《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第二話:ES適合者
自分のが“組み変わる”覚。
まるで、別の“何か”に生まれ変わるような、奇妙な覚。
心臓を中心に全に熱が広がり、次いで、指先から凍っていくような覚。
手の先、足の先から、しずつが自分のものではなくなる覚。
それが一、どれほど続いただろうか。博孝は夢のような、それでいて現実と認識できる奇妙な心境のまま、自分のに起こる不思議な覚をさせられる。をかそうにも指一本かず、目を開くこともできない。
一秒か、一分か、一時間か、一日か、一週間か、一ヶ月か、一年か。
時間が経ったようにも、経ってないようにもじられ、博孝の中の時間に対する覚が狂っていく。
(なんだ……これ……)
思考も緩慢で、心中で小さく呟くだけでも億劫だ。
今自分がどんな勢でいるのかもわからない。そもそも生きているのかすら、不明だった。思考ができるということは生きていることだと思ったが、さすがに死んだことがないので、死んでいないとも言えない。
それでも博孝が揺(たゆた)うような意識の中で思考していると、不意にが楽になっていく。
指先からが通っていくような溫かい覚を覚え、徐々に意識が覚醒していくのをじた。
「んん…………」
寢起きのような聲で口かられ、ゆっくりと瞼を開き―――そこで博孝は、寢起きの頭を直させた。
目を開けてみれば、自分の周囲に複數の男が立っている。それもやけに殺気立ったような、鬼気迫る表だった。
「……え? ……あれ?」
思考が凍ったままで、なんとか言葉を口にしようとする。すると、周囲にいた男は表を緩めた。
「やっと起きたか」
「“オリジナル”に適合した子は久しぶりだったから、心配したわ」
「でも、峠は越したようですね……力も安定しているようですし、問題はなさそうですね。これなら來期の訓練校にも間に合うでしょう」
「來期は“あの方”のお孫さんもいるんだろ? 中々作そうじゃないか」
周囲にいた男―――合計で四人ほどいたが、それぞれ気軽に會話を始める。博孝はようやく頭がき始め、なんとか口を開いた。
「……あの、すいません」
「あら、なにかしら?」
博孝の聲に、一番若そうなが答える。年は二十歳に屆くかどうか、と博孝はを見ながら思った。
「こ、ここは?」
「ここ? ES保管施設に備え付けられている……そうね、あなたにもわかるように言えば、“保健室”よ」
「はぁ、保健室……」
言われて周囲を見回すが、博孝が見たことのない機材がいくつか置かれているだけで、學校などにある保健室のようには見えなかった。そもそも、博孝が寢かされていた場所自、ベッドなどではない。金屬製の水平な臺に、手足の部分を拘束するためか半円狀のが取り付けられているのだ。
「……拷問室か何かですか?」
思わず博孝が呟くと、四人の男は笑い聲を上げる。
「いやいや、この狀況で冗談飛ばす余裕があるとはな! お前、將來大になるわ!」
「……冗談じゃないんですけど」
腹を抱えて笑う周囲の男に困しつつも、博孝は自分の狀況を確かめる。
いつの間に著替えさせられたのか、ES保管施設に來る前に著ていた學校の制服ではなく、緑の手を著せられていた。それに対して、周囲の男は博孝がES保管施設に來た際に目視した陸戦―――陸上戦闘部隊の隊服を著ていた。
緑の頑丈な生地で作られた上下に、には『ES能力者』としての階級を示すバッジをつけている。正方形に、緑の線で引かれた軍靴のマークと醫療用メスに似たマークが彫られていた。バッジ自のは赤で、それを見た博孝は首を傾げる。
「そのマークは確か……」
「ああコレ? お察しの通り、陸戦所屬で四等級のサポーターよ。ずいぶん久しぶりだったけど、“オリジナル”のESに適合した『ES能力者』が出たって言われて、慌てて飛んできたの」
疑問を呈した博孝に、が答え―――その言葉を聞いた博孝は一瞬だけ、何を言われたか理解できなかった。しかし言葉を反芻し、狀況の理解に努め、震えそうになる口を開く。
「……『ES能力者』? も、もしかしてですけど……俺、が?」
「正確に言えば、“オリジナル”のESに適合したため『ES適合者』と呼ぶべきなんですが……まあ、広義には間違っていません。あなたは間違いなく、『ES能力者』です」
もう一人のが答え、博孝の言葉を肯定する。それを聞いた博孝は思考を停止させるが、それに構わず言葉が投げつけられる。
「あなたの両親に対しては、既に通知がされています。また、あなたが進學予定だった高校に対しても進學を取り消し済みです。あなたにはこれから―――」
「よっしゃああああああああああああああああああああ!」
