《【書籍化】誤解された『代わりの魔』は、國王から最初のと最後のを捧げられる》10 王妃の闘 3
「王妃陛下、今日は日差しが強うございます。よければ、木にて作業いただけないでしょうか」
―――その日、私はバドを肩の上に乗せながら、城の裏手にある庭で刺繍をしていた。
裏庭から見える風景をハンカチに刺したくて、ここ數日、時間を見つけてはこの場所に來ているのだけれど、確かに今日はいつになく日差しが強い。
護衛騎士から提案をけた私は、申し訳なさそうに騎士を見上げた。
「ご心配をお掛けして申し訳ないわ。でもね、私は意外と丈夫なのよ。日差しを浴びたくらいで倒れたりしないわ。それに、場所を変えたら見える景が異なってくるから、刺繍に刺す景が事実と異なってしまうわ。……ええと、2時間。2時間経ったら止めるから。……いえ、1時間かしら。……やっぱり、50分?」
私の返事に騎士が渋い顔をしたので、仕方なくしずつ妥協する。
私は時々寢込むことがあるため、皆からが弱いと思われているようだ。
本當は虛弱質でないのだけれど、魔であることを明かさずに寢込む理由を説明することは難しく、心配を掛けることも本意でないため、ここは譲るしかないと、滯在予定時間をどんどん短くしていく。
すると、50分と答えたところで、やっと騎士から頷いてもらえた。
「ありがとう、バルナバ!」
嬉しくなって、笑顔で護衛騎士にお禮を言うと、後ろで低い咳払いが聞こえた。
驚いて振り返ると、立派なひげを蓄えた40代の騎士が立っていた。
「まあ、ビアージョ騎士団総長! お勤めご苦労様」
顔立ちは異なるけれど、母國にいるお父様と似た雰囲気を持つ騎士団のトップを見つけた私は、刺繍道をその場に置くと、笑顔で駆け寄った。
ビアージョ騎士団総長は、「何とお転婆なお妃さまだ! ドレスの裾をひるがえして駆け寄られるなんて」としかつめらしく発言したけれど、瞳の奧は笑っていた。
それから、私の上に可らしいパラソルを差し出す。
「ルピア様が護衛騎士の言うこと聞かないことは理解しました。さすれば、この爺めが、ルピア様が刺繍を刺される間は、日傘を差し続けることに致しましょう」
「えっ!」
「ですから、爺の腕が疲れる前に、刺繍を止めていただきますよう」
悪戯っ子のような表でおかしな提案をしてきた騎士団総長の太い腕に視線をやると、私はぱちぱちと瞬きをする。
「……ええと、ビアージョ総長、あなたの筋と私の力を比べたら、間違いなく私の方が先に疲れてしまうわよ」
そう答えると、肩の上のバドが同意するかのように尾をぴこぴことかした。
バドは今日も、リスに絶賛擬態中だ。
その頑固さに心の中でため息をつきながらも、忙しいビアージョ総長に迷を掛けるわけにはいかないのだから、今は総長を何とかしないといけないわと、慌てて言葉を続ける。
「私はお転婆かもしれないけれど、約束を守る妃なのよ。バルナバと約束をしたから、今日はあと50分で刺繍を止めるわ」
「素晴らしいことですね。では、爺めが50分間傘を差すとしましょうか」
総長があくまで傘を差すと言い張ったため、ぎょっとして見上げる。
「い、いえ、騎士団総長にそのようなことをさせられないわ! それにね、私は意外と丈夫なのよ」
先ほど護衛騎士に言った言葉を繰り返してみたけれど、今回もスルーされる。
ビアージョ総長は私を元いた位置に案すると、先ほどまで座っていた椅子に同じように座らせ、隣に立って傘を差し出してきた。
「ここだけの話、私は時々ぼんやりとしたくなる時があるのですよ。正に今がその時でして、王妃陛下に傘を差すという仕事は適役ですな」
間違いなくそんなはずないのに、傘を差す理由まで考えてくれた総長に謝を覚える。
「ありがとう、総長。私の我儘に付き合ってくれて謝するわ」
騎士団総長に時間を使わせていることを考えると、どうしてもこの場所から見える風景を刺繍したいと言い張ったことが、今となっては子どもっぽいことに思われてくる。
けれど、私の言葉を聞いた総長は、不同意を表すために片方の眉を上げた。
「國王陛下の大事な場所を刺繍に収めることが『我儘』にるのでしたら、その『我儘』は非常に尊重されるべきことですな」
「えっ!」
私の行を見かすような発言をさらりとされたため、びっくりしてが跳ねる。
目を丸くして総長を見つめていると、彼はごとを話すかのように聲を潛めた。
「私は若い頃、陛下の護衛騎士をしておりました。陛下がまだお小さかった頃に悲しいこと、悔しいことがあると、必ずこの場所に來られていました。そして、まさにルピア様がいらっしゃる場所に立って、この風景を眺めていたのです」
「ビ、ビ、ビアージョ騎士団総長……」
私はしどろもどろになって、総長の名前を呼んだ。
な、何としたことかしら。全てお見通しだったなんて。
―――私はい頃から、夢の形でフェリクス様の行を見ていた。
そのため、この場所がい彼にとって大事な場所だったことを知っていた。
彼が長じてからは訪れなくなったため、既に卒業した場所かもしれないけれど、私にとってはい彼を守ってくれた大事な場所なので、この景を正しく刺繍に収めたかったのだ。こっそりと。
「ええと、その、総長、これは……」
