《【書籍化】誤解された『代わりの魔』は、國王から最初のと最後のを捧げられる》35 誤解 8
「分かりました! 必ず本日中に國王陛下とお目通りが葉いますよう、お約束を取り付けてまいります。ですが、陛下のお戻りは夕方の予定です。今はまだお晝前の時間ですし、ルピア様は倒れそうな顔をされていますので、しでも調をお戻しになられるよう休息を取られてください」
確かに気分が悪く、このままでは話の途中で倒れてしまいそうに思われたため、ミレナの提案をけれる。
私は長椅子に深く腰掛けると目を瞑り、フェリクス様の予定を思い出そうとした。
……確か、今日の予定は、午後から王都中央區で行われる収穫祭に出席されるのだったわ。
『虹の神』にかかわるお祝いのため、『虹の乙』であるアナイスも同席する予定のはずだ。
目を瞑ったままでいると、どうしても2人が仲睦まじい様子で式典の席に並んでいる姿が浮かんでくる。
そのため、無理矢理目を開くと、ミレナから心配そうに見つめられた。
彼の心配をありがたいと思いながらも、返事をする元気がなかったので、小さく頷いて大丈夫な旨を伝えると、そのままの姿勢でぐったりする。
どれくらいの時間、そうしていたのだろうか。
しばらくすると、しばかり調が戻ったことを自覚できたため、を起こす。
そして、先ほどからずっと考えていたアイディアを、もう一度見つめ直してみた。
―――私の希は、フェリクス様の誤解を解いて、側妃の話を考え直してもらうことに盡きる。
そのため、彼に1つの提案をしてはどうかと考えていた。
フェリクス様が側妃を娶ると決意された一番の理由は、恐らく私が別の男の子どもを籠ったと信じているせいだろう。
何の証拠も示せない私の手紙だけでは、私が魔であることを信じることができなかったに違いない。
そのため、母國からの証言者が到著するまで、側妃の話を待ってもらうよう頼んでみよう。
フェリクス様はきっと、私の願いを聞き屆けてくださるはずだ。
―――そう考えた正にその瞬間、王宮の外がざわついていることに気が付いた。
何事かしらと耳をそばだてていると、騒音はどんどん大きくなっていき、大勢の者が聲高に怒鳴り散らしている聲が聞こえる。
多くの足音が響き、興したび聲が飛びう常ならざる事態に、不穏なものをじていると、騎士の一人が部屋に飛び込んできた。
「國王陛下が毒蜘蛛に嚙まれました!」
「えっ?」
私は反的に立ち上がると、部屋を飛び出した。
そんな私の後を、ミレナが慌ててついてくる。
「ルピア様、走るのはお止めください! お腹にお子様がいらっしゃいますから、どうか、どうか!!」
ミレナの聲にはっとして早歩きに代えると、私たちに付き従う騎士が狀況を説明してくれた。
「収穫祭の式典が始まってすぐ、陛下が國民から麥の穂をけ取る場面があったのですが、その際に陛下目掛けて十數匹もの毒蜘蛛が投げ込まれたのです。その蜘蛛は、隣國ゴニア王國に生息する種類で、の一部を失うと、狂暴化して見境なく噛みつく習を持っています。発見されたものは、全て足が一本ずつもがれていましたので、作為的に陛下を襲わせたものと考えられます」
「ゴニア王國の仕業なのですか!?」
ミレナが驚いたような聲を出す。
けれど、騎士は分からないと首を橫に振った。
「現時點では、ゴニア王國の仕業かどうかは不明です。実行者は全て捕らえましたので、調査はこれからになります。ただ、使用された蜘蛛は猛毒を持っており……陛下を庇った騎士たちは、複數箇所を噛まれていたこともあり、王宮まで保ちませんでした」
騎士がわざわざ告げたということは、私に覚悟をしろということなのだろうか。
私の考えを肯定するかのように、騎士が張した様子で続ける。
「陛下が噛まれたのは一か所ですが、この毒には特効薬がありません。そのため、この毒蜘蛛に噛まれて生き延びた者は、これまでおりません」
話を聞き終わった途端、私は駆け出していた。
ミレナが制止の聲を上げたけれど、止まれるはずもない。
行き著いたのは、王宮のり口近くにある客間だった。
