《平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)》第十三話:訓練
砂原と生徒達による模擬戦が行われて以降、午後からの実技にES能力の訓練だけでなく、を鍛えることも追加された。『ES能力者』としてES能力を磨くことも大事だが、それを活かすにもの習得が必要とされたのである。當面はES能力よりもを重視して鍛えると宣言され、その手始めとして力の強化を行うこととなった。
「……で、納得も理解もできるけど、このくっそ重たいリュックを背負って走れって言うのはどうかと思うんだ」
「このリュック、どんな素材でできてるんすかね……俺、そっちの方が気になるっすよ」
愚癡のように呟く博孝に、自が背負ったリュックの素材を気にする恭介。
力をつけるためにランニングを行うと言われ、砂原から手渡されたのだ。無論、ただのリュックではない。中には鉄塊がっており、その重量はおよそ五百キロだと、砂原に笑顔で教えられている。
子は格や力に応じて重量を変更されているが、男子は一律五百キロからのスタートだった。
容赦なく肩に食い込んでくるリュックの肩紐に辟易としつつ、博孝はため息を吐く。『ES能力者』として人間の頃とは比べにならない能力を得ているが、それでもさすがに五百キロは重い。
『防殻』などを発現しても、肩紐の食い込みは防げるが重さは変わらないのだ。通常の人間と異なる『ES能力者』が力を鍛えるのは、それに見合った方法が必要なのだろうと博孝は思う。
「お、おい博孝、アレ、見るっすよ……」
そうやって博孝が背中に背負った鉄塊の存在を納得していると、恭介が慌てたような聲を出す。それを聞いた博孝は、何事かと振り向いた。
「あん? 一なに……ば、馬鹿なっ」
そして、思わず絶句する。
背負う重量こそ男で差があるが、リュックを背負うことに違いはない。だが、問題はそこではなかった。
著に著替えた子も、重量のあるリュックを背負っている―――これが、重要だった。さらに的に言うと、両腕を通した肩紐と背中の鉄塊の重みによって著の前面が引っ張られ、そのボディラインを浮き上がらせていたこと。それが重要だった。
「ほほう……これは中々……」
「へっへっへ……アンタもお好きっすなぁ」
「いやいや、君こそ良い目の付け所だよ」
中年のエロオヤジのような言葉を言い合いつつ、博孝と恭介は子の姿を観察する。中には恭介と同じように子の姿に気付いた男子もいたが、恥ずかしいのか、慌てて視線を外していた。それでもチラチラと視線を向けているあたり、男の子であることに間違いはないようだが。
「おおう……やっぱり希さんは、“デカい”っすね……」
心底嘆したように恭介が呟く。その聲を聞いた博孝は、恭介と同じように希がいる方へと視線を向けた。
その視線の先では、背負ったリュックの重みに対して困った笑顔を浮かべている希の姿がある。しかし博孝達の視線は希本人ではなく、その“一部”へと向いていた。直截に言うならば、そのへと視線が向いていた。
「これが年上の魅力ってやつか……無量っ!」
「俺、これだけで『ES能力者』になれて良かったと思えるっすよ!」
三歳年上だからか、それとも希だからなのか、非常に“大きい”。博孝と恭介は思わず両手を合わせて、神仏を拝むように頭を下げた。
そして二人は他の子へも視線を向けると、それぞれ口を開く。
「おお、長谷川さんはけっこうスレンダーなじっすね! プロポーションが良いというか……」
「アレだね恭介クン。本人の容姿も相まって、普段とのギャップがイイネ」
「まったくっすよ博孝クン。眼福っす」
好き勝手に想を言い合うと、博孝は他の子に視線を向ける。すると里香の姿が目にり、そちらへと注目した。