この場所で刺繍をするのは3回目だけれど、そして、毎回どういうわけか総長が通りかかっていたのだけれど、これまでは世間話をするだけだったので、まさか意味がある場所だと知られているとは思わなかった。
そのため、揺した私はあわあわと意味のない言葉を発する。
なぜなら魔であることを伝えられない以上、上手く説明できる言葉を持っていなかったからだ。
すると、総長は安心させるかのように微笑んだ。
「ルピア様、私はあなた様にお禮を言いたいのです」
「えっ、お禮?」
「大國の姫君が嫁いで來られると聞いた時、正直ルピア様のように陛下のことを思ってくださる方だとは考えてもいませんでした。料理長から聞きましたが、ルピア様は前料理長に師事され、陛下がお好きだった料理の味を再現されたそうですね。ここからは私の推測ですが、ルピア様は前料理長以外にも、この王宮で働いていた者を母國で雇用され、様々なことを聞き取られたのではないでしょうか?」
「えっ!」
「そして、國王陛下を大事にすることにその報を使っていらっしゃる。……そうだとしたら、私たちの大事な陛下を大事にしていただくことに、謝しかありません」
「…………」
本當は夢で覗き見していたのだけれど、上手い合に誤解してくれたので沈黙を守ることにする。
フェリクス様を大事に思っていることと、フェリクス様が大事にしていた場所を大事に思っていることは當たっているので、許される範囲だろう。きっと。
ちらりと見上げると、ビアージョ総長の優しい眼差しと視線が合った。
これほど好意的に解釈してくれる騎士団総長に対し、全てを正直に話せないことは心苦しく思われ、がずきずきする。
そのため、話せることは正直に話そうと口を開いた。
「この國では、妻から刺繍されたハンカチを、夫がに著ける習慣があると聞いたわ。今のフェリクス様はこの場所のことを忘れているかもしれないけれど、い彼を元気付けてくれた場所だから、この場所を刺繍したハンカチをお守り代わりに持ってもらうことで、しはご利益があるかもしれないと思って……」
口にしたことで、何の拠もないおまじないの類だわと気付き、いつだって実質的利益のために行している騎士の前で、私は一何を言っているのかしらと気恥ずかしくなる。
けれど、うつむいた私の頭上に、総長の優しい聲が降ってきた。
「私もご利益があると思いますよ」
「……ありがとう」
私はうつむいたまま総長にお禮を言うと、顔を上げた。
すると、かけてくれた言葉と同じくらい優しい表をした総長が目にった。
……本當に、ビアージョ騎士団総長は優しいわね。
私は心がほっこりと溫かくなるのをじながら軽く頭を下げると、刺繍の続きに戻った。
優しい沈黙の中、私は黙々と手をかして刺繍に集中する。
そんな私の上にビアージョ騎士団総長は傘を差し続けてくれ、護衛騎士のバルナバは「そんな場所だったとは!」と驚いたように何度も呟いていた。
―――それから2週間後、やっと刺繍が完した。
そのため、夜にフェリクス様が私の部屋を訪れた際、勇気を出してハンカチを差し出す。
「フェリクス様、し、刺繍りのハンカチです! よかったら使ってください」
張のため、思わず止されている敬語が出てしまう。
けれど、フェリクス様はそのことにれることなく、笑顔でハンカチをけ取ってくれた。
「ありがとう、ルピア! とても見事な刺繍だね!! ……だが、実は君が刺繍を刺していることは、報告をけていてね」
それから、彼はし困ったように眉を下げると、言葉を続けた。
「刺繍をするためにを壊しては、元も子もないよ。日差しが強かったり、風が冷たかったりする日があっても君は無茶をするようだから、今後は戸外で刺繍をするのは止めてほしい。私はこの1枚で十分だ。大事に使わせてもらうから」
「……はい」
私はフェリクス様をずっと見てきたから、彼の表から大のを読み取れる。
彼のは口にした通りで、ハンカチをもらったことは嬉しいけれど、これ以上私に無理をさせたくないと思っているようだった。
そのため、ここは大人しく従うことにする。
なぜならフェリクス様は刺繍りハンカチを嬉しそうにけ取ってくれ、大事に使うと約束してくれたので、それ以上をむのは贅沢だと思われたからだ。
「フェリクス様、け取ってくれてありがとうございます!」
「……そこはお禮を言う場面ではないだろう。だったら、私は『ハンカチをけ取ったことを喜んでくれてありがとう』と答えて、このお禮合戦は永遠に終わらないよ」
「えっ、そ、そうですね!」
気付かなかったわ、と思った私は困ったように彼を見つめ、……悪戯っ子のような表の彼と目が合った途端、2人で吹き出してしまう。
「……ルピア、君は事を楽しくする天才だね」
「まあ、だったら、フェリクス様は誰をも幸せにする天才だわ!」
そう言い合うと、2人でまた笑い合った。
その日から、彼のポケットにはかなりの頻度で私が贈ったハンカチが飾られるようになった。
そのハンカチを見る度に私は笑顔になり、そして、フェリクス様も笑顔になるのだった。
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