《【書籍化】厳つい顔で兇悪騎士団長と恐れられる公爵様の最後の婚活相手は社界の幻の花でした》幻の花
婚約が決まった翌日、すぐに陛下の執務室へ向かった。
俺の縁談についてずっと心配をかけているので、婚約が立したことを早く報告したかったのだ。
ノックをするとすぐに応答があり、側から侍従のマルコが扉を開けてくれたので室する。
まだ朝早いが既に執務機に座り、積まれた書類に向かっていた陛下が顔を上げる。橫には監視するように宰相のアントニオが立っていた。
陛下と宰相のアントニオ、陛下の侍従のマルコ、俺の4人は馴染だ。
6年前。前王が末の王弟に起こされたクーデターは失敗に終わったが、多くの犠牲を出した。
前王は生き延びたものの、責任を取り王位を王太子であった現王に譲り、當時の宰相や大臣の多くは反軍により命を落としている。そのため、現王の王政に攜わるのは若い世代が多い。
―――ヴァレリオもその一人。
前任の総騎士団長がクーデターの黒幕で、當時の騎士団員の多くもかに取り込まれクーデター側に加わっていた。王太子付きの筆頭近衛騎士になったばかりで夜會會場にいたヴァレリオは王や王太子を守り、反軍の黒幕を討った功績でヴァレリオが総騎士団長に選ばれたのだった。
「朝から失禮します。しお時間よろしいでしょうか」
「おはよ。改まってどうした?急の案件?」
「いえ。私事ですが婚約が立いたしましたので、その報告に參りました」
「え!うっそ!ついに決まった!?ちょっ、ちょっと待って、ちゃんと聞きたい!詳しく!待って待って!」
陛下は持っていたペンを放り出すといそいそと応接セットのひとり掛けソファに移し、皆にも手で著席を促した。
アントニオは持っていた書類を執務機に素早く置き、マルコは陛下が投げ出したペンを拾い上げた。そしてふたりともすぐにソファに並んで座り、すでに話を聞く勢になっている。
元々將來の王とその側近候補としてい頃から共に育ってきた4人だったが、國王になってもざっくばらんな陛下の格も相まって、4人だけの時はいまだに気安い雰囲気で話をすることも多い。こういう時の団結力はい頃に協力して悪戯をしたときを彷彿とさせる。
3人とも今はすっかり國王と臣下ではなく、ただの馴染としての顔をしているし、俺もそうする。
「それで?相手は?誰なんだ?」
「そう!相手が気になる!早く!勿ぶらないでよ?」
「ヴァレリオをけれてくれる強心臓なご令嬢がいたとはな。興味深い」
俺がソファに腰を掛けると、待ちきれないとばかりに陛下とマルコがを乗り出して聞いてくる。
ニヤニヤと笑いながら酷い事を言うのは、宰相になって腹黒っぷりを憾無く発揮しているアントニオだ。
「相手は、リラ・サランジェ伯爵令嬢だ」
「…………は?」
「リラ・サランジェ伯爵令嬢」
「「はぁぁあああぁぁあぁぁぁ!?」」
何故か陛下に聞き返されたからもう一度相手の令嬢の名前を告げると、今度は陛下以外の2人が口を揃えて絶した。2人の絶が執務室にこだまする。
ドンドンドン!とドアが強く叩かれて「開けます!!」と聲がした。ドア前や周辺で警備している騎士らがなだれ込んで來た。
「如何なさいましたか!?大丈夫ですか!?」
「何でもない!大丈夫だ。下がっていい」
「……大変失禮いたしました」
俺の婚約報告で2人が絶したなど恥ずかしくて部下に言えるはずがない。騎士らは室をぐるりと見渡し、テーブルを囲む我々しかいないことを確認して出て行った。
騎士が下がり、完全にドアを閉めたのを確認してから2人の絶の理由を聞く。
「なに?彼になにかあるの?」
皆の反応に不安が押し寄せてくる。やはり何か裏があるのか、いわくつきの令嬢だったのか?
「ヴァレリオと幻の花か……」
「噓だと言ってくれ!」
「幻の花が、で、いや最早公然と兇悪と言われているヴァレリオと?世も末じゃないか?信じられん……」
「噓じゃないけど、なに?その幻の花って?あと、さっきからアントニオ酷い」
皆が言っている幻の花とは何かの隠語だろうか?