理解が及ぶと同時に、博孝が咆哮を上げながらガッツポーズをした。一度、二度、三度とガッツポーズを決め、両手を天に向かって突き上げる。『Fooooooo!!』と奇聲を上げるその様は、周囲から見ればおかしくなったようにしか見えなかった。
周囲の四人は何事かと視線をわし合い、そのの一人の男が気の毒そうな顔をしながら口を開く。
「おい、大丈夫か? もしかして、“どこか”悪いのか?」
頭がおかしいのか、と聞かなかったのは、彼なりの優しさだったのだろう。博孝はそのことに気付かず、興した様子で頭を下げた。
「いえ! なんでもないです! 話の腰を折ってすいません!」
今なら何の躊躇もなく土下座ができる。そんな心境で博孝は頭を下げていた。
「え、ええ……あなたの狀況について説明を行おうと思うのですが……」
「是非ともよろしくお願いします!」
先程説明を行おうとしていたがやや引くほどの勢いで、博孝は頷いた。
詳しい説明を行うということで別室に移した博孝は、四人いた男の中から一人だけ殘ったと対面していた。
殘りの三人は各々博孝に聲をかけて退室していったが、その際に『訓練校を出て、もしもうちの部隊に配屬されたら可がってやるからな。それまでに病気を治しておけよ』という、どう反応していいかわからない言葉をかけられた。
深呼吸をして興する自分を落ち著けると、博孝は対面しているに視線を向ける。それに対しても視線を返すと、ゆっくりと口を開いた。
「まずは自己紹介を。わたしは第二十陸戦部隊に所屬している丸山(まるやま)清(きよ)香(か)と申します。階級は陸戦尉ですが……これは特に気にしなくて良いです」
そう言って―――清香は小さく頭を下げた。その際、ショートカットの黒髪がさらりと揺れる。歳は二十歳に屆くかどうかに見えるが、実際の年齢はわからない。知と冷靜さをじさせる瞳が印象的だった。
「あ……俺は河原崎博孝です」
知っているだろうが、一応は名前を告げて頭を下げる。
「はい。それでは、あなたの“今後”について説明を行わせていただきます。先ほども軽くれましたが、両親や進學予定校に対してはあなたが『ES能力者』になったことを通知済みです。現在の所屬中學校についても通知済みですが、こちらについては“即”卒業とし、中學校卒業が認定されます。ここまではよろしいですか?」
「……卒業式とかは?」
「出られません」
「ですよね」
今は二月の半ばだが、殘りの學校生活はおろか卒業式にも出られないという。それなりに親しかった友人と別れの挨拶もできないのかと、博孝もその點だけは殘念に思った。
しだけ落ち込んだ様子の博孝をどう思ったのか、清香は一度咳払いをしてから口を開く。
「ES適検査で“オリジナル”のESに適合する、あるいはES能力者のを継いだ者が一定の年齢になってその“力”を発揮しているのが確認された場合は國で管理されることになります……が、これは學校でも習うことですね。今回あなたは前者、ES適検査で“オリジナル”のESに適合しました」
これは三年ぶりのことです、と清香が付け足す。淡々と言われたが、その言葉で実が湧き、再度歓聲を上げたくなった―――が、清香が冷たい目で見るので博孝は自重する。
「これにより、あなたの柄は我が國での管理が行われます。もちろん、管理と言っても人権はありますし、お給料も出ます」
「え? き、給料も出るんですか!?」
博孝がそう言うと、清香は頷く。
「ええ。とは言っても『ES能力者』によってピンキリですけどね……まあ、それなりに高給取りですよ?」
最後の一言は冗談だろうが、それを聞いた博孝は俄然テンションが上がるのをじた。
「やっべ、テンション上がってきた……両親に報告に行ってきて良いですか? ダッシュで」
「ですから、ご両親には通知済みです。それと、さすがに外出は許可できません。『ES能力者』になってすぐの人間が不用心に外出していたら、一日と経たず“どこかの國”に拉致されてその國に連れて行かれますよ? そのあとはまあ……なくとも、この國よりも良い扱いがされるとは思えないですね」
冗談半分、脅し半分だろうが、釘を刺された形になった博孝は笑えない。
『ES能力者』の數が國際バランスに直結するような時代なのだ。一人でも多くの『ES能力者』を抱え込もうと、どの國も必死なのである。
「それに、余所の國に連れて行かれるくらいなら……っと、これは脅かすことになりそうですね」
「……そこで區切られると余計に怖いんですが」
今度は完全に脅しだろうか、と心で嫌な汗をかく。自國の脅威になるのならば、脅威になる前にその脅威を“なくして”しまえば良いのだ。
