《【書籍化】盡くしたがりなうちの嫁についてデレてもいいか?》自信のない俺に勇気を與えてくれた(後編)
急いでケーキを鞄の中に隠そうとした。
でも慌てすぎて上手くいかない。
ああ、くそっ。
なんで引っかかるんだ。
ってやばい、ちょっと傾けてしまった……!
「湊人くん?」
扉の向こうからは不思議がっている聲が呼び掛けてくる。
これ以上待たせたら不審に思われる。
仕方なくケーキを背中の後ろに隠して、りこに返事をする。
「おかずもう溫めてもいいか聞こうと思って」
「あ、ああ、うん! お願いします……!」
「……湊人くん、何か隠してる?」
「な、何も!?」
「うそだぁ、ふふ、なあに?」
おどけたような態度で、ひょこっとりこが俺の後ろを覗き込もうとする。
「うわ、す、すとっぷ!」
必死に彼の視線から逃げようとを捻ったのがよくなかった。
弾みで俺の手の中から飛び出したケーキの箱が、べこっと音を立てて床に落ちる。
蓋が開くことはなかったけれど、殘念ながらケーキは箱の中で転倒してしまい、見るも無殘な姿になっている。
「ご、ごめんね……私がふざけたせいで……」
「い、いや、りこは悪くないよ」
ケーキを拾ったまま、立ち上がる気になれず座り込んでいると、りこがそばにやってきて俺の前にしゃがみ込んだ。
「潰れちゃった……。本當にごめんなさい」
「俺が隠そうとしたせいだから、気にしないで」
「……どうして隠したの?」
「……」
そうだ、しまった。
余計な行を取ったせいで、今更もう「自分のために買ってきた」とは言えない。
だってそれならわざわざ隠す必要なんてないんだから。
俺は深く息をついて、仕方なくお禮の代わりに買ってきたことを告白した。
「うそ……。私のために……」
「あっ、でもほら、今も言ったとおり、コンビニのケーキがお禮なんてありえないって気づいたから、これはなかったことにしてしいんだ」
「そんなの無理だよ。だって私、うれしいよ」
「……無理しなくていいって」
「無理なんてしてないよ」
「大丈夫、ちゃんとわかってるから。俺みたいなヤツじゃ、りこを喜ばせられないことぐらいわかってるんだ……。本當にしてもらうばっかりでごめん……。自分で自分がけない」
「そんなこと言わないで……!」
「……っ」
真っ直ぐに目を見て言われて、ビクッと肩が跳ねてしまった。
とても近くに彼がいる。
瞳の中に自分が映っているのがわかるくらい近くに。
揺して、逃げるように視線を逸らす。
その直後、突然、溫かい両手が俺の頬にれ、掬い上げるように顔を上げさせられた。
りこは俺の頬を包み込んだまま、目を合わせてきた。
驚きのあまり、息を呑む。
こんなふうにれられたこともそうだけれど、りこは俺よりずっと傷ついた顔をしていたから。
俺はそれがショックだったのだ。
なんで……そんな顔……。
俺の言葉がりこを傷つけた……?
だけど……俺は俺のことを否定しただけなのに……?
