沙織は、人生で初めてとなる“実戦”に心を震わせていた。

相手は『ＥＳ能力者』ではなく『ＥＳ寄生』だが、そのことに不満はない。

不意打ちとはいえ正規部隊員である藤田を一撃で仕留めるあたり、ＥＳ能力の使用にも問題はないだろう。獣のように気配を斷ち、正確に『撃』をしてきたところなど、“敵”として不足はない。

博孝が何かを言っていた気もしたが、人類の敵となる『ＥＳ寄生』が相手なのだ。それを自分一人で倒しても、咎められることはないと沙織は思っていた。

―――長谷川沙織には、一つの目標(ユメ)がある。

それは、祖父である長谷川源次郎の役に立ちたいという、沙織の幹をす目標だ。

沙織の祖父である源次郎は、『武神』と呼ばれる『ＥＳ能力者』である。第二次世界大戦末期より、『ＥＳ能力者』として生き抜いてきた源次郎。しかし、日本で最初の『ＥＳ能力者』として、彼は様々な苦難に見舞われてきた。

『ＥＳ能力者』の數がない頃は、様々な実験の被験者にもなっている。その最たるものを挙げるとすれば、『ＥＳ能力者』の出生率の初期値を出したのは、彼だった。

源次郎には、子供が三桁いる。それも、ほぼ別々のが産んだ子供だ。最初期の『ＥＳ能力者』である源次郎は、自國の『ＥＳ能力者』を増やすという名目で一時期種馬のような扱いをされていた。

もっとも、それだけ多くの子供が生まれてもほとんどが『ＥＳ能力者』にはならなかった上に、國民から上がった非難の聲によって、その実験も立ち消えてはいる。結局、沙織の祖母であり源次郎の妻であったが後年に産んだ子供が『ＥＳ能力者』になり、その子供が生んだ子、つまり源次郎の孫である沙織も『ＥＳ能力者』となっただけであった。

沙織は源次郎にとって直系の孫であり、何度も顔を合わせている。沙織にとっては偉大な祖父であり、誕生日には必ずプレゼントをくれるような優しい祖父でもあった。沙織がに著けている白いリボンも、の頃にもらって以來、に著け続けている寶である。

沙織は、『武神』と呼ばれる人が優しい人であると知っていた。しかし、『武神』の名を持つ以上、周囲への影響を考えて常に張り詰めた生活を送っている。

そんな祖父の姿を見て、沙織は子供の頃から祖父の役に立ちたいと思っていた。

なんでもいい。源次郎の役に立てるのならば、どんなことでもいい。子供の頃からそう願っていた沙織に訪れた転機―――それが、ＥＳ適検査だった。

もともと自分が他の子供と“どこか”違うことを無意識にじていた沙織は、見事にＥＳ適検査でＥＳ能力の発現を確認された。

あとは、全てが沙織の思い通りに進んだ。本當は訓練校など通わずに源次郎の元で働きたかったが、『ＥＳ能力者』としては新米である。そのため訓練校で力を磨き、將來につなげようと思っていた。

訓練校でも沙織はその才能を憾なく発揮し、半年で正規部隊員並の実力を手にしている。

そんな沙織も初任務ということで張り切っていたのだが、容は拍子抜けするようなものだった。自分の小隊の小隊長として博孝が選ばれているのが不満だが、面倒な隊長職を博孝が代行しているのだと思えば気も楽だ。

任務は何事もなく進み―――しかし、沙織のむ展開へと変わる。

二メートルを超える軀に、この世のものとは思えないほどの様相。常人ならば腰を抜かしそうな化―――『ＥＳ寄生』を前に、沙織は昂揚から口の端を吊り上げた。

『武化』で生み出した大太刀は、沙織がねだって『武神』である源次郎に一度だけ見せてもらった大太刀を模したものだ。一度とはいえ、細部に至るまでらさず記憶していた沙織は、自が『ＥＳ能力者』になるなり、その記憶を頼りにＥＳ能力で大太刀を生み出した。それが四級特殊技能である『武化』だと気付いたのは、それからし経ってからである。

砂原に圧し折られた時は悔しさから一晩眠れなかったほどだが、いずれは砂原も追い越してみせると沙織は思っていた。

そんな、自信に溢れた沙織ではあるが、その実力は本である。

『ＥＳ寄生』の放つ『撃』を掻い潛り、振り下される前肢を回避し、一閃のもとに前肢を一本切って落とす。その激痛で暴れる『ＥＳ寄生』のきも冷靜に観察して全て回避すると、今度は後肢を一本斬り裂いた。その際返りが沙織の頬につくが、それを拭う暇も惜しいと言わんばかりに大太刀を振るう。

