「シャーロット！　どうしてお母様の言うことが聞けないの！？」

甲高い母親の聲に肩が弾む。

卒業パーティーへ出かける前は誤魔化せたものの、帰ってきたところで、ボートネックのドレスに著替えたことがバレてしまった。

「で、殿下は、慎ましい方を好まれると聞いたので！」

用意していた言い訳を口にするも、母親の怒りは収まらない。

「何度言えばわかるのっ、殿方とはそういうものです！　口では貞淑を求めながら、結局は大きなが好きなのよ！」

背中を丸める娘とは対照的に、ずいっと母親は大きなを見せ付ける。

シャーロットの巨は、母親譲りだった。

しかし考え方までは倣えない。

「リンジー公爵令嬢を見れば一目瞭然でしょう！　あの貌とスタイルだから、殿下のお側にいられるんです！」

「でもっ」

反論は、両肩に手を置かれたことで封じられる。

「シャーロット、あなたは恵まれているのよ？　リンジー公爵令嬢と対峙すれば威圧されるだろうけれど、自信を持ちなさい。あなたには彼より優れている點があるの」

そんなものはない、と大聲でびたかった。

けれど母親に萎してしまった心が邪魔をする。

優しく頭をでられても、シャーロットは全く癒やされない。

不快だけが、ヘドロとなって腹の底に沈殿していった。

「くりっとした目は、殿方の保護をかき立てるわ。淡いピンク髪は、いつもあなたを明るく彩るし、低い長も殿方には可く映るのよ？　そしてこの誰にも負けない大きな！　に惹かれない殿方はいないわ！　これぞ気まぐれな神様からの贈りものよ！」