里香は一番軽そうなリュックを背負っていたが、それでも十分以上に重たいのか、顔を真っ赤にしてリュックを持ち上げている。
それでも他の子同様の狀態になっていた―――いたのだ、が。
「……うん、今後に期待、ですかね?」
「いやぁ、あれはあれで需要があるらしいっすよ? 俺は斷然大きい派っすけど」
したり顔で頷く二人。すると、不意に背中のリュックの重量が倍増して思わずひっくり返る。
「うおっ!? 何事!?」
「っす! ビックリしたっす!」
甲羅がひっくり返った亀のように暴れると、それを見下ろすような砂原の視線をぶつかった。砂原は穏やかな笑みを浮かべると、灑落にならないことを口にする。
「お前ら二人は、元気が有り余っているようだからな。特別サービスだ。なあに、その元気があれば、一トンぐらい楽なものだろ?」
いきなり倍の重量に増えたリュックを見てみると、いつの間にか鉄塊がっているらしき袋が五つほどぶら下がっていた。
「ちょ、教!? さすがに重すぎであると小生は愚考するのですがっ!?」
「やばいっす! 亀の気持ちが理解できるっすよ!」
なんとかを橫に倒し、立ち上がろうとする二人。しかし、五百キロの時に比べると遙かに辛い重量に、膝が笑った。
「喜べお前ら。普通ならその重量で訓練するには一ヶ月以上かかるところだが、その元気さを稱して特別メニューだ。安心しろ、その程度の重さなら、『ES能力者』が潰れたりすることはない。“元気で”訓練に勵めよ」
生まれたての小鹿のように膝を震わせる二人を見て、楽しそうに笑う砂原。それを見た博孝は、『この人絶対ドSだ』と心で呟いた。口に出さなかったのは、死にたくなかったからである。
「うぐぐ……あ、歩くので一杯だ……」
「こ、こっちも同じっす……」
さすがに走るのは無理そうだと判斷する二人。だが、砂原はそんな二人を見て笑みを深める。
「お前ら、何をしているんだ? 今日の授業は、そのリュックを背負って“走る”んだぞ?」
「……本気ですか?」
「……マジっすか?」
思わずそう尋ねる博孝と恭介。だが、砂原は至極當然と言わんばかりに頷いた。
「―――さっさと走れ。走れないというなら、嫌でも走りたくなるようにしてやるぞ?」
最後は笑顔ではなく真顔で、砂原がそう言う。それを聞いた博孝と恭介は顔を見合わせると、のろのろと走り出した。
「やってやんよおおおおおおおお!」
「頑張るっすよおおおおおおおお!」
一歩進むごとにグラウンドがし凹むのに構わず、二人は進んでいく。
それを見送って、砂原は『これで真面目に取り組むか』とため息を吐くのだった。
「はぁ……はぁ……し、死ぬっ」
「も、もうけないっす……」
グラウンドを十周、十五キロほど走らされた博孝と恭介は、汗だくになりながら地面に転がっていた。気合とで走りきったが、その疲労は重い。その周囲では他の生徒達も息を荒げていたが、さすがに博孝達ほど酷い有様ではない。リュックを下ろして息を整え、を休めている。
ほとんどの生徒は『防殻』を発現させながら走ることができず、普通に走っていたため神的な疲れはない。それでも、沙織などは『防殻』を発現しつつ男子と同じ重量のリュックを背負って走り切っており、その地力の差が窺えた。
砂原はそんな生徒達を見ると、口の端を酷薄に吊り上げる。
「さて、“準備運”はこれぐらいにしておくか。本命のの訓練に移るとしよう」
その発言で、地面に寢転ぶ博孝と恭介のがびくりと震えた。
「じ、準備運……これを準備運と言ったか……」
「ほ、本當に死ぬかもしれないっす……」
ぜーはーと荒い息を吐きながら、二人はを起こす。この上何をさせる気だと戦慄するが、砂原が冗談を言っている気配はない。すなわち、本気なのだ。