全に漲る昂揚。今ならば砂原にも勝てると思うほど、沙織の神は充溢していた。

「は……あははっ！　見なさい！　『ＥＳ寄生』にだって、わたしは勝てるわ！」

歓喜から、そんな聲がれる。それは常の沙織らしからぬ、愉悅の表だった。自のに著けた技が、ＥＳ能力が、『ＥＳ寄生』を追い詰めているという満足。震えるほどの、を焦がすほどの興。

沙織はきが鈍くなった“獲”を前に、嗜的な笑みすら浮かべるのだった。

「わーお……なんだこりゃあ……」

博孝は沙織の応援に駆け付けるなり、思わず、おどけるような言葉をらした。まるで局地的な竜巻が直撃したのかと思わずにはいられないほど、沙織と『ＥＳ寄生』の戦いの場は荒れ果てていた。

沙織が斬ったのか、それとも『ＥＳ寄生』が叩き折ったのかはわからないが、半ばから上がない樹木。地面は『撃』の著弾で抉れ、ところどころで巖が砕け散っている。

そんな荒れ果てた舞臺で、沙織は『ＥＳ寄生』に対して優勢の戦いを行っていた。『ＥＳ寄生』は前後の肢が一本ずつ欠けており、時折沙織へ攻撃を行うものの勢いがない。むしろ沙織に怯えている様子すらあり、生きとして強者(さおり)に屈しかけているようだ。

「こりゃ、応援はいらなかったかな……」

ここまでくれば、沙織の勝利は揺るがないだろう。博孝がそう思えるほどに、沙織の力は卓越していた。

こうなると、沙織が命令違反でいたのも怪我人である藤田から『ＥＳ寄生』を引き離すためだったと考えることもできる。博孝は怪我人の回収と防を固めてからの迎撃を選んだが、沙織は迷うことのない攻撃を選んだのだ。

（まあ、今回は上手くいったってだけだけど、な……）

だが、もしも『ＥＳ寄生』が複數だった場合は、沙織の判斷は最悪のものとなる。沙織が駆け出した時、まともにけるのは博孝しかいなかった。恭介と里香は呆然自失としていたし、藤田は気を失っている。そうなると、ＥＳ能力の使えない博孝が一人で『ＥＳ寄生』と戦うことになっていただろう。

勝てる、勝てないは橫に置いておくとして、他の小隊員を危険に曬したことに違いはない。

（今……いや、この任務を無事に乗り切ったら、一度本気で怒ってみるか……）

自分の言うことを沙織が素直に聞くかは微妙なところだが、それでも今回の沙織の行は砂原も知るところである。“命令違反”をなんとか“獨斷専行”であると押し通したが、それでも“指導”がるのは確実である。砂原の言葉なら、多は聞いてくれるだろうと思った。

沙織は『ＥＳ寄生』が苦し紛れに放ったの矢を鮮やかに回避すると、人間でいう心臓に當たるであろう部分へ大太刀を突き刺す。そして一度捻ってから引き抜き、返りを避けるように大きく後退した。そこで、沙織は博孝に気付いたのか一度だけ視線を向ける。

「なに？　アンタが來ても、できることはないわよ」

そう言った沙織の顔は、今までにないほど上機嫌に輝いていた。『ＥＳ寄生』と戦った興からか、頬を鮮やかに赤く染めたその姿はある種のっぽさすらじる。しかし、自分のの丈以上の背丈を持つ『ＥＳ寄生』を容易く下し、その頬に『ＥＳ寄生』の返りを付けた沙織を見ては、博孝としてはかける言葉もない。

何を言うべきか迷うが、ひとまず恭介たちの場所へ戻るべきだろうと判斷した。

「……とどめは刺したな？　とりあえず、元の場所に戻るぞ。藤田先輩は重傷だけど、命に別狀はなさそうだった。今は応援を待ちつつ、岡島さんが治療に専念できる狀況にする……々と言いたいことはあるけど、それはこの任務を終えてからにする」

「なによ……『ＥＳ寄生』は倒したんだから、文句はないでしょ。心臓を潰せば、いくらなんでも死ぬでしょうし」

しかし、博孝の言葉を聞いた沙織は不満そうな顔をする。そんな沙織の様子に博孝は頭を抱えたくなるが、一応は言うことを聞いてくれるのか、博孝の方へと歩み寄ってくる。初の戦闘で多は疲れているのだろう。先ほどとは違い、気の抜けたような顔をしていた。