まずは話を聞くべきだろう、と博孝は姿勢を正す。騒ぐのは、後からでもできるのだ。
「それで、俺はこれからどうなるんですか?」
『ES能力者』になれればと思ってはいたが、実際になってみると今後のの振り方がわからない。博孝が尋ねると、清香は一つ頷く。
「あなたには、ES能力を制するための訓練校にっていただきます。とは言っても當面は詳細なチェックを行う必要もありますし、訓練校のけれ自は半年に一度ずつ。もっと早い時期にES適検査に通っていれば途中からの転という形も取れましたが……実際には來年度の校になりますね」
「訓練校……學校なんですよね? 軍事施設じゃなくて」
「ええ、もちろん。あなたの年齢なら、次に進學するのは高校になると思います。それと同じと思ってください」
そう言って、清香が小さく微笑む。
(高校と同じと思えって……『ES能力者』が集まる學校? うわ、テンション上がるわ)
表は変えずに、心の中だけで博孝は喜びの聲を上げる。そしてそんな博孝に構わず、清香は話を続けていく。
現在、この國では『ES能力者』も一人の“人間”であるとされている。しかし『ES能力者』であるとわかった途端に國で管理が行われ、家族構の調査、それまでの學生生活の考課の確認なども行われること。
これからは國防を擔う存在として訓練校で“教育”をけていくこと。
訓練校の期間は三年だが、在學中に“簡単な”任務にも駆り出されること。
將來に職業選択の自由はほとんどなく、訓練校卒業後は多くの『ES能力者』が國防のための部隊に配屬されること。
當分は無理だが、外出などが可能になった場合は『ES能力者』であることがわかるよう常にバッジをつけること。
後日攜帯電話が支給されるが、これは絶対になくさないこと。
「……詳細な検査前の説明としてはこれぐらいですね。何か質問はありますか?」
説明を終えた清香が、博孝へ視線を向ける。それをけた博孝は、興味本位で口を開く。
「なんで『ES能力者』の學校なんてあるんですか? すぐに部隊とかに放り込んでも良さそうなものですけど……」
それまでに博孝が知っていた報に重なる部分もあったが、とりあえずは疑問を口にする。すると、清香は僅かに沈黙してからそれに答えた。
「簡単に言うと、『ES能力者』としてのに慣れるためです。あなたも、これまでに『ES能力者』がどんな存在かは聞いたことがあるでしょう?」
「銃で撃たれても平気とか、空を飛ぶとか、そういう話なら聞いたことありますけど」
さすがに、『ES能力者』を間近で実際に見たことはなかった博孝である。報道規制がかかっているのか、『ES能力者』が実際に空を飛ぶ映像なども見たことはなかった。
「空、飛べるんですよね? 俺、子供の頃から、一度で良いから生で空を飛んでみたいって思ってたんですよ。清香さんも飛べるんですか?」
目をキラキラとさせながら博孝が言うと、清香は苦笑しながら首を橫に振る。
「ある程度以上の技量を持つ『ES能力者』なら空を飛べますが、わたしは無理ですね。まだまだ時間がかかりそうです」
「あ、そう言えば陸戦部隊でしたか」
「ええ。空を飛べるようになれば、空戦部隊へ配屬されると思いますけどね」
「どれぐらい時間をかければ飛べるようになるんだろ……」
さすがにどの程度の年月、どれほどの修練を積めば『ES能力者』として空を飛べるようになるかわからず、博孝は首を傾げた。そもそも、『ES能力者』になったは良いが、自分がどんな存在に“変わった”のかもわからない。
そのことを問うと、清香は小さく笑った。
「人によっては、訓練校の時點で空を飛べることもありますよ。ただ、それは本當に一握りの人だけです。普通の『ES能力者』なら大十年から二十年……才能がない人はまったく飛べないらしいです。あと、“今の”あなたでも、銃弾ぐらいならなんともないはずですから……なんなら、試してみますか?」
「いえ、遠慮します」
笑顔で騒なことを言ってくる清香に、博孝は冷や汗の浮いた笑顔で答える。頷いたら、そのまま撃たれそうだった。
「そうですか。訓練校でもその辺は習いますから、楽しみにしておいてください」
そう言って小さく微笑む清香に、博孝は引きつった笑顔を返すことしかできなかった。
その後、清香の言った通り詳細な検査をけることになった博孝だが、學校の力測定や社會人の健康診斷の延長程度だろう、という予想が外れることになった。
特別の注で採などは行われたが、常に軍人らしい『ES能力者』が複數“監視”につき、博孝の様子をチェックしてくるのである。
調に変化はないか、何か“今まで”にじなかったものをじないか、意識ははっきりしているか、等々を一日に何度も聞かれ、その上プライベートな時間もほぼない。
