《【本編完結済】 拝啓勇者様。に転生したので、もう國には戻れません! ~伝説の魔は二度目の人生でも最強でした~ 【書籍発売中&コミカライズ企畫進行中】》第3話 病気の治療
前回までのあらすじ
婆ちゃんはリタになった。
決して食はなかったが、それでも何とか空腹がまぎれる程度には胃に粥を流し込んだ。
そして一仕事終えたアニエスは、再び睡魔に襲われる。
食事という、たったそれだけの行為であるのに簡単に力を使い果たしてしまう。
あまりに虛弱すぎるこのでは先が思いやられるが、とにかくいまは力の回復に努めるべきだろう。
「リタ、お腹いっぱいになった? あなたがまた食事をしてくれるなんて嬉しいわ。さぁ、ゆっくり休むのよ。そして早く元気になってね」
母親がアニエスの頭を優しくでると、その後ろに父親の姿が見えた。
彼も優しげな微笑みを浮かべながら、微睡む娘の姿をいつまでも見つめ続けていたのだった。
彼らは自分をリタだと思っている。
しかし、実はそうではない。
自分はブルゴー王國が誇る宮廷魔法使いアニエスだ。
そして勇者ケビンの養育者にして教育者でもある。
年齢はとうに二百歳を超えており、の頃の思い出など遙か遠くにあって今となっては思い出すのも難しい。
そんな自分がいまさら三歳のとして振舞わなければいけないのは何とも難儀なことだが、いまは彼らに疑問を持たれるのは危険だ。
全く口惜しいが、いまのこのでは彼らの庇護なしには生きていけない。
だから今はまだ真実を伝えるべきではないのだ。
なにより彼らを再び悲しみの淵に突き落とすのはあまりにも不憫だろう。
娘の蘇生に涙を流して喜んでいるのだから、できればそのままにしてあげたい。
だから自分は、このままリタとして生きて行こうと思うのだ。
――――
それから數日経った。
アニエス――リタは食がなくても無理に食事を摂って力の回復に努めつつ、両親の會話を含めて周囲に注意を向けていた。
そしてない報ではあったが、頭の中で整理する。
食が戻り顔がし良くなってきた娘の様子を気にしながら、時折ニコリと微笑んでくる若い。
彼は自分の母親だ。
名前は「エメ」、年齢は二十代前半のように見える
エメは小柄で可らしい容姿ので、もうし小奇麗な格好をしていれば十代でも通用するほどに若く見える。
日に焼けて顔は黒いが、服をぐと真っ白なをしているところをみると、本來の彼は白なのだろう。
髪は白に近い金髪――プラチナブロンドで、瞳はき通るような青だ。
その整った顔立ちは、遠目に見ても十分に人であることがわかる。
真っ黒に日に焼けて末な服を著ていてもその貌はり輝き、大きく盛り上がったは服の上からでも破壊力抜群だった。
父親の名前は「フェル」だ。
彼はエメよりも幾つか年上の二十代中頃の青年で、スラリと背が高く線の細い型は、凡《およ》そ農民には見えない。
銀の髪に灰の瞳の中々の丈夫で、やはり真っ黒に日焼けをしているが本來は白らしい。
そんな二人が溺する一人娘が自分――リタだ。
鏡がないので実際に見たことはないが、両親の會話から推察する限り、自分はエメにそっくりらしい。
母譲りのプラチナブロンドの髪に、父譲りの灰の瞳を持つ可らしい児で、將來は絶対に人になると言われていた。
もっともそれは、親の贔屓目(ひいきめ)もあるのだろうが。
そんな自分は生まれた時から病弱で、殆ど家から出たことがないらしい。
慢の頭痛持ちのうえに、しをかすだけで熱が出て何日も寢込んでしまう。
生まれた時から長くは生きられないと言われていたらしく、遂に先日その壽命が盡きたのだった。
もっともそのおかげでアニエスは転生の魔法を功させられたのだが。
リタの脳に意識がり込んだせいなのか、まるで自分自のようにリタの記憶が殘っている。
もちろん赤ん坊の頃は不鮮明だが、大凡(おおよそ)一歳以降の記憶ははっきりと憶えていた。
だから両親の前では完全にリタになりきることが出來るし、彼らに怪しまれるようなこともなかった。
ずっと寢たきりだったせいか、リタは言葉の発達が遅いようだ。
もちろん言葉は理解できるし単語を発することもできるのだが、それを會話にするのが苦手だったのだ。
両親はその原因を環境のせいだと思っているらしい。
しかしアニエスが思うに、それは別に原因がありそうだった。
ここは何処かの田舎の貧しい村のようだ。
村の名前は「オルカホ村」だが、アニエスの記憶の中にそんな名前の村は無かった。
仮にブルゴー王國ではなかったとしても、使っている言語が大陸公用語であることから幾つか國は推定できる。
しかし未だに両親の會話の中から國の名前を拾うことはできなかった。
村の中でもリタの家は最下層に位置するらしく、家族が暮らすこの家は小さくてぼろぼろだ。
雨が降れば其処彼処(そこかしこ)に雨りはするし、隙間風も通り抜ける。
自分はもとより、両親が著ている服も古くてり切れているし、なにより毎日同じ服を著ている。
出てくる食事はいパンとしの野菜がった味の薄いスープばかりだ。