―――ピクリと、沙織がとどめを刺したはずの『ＥＳ寄生』のがく。

『ＥＳ寄生』に背を向ける形になった沙織は、それに気づくことができない。故に、気付くことができたのは博孝だけであり、最後の力を振り絞ったように跳躍する『ＥＳ寄生』に対処できるのも、博孝だけだった。

「長谷川！　伏せろ！」

「え？」

沙織は博孝の言葉に不思議そうな顔をする。それを見た博孝は、間に合わないと見て地を蹴った。

近くまで寄っていた沙織を無理矢理橫へと突き飛ばし、自も橫に跳ぼうとする。しかし、それよりも早く『ＥＳ寄生』が殘った腕を博孝へと振り下ろした。

「―――づっ！？」

沙織を突き飛ばしたことで勢が崩れた博孝には、け流すことも避けることもできない。それでも両腕を差して『ＥＳ寄生』の剛腕をけ止め、勢いに逆らわずに吹き飛ばされる。

咄嗟の防だったが、『ＥＳ能力者』である博孝はなんとかその攻撃に耐えきった。ただし、『ＥＳ寄生』の鋭い爪が博孝の右腕を深く抉り、空中に多のを撒き散らすことになったが。

「河原崎！？」

の尾を引きながら吹き飛ばされる博孝を見て、沙織が聲を上げる。たしかに心臓を潰したはずなのに、『ＥＳ寄生』はたしかにいていた。沙織は消さずにいた大太刀を振りかぶると、今度は心臓ではなく首を狙う。

博孝への攻撃で最後の力を使い果たした『ＥＳ寄生』はその大太刀を避けることができず、沙織の狙い通り首を両斷された。

さすがに、首を刎ねれば生きられないだろう。そう思った沙織だが、殘心を解かずに『ＥＳ寄生』の様子を窺う。しかし、今度こそ息絶えたようで安堵の息を吐いた。

「そうだ、河原崎！」

そこで博孝のことを思い出し、沙織は博孝が吹き飛ばされた方向へと駆け寄る。博孝は細い木を三本ほど圧し折り、勢いがなくなったことで地面へ転がっていた。それでも沙織の聲を聞くと、腕から伝わる痛みに顔をしかめながらを起こす。

「なんとか生きてるよ……くっそ、を鍛えておいて良かったぜ」

腕自は折れておらず、爪で切られて多の出がある程度だ。それでも、治療をしなければならないだろう。切られたのは右腕だけなので、痛みを堪えながら沙織へ視線を向けた。

「長谷川、止頼むわ」

とりあえず止用の布で縛っておけば、しばらくはもつだろう。そう判斷して沙織に視線を向けると、沙織は視線を逸らした。

「ん？　おい、長谷川？」

「……止用の布、持ってきてないのよ」

「……はい？」

沙織が不貞腐れたように呟き、それを聞いた博孝は目を丸くした。

「おい……この戦闘服に標準でついていただろ……なんで持ってきてないんだ？」

「どうせ怪我人なんて出ないと思ったからよ……なくとも、わたしが怪我するとは思わなかったし」

今度こそ、博孝は頭を抱える。自分の持ってきた分は藤田の止やを拭き取るのに使ってしまったため、予備がないのだ。とりあえず右手を心臓より上の位置に持ち上げ、ため息を吐く。