食事の際だろうと就寢の際だろうと、常に監視の目があるのだ。
(これじゃあ、検査というよりは重罪人の監視みたいだな……)
プレッシャーとまでは言わないが、それでも落ち著かない。自分が『ES能力者』になれたことは喜ばしいが、それとこれとは別である。専任なのか、清香が常に傍にいたことは青年として嬉しくもあり恥ずかしくもあったが。
朝起きた際に、自宅の自室で目覚めて実は夢だったのだ、などというオチは勘弁だったが、幸いと言うべきか頬をつねっても痛い。それだけでにやけてしまうのは自分でもどうかと思う博孝だったが、嬉しいものは嬉しいのだ。
施設から外出することはできないが、外の報は新聞や雑誌、テレビで手することができる。ただし、家族や友人と連絡を取ることは許可されず、その點については博孝も『何が人権を認めているだ。噓じゃないか』と頭を抱えた。
それでも検査をけること一ヶ月。これまでの人生で一番長くじた一ヶ月だったが、それでも検査の終了を告げられた博孝はようやく安堵の息を吐いた。いくつもの検査室が並ぶ廊下に置かれたソファーに腰を掛け、実際に大きな息を吐く。
既に三月も半ばを過ぎ、母校では卒業式も終わっている。そのことに悲しみをじたが、検査を終えた嬉しさも等分にじた。
「お疲れ様」
そう言って、『ES能力者』であると告げられた初日に説明を行った清香が聲をかけてくる。その手には缶コーヒーが握られており、それを博孝へと手渡してきた。
「どうも」
け取った博孝は、その缶コーヒーの熱さに若干眉をしかめつつプルタブを開ける。そして舌を火傷しないように注意しながらコーヒーを口に含むと、ふと、気になることが思い浮かんだ。
「あの……」
「なに?」
この一ヶ月で多は気安くなった清香が首を傾げる。
「『ES能力者』の検査って、こんなに大変なものだったんですか? 清香さんもけたんでしょ?」
一ヶ月も拘束されるとは思っていなかった博孝がそう尋ねると、清香は苦笑した。
「わたしは君と違って“オリジナル”のESに適合したわけじゃないから、これだけ長い検査はけなかったわ……それでも、二週間近くかかったけど」
最初に話した時とは違う、し砕けた口調で清香が語る。それを聞いた博孝は『そんなものか』と納得した。
「これからは、四月の頭から訓練校に校って流れになるんですよね?」
「そうね。あと二週間か……それまでに“護送”と校の準備を済ませる必要があるわね」
「護送、ですか。々しいですね」
「拐されたら困るわ。お互いに、ね」
そう言ってウインクを一つ向けてくる清香に、初対面の頃は冷たい人なのかと思っていた印象が崩れる。意外と茶目っ気がある人なのかと、博孝は小さく笑った。
「そうですね。それじゃあ、それまでよろしくお願いします」
博孝がそう言うと、清香は申し訳なさそうな表を浮かべる。
「あー……わたし、護送の任務は割り振られていないのよ。他の部隊の人間が割り振られているの」
「あ、そうなんですか」
「ええ。だから、次に會う機會があるとすれば君が校して、ある程度ES能力を扱えるようになって外出許可が下りて……そこからさらに偶然で、ってじかしら。まあ、訓練校を卒業したら會う機會もあるかもしれないわね」
そう言って、清香は博孝を見て笑顔を浮かべた。
「それじゃあ、訓練校でも頑張ってね。もしも卒業後にうちの部隊に配屬されたら、たっぷり可がってあげるわ」
そんな言葉を殘し、清香が背を向ける。軍人らしいと言うべきか、あっさりとした別れの挨拶だった。それを聞いた博孝は慌てて立ち上がると、頭を下げる。
「ありがとうございました! お世話になりました!」
博孝がそう言うと、清香は肩越しに振り返って小さく苦笑を向けてきた。
「こっちは任務だったけど、けっこう楽しかったわ。空を飛びたいって夢、応援しているから……でも、訓練校ではもうし大人しくしなさいね」
最後に忠告染みた言葉をけて、博孝も苦笑を返す。
そして今度こそ歩き去っていく清香の背中を見送って、博孝は大きな息を吐いた。
これから先、自分も清香のようなES能力を扱う“軍人”になる可能が高い。そのことに思うところはあるが、それでも、努力次第で空を飛べるかもしれないのだ。その一點を前にすれば、努力することも惜しくない。
博孝は一度だけガッツポーズをすると、これから先の生活に思いを馳せる。
―――『ES能力者』、否、『ES適合者』として、様々な苦難が待ちけていることなど、この時の博孝は考えもしなかった。
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