《【書籍化】盡くしたがりなうちの嫁についてデレてもいいか?》りこ5歳、湊人5歳
一どういうことなんだろう。
なんで子供の頃の俺とりこが同じ寫真に寫っているんだ……?
俺たちは出中學も違うし、高校生になるまで會ったことがないはずなのに。
信じられない気持ちで、再び寫真の中のりこを見る。
――わたし、おともだちいないから……。
――なんで? オレがともだちじゃん。
――え……。おともだちになってくれるの?
――なってくれるじゃなくて、もうともだちなんだって! だって、お砂でおしろ作っただろ。いっしょにあそんだら、ともだちになったってことだよ!
「……!」
……ちょっと待った。
今、一瞬何かを思い出しかけた……?
記憶の底のほうに眠っていた思い出が、微かにじろぎしたような覚がして、俺の気持ちは一層ざわついた。
「湊人くん? 急に、黙り込んでどうしたの?」
「あ、うん、あのさ、俺とりこってもしかして――……」
首を傾げているりこに問い掛けようとしたところでハッとなる。
だって、さっきりこは何て言っていた?
稚園生だった頃の唯一の友だちで、初の相手……。
りこのその言葉と先ほど自分の脳裏を蘇ったやりとり。
もし、その二つが繋がるとしたら、とんでもない事態になるんじゃ……。
「……っ。りこ、ごめん! 考えたいことがあるから今日はもう部屋に戻るね……!」
「え!?」
「ほんとごめん! おやすみ!」
「あ、はい、おやすみなさい?」
不思議そうな顔できょとんとしているりこをリビングに殘し、慌てて自室に駆け込む。
部屋の扉を閉めた俺は、そこに寄りかかったまま重いため息を吐いた。
「……とにかく一旦頭を整理しよう」
すうはあと深呼吸を繰り返し、自分を落ち著かせる。
中二以前の過去のことは、もう長らく振り返っていない。
俺にとってはそれは完全に黒歴史で、できることなら掘り起こしたくない記憶なのだ。
中二のとき、自分がどれだけ図々しく人に接していたかを思い知った俺は、それ以降、他者に対する態度をガラリと変えたのだった。
誰彼構わず話しかけることもなくなったし、し會話をわしただけで友達とみなしてしまう悪癖も改めた。
言葉を口にする前に、それで相手が不愉快にならないかを考えるようになったし、その結果、極端に口數のないやつになった。
逆に言うと、変化する前の俺は、まったく人見知りをしない無神経なやつで、無邪気な馬鹿さで誰彼構わずベラベラと話しかけまくっていたのだ。
今と比較すると、ほとんど別人だって自分でも思う。
結局、暗すぎて別の意味で人に好かれなくはなったけれど……。
以前に比べて存在が薄い分、他人を不愉快にさせる頻度は減ったはずだと信じたい。
だから、昔のことを思い出すのは、俺にとってすごく気力がいるのだった。
でも、そんなことを言っている場合じゃない。
記憶を呼び覚ますため、義父が送ってくれた寫真を見ていく。
先ほどの砂場で撮影されたものだけでなく、その前に屆いていた寫真にも目を通す。
「はぁ……。子供の頃のりこもめちゃくちゃかわいいな……」
頬がぷくぷくしていて、まるで小のようだ。
勝手に顔の筋が抜けていく。
「って、そうじゃなくて!!」
うっかり別の方向に行きかけた意識を慌てて戻す。
「集中集中」
獨り言を言いながら、最初に屆いた寫真を開いた時、俺は思わず「あっ」と聲を上げた。
そこに寫っているのは、顔をくしゃくしゃにして泣いているりこの姿だった。
著ている白いワンピースにケチャップが跳ねてしまっているから、おそらくはそれが原因で泣いているのだろう。
でも肝心なのはそこではなかった。
りこの泣き顔。
それが引き金となって、眠っていた期の記憶が雪崩のように押し寄せてきた――。
◇◇◇
「ねえ、おしろつくってるの?」
「……」
「オレもいっしょにやーろうっと」
「……!」
「そのシャベルかして」
「……」
「ありがと。オレが王様で、こっちの塔をつくるから。えっと……ねえ、名前なんていうの?」
「……」
「名前ないの?」
「……」
「名前わかんないとお姫様にしてあげられないよ。教えてよ」
「……リ、リコ……」
「え! なにそのしゃべりかた!」
「……っ」
「かっけえええ! いいなあ! おれもそんなふうにしゃべりたい!」
「えっ」
「はい、リコちゃん。俺のカップかしてあげる。これにお砂れてひっくり返すとちっちゃい塔になるよ」
「う、うん。……あ、あの……私しゃべりかた変じゃない……?」
「めちゃかっこいいよ」
「……ありがと……。……わ、わたしもおなまえ知りたい……」
「オレ、みなと!」
「みなとくん……」
「うん!」
「えへへ、みなとくん……。ありがとう……」
「なんでありがとう?」
「うれしかったから……」
「ふーん? よくわかんないけど、うれしいならよかった! ねえ、りこちゃん。なんでいつもひとりでいるの?」
「それは――」
◇◇◇
「……」
――そうだった。
りこは俺の通っていた稚園に転園してきたの子で、毎日ひとりでぽつんと遊んでいたのだ。
當時の俺は稚園に通う子たちはすべて友達だと錯覚していたから、りこに対しても無遠慮に話しかけ、許可を取ることもなく一緒に遊びはじめたのだった。
なんでこんなに鮮明に思い出せるのか。
それは、俺が「ともだちだ」と言った瞬間、りこがワッと泣き出したから。
まさかそんな反応が返ってくるなんて想像もしていなかったから、子供心にかなりショックをけたのだった。
そのあと悲しいから泣いているんじゃないとわかって、心底ホッとしたことまで覚えている。
「あれ……。でも、そのあと俺たちはどうなったんだ……?」
役立たずな記憶はそこから曖昧になってしまい、いくら考えてみても真実に辿り著けなかった。
まあ、知りたい部分はなんとか思い出せたし、とりあえずはよしとしよう。
「……稚園の時、りこと俺は友達だったんだよな。ということは……」
うっすらと思い描いていた可能の線が繋がっていく。
りこと俺は友達だった。
稚園の頃、りこには友達が俺一人しかいなかった。
そして、りこの初の相手は、稚園の時の友達だという。
そこから編み出される答えは――。
「……俺ってりこの初の相手ってことになるの、か……?」
ちょっと想像しただけで、心臓の辺りが破裂しそうなくらいが高鳴った。
「いやいやいや、ええっ!? う、うそだろ……」
だって、そんな……。
全然、現実味がないけど、もし本當にりこの初が俺なら、幸せすぎて死ねる。
昔の自分の格は俺にとってずっと黒歴史のようなものだったのに、りこはあの俺がよかったのだろうか?
なんだか価値観が百八十度変わってしまいそうだ。
りこはこのことに気づいているのかな……?
……でも、もしわかっていたら、本人に向かって初だったなんて言わないか?
普通、そんなふうに言ったら相手を意識させることになるし。
りこが気づいていなかった場合、初の相手が俺だと知ったらどんなふうに思うだろう。
初の相手がこんな男に長していてがっかりするかな。
懐かしさから、今より俺の存在を近にじてくれるようになったりしないかな。
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