もう母親の言葉は耳にらない。

シャーロットは、どうすれば早く自室に帰れるかだけを考えていた。

◆◆◆◆◆◆

「殿方、殿方、お母様はそればっかり……」

ソファの上で、お気にりのクッションを抱える。

誰にどう見られているかは、シャーロットもよく理解していた。

シャーロットが姿を現せば、同世代に限らず、大人の男まで的な目を向けてくる。

それを察したからは、憎しみを向けられる。

もう何度、男好きだと噂されただろうか。

嫌な記憶が蘇り、目に涙が浮かんだ。

「こんなの、全然、贈りものじゃない……っ」

何を著ても不格好になるし、歩くだけで揶揄される。

お茶會で笑われたことも數え切れない。

理不盡だ。

ただが大きいだけで、どうしてこんな思いをしなきゃいけないのか。

顔な顔も大嫌いだった。

「せめて、クラウディアお姉様ぐらい大人びてたらなぁ」

本棚に隠してあった絵姿を手に取る。

描かれているのは、緩やかなクセのある黒髪を靡かせる、一人のしいだった。

家には緒で、畫家に頼んで描いてもらったものだ。

好きな人の風貌を伝えて絵に起こす令嬢は、シャーロットに限らない。

特にクラウディアは要が多いらしく、畫家も描き慣れていた。

「今日の白いドレスも、とっても素敵だった……挨拶、変に思われなかったかなぁ」

「クラウディアお姉様」とは、シャーロットが勝手に呼んでいるだけで、流が盛んなわけじゃない。

卒業パーティーでは絵ではない本を目の前にして、張してしまった。

「お母親は、まるでわかってないんですの」

威圧されるんじゃない、凜としたしさに魅了されるのだ。

はじめて顔を合わせたときの、青い瞳が忘れられない。

深い海のような青には、慈が満ちていた。

そして良くも悪くも誰もが反応するには、一切れられなかった。

話すときはじっと顔を見られて、照れたのを覚えている。

このとき、ようやく「の大きな令嬢」という記號ではなく、シャーロットという個人を見てもらえた気がした。

「クラウディアお姉様が聡明なのは、周知の事実なのに」

來期、シャーロットが學する學園で新生代表を務めたのは、みんな知っている。

文化祭というイベントもクラウディアの案だったと。

だから殿下にも認められている。

けれど見た目にしか評価基準を持たない母親は、それをけれない。

大きいだけで殿下を虜にできると、本気で信じている。

母親のが大好きな父親も同じ考えだから、始末に負えなかった。

◆◆◆◆◆◆

「今日はなんとしてでも、王弟殿下の気を引いてくるんですよ」

前回は王太子殿下の気を引けと言われ、うんざりする。

シャーロットのロジャー伯爵家は貴族派に組みし、現在微妙な立場であるのは理解している。

だから卒業パーティー前に念を押されたのは、仕方ないと思っていた。

「でも、バーリ王國の……」

「嫁ぎ先の選択肢は多いほうが良いに決まっているでしょう。それに王弟殿下は好きで有名な方です。あなたの魅力を存分に発揮してらっしゃい！　著替えることは許しませんよ！」

母親の指示で用意された、元が開いたワンピースに泣きたくなる。

これじゃあ男好きと噂されても文句は言えない。

気落ちするシャーロットに助け船を出してくれたのは、悩みを知ってくれている侍だった。

馬車に乗り込む際、そっとストールを渡してくれたのだ。

「お気を強くお持ちください。シャーロット様が可いのは事実ですから！」

「ありがとう……」

勵ましに勇気づけられてストールを握る。

けれど現実は、シャーロットの心をいとも容易く打ち砕いた。

「どうかシャーロット様を、友人にも紹介させてください」

「え、あの、待ってください」

従來とは違ったお茶會。

立食パーティーに近い形式でおこなわれたおかげで、會場は大いに盛り上がっていた。

クラウディアの手腕に銘をけつつ、シャーロットは無難な會話で場を繋ぐ。

だけだった、はずなのに。

庭へ通じるドアが開かれた音に、気を取られたのが悪かったのか。

バーリ王國の令息に腕を摑まれて、頭が真っ白になる。

「あの、困ります……っ」

「どうしてですか？　友人に紹介するだけですよ」

父親以外の男に腕を摑まれるなんて、はじめての経験だった。

振りほどけない力強さに、恐怖で心臓がむ。

令息の視線がに注がれているのも不安を煽った。

バーリ王國では、普通のことなんだろうか。

勉強した慣習にはなかった。自分が不勉強なだけ？

強く斷ったら失禮になる？

わからない、だってよく知らない人だもの。

ねぇ、誰か教えて。

辺りを見回しても、返ってくるのは好奇の視線ばかりで。

一緒にいたはずの友達は、いつの間にか離れて別の人と話している。

（お願い、誰か……っ）

絶で、目の前が真っ暗になる。

完全にパニックに陥っていた。

ただ怖かった。

よく知らない男に、腕を摑まれているのが。

どうして自分ばかり、こんな目に遭うのか。

過去のガーデンパーティーで、腰を抱かれて茂みに連れ込まれそうになった記憶が蘇る。

そのときは、寸でで友達が気付いてくれた。

けれど今回は気付いてくれない。

「さぁ、行きましょう」

いや！

んでも聲が出ない。

目で訴えても、誰も助けてくれない。

どうして、どうして、どうして。

が大きいだけで、蔑まれるの。

（あたしだって、こんなしくなかった……！）

涙で視界が歪む。

心臓が今にも破裂しそうで、周囲の音も聞こえない。

悸がうるさかった。

なのに。

空気が歓喜に震えたのをじ、視線を向ける。

「シャーロット様はこちらにいらしたのね。いつまで待っても空いた席に來られないから、迎えに來てしまいましたわ」

その瞬間、世界がを取り戻した。

たおやかに扇が煽られる。

繊細なバラの刺繍が、彼を表していた。

手元では蝶貝細工が虹にきらめき、見るものにを與える。

それはシャーロットにとって、他ならぬ希のだった。