「すまない、追い詰める気はなかった」

背中に回された腕に力がこもり、抱き締められているのだと知る。

「君のことがしでも知りたかっただけで……すまない」

「……いいえ、わたくしのほうこそ、取りしてしまいました」

だから謝らないでくださいと、シルヴェスターのを押す。

しかし彼のはビクともしない。

それどころか腕の締め付けが増し、一段と著してしまう。

シルヴェスターの前髪が、さらりと耳にれた。

「これほど君を不安にさせるなら、彼は消してしまおうか」

ぞくりと腰に響く聲だった。

反的に肩が弾み、クラウディアは目を見開く。

驚きすぎて涙も引っ込んだ。

「シルヴェスター様？」

「そうすれば、クラウディアはもっと私のために、時間を作ってくれるだろう？」

「穏やかじゃないにも程があります。急にどうされたのですか？」

何がシルヴェスターを駆り立ててしまったのか。

取りしたのが悪かったのかと、狀況についていけない。

「想像以上に、フェルミナ嬢が君の心を占領しているようだからな」

「だから消そうと？」

「邪魔だろう？　君も彼がいなくなれば安心できる」

それで本當にフェルミナが消されたら、全く安心できない。

次がクラウディアにならない保証がどこにあるのか。

「シルヴェスター様のために時間を作るかは、わたくし次第ですわよ？」

「だとしても、彼がいて誰が得する？」

「いなくなったらお父様とリリスさんが悲しまれます。とりあえず落ち著いてください」

「私は落ち著いているが？」

「それはそれで怖いです……！　冷靜に人を消そうとしないでください！」

「むっ、怖いのか……」

ままならないな、とようやくシルヴェスターは考えを取り下げてくれた。

彼ならブティックをカフェに変えたように、サクッと済ませてしまいそうだ。

（オモチャを獨占できないのが、そんなに気にらないのかしら）

まさかシルヴェスターが、ここまでフェルミナに敵意を抱くとは。

けれど、おかげで考えさせられた。

フェルミナさえいなくなれば、問題は全て解決されるのか。

現に今、優位であるにもかかわらず、安心できないでいる。

フェルミナと決著がついたとして、第二、第三のフェルミナが現れないとは限らない。

そのたびに、見えない影に怯えるのだろうか。

（わたくしは、何か大事なものを見落としているのかもしれないわ）

クラウディアの答えは、まだ出ない。

◆◆◆◆◆◆

「お姉様、これはどういうことですか！？」

文化祭の準備も殘すところ、あと三日と迫ったとき。

その日も現場に出ていたクラウディアは、書類を一枚持ったフェルミナに大聲で詰め寄られた。

（いつの間に、取り巻きを作ったのかしら）

フェルミナは自分の背後で控える生徒たちと一緒に、クラウディアを睨んでいる。

在校生の中で、上級貴族の顔は派閥を問わず全て覚えていた。

記憶にないフェルミナの取り巻きは、下級貴族の子どもたちなのだろう。

突き付けられた書類を確認して、首を傾げる。

「け取り証明書？」

「生徒會が演奏をお願いしている楽団の、楽のけ取り証明書です！　ここにお姉様のサインがありますよね！」

示された通り、け取った人がサインを書く欄には、クラウディアの名前があった。

筆跡も似ている。

しかしサインした覚えもなければ、楽をけ取ってもいない。

そもそも楽が運ばれたのは式典場で、そちらへクラウディアは行っていなかった。

（何か罪を著せるつもり？）

フェルミナが大聲で詰問したことで、周囲に人だかりができはじめる。

ちょうど場所が下位クラスの教室前であることを考えると、作為をじずにはいられない。

新興貴族の多い下位クラスには、フェルミナに味方する生徒が多いからだ。

「偽造でしょう。わたくしはけ取っていません」

「しらばっくれないでください！　お姉様がけ取った楽の一部が、行方不明なんですよ！？」

続けてフェルミナは、配達人がクラウディアに渡したと証言していること。

既にこの件は生徒會へも報告済みだと話す。

「楽団の大切な楽を、どこへやったんですか！？」

（……この子は、本當に変わってないのね）

一方的な発言に、フェルミナがしようとしていることを察する。

これはお茶會と同じだ、と。

真実なんてどうでもいいのだろう。

集まってきた人たちに、クラウディアが悪だという印象さえ與えられれば、フェルミナとしては「勝ち」になる。

教室とは違い、本人が出張ってきたところはまだいいけれど。

「フェルミナさん、これは大事よ。生徒會でも調べる必要があるわ」

「忘れたんですか！？　いつも都合良く、あたしへの仕打ちを忘れるように！」