《斷罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪を目指す(第三章完結)【書籍化、コミカライズ決定】》17.悪役令嬢はやり過ぎる
シャーロットが自のコンプレックスについてとつとつと語る間、クラウディアは彼の背中をで続けた。
ボディタッチに癒やし効果があることを、経験上知っていたからだ。
案外、娼婦に癒やしを求める客は多い。
そんなときは長で大柄な客ほど、頭や背中をでてあやすと喜ばれた。
(シャーロット様には、功験がないのね)
大きなにまつわる嫌な記憶しかないから、それがコンプレックスになる。
難しいのは、彼の母親が言うように男の興味を引いても、シャーロットには功験にならないところだ。
そのことに味方であってしい母親が気付いていない。
「のせいで男にはいやらしい目で見られるし、には嫌われるし、もう全然良いことがないんです」
シャーロットはすっかり肩を落としてしまっている。
丸まった背中には、悲しみが満ちていた。
コンプレックスのせいでだけじゃなく、自分にまで自信が持てなくなっているのだ。
「悩ましいわね」
一朝一夕で解決できる問題ではない。
それでもクラウディアは、シャーロットの悩みに付き合うことを決めた。
彼は何も悪くないのに、このままでは男恐怖癥にだってなりかねない。
「これはめにならないかもしれないけど、シャーロット様は認識が偏ってしまっているところがあるわ」
「認識がですか?」
「えぇ、先に紅茶を飲んで溫まりましょうか。だって渇いているでしょう?」
落ち著いて話ができそうだったので、ヘレンに新しく紅茶を淹れてもらう。
爽やかな茶葉の香りに、二人揃ってほう、と息をついた。
ヘレンの淹れてくれる紅茶はおいしい。
「まず、男全員が大きなを好きではないことね。シャーロット様のお母様には悪いけれど、おが好きな人もいれば、足にしか魅力をじない人だっているわ」
そしてに興味のない人は、自らシャーロットへ近付いてはいかない。
すると寄ってくるのは大きなが好きな人だけになる。
結果、邪な男ばかりが視界に映って、シャーロットはその他の男を認識できず、視野狹窄に陥っていた。
これは同じ型の母親にも言えることだろう。
「社界デビューすれば、出會いが増えるわ。このことを意識しておけば、に興味のない男も見つけられるはずよ」
(紳士的な男が親戚にいれば、適度に視野も広がったのでしょうけど)
殘念ながら話を聞く限り、シャーロットの近には即的な人しかいなさそうだった。
加えて、嫌なことほど記憶に殘りやすい。
すぐに認識を改めるのが難しいことは、クラウディアもわかっていた。
けれど考えるきっかけは必要だ。
シャーロットが頷くのを見て、話を続ける。
「次はについてね。ほとんどのはあなたを嫌っているのではなくて、羨ましがっているのよ。今、シャーロット様は、小さなの人を見たら羨ましく思うでしょう?」
飴の瞳を覗き込めば、シャーロットは力強く答えた。
「はい、羨ましいですの」
「それと同じで、が小さい人は、あなたが羨ましくて仕方がないのよ。わたくしだって、シャーロット様の容姿に憧れるわ」
「か、完璧なクラウディア様がですか!?」
「ふふ、完璧な人間なんていないわ。わたくしなんて、このつり目のせいで怖がられることが多いもの」
大きくて可いらしいシャーロット様のような目が良かったと続ければ、彼は顔を真っ赤にして首を橫に振った。
「違います! みんな怖がっているんじゃなくて、クラウディア様の貌に張してるだけですの!」
力説してくれるシャーロットの頭をでる。
彼がとても好意的に見てくれているのが嬉しかった。
フェルミナなら、きっと涙ながらにクラウディアへの恐怖を訴えただろう。
「シャーロット様はわたくしを勵ましてくださるのね」
「當然です!」
「だったら、わたくしがシャーロット様を勵ましたい気持ちも、同じだとわかってくださるかしら?」
「同じ……」
