《斷罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪を目指す(第三章完結)【書籍化、コミカライズ決定】》14.悪役令嬢は兄に見惚れる
クラウディアがヴァージルの部屋を訪ねたとき、彼はちょうど機に向かう手を止め、立ち上がったところだった。
背に窓からのをけて佇む青年の姿は、上背もあって迫力を生む。
艶のある黒髪がシルエットに沿い、スタイルの良さを際立たせた。
(お兄様もこの一年で背がびたから……それにしてもしいわ)
後がさしているように見え、その神的な姿にを打たれる。
いつもは冷たい印象を與える青い瞳も、日の溫かさを含み、澄んだ空を思わせた。
ドアからかない妹に、ヴァージルが問う。
「ディー? ぼうっとしてどうした?」
「すみません、お兄様の立ち姿に見惚れていましたの」
「なっ……か、からかうんじゃない」
本心を告げれば、口元に手を當ててヴァージルは照れる。
反応は可らしく映るものの、すっかり彼は大人へと長していた。
噓じゃありませんわ、と重ねて言いながらお茶の席に著く。
「ヘレンもそう思うわよね?」
「はい。流石、氷の貴公子であらせられます」
「お前たち、どこでそれを……!」
ヘレンに水を向ければ、み通りの答えが返ってきて頬が緩む。
「氷の貴公子」は、ヴァージルの社界での二つ名だった。
頭に「氷」とつくのは、キツい目元が表を冷たく見せるせいだろう。
「ご令嬢のみなさまは、お兄様に夢中だと聞いていますわ」
「やはりからかっているだろう? ご令嬢方は公爵家の名がしいだけだ」
「そうじゃない方もおられると思いますけど」
「どうだか」
羽蟲のようにまとわりつかれてうんざりする、とヴァージルは続ける。
爵位があるから仕方ないと割り切ってはいても、ご令嬢に囲まれると疲れてしまうそうだ。
「なら、わたくしが社界デビューをすれば、しは役立てるかもしれませんわね」
シルヴェスターの婚約者候補であるが、複數人いる中の候補だ。
基本的にクラウディアのエスコートは兄であるヴァージルが擔當する。
妹とはいえ、隣にが立っていれば、ご令嬢方も無理には迫ってこない。
「ディーに負擔をかけるつもりはない。でもお前も來年にはデビュタントか……」
貴族は十六歳になると社界デビューし、そのほとんどが王都にある學園へ通う。
十六歳から十八歳までの三年間在籍する學園は、學業を主としつつも、実質は年の近い貴族の社場だった。
男にとっては議會に出席する前の練習場であり、にとっては婚活の場だ。
國で流をにすることにより、他國から介をけにくい下地を作る意味合いもある。
「ディーが俺以外の男の視線に曬されるかと思うと心配だ」
「ふふ、お兄様、そういうことは好いた相手に言うものですわ」
「本當に心配しているんだ。俺から見てもディーは眩しいくらい魅力的になったからな」
ヴァージルが青年になったように、この一年でクラウディアのつきも大人顔負けになった。
出るところが出たおかげで、著られる服がなくなり、新しく仕立て直したくらいだ。
(でもまだおが小さいのよね。大きければいいってわけじゃないけれど)
クラウディアにしてみれば、全盛期を知っているだけにまだ足りない。
「ではわたくしはご令嬢からお兄様をお守りしますから、お兄様はご令息からわたくしを守ってくださいな」
「もちろんだ。ディーに近付く輩は、殿下の前に俺が斬り伏せてやる」
仮想敵を睨むヴァージルの顔付きは、氷の貴公子そのものだった。
鋭い視線に、わざとらしくクラウディアは肩を揺らす。
「お兄様、怖いですわ」
「す、すまない、ディーを怖がらせるつもりはなかった」
ヴァージルが眉を落とすと、すぐに和やかな雰囲気が戻ってくる。
しかしクラウディアがフェルミナの名前を出すと、再度ヴァージルの顔は険しくなった。
「フェルミナさんのお相手はどうするのかしら」
「どうせ父上がやるさ」
「最近の流行りから外れてしまいますけど」
父親がエスコートするのは悪いことではないが、最近の覚では「ダサい」とされる。
年近い相手を見繕うだけの伝手がなかったと思われるからだ。
「お父様にそれとなく伝えたほうがいいでしょうか」
「どうかな……実際相手を見つけるのも骨が折れるだろう。俺としては、あれをデビューさせる気がしれないが」
挨拶時の所作の荒さを、ヴァージルも気にしているらしい。
「慣れていないだけですよ。基礎は學んでいると聞きますし、一年もあれば大丈夫でしょう」
前のクラウディアはフェルミナを平民扱いしていたが、実のところ母親のリリスは男爵令嬢である。
フェルミナの祖父が功績を上げ、一代限りの爵位を授けられていたのだ。
極めて平民に近い立場ではあるものの、リリスも基本的な貴族の流儀は知っていた。
父親と出會ってからは金銭的な援助もあり、フェルミナも貴族として最低限の教育はけている。
あくまで最低限なのは、クラウディアの母親の目があったからだ。
母親が存命であれば、リリスとフェルミナが公爵家に籍を置くことはなかった。
男爵は、祖父の代だけのもの。いつかは平民になるのだから、下級貴族としての知識さえあれば十分だと判斷されても仕方ない。
(お母様が亡くなり、お父様がお二人を迎えれたことで、今までの知識だけでは通用しなくなったのよね)
それは継母となるリリスも一緒で、今後父親と公の場に出席するなら、公爵夫人としての立ち振る舞いを求められる。
流石に好奇の目に曬されるのをわかっていて、父親も引っ張りだしはしないだろうが。
デビュタントが済めば、クラウディアが継母の代わりに公の場へも出られる。遠慮したいところだけれど。
「ディーは、大丈夫か?」
珍しくヴァージルから窺うような視線を向けられて、クラウディアは目を瞬く。
「あれと同い年で、同じ場所に立つことも多くなるだろう。辛いとじたら、すぐ俺に言うんだぞ」
「はい。白狀すると、お兄様が味方でいてくださるから、あまり深く考えておりませんの」
ちろっと舌を出せば、ヴァージルは聲を出して笑った。
斷罪されたときとは真逆の表に、人知れずクラウディアは安心したのだった。
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