「……ああ、もういいや。とりあえず、恭介たちと合流するぞ」

怒る気すら失せてしまい、博孝は痛みを堪えながらも歩き出す。沙織はそんな博孝の後ろを、黙ってついていくのだった。

「おお、博孝無事……じゃ、ないっすね」

恭介たちの元へ戻った博孝と沙織は、そんな第一聲で出迎えられた。恭介は『防殻』と『盾』を発現させており、周囲を警戒しているようだった。

博孝は苦笑しながら、揚げている右手をし振る。

「長谷川が『ＥＳ寄生』を仕留めたんだけど、最後に悪あがきをされてなー。ざっくりと切られたわ」

博孝がそう言うと、藤田の治療に集中していたのか、それまで気付いていなかった里香が顔を上げた。

「あ、お、おかえり……え、ええっ？　か、河原崎君……う、腕っ」

里香は博孝の腕からが流れ、その下の服まで赤く染めているのを見て顔を青ざめる。しかし、博孝としてはそれよりも気になることがあった。

「藤田先輩の容態は？」

「え？　あ、う、うん……安定にはもうしかかりそうだけど、応援が來るまではもつと思う。傷口はだいぶ塞がったんだけど……」

いつもの神狀態ではないからか、里香の『接合』も効果が薄いようである。藤田の腹部の傷は大部分が治っているが、それでも出は続いているようだった。

「俺の治療は厳しいか……オーケー、そのまま治療を続行してくれ。恭介、止用の布は持ってるよな？　ちょっと巻いてくれるか？」

「え？　あ、そう言えばポケットにれてたっすね。ちょっと待つっすよ」

そう言って、恭介は自のポケットから止用の布を取り出すと、博孝の二の腕に巻きつけてきつく縛っていく。さすがに『防殻』や『盾』の維持をしながらでは難しかったのか、『盾』が消失した。

「とどめを刺したって言ってたっすけど、『ＥＳ寄生』はどうなったんすか？」

「長谷川が首を刎ねてとどめを刺したよ。これでひとまずは……って、おい、長谷川、どこに行く気だ」

博孝の言葉の途中で、沙織が背を向けて歩き出す。それを見た博孝は思わず聲をかけたが、沙織は振り向かずに答えた。

「……周辺を警戒してくるわ」

「おいおい……今はそれよりも、岡島さんの防に回ってくれ」

「武倉がいれば十分でしょ」

吐き捨てるように言って、沙織は木々の中へと消えていく。それを見た博孝は、大きなため息を吐いた。

「いや、そりゃあ、周辺の警戒も必要だけどさぁ……ああもう！　あまり離れるなよ！」

もしかすると、自分と顔を合わせ辛いのかとも博孝は思った。とどめを刺したと思った『ＥＳ寄生』に攻撃された挙句、それを普段軽視している博孝に助けられたのだ。

（プライドが高そうだとは思ったけど、こりゃ重傷かねぇ……）

周囲の警戒は確かに必要ということで、博孝は自分を納得させる。

「これで良いっすか？」

すると、そんな博孝の腕を縛り終えた恭介が博孝に尋ねた。博孝はの流れが止まっていることを確認すると、しっかりと頷く。

「おし、サンキュー。あとは俺の腕が壊死するまでに応援が到著することを祈るか」

「あ、そう言えばさっき教から連絡があったっすよ。あと五分もすれば到著するらしいっす」

恭介が博孝からけ取っていたトランシーバーを手渡し、それを見た博孝は左手でけ取る。しかしいつもは右手で攜帯ホルダーにれているため、上手く収まらなかった。

「むう……利き腕と逆だと、難しいな……」

「あ、俺がれるっすよ」

「いや、恭介は周囲の警戒を―――」

博孝がそう言った瞬間、木々に紛れていたものの、微かに白いが瞬くのを視認する。そのが、先ほど藤田と襲ったものと酷似して見えた博孝は、目を見開いた。

（なっ！？　まさか、“本當”に二―――！？）

思考は一瞬。“敵”の狙う先を直で看破した博孝は、聲を張り上げる。

「恭介ぇっ！　岡島さんを守れ！」

「え？　っ！？　やばっ！」

恭介が消えた『盾』を再度発現しようとするが、間に合わない。『ＥＳ寄生』は恭介が『盾』を発現するよりも早く、『撃』を発現しての矢を里香に向かって発した。

「―――え？」

『接合』の維持に集中していた里香は、気付くのが一瞬遅れる。『防殻』を発現しようにも、驚愕が強くて間に合いそうにない。

『ＥＳ寄生』の『撃』によって放たれたの矢は、合計五本。避けようにも避けられず、里香は呆然と『撃』の猛威に曬され、そのを散らし―――。

「させるかっ！」

―――それよりも早く、博孝がり込んだ。

里香や藤田を庇うように、両手を広げて自のを盾にする。

『防殻』も使うことのできない、『ＥＳ能力者』としては落第のだが。それでも、『ＥＳ能力者』である以上、の頑丈さには自信があった―――それこそ、例え死のうとも、里香達を守りきれるぐらいには。

「博孝ぁっ！？」

恭介の聲が遠くに聞こえる中で、博孝はそのを使って『撃』をけ止めた。

『ＥＳ寄生』から放たれたの矢は、り込んだ博孝の右腕と左足、部と右わき腹、そして、額に命中する。

「――――――っ！？」

焼けた火箸を神経に直接刺されたような痛みと衝撃。悲鳴すら上げることができず、博孝は全からを噴く。特に、先ほど『ＥＳ寄生』より傷をけていた右腕は、再度の衝撃によって博孝に激痛を與えた。