恐らく、フェリクス様の寢室は遠すぎると判斷した者たちによって、この部屋に運び込まれたのだろう。
一歩踏みった先は、阿鼻喚の巷と化していた。
多くの大臣や貴族たちが髪を振りし、腕を付き上げながら大聲でんでいる。
彼らの発言の半分は隣國ゴニア王國への報復を宣言する聲で、殘り半分は次の王としてハーラルトをむ聲だった。
誰もがフェリクス様の死を確信し、彼の死後について話を始めている。
そんな人々をかき分けて進んだ部屋の奧には長椅子が設置してあり、意識がない様子のフェリクス様が橫たわっていた。
彼の周りにいるのは、3人の人だった。
一人はギルベルト宰相で、真っ青な顔で長椅子の前に跪き、同じ言葉を繰り返している。
「フェリクス王、フェリクス王! どうかお目覚め下さい!」
フェリクス様の足元には、同じく顔を失ったビアージョ騎士団総長が立っており、無言でフェリクス様を見下ろしていた。
両手の拳は固く握りしめられ、が出るほどにを噛みしめている。
そして、最後の一人はアナイスで、フェリクス様に覆いかぶさるようにして涙を流し、彼に別れの言葉を呟いていた。
なぜだかその景を見た瞬間、『この場には彼に必要な人が全て揃っているわ』と、すとんと現狀をけれる気持ちになった。
フェリクス様の一の文と、一の武。
そして、虹の乙。
ギルベルト宰相とビアージョ騎士団総長は、どちらもフェリクス様が生まれた時から彼を支え、彼のためになるようにと全てを整えてきた人だ。
この2人にあるのはフェリクス様への純粋な敬で、私利なく行していることは私にも分かっている。
その2人が、―――ものすごく有能で、それぞれ文と武のトップに上り詰めた2人がともに、フェリクス様の妃にアナイスが相応しいと判斷したのだ。
だとしたら、その判斷は正しいのだろう。
彼の側に私だけがいたいというのは、私の心から出る我儘なのだろう。
でも……と、私は心の中で獨り言ちる。
それほどの思いがないと、彼の『代わり』はできはしないのよ、と。
ものすごく痛くて、苦しくて、大事な人たちから何年も置いて行かれる行為なのだから、全てを引き換えにしてもいいと思えるほどの強い思いを抱かない限り、私の魔法は使えないのだ。
だから、―――誰よりも大事な彼のために、『代わり』の魔法を行使しよう。
そして、―――彼の邪魔になるくらいならば、これで最後にしよう。
フェリクス様は優しくて、私がいる限り私を優先してくれるから。
けれど、彼はアナイスとも仲が良い様子だから、私がいなければ彼に優しくするのだろうから。
―――私はやっと、自分の置かれた狀況を正しく見つめることができた。
そして、もう十分に、フェリクス様から優しくしてもらったのだと理解した。
私は彼から多くのものを與えられたし、幸せだったわ。
葉わなかったのは、彼の「たった一人」になること―――それだけだ。
もしかしたら、もうし時間を掛ければ、彼の気持ちは変わったかもしれない。
バドが戻ってきて説明してくれたら、母國から証言者が到著したら、彼を説得できたかもしれない。
でも、私がほしいものは、それではないのだ。
彼の代わりとなるべき時に、私にとって彼がどれだけ大事な存在かを改めて理解したことで、私は気が付いた。
―――突然、フェリクス様から『頭に角が生えた』と言われても、私は信じるだろう。
―――拠を示されることなく、フェリクス様から『私は明日全ての記憶を失う』と言われても、私は信じるだろう。
私にとって、彼への思いはそのようなものだった。
分かっている。
フェリクス様が送ってきた人生は私のそれと全く異なるもので、常識を重んじる度合いや、に関する考え方、立場に伴う責任の重さに差異があることを。
そのため、私と同じ思いを持てるはずもないということを。
だからこそ、……彼はアナイスを側妃にすると決めたのだ。
いえ、まだ彼から直接説明されていないので、事実でないのかもしれないけれど。
いずれにせよ……私がこのまま消えたとしても、彼の世界は回るだろう。
私が側にいれば、彼は私に優しくし、立場を整えてくれるけれど、私がいなくても彼の世界は正しく回っていくのだ。