「今日、晩飯食えるかな……」
「食ったら戻すかもしれないっすね……」
く気すらしないが、それでも砂原が立てと言えば立つしかない。けと言えば、くしかない。
「さて、道場のように最初は型稽古―――などと生溫いことは言わん。幸い、諸君らは『ES能力者』だ。その頑丈なを活かして、組手中心に鍛えていく。組手を通して、必要なことを學べ」
そう言って砂原は二人組を組むように指示をする。それを聞いた博孝は、迷わず恭介と二人組を組んだ。
「打撃技、投げ技、絞め技、関節技……自分に合っていると思う戦い方を選べ。もしも教えてほしいなら、大抵の武道、武なら、俺が叩きこんでやる」
拳を鳴らしながらそう告げる砂原。それを聞いた博孝は、顔を青ざめさせる。
「やべぇ……マジだよ教。毆り方とか基本とかすっ飛ばす気だ」
「ま、まあ、『ES能力者』なら、普通の武道や武をやっても仕方がないのかもしれないっすよ」
そう言いながら、二人は向き合って構えを取る。
博孝は左手を開いて前に出し、右手は腰の位置へ移させ、腰を落とす。それに対する恭介は、ファイティングポーズのように両こぶしを構え、軽くステップを踏む。
「お? なんだその構え? ボクシング?」
「いや、空手っす。ちょっとかじってたもんで。そっちは? なんか、やけに堂にった構え方っすけど」
「ふふん、聞きたいか? これは我が家に伝わる一子相伝の流派、河原崎流に伝わる奧義―――ただ適當に構えているだけ、だ」
「えー……」
運は好きだが、武道等の経験はない博孝である。とりあえず自分で“しっくり”とくる構えを取っていた。
『ES能力者』ならばその能力だけで戦うことが可能だが、実戦ではES能力を織りぜて戦うことになる。そのため、型にはまった訓練をする必要はない。むしろ、どんな狀況でも戦えるようにするべきだった。
もちろん基本は重要だが、砂原の方針としては基本から學ばせるよりも、組手を通して“のかし方”を叩きこむことを優先している。実際に組手を通してをかすことで、それを覚え込ませるのだ。
そうやって、組手が始まる。だが、ほとんどの生徒は“人間”の頃に毆り合いなども経験したことがない。『ES能力者』になって多は自分の能力に自信を持っていたが、それで即、人を躊躇なく毆れるわけではないのだ。
「いくぞ恭介ええええ!」
「來るっすよ博孝あああああ!」
そんな中で、聲を張り上げてド突き合いを始める博孝と恭介の存在は異質だった。
『ES能力者』としてのの頑丈さを認識しているのか、それともただの馬鹿なのか、時折『アチョー』やら『ホアー』やら、謎の掛け聲を上げて拳をえている。
恭介は、空手を習っていたというのは噓ではないらしく、割と綺麗なきで博孝に対して拳や蹴りを繰り出している。それに対して博孝は、前に出した左手で恭介の攻撃を捌きつつ、隙を見ては前へと踏み込んで右拳を放っていた。
「いだっ!? や、やるな恭介! 空手を習っていたってのは伊達じゃないみたいだな!」
「ぐぇっ!? そ、そっちこそ! なんっすかその構え! 意外と攻めにくいっすよ!」
手數で押す恭介と、それを防ぎつつ一撃に賭ける博孝。恭介は博孝の予想外の防の上手さに驚き、博孝は恭介の用さに舌を巻く。
二人がそうやって組手を行っていると、周りもそれに発されたのか、それぞれ組手を始める。男子は時折聲を上げながら、子は戸いつつもゆっくりとしたきで、組手が始まっていた。
砂原はそれぞれの生徒達に目を向けつつ、時折アドバイスをしていく。
『ES能力者』である以上、將來的には他の『ES能力者』や『ES寄生』と戦うことになる。その時、『戦えません』では話にならないのだ。最低限の戦い方ぐらいは覚える必要があり、砂原もそれを認識している。
