《斷罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪を目指す(第三章完結)【書籍化、コミカライズ決定】》27.王太子殿下は黙考する
シルヴェスターは姿勢を正し、正面で歓聲をけてから壇上をあとにする。
演壇を降りれば、恭しく頭を下げる行政が目にった。
珍しく不健康そうな顔に、の気が戻っている。
「服の至りでございます。ご支援ありがとうございました」
「必要なことをしたまでだ。あとはそなたにかかっている」
フォローはした。
けれど今後のおこない次第では水皰に帰する。
あとは行政が、地道に住民たちとの距離をめていくしかない。
行政は重々しく頷くと、部下に呼ばれてシルヴェスターの前を辭した。
引き続き、広場では地元の役人によって、最近頻出している詐欺について語られる。
それが工作員への対応策として、シルヴェスターが出した答えだった。
――を騙り、住まいを奪う詐欺が橫行している。
だから手紙ででも、にしか通じないの暗號を決めておこう。
住民たちは、役人からそう話される。
騙されれば、住む場所がなくなるぞ、と。
これで解決できるとは思えないが、王都でも同様に話を広めれば注意喚起にはなるだろう。
住民たちの経済事を鑑みれば、借家であっても帰る家がなくなることが一番の痛手だった。
「シルっ、とても素晴らしかったです!」
興した様子で駆け寄ってきたトリスタンに頷きで答える。
神々しい登場から、未だ止まない歓聲。
広場を席巻したシルヴェスターに、赤の馴染みは高揚が治まらないらしい。
それはトリスタンに限らず、演説を見守っていた護衛騎士たちにも言えた。
誰もが上気した顔でシルヴェスターを見ている。
普段行を共にしてるものたちですらこうなのだから、シルヴェスターは改めて広場の効果を実した。
グラスターの広場は、都市計畫の時點で、の通り道となるよう計算されていた。
決まった時間に壇上へが集まるよう、周囲の建は特殊な配置になっている。
そうすることで會場となる広場からは逆になり、壇上に人が立つとを背負っているように見えるのだ。
日のを利用した、神々しさの演出。
こうした視覚効果は、王城や上級貴族の屋敷にも取りれられているが、どれも個人向けのもので、大勢に対し演出効果をもたらすのはグラスターの広場だけだった。
歴史背景もあるが、王家がグラスターを重寶する一番の理由はこれだ。
國外に、王家が特別な存在であることを広めやすい。
遊詩人が謳う「グラスターの夢」は、王家のプロパガンダだった。
今日集まった住民たちも正に夢心地で、に包まれたシルヴェスターを讃えるだろう。
いかに王太子が自分たち平民と違う崇高な存在か。それでいて、きまぐれな神とは違い、目の前で聲が聞ける存在でもあるのだと。
流通の拠點である港町ブレナークは、報の拡散にもってこいの場所だ。
そして人伝の話には尾ひれがつくものだった。
(効果的ではあるが、より一層気を引き締めねばな)
実際に會ってみたら前評判と違いがっかりした、なんてことはあってはならない。
父親の「勉強してこい」という言葉の真意はここにある。
人の期待に応えるということ。
グラスターでの演説は、自ら期待値を上げるような行為だ。
効果は抜群だが、諸刃の剣でもあった。
シルヴェスターは今まで以上に、期待に報いることを強いられる。
しかしこの重圧を乗り越えられなければ、國王になる資格などない。
平民の模範となる貴族。
その貴族を束ねる國王が、常人であることなど許されないのだ。
気付いたときには、無意識にハンカチを手に取っていた。
刺繍の凸凹にれ、人知れず息を吐く。
(ディアに會いたい)
完璧な淑と評される婚約者は、一番シルヴェスターと近い場所にいた。
親という意味でもそうだが、公爵令嬢としても、発表されれば婚約者として人々の期待に曬される立場としても。
クラウディアは人目には凜々しく映る。
本人もそうであろうと努力していた。
けれど脆い部分があることを、シルヴェスターは知っている。
今でも義妹が怖いと泣く姿を思いだすたび、恐ろしいほどの激にとらわれる。
もう過去のことだが、頭の中では何度も義妹を屠っていた。
そしてシルヴェスターにとっては、このクラウディアの弱い一面が救いになった。
いつでもしく毅然として見えるクラウディアでも、常人と同じように悩み、涙することがあるのだと。
許された気がした。
彼の前では、自分も常人であってもいいと。
ずっと次代の國王であることをまれて生きてきた。そこれそ息つく暇がないほどに。
グラスターに來る前から、シルヴェスターはずっと人の期待に応え続けてきていたのだ。
クラウディアになら、本來の自分を、シルヴェスターという個人を見せられる。
意図せず、行を間違ったこともあるが。
(ディアも同じ気持ちでいてくれているだろうか)
しい。
クラウディアを思えば、律することに慣れた人形の様な心が自然と溫かくなる。
自分も常人と変わらない一面があることを思いだせた。
(じることなどないと、自負していた頃の自分がバカバカしい)
厳しい教育の末、を隠すことなどお手のものだ。
事実、クラウディアに會うまでは、どんなも制できていた。
(けれどもう無理だな)
出會ってしまった。
クラウディアを知ってしまった。
男慣れしているようで、ダンス以外でシルヴェスターが腰を抱けば慌てる彼を。
妖艶に微笑んでいても、間合いを崩せば、真っ赤になる彼を。
私を思って、と離れた距離に不安を抱く、可い彼を。
「予定はこれで全て消化したな」
一刻も早く王都へ帰り、クラウディアをに抱きたかった。
緩やかなクセのある黒髪のを楽しみたい。
手を出してしまいそうになる自分を、笑いながら叱ってしい。そうすれば踏みとどまっていられる。
視察でやるべきことは終わった。
今まで以上に期待に応えろというのなら、やり遂げてみせよう。
立ち止まることが許されないなら、前へ進み続けるまでだ。
疲れたら彼を思えばいい。それで全て乗り越えられる。
気持ちを新たに馬車へ乗り込んだところで、行政が報告にやって來る。
顔から先ほどの赤みは消えていた。
容は、市場で捕まえた青年についてだった。
「彼が工作員で間違いありませんでした。ただ殘念なことに、尋問前に自死したとのことです」
「見張りをつけていなかったのか?」
「いいえ、見張りの前で突然痙攣しはじめました。醫者によれば、拘束される前に毒を口に含んでいたのではないかと」
「尋問されるとわかって、毒を飲み込んだのか」
これではどこから送られた工作員なのか判斷がつかない。
他國の可能もあれば、王家に不満を抱く自國の不穏分子によるものかもしれないのだ。
けれど行政はあたりをつけていた。
「バーリ王國のものと思われます」
シルヴェスターは頭痛を覚え、こめかみを押さえる。
よりによって、現在王都に滯在中のラウルの國の人間だという。
「間違いが許されないことはわかっているな」
行政が有能であることは、他でもないシルヴェスターが知っている。
彼が進言したならば、相応の確証があって當然だが、聞き返さずにはいられなかった。
事の重大さを理解している行政は、神妙に頷いてから答える。
「工作員が潛んでいた家で、証拠を見つけました。これなら、どこから侵されたのかも説明がつきます」
示された証拠は複數あり、シルヴェスターは嫌でも納得せざるを得ない。
更なる報告を聞いたときには、天を仰ぎたくなった。
「王弟殿下のサインがった、工作の指示書が見つかりました」
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