「私の気持ちから目をそらさないで……」
「りこ……」
「湊人くん、いつもご飯を作ると「味しいよ」って言ってくれるでしょ。それに私が家事をやると必ず「ありがとう」とか「すごい!」って言ってくれてるよ。小さな変化にすぐ気づいてくれて、いつもそれを言葉にしてくれる。そういうこと全部、簡単なことじゃないよ。湊人くんが思いやり深い気遣いの人だから、できることだと思うの」
何を言ってるんだ。
それは俺じゃなくてりこだ。
「りこにしてもらってることに対して、俺のお禮なんて何の価値もないって……」
「もう、やだ……っ。湊人くん、何もわかってない……! 君の言葉がどれだけ私を満たしてくれてるか……!」
「あ、すみません」
初めてりこに怒られた俺は、反的に謝ってしまった。
彼が並べた言葉を、言語として理解する余裕もない。
りこは俺のけない反応に呆れたのか、「……ずるい……」と呟いて、優しい顔つきに戻った。
「とにかくね、湊人くんは自分が思ってる以上に素敵な人なんだよ」
「だけど……」
「私の言葉、噓だと思う?」
「……いや、まさか」
「じゃあ信じて。湊人くんは素敵だよ」
「……っ」
りこがくれたその言葉は魔法のように俺の心に響いた。
俺はマイナス思考で、自分に自信のない気弱な男だけれど、憧れのの子がそんなダメ男のことを素敵だと言ってくれた。
自分の全部が好きじゃなかった俺の中に、唯一、肯定できる小さな希が生まれたような気分だ。
「……それにね湊人くん、本當はお禮の言葉とかそんなの全部なくてもいいんだよ。見返りがしくて、家事をやってるわけじゃないから。ただ私は、湊人くんの役に立ちたくて、しでも喜んでもらえればそれでよくて……」
「なんで……?」
素樸な疑問がわいてしまって、それをそのまま口にしたら、りこはびっくりしたように全を揺らした。
「あっ、あ、あの、そ、それは……そのぉ……」
今までとは打って変わって、彼がしどろもどろしはじめる。
どうしてそんなに揺しているのかもわからない。
「と、とととにかく湊人くんは何も気にせず、今までどおり私にいろんなことをさせてね……!」
「でもそれってどうして――」
「私……つ、盡くすのが大好きなの……!」
「えっ」
「盡くしたくて仕方なくて、盡くしてるときが一番幸せっていうか、つまりそういうことなの……っ」
「なるほど……。でも、それはそっか……」
ようやく彼が俺の面倒を見てくれることに対して納得がいったけれど、まさかりこが盡くすことによって喜びを覚えていたとは衝撃的すぎる。
そこでふと俺は、前にテレビで見た『ヒモ男にハマった蕓人特集』のことを思い出した。
彼たちはギャンブル狂いの男に貢ぎまくった話や、浮気の男の帰りを待ちながら毎日ごはんを用意していた話を愚癡った後、なぜか「それでも好きだから、つい盡くしちゃうんだよねえ」と惚気ていた。
……大丈夫かな、りこ。
彼たちと同じルートにりかねない気がするんだけど……。
「……りこの趣向を否定する気は全然ないんだけど、悪い男にだけは引っかからないよう気をつけてね。世の中にはそういう優しさに付け込むようなヤツもいるみたいだからさ」
本気で心配してそう伝えたら、りこは目を真ん丸にしたあと、クスクス笑いはじめた。
「それは湊人くんが悪い男の人ってこと?」
「え!? 俺!? いやいや、俺はそんなじゃないから……!」
を騙したり、良いように利用したりなんてできるわけがない。
したくもないし……。
「それじゃあ私が悪い男の人に騙されることはないよ」
何が『それじゃあ』なのかわからないまま、「本當に?」と聞き返したら、りこは勢いよく首を縦に振って「本當に」と返してくれた。
「そ、そか」
りこが不幸せになるところなんて絶対に見たくないから、彼がきっぱりとそう言ってくれたことで、俺はすごくホッとした。
◇◇◇
それから、りこが箱の中で崩れてしまったケーキをキレイにお皿に移し替えてくれたので、彼の淹れてくれた紅茶と一緒に二人で食べた。
ケーキはやっぱりコンビニで買ってきた味がした。
でもりこはずっとニコニコしている。
しかも、ケーキを頬張りながら、小さな聲でこう言ってくれた。
「湊人くん……私、今すごく幸せだよ……?」
その瞬間、口の中のイチゴの味が何萬倍にも甘くなった気がした。
噛みしめるように幸せだと言うほど、りこがケーキを好きだったとは知らなかったけれど、やっぱり買ってきてよかった。
今度は勇気を出してケーキ屋の扉を潛ってみよう。
大船駅の目の前にあるあのこじゃれたケーキ屋。
味がいいと評判なのは知っている。
ただいつ見ても店は客だらけで、そこにっていく勇気はなく毎回足早に通り過ぎていた。
それでも、りこのためなら買いに行ける気がした。
りこが俺という人間を真っ直ぐ肯定してくれたから……。
そのおかげで俺は多分しだけ強い人間になれたのだと思う。
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