『攻撃型』は特に重要だが、『防型』や『支援型』も接近戦ができなければ敵の『ES能力者』や『ES寄生』に殺される。『ES能力者』としての知識に、ES能力、それにを修めなければ、そのを危険に曬してしまう。
そうやって砂原が生徒達を見て回っていると、一番騒がしい二人組―――博孝と恭介の姿が視界にった。そして、ほう、と心したような聲をらす。
恭介は特にそうだが、博孝も素人の割には中々肝の座った戦い方をしていた。今も、砂原の目の前で二人は真剣に組手に取り組んでいる。一トンの鉄塊を擔いで走らせたため多の疲労が見て取れるが、それを補うような元気振りだった。
「くらうっすよ!」
恭介が踏み込み、左の引き手を意識しながら右拳を突き出す。それを見た博孝は、左の手の平で恭介の拳をけ止め、すぐさま手首を取った。そしてを恭介の懐に潛り込ませると同時、襟首を取ってを回転させる。
「見様見真似! 一本背負い!」
「ちょっ! これ一本背負いっていうか背負い投げっていうかげふっ!?」
著は半袖のため、袖が摑めない。そのため博孝は手首と襟首だけ取って適當に投げたのだが、意外と上手く投げられたのか、恭介が地面に叩きつけられた。それを見た博孝は、テンションが上がって嬉々として追撃する。
「そして食らえ! 岡島さん直伝! サッカーボールキック!」
「ぬおおおおぉぉっ!?」
何やら聞き逃せない技名をびつつ、恭介に向かって下段蹴りを放つ博孝。それを見た恭介は、跳ね起きるようにして地面から飛び上がった。
「あ、危ないっすね! てか、岡島さん直伝って!?」
「ん? 以前こので味わった、岡島さんの必殺技だ。あの綺麗で細い足からは想像できないほどの威力で、危うく首がサッカーボールのようにいたぁっ!?」
真面目な顔で説明をしようとした博孝だが、不意にぺちりという音を立てて背中を叩かれる。慌てて振り向くと、そこには件の必殺技の持ち主、里香が顔を赤くして涙目で立っていた。その顔を見た博孝は、焦ったような聲を上げる。
「ああっ!? し、師匠!?」
「し、師匠じゃ、ないっ」
そして放たれる、本の下段(ロー)蹴(キック)り。
顔を真っ赤にして、それでも、剃刀のような鋭さを持つ下段蹴りだった。一その小柄なのどこにそんな力があったのかと、不思議に思わざるを得ないほど強力なその一撃は、マラソンで疲労していた博孝の両足を容易く刈り取り、その勢いを以って博孝のを縦に回転させる。以前と違い、橫ではなく縦に二回半回転した博孝は、頭からグラウンドに突き刺さった。
「ぐえぇっ!?」
「も、もうっ。へ、へんなこと言っちゃだめっ」
頭から落下し、車に轢かれたカエルのような聲を上げ、そのあとは死のように力した博孝に対して里香が涙目のままで小さく聲を張り上げる。そして、自分が二人組を組んでいたクラスメートの元へと小走りで戻っていった。
遠くから、『お、岡島さん……お願いだから、あの蹴りだけは……』という切実な子の聲が聞こえ、博孝はなんとかを起こす。そして首の骨を鳴らすと、得意そうな顔で口を開いた。
「ふ、ふふふ……見たか、今のが我が師匠岡島さんの必殺技って足が痛い!? 頭より足が痛い!?」
しかしすぐさま自の足から伝わってくる激痛に、地面をのた打ち回ることになる。恭介はそんな博孝の姿に戦慄し、里香に対する見方をほんのしだけ変えた。
途中まで良い調子だったのに、最後にはいつも通り馬鹿なやり取りを始める二人。砂原はそんな二人に対して呆れたような苦笑を向け、そして最後に里香の方へ視線を向ける。
「中々良い蹴りだったな……」
真剣に呟くその姿は、しばかりシュールだった。
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