「羨ましいと、憧れるのもね。結局は無いものねだりなのだけど。揶揄したり蔑んでくる人がいないとは言わないわ。でもほとんどの人は、あなたが嫌いなのではなくて、羨ましがっているのよ」
「そうでしょうか? あたしはクラウディア様みたいに綺麗じゃないし……っ」
俯くシャーロットの顎に、人差し指を添える。
顔を上向かせると、その大きな目をじっと見つめた。
「あなたは綺麗よ、シャーロット。わたくしが保証するわ」
「く、クラウディア様……」
それにとても可いわ、と微笑む。
呼び捨てにしたのは、斷言することでシャーロットの記憶に言葉を刻むためだ。
のせいで自信をなくしている彼には、それが必要だと思った。
顎を持ち上げていた手で頬をで、ピンクの髪を耳にかける。
耳の郭に指を這わすと、シャーロットはびくりとを震わせて、飴の瞳を潤ませた。
「らかな頬が、りんごのように真っ赤になるのもらしいわ。他にもたくさん素敵なところはあるけれど、今日はもう時間がないわね。後日またおいしても良いかしら?」
「は、はいぃっ」
「次に會うときは、シャーロット様がしでもを気にしないでいられるよう、対策を考えましょう」
「えっ、あの、相談にのってくださるんですか!?」
「えぇ、もちろん。シャーロット様が悲しむ顔を、もう見たくありませんもの」
「は、はひゅ……っ」
今一度、上気した頬をでれば、シャーロットから空気が抜けた。
侍に付き添われ、フラつく足で帰るのを見送る。
「大丈夫かしら?」
「クラウディア様、やり過ぎです」
「あら……?」
どうやら娼婦時代の覚で、りすぎていたらしい。
初心な令嬢には刺激が強すぎるとヘレンに指摘され、クラウディアは素直に反省した。
◆◆◆◆◆◆
その日の夜、クラウディアは再びラウルの訪問をけて慌てた。
嗜みを整えて、応接間へと急ぐ。
部屋にる前、ヘレンにはコーヒーと甘味の用意を頼んだ。
「すみません、お待たせいたしましたわ」
「いや、こちらこそ悪い。今日のことをどうしても謝っておきたくてな」
レステーアから件の令息の報告をけ、居ても立ってもいられなくなったのだという。
ラウルの隣に座るレステーアからも頭を下げられた。
「クラウディアには、あれだけもてなしてもらったというのに……問題を起こして悪かった」
「ラウル様がお気になさることではありませんわ。それにわたくしは、當事者ではありませんから」
「あぁ、シャーロット嬢はどんな様子だ? まずは文面で謝罪させようと思うんだが」
「それがよろしいと思います。まだ彼に対する恐怖心が殘っているでしょうから」
「オレにできることがあれば、何でも言ってくれ。普段は冷靜なヤツなんだが、どうもシャーロット嬢を前に舞い上がったらしくてな……だとしても、ご令嬢を怖がらせるなんて言語道斷だ」
ラウルは苦蟲をかみつぶしたような顔になる。
が苦手であっても、令息の対応は彼の倫理観が許さないらしい。
「これだけラウル様が気に掛けてくださっているのですもの、シャーロット様が心を安らかにされる日は、きっと近いですわ」
「そうであることを願う。全く……」
「今はこれ以上、どうすることもできませんわ。コーヒーを用意させましたから、ぜひ飲んでいってくださいませ」
テーブルの上に、コーヒーと糖度の高い焼き菓子が並ぶ。
クリームをクッキーで挾んだそれは、ラウルの好だった。
「ははっ、クラウディアは、オレのしいものがよくわかるな」
「わたくしも心労が溜まると、甘いものが食べたくなりますから」
「なるほど、似たところがあるんだな。……もしかして男が苦手だったりするか?」
「いいえ?」
まさかそういう結論に至るとは思わず、目を瞬く。
訊いてきたラウルも、極論過ぎたかと苦笑した。
「オレはが苦手なんだ」
突然の告白だった。
ラウルらしいといえば、らしいけれど。
(こんなにも早く打ち明けられるなんて……)
口が裂けても、知っています、とは言えない。
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