総騎士団長をしていれば城や騎士団でわされる様々な隠語にも詳しくなるが、初耳だった。
雰囲気的に毒の隠語にありそうだけど、聞いたことがない。
「え?ヴァレリオってば幻の花を知らないの?」
「ヴァレリオは令嬢に興味がなさすぎじゃないか?婚活してたと思えない」
「幻の花とはリラ・サランジェ伯爵令嬢の事だ」
話の流れで幻の花とはリラ嬢の事を指しているのは分かったけど、幻の花とは何のことで、どうしてリラ嬢がそう言われているのかが全く分からなかった。
誰かもうし分かりやすく説明してくれないだろうか。
「リラ・サランジェ伯爵令嬢はとてもしいから社界の花!と言いたいところだけど、彼は病弱らしく年に一度、王族主催の夜會にしか顔を出さない」
「そんなに病弱なのか?」
「さあ?社界に全然顔を出さないから実際のところはよく分からないが、病弱として通ってる」
「そう。それで、王宮の夜會にしか顔を出さない上に、いつも王族が出て來る頃に遅れてやって來て、気付けばいつの間にかいなくなってる。存在自が幻の様だと誰かが言ったのが広まって、社界の幻の花と言われてるんだ。青みがかった薄紫の瞳のから、幻の忘れな草と言われることもあるな」
「年一回の王宮の夜會しか出ない上に、來るタイミングと帰るタイミングが王族とほぼ同じだから、実は落とし胤説が出たくらい」
「それはまた妙な噂が流れたもんだ」
「俺としては噂通りにあの子が妹だったら良かったんだけどなぁ。お淑やかそうだし」
「陛下、王殿下に聞かれたら怒られますよ」
それにしても、そんなに病弱なのか?
昨日のリラ嬢の様子を思い出してみる。
確かに華奢で白で儚げな雰囲気ではあったが、顔は悪くなかった。むしろ、頬がピンクに染まってが良さそうに見えたくらいだ。もしかしてあれは熱でもあったのだろうか?
しかし、王族主催の夜會にしか參加できないほどに病弱というのが本當なのだとしたら、それは困る。
俺には公爵家當主として跡取りを殘す責務があるのだ。
むしろ、そのために結婚しなければと焦っているのだから。病弱だと妊娠出産に耐えられないのではないか?
「あ~いいなぁ。幻の花!人だよね。俺が縁談を申し込んでたらけれてくれたかなぁ?」
「陛下。陛下には然るべき相手をちゃんと選んでいただかなければなりません」
軽口をたたく陛下に、宰相の顔をしてアントニオが答えている。
「ヴァレリオが30歳までに相手を見つけなかったら、妹の降嫁先にしようと思っていたのに」
「それは流石に荷が重い……」
「ヴァレリオが30歳になれば、妹は18歳になるし丁度良いかと思ってたんだけどなぁ。妹はヴァレリオを怖がらないし」
「陛下。12も歳上な上に、この厳つい顔が殿下の夫では王殿下があまりに不憫。それに王殿下にも然るべき方を選ばなければなりません」
「あまりに不憫て。アントニオ酷い……」
それにしても。
もしやリラ嬢は病弱で縁談が來なくて困っていたところに俺から申し込みが來たから、病弱であることを隠して?
だからあんなに用意周到に婚約立まで持って行ったのか?
その線は考えていなかったが、可能としては充分考えられるな。
「しっかし、なんでヴァレリオなんだろう?降るように縁談が來ているのに全部斷わってるって聞いたよ」
「そうなのか?」
「うん。だってあの貌だよ。家を継ぐ予定のない次男三男からは婿として、養子を取れる見込みがある奴なんかは病弱でも良いから妻にってまれているらしいよ。斷られてるのに何度も申し込む奴もいるらしい」
そこまで人気なのか。
それならば何故?
謎はますます深まってしまった。
「これでヴァレリオの婚活終了か。良かったね」
「それはどうかな。無事に結婚できるまでは油斷できないだろう」
「アントニオ酷いよ……」
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