もっとも未だ調が元に戻らないリタは、毎日パン粥とスープしか食べられないので文句を言うこともできないのだが。
それでもこの食事には十分に栄養があるとは思えないので、病気が治り次第食生活の改善に取り組まなければならないだろう。
それにしても調が良くならない。
このは恐らく先天的な障害を抱えているように思えるが、未だにその原因が特定できない。
もうし力が戻ってきたら、全に治癒魔法をかけて様子を見てみよう。
――――
アニエスがリタのにり込んでから十日が経った。
その間も両親は獻的にリタの看病を続けていた。
もちろん日中は二人とも外仕事があるので付きっ切りにはなれないが、それでも仕事中に何度も様子を見に來てくれたし、家にいる間はずっと付いてくれている。
そんな二人を見ていると、リタの心の中に何か溫かいものが溢れてくるのだった。
二百歳を超えるアニエスには、両親の記憶は殆どない。
それが遙か昔のことであるのはもちろんだが、実は彼は孤児だったからだ。
生まれつき魔力の強かった彼には普段から不思議なことが多く起こり、それを気味悪がった両親がいアニエスを捨てたのだ。
その後の數年間、彼は浮浪児としての生活を余儀なくされ、最後には道端で死しかけていた。
そんな彼を見つけ、拾い上げたのが後の師匠になる宮廷魔師だったのだ。
日増しに食と力が戻りつつあるリタを獻的に看病しつつ、両親は々な話をしてくれる。
するとリタは、両親に対して返事も満足に出來ない自分に次第にイラつくようになっていく。
自分が上手く話せないのは、恐らく病気が原因だ。
そして言語機能は脳が司(つかさど)る。
つまりこの病気の病巣は、脳の何処かにあるのではないだろうか。
力のないこので魔力切れを起こすと命にかかわる。
だから今まで控えていたが、リタはそろそろ自分に治癒魔法をかけてみようと思っていた。
リタ――アニエスの魔法の専門は、攻撃、広域殲滅、召喚と幅広いが、治癒系も基本は一通り押さえているのだ。
この十日間無理やりにでも胃に食事を流し込んで來た果もあり、ようやく彼は魔法が使えるまでに力が回復していた。
それでもこの病気持ちのすぎるでは突然何が起こるかわからないので、彼は慎重に魔法をかけ始めたのだった。
まずはお腹だ。
両手に魔力を漲らせたリタは、己の腹に両手を當てながら治癒の呪文を唱える。
しかしぼんやりとした溫かいものが腹にってくる覚はあるが、特別調が良くなったようにもじられなかったので一旦そこでやめることにした。
次はだ。
お腹と同様に両手を當てて再度呪文を唱える。
しかしやはり何かが変わったようにはじられない。
最後は頭だ。
最初に予想した通り、やはり脳に異常があるのだろうか。
しかし脳に治癒魔法をかけると思わぬ副作用が出ることがあるので、ここはかなり慎重にしなければならない。
仮に失敗した場合はそのまま死んでしまうこともあるからだ。
両手の掌を頭に當てながら、ゆっくりと治癒魔法をかけていく。
そしてしずつ位置をずらしながら唱え続けると、一ヵ所だけ違和をじる部分があった。
場所を特定し、そこに重點的に魔法をかけていく。
するとこれまでずっとじていた頭の重さが抜けていくのをじると同時に、慢的な頭痛も軽くなっていく。
やはり病巣は脳にあったのだ。
その後もリタは力が続く限り呪文を唱え続けると、次第に頭は軽くなり、腳の痺れも取れていった。
力の限界まで魔法を使ったせいで、疲れ切ったリタはそのまま眠ってしまう。
そこに農作業から帰って來た両親が様子を見に來た。
「リタ――? リタ? ――あぁ、眠っているのか」
目を瞑ってかなくなっている娘の姿に不安を覚えたのだろう。
家に帰って來るなりフェルが心配そうにリタの小さな鼻に掌をかざした。
そしてかすかな寢息をじ取ると、ホッと安堵の溜息を吐いたのだった。
「なぁエメ、リタはだいぶ元気になってきたけど、やはり本的に病を治すしかないのだろうな」
「そうね…… この前は信じられないような奇跡が起こったけれど、この先何度も同じことが起こるとも思えない。 ……次に発作を起こしたら、この子はきっと死んでしまうでしょうね。でもお醫者様に訊いても何の病気かわからないって言うし……」
「ここはやはり父上に頼るしかないのか――」
「……そうね、あんなことを仕出かして今さら頭を下げても許してくれるかはわからないけれど――この子を想うならそれも必要かもしれないわね」
まるで絞り出すような言葉を聞きながら、エメは苦しそうに顔を伏せる。
そんな顔をしていても、彼のその整った顔立ちには何処か気品がじられた。
「そうだな。この子のためなら、こんな頭の一つや二つ下げたところでどうにかなるものでもないだろう」
「そうね……その通りね……」
両親の気配にもまるで起きる様子を見せないリタ。
そんな最の娘を見つめる彼らの顔には、何か決意のようなものが漲っていたのだった。
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