「か、河原崎……君？」

目の前で起きた景が理解できず、里香が呆然と呟いた。しかし、博孝にはそれに答える余裕がなく、前のめりに倒れる。その際が飛び散り、里香の頬を汚したが、本人が気付くことはなかった。

「河原崎！？　武倉！　河原崎達を守りなさい！」

周囲を警戒していた沙織が、ようやく異常に気づく。『ＥＳ寄生』が潛んでいたのとは逆の方向を警戒していたため、反応が遅れたのだ。その手には大太刀が握られたままになっており、すぐさま『ＥＳ寄生』との戦闘に移る。

「か、河原崎君っ！　河原崎君！」

沙織が『ＥＳ寄生』を引きつけている間に、里香が博孝を抱き起こす。それだけでも博孝は中に痛みが走ったが、に“何か”が詰まって聲が出なかった。急激に吐き気がこみ上げてきたので口を開くと、の塊が飛び出す。

どこか臓をやられたのか、と博孝は自分の吐いたを見て、他人事のように思った。それでもを吐いてしは気が楽になるが、の方はまったく言うことをきかない。

博孝は自ので赤く霞む視界で、自を抱きかかえる里香の顔を見ると、その頬に自分のが付著していることに気付いた。

「ごほっ！　……あ、あーあ……ご、ごめんな、俺ので汚しちゃって……」

元をせり上がってくるを飲み下しつつ、博孝は震える手をばし、里香の頬についたを拭おうとする。しかし、指も震えて上手く拭うことができなかった。

「あー……くそ……余計に、汚し、ちまった、か……」

掠れる聲で、博孝は呟く。その聲は本當に殘念そうで、里香はに塗れた博孝の手を握り締めた。

「い、いいからっ。そ、そんなのいいからっ」

「岡島さん！　『接合』を使うっすよ！　早く！」

「う、うんっ」

恭介の言葉に、里香は自が博孝を癒す手段を持っていることを思い出す。しかし、『接合』を使おうにも集中できず、その力を発揮することができなかった。

「岡島さん！？」

「ぅ……ど、どうして……」

六ヶ月間共に過ごしたクラスメートが、友達が、目の前で苦しんでいる。それだというのに、里香は自が持つＥＳ能力を発現することができない。そんな里香を見た恭介は思わず聲を荒げそうになるが、それよりも先に博孝が口を開いた。

「お、怒るな、よ……きょう、すけ……岡島さんの、せいじゃ、ない……」

「博孝……」

全に激痛が走りながらも口の端を吊り上げた博孝の言葉に、恭介は口を閉ざす。博孝は恭介から里香に視線を移すと、僅かにを吐き出してから話しかけた。

「そ、そういえば……一つ、謝っておかないと、いけなかったな……」

「……え？　な、なに？」

この狀況で一何を謝ることがあるのかと、里香は狼狽える。むしろ、庇ってもらった自分が謝るべきではないかと、里香は思った。そんな里香を見て、博孝は無理矢理笑ってみせる。

「さ、さっきに、ったの……ほ、本當に、悪気はなかったんだよ……でもまあ、ちょっと、役得かな、と、思ったけど、ね。は、はっはっは……」

このままでは、あとから謝ることもできそうにない。そう思っての、謝罪だった。それでも、暗くならないようにと、博孝はおどけるように言った。

そんな博孝の言葉を聞いた里香は、目に涙を溜めて顔を伏せる。何かを言おうとするが、言葉にできないようだった。

「あ、ちゃあ……やっべ、の子、泣かし、ちまったわ……」

それでも自の手を強く握り締めてくる里香の姿に、博孝はしだけ満足を覚えた。

自の負傷と引き換えに、里香に傷一つ負わせることなく守り通せたのだ。

そのことに満足して、徐々に明滅し始めた意識をい立たせ、博孝は青空を仰ぎ見た。

「あー……空、飛びたかったな……」

それだけを口にして、博孝はゆっくりと瞼を閉じる。それに合わせて、意識も遠退く。全が激痛に包まれているが、自の出でぬるま湯のように溫かい。

「博孝？　おい、博孝！？」

「河原崎君！」

消えかけの意識の中で、恭介や里香の聲が聞こえた。しかし、そこから再び目を開けることはできそうにない。

「河原崎！　無事か！？」

最後に砂原の聲が聞こえたような気もしたが、博孝はそのまま意識を手放すのだった。