ギルベルト宰相とビアージョ騎士団総長に支えられ、アナイスの手を取りながら。
―――好きで、好きで、大好きで。
この人には傷一つ、苦しみ一つ與えたくないという思い。
その気持ちで、私は彼と向き合った。
だから、同じ気持ちがほしいとむのは、夢見がちな「代わりの魔」の悪い特だろう。
私は彼に、できないことをんだのだから。
真っすぐにフェリクス様のもとに歩み寄っていくと、私に気付いた者たちが道を空けてくれた。
そのまま歩み続け、フェリクス様のもとで立ち止まると、ギルベルト宰相、ビアージョ騎士団総長、アナイスの3人が、はっとしたように一歩下がった。
宰相は餅をついたような勢で、真っ青な顔を上げる。
「ルピア妃、王は……、王に……」
けれど、間近でフェリクス様を目にした私には、宰相の言葉を最後まで聞く余裕はなかった。
なぜならフェリクス様の全はどす黒く変しており、一刻の猶予もないと悟ったからだ。
私が彼の両頬に手を掛けると、それが合図でもあったかのように、魔法陣が展開され始める。
失われた古代の文字が、まるで模様のように出現し、円陣を描くように形されていく。
けれど、バドの力を借りることができないため、円陣はきらきらと煌めきながら足元に展開するだけで、フェリクス様を立的に包み込むことはできなかった。
―――大丈夫。バドがいないとしても、私は最善を盡くすし、彼を救えるわ。
私はまっすぐフェリクス様を見つめると、魔の言葉で宣言する。
「古(いにしえ)の契約を執行する時間よ!
代わりの魔、ルピア・スターリングが贄(にえ)となりましょう!
不足は認めないわ!
フェリクス・スターリングの毒よ、一切合切(いっさいがっさい)躊躇(ちゅうちょ)することなく、私に移りなさい!!」
それから、まるで彼の毒を吸い込むように口付けた。
―――足元で輝く魔法陣は、離れた場所にいた者たちには見えなかったのだろう。
そのため、突然訳の分からない言葉を発しながらフェリクス様に口付けた私を見て、多くの者は私が奇行に走ったと思ったようだ。
そのことを証するように、突然、まるで水を打ったように部屋がしんと靜まり返る。
耳に痛いほどの靜寂の中、フェリクス様の荒い呼吸音だけが響いた。
けれど、彼の呼吸音がみるみるうちに靜かになっていき―――誰もが、彼の呼吸が止まったのだと、王の死を確信した瞬間―――フェリクス様はゆっくりと目を開けた。
「え……?」
「……なっ!?」
その場にいた全員が、―――騎士も、大臣も、貴族も、侍醫も、誰もかれもが、まるで死人を見るような表を浮かべ、直してフェリクス様を凝視する。
誰一人として聲一つ発することができない中、フェリクス様は橫たわっていた長椅子から靜かに上半を起こした。
そんな彼の姿を見て、……このわずかな時間で、普段通りの顔に戻った彼を見て、私の顔に微笑みが零れる。
……ああ、よかった。
フェリクス様は無事だわ。
だから、……私は休んでもいいわよね。
代わりで引きけた苦しさと、全ての仕事を終えた後のような疲れが、一気に押し寄せてくる。
―――さようなら、フェリクス様。
『好きで、好きで、大好きで。
この人には傷一つ、苦しみ一つ與えたくないという思い』
この気持ちには、怪我や病気の苦しみだけでなく、彼が思い悩むことからも解放したいという思いも含まれているから。
だから―――私から、解放してあげる。
そう決意した瞬間、息苦しさとともに、強い眠気が襲ってくる。
「ルピ……」
誰かに名前を呼ばれたと思った途端、私のはぐらりと崩れたようで、い腕に抱き留められた。
「……ルピア?」
まるでしいものを呼ぶような聲で、フェリクス様に呼ばれたように思ったけれど……意識が朦朧としていたので、聞きたいものを聞いたのだろう。
―――私はそのまま、真っ暗な世界に呑み込まれていった。
読んでいただきありがとうございました! 一區切りついたかなと思います。
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