
ロズリーヌは意外そうに首を傾げる。フローラはにこりと頷いて見せた。
「確かにチョコレート菓子としては目新しいものではないわね。でも、チョコレートの風味を堪能するならばこれに勝るものはないと思うの。カフェ・ブルームのホットチョコレートは、それ自の甘さは控え目な中に季節の果を甘く煮たものがっていて、他とはちょっと違う味わいなのよ。それに、ホットチョコレートはお土産にはできないものでしょう? せっかくフェルベルクまでいらしたのだもの、フェルベルクでしか食べられないものを召し上がって頂きたいわ」
瞳を輝かせてフローラは語る。ロズリーヌに力説するに、自もカフェ・ブルームのホットチョコレートを飲みたくなってきたフローラだった。
カフェ・ブルームはフローラがお忍びで訪れる店の1つである。特にホットチョコレートは、秋から春までの季節限定メニューなので、この期間はホットチョコレート目當てに2ヶ月に1回くらいの頻度で訪れている。
(そろそろホットチョコレートのシーズンも終わりね。終わる前にもう1度行っておきたいわ。ユリウスもって……。きっとまた渋い顔をするのでしょうけど)
フローラがお忍びで王都を訪れる際には、都合がつけばユリウスも同行するのが常だった。
カフェ・ブルームにも何度も一緒に行ったことがある。ユリウスはいつも、フローラと同じホットチョコレートを注文するのだが、甘いものがあまり得意ではないらしく、いつも眉間に皺を寄せて黙々と飲み干すのだった。
(無理にわたくしに合わせずに、好きなものを注文すればいいと言っているのに。妙なところで頑固なのよね)
そう呆れつつも、ユリウスが自分の好みに付き合ってくれることを、し嬉しくもじているフローラである。
「ではこの滯在中に行ってみることに致します。フローラ様がそこまで絶賛されるなんて、楽しみですわ」
ホットチョコレートとユリウスに思いを馳せていたフローラは、ロズリーヌの聲でハッと現実に意識を戻した。
「ええ、ぜひお試しになって。……フェルベルク滯在中は、他にはどちらを回られるご予定なの? アシャール王國の方に楽しんで頂けるような場所があるかしら」
「ここ數日は王宮の中と王都を案して頂いているのですけど、明日からは王都の外にも足を延ばす予定ですの……」
ロズリーヌは、フェルベルク王國の數ない観地である湖のある町と、アクアマリンの採掘場がある町の名を挙げた。
「フェルベルク産のアクアマリンは本當に素晴らしいですわね。青くて明で……。その名のとおりしい海を寶石にしたようだと、アシャールの貴婦人にも好評ですのよ」
「そう言って頂けると嬉しいわ。でもわたくし、実はまだ本の海を見たことがないのよ。フェルベルク王國には海がないし、わたくしは國から出たことがないから」
「海がないフェルベルク王國で、どこよりもしいアクアマリンが採れるというのも、考えてみれば不思議な話ですわね」
「ええ、本當に。そういえば、アクアマリンと言えば……」
ふと、薔薇の夜會でロズリーヌがに著けていた見事なネックレスが脳裏に浮かんだ。
「先日の夜會で、アクアマリンのネックレスをに著けていらしたわよね。あれも、もしかしたらフェルベルク産かしら?」
「ええ、仰るとおりですわ。頂きなのですけれど、本當にしくて、見る度にうっとりしてしまいますわ。最近、夜會に出席するときはいつもあのネックレスですのよ。先日の夜會でも、真紅のドレスにはし合わないようにも思いましたけれど、どうしてもあのネックレスをに著けたくて……」
話を聞く、フローラは夜會でロズリーヌの姿にじた違和を思い出す。
あの真紅のドレスに、アクアマリンのネックレスは合っていなかった。厳に言うと、決して合わないわけではないのだが、もっと合うものが他にあるようにじたのだ。
それはフローラの気のせいではなく、ロズリーヌも自覚した上で、あえてのことだったらしい。
「そこまで気にっていらっしゃるなんて。頂きだと仰ったけれど、どなたからの贈りかしら?」
よほど大切な人から贈りなのだろう。そう思いながら、何の気なしに発した問いだった。
「ユリウス様ですわ」
「え?」
全く想定していなかった答えに、フローラの思考が止まる。ドクリ、と心臓が嫌な音を立てた。
ロズリーヌは艶やかな笑みを浮かべた。
「ユリウス様がアシャールにお持ち下さいましたの。留學中、我が家に滯在するお禮だと仰って。さすがフェルベルク王國の名門サヴォア公爵家のお選びになるものは素晴らしいと、父とも話を……」
うまく頭が回らない中、ロズリーヌの聲が次第に遠くなる。
かない頭と対照的に、心臓の鼓は早くなった。
(ユリウスが……ネックレスを贈った……ロズリーヌさんに……?)
それが何を意味するのか、フローラは咄嗟に考えをまとめることができない。
ただ、の奧をヒヤリと冷たい手ででつけられたような気がして、小さく震いしたのだった。
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