《【書籍6/1発売&コミカライズ配信中】辺境の貧乏伯爵に嫁ぐことになったので領地改革に勵みます》第23話 飛行訓練
「そろそろ結婚式のことも考えなくちゃね」
何度目かのセルジュの言葉に、アンジェリクは「やっぱり、しないとダメよね」と眉間に皺を寄せた。
今後の領地運営について図書室でセルジュと話し合っていた。今は休憩してお茶を飲んでいる。
「結婚式、したくないの?」
「そうではないけど……」
この場合の結婚式とは、いわゆる「貴族の結婚式」のことだ。
盛大なパーティーとちょっとしたパレードを行うのがふつうで、周りの人たちに結婚したことを知らせるのが目的である。
貴族の娘の多くは在學中に婚約を済ませ、學園を卒業するとすぐに結婚する。だから、夏から秋にかけてが結婚式のシーズンということになる。
秋祭りも過ぎてしまった今、時期を逃してしまったがはんぱなく、アンジェリクはすっかり億劫になっていた。
「ちゃんと、したほうがいいとは思うのよ。お父様も楽しみにしてらっしゃるし……。ただ、ああいう結婚式には、それなりの準備が必要でしょ?」
今はまだ、考えることが多すぎて、どうしても気持ちがそっちに向かない。
王の証文があり、指も換しているので、セルジュとアンジェリクは正式な夫婦だ。
結婚そのものは立している。
王都からは遠く離れてしまったし、今さら急いでも意味がないような気がした。
だいたい、今から準備したのでは、どんなに急いでも冬になってしまう。
ブールの冬は寒いらしい……。
「いっそ、來年の春まで延期しない?」
「それはまた、だいぶ先だね。でも、きみのことだから、いっそなしにしましょうと言いだしても不思議じゃない。一応、しようという気持ちがあるのを聞いて安心した」
「しなくていいなら、なしでもいいのよ?」
「したくないなら無理にしなくても、僕は構わないけど……」
セルジュが面とか世間とかを気にする人でなくてよかった、とつくづく思う。
ただ……。
アンジェリクは、しい夫の顔をしげしげと見た。
「なしでもいいかなとは思うけど……、したくないってわけでもないの……」
セルジュはいつものように優しく笑う。
「今は、領地のことで頭がいっぱいってことだね」
「そう」
「好きなようにしたらいい。甲斐なしと笑われても、僕は痛くもかゆくもない。事実だしね」
「セルジュったら」
本當の甲斐なしなら、こんなふうに大らかに構えてはくれない。
自分を大きく、立派に見せようとして、必死になって隠そうとする。見栄を張りたがる。
エルネストのように……。
心で呟いて、いけないいけないと首を振った。悪い例に、特定の誰かの名前を挙げるのは失禮だ。
「アンジェリク、し時間があったら、たまにはサリとラッセを見に行かない?」
「行く」
行きたいと思っていた。
このところずっと、街道の整備と橋の建設の優先順位を考えているが、図書室にこもってばかりいるので々息が詰まっていた。
セルジュと連れ立って城を出ると、木枯らしの寒さに首を竦めた。
十月ももう終わりだ。
ブールは本格的に冬の寒さをまとい始めている。
冬の降水量がないので大雪になることはないが、気溫は低いので降る時には雪になると聞いた。
大地も凍り始める。開墾団の人たちは、これからが大変だろう。できるだけ領地を回って、労をねぎらいたい。
ドラゴンの廄舎に行くと、エリクとジャンが出迎えてくれた。
サリとラッセの背に馬の鞍に似たものが取り付けられている。
「ちょうど飛行訓練に出るところです」
「サリたち、飛べるの?」
「もちろんですよ」
ドラゴンにとって、飛ぶのは歩くのと同じくらい自然なことだ。移するなら圧倒的に飛ぶほうが速い。
そして、飛ぶことが好きだと、セルジュもジャンもエリクも、嬉々として説明する。
みんなドラゴンが大好きなのだ。
「乗ってみるかい?」
「えっ?」
「サリなら、乗せてくれるよ。きみを友だちだと思ってるから」
「ラッセは? まだ私のことを好きじゃない?」
いいや、と首を振ってセルジュは笑った。
「むしろ気にってる。だから、乗せられない」
「どうして?」
「サリがやきもちを妬く」
え……? アンジェリクは目を見開く。
「僕も、妬く」
「もう、セルジュったら……」
「本気だよ」
「ドラゴンて、そんなに人と近い気持ちを持つものなの?」
「うん。賢いし、に厚い。警戒心が強くてなかなか懐かないけど、一度信頼した相手を裏切ることはないよ」
ジャンがサリの背に乗って廄舎を出てきた。
馬よりもはるかに高い場所にある鞍を見上げて、アンジェリクの背筋はし震えた。
(やっぱり、大きい)
薔薇の鱗がのに輝く。
「サリ、行こう」
ジャンの合図をけて、サリが翼を広げた。次の瞬間には大きながふわりと浮き上がり、あっという間に初冬の青い空に舞い上がる。
「すごい……!」
鳥のように小さくなったサリは、しばらく高いところを旋回し、それからゆっくりと降りてきた。
「どうする? 乗ってみる?」
セルジュに聞かれて、アンジェリクは慌てて首を振った。
馬にも乗るのがやっとなのに、とても乗れる気がしない。あんな高さから落ちたら、落馬どころの騒ぎではない。
死ぬ。
絶対死ぬ。
「私を落として、サリが責められたら可哀そうだもの」
「サリは落としたりしないよ」
「私が勝手に落ちるかも」
「そう簡単には落ちないけどね」
よく慣れたドラゴンほど安全な乗りはないとセルジュは言ったが、アンジェリクは頑なに「今日はやめておくわ」と斷った。
「いつでも乗りたくなったら言って」
言われて曖昧に頷く。
そんな日が來るだろうかと思いながら。
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