前回までのあらすじ

冥界の四天王イフリートの鼻息は1,000℃

「勇者ケビンよ。魔アニエスはまだ見つからんのか？」

豪奢な裝飾の目立つ広い室に、低く荘厳な聲がこだまする。

ここはブルゴー王國の王城にある謁見の間。

今は勇者ケビンが國王――アレハンドロ・フル・ブルゴーと顔を合わせているところだ。

とは言え、恐れ多いとばかりに頭(こうべ)を垂れたままのケビンは、國王の顔など全く見ていなかったのだが。

そんな勇者に向かって、アレハンドロは焦れたような聲をかけた。

「ふむ……まずは面(おもて)を上げよ。　――それでは全く話にならぬではないか」

「はっ」

短く鋭い、まるで掛け聲のような返事。

それとともに顔を上げると、そこには室の裝飾にも引けを取らない豪奢な裝にを包んだ、この國の王が鎮座していた。

ケビンが魔王を討伐してから、既に一年近くが経過していた。

それは師匠であり教育者でもあり、そして親代わりでもあったアニエスを失った日々と同じであり、その間は全く気分が晴れることはなかった。

約一年前、彼が魔國から無事に生還を果たした直後は國中がお祭り騒ぎになっていた。

それは誰もが無理だと言われていたことをし遂げたのを國民が狂喜したのと、魔國による侵攻といった當面の脅威からの解放、そして第二王の婚約が決まったことによる喜びからだった。

魔王討伐から帰ったケビンは、ブルゴー王國の第二王と婚約した。

それは彼が魔國へと旅立つ前から約束されていたことだったが、本當のことを言うと誰もその約束が果たされるとは思っていなかったのだ。

それはそれだけ魔王討伐などという目的が到底し遂げられるものでないと誰もが思っていたからだ。

それは國王も同じだった。

王家の末姫であり、國王の末子でもあるエルミニア第二王は國王から溺されていた。

何故なら、らしくしい容姿と明るく優しい格は、死してなお國王がし続ける生前の側妃に生き寫しだったからだ。

そのうえ、銀の髪もき通るような青い瞳も真っ白なも、その全てが側妃そっくりだった。

そう、彼は正當な王妃――正妃の子ではなく、正妃の侍をしていたの子だったのだ。

正妃は第二王子を生んだ後の立ちの悪さのために死んでいた。

その後三年ほど王は妻の思い出とともに生きていたが、そこに現れたのが生前の王妃付きの侍だった。

王はその侍と王妃との思い出話に花を咲かせるようになると、瞬く間に彼の虜となった。

すると翌年にその侍はエルミニアを出産したのだった。

そんなエルミニアを國王は溺した。

彼が三歳の時に病で側妃は早世したが、その悲しみの中で側妃に向けていた全てを第二王に注いだのだ。

そんなエルミニアは他の兄、姉とは違い正妃の子ではなかったため、それを忌避した他の王族の思もあり、その後はずっと離宮で育てられた。

だからということでもないのだろうが、彼は王族としては珍しく健やかに真っすぐ育っていった。

穏やかで優しく裏表のない格のエルミニアは、誰にでも分け隔てなくを注ぐ。

その姿はまるで國教の聖典に描かれる、慈悲に溢れる神のようだ。

事実彼は時から「天使」との異名を持つほど天真爛漫な格で、そんな末姫を國王はとても可がった。

そのエルミニアがをした。

それは四年前、彼が十三歳の時に魔アニエスに連れられて挨拶に來た當時十五歳の勇者ケビンに會った時だった。

ケビン自はその時の様子はまるで憶えてはいない。

なぜなら彼は、初めて國王に謁見する機會を得たことで頭の天辺から足の先まで張で全をガチガチにさせていたので、國王の橫に控えめに佇んでいる第二王のことなど全く気に掛ける余裕がなかったからだ。

しかしエルミニアはそうではなかったらしい。

アニエスの橫で張でガチガチになっているケビンに一目惚れをしたのだ。

一見優しそうだが実は意志の強そうな黒い瞳と引き締まった。

王族にはない真っ黒な髪と淺黒い。

そして正直で樸訥としたまっすぐな格と人一倍の正義。

その全てがエルミニアの理想の男だった。

しかし彼は決してその思いを誰にも告げることはなかった。

所詮は分違いのために、そのは就することはないと思っていたからだ。

國王から魔王討伐の命が下された時、見事達した暁には爵位を授けるとケビンは約束された。

するとその話を聞いたエルミニアは、ケビンに自の想いを伝えたのだ。

そしてその熱い思いに絆された勇者は、魔王討伐から無事に帰還した暁には第二王との婚姻を認めてほしいと國王に頼み込んだ。

その申し出にはさすがの國王も當初は難を示したが、當のエルミニアのたっての願いもあり、結局彼はその結婚を許したのだった。

もっともそこには打算もあった。

本來であれば第二王などというものは、他國との同盟などのための政略結婚の道に使われるべき存在だ。実際に第一王は他國へと嫁いでいる。

だからもし可能であれば、彼にも國益の一部になってもらう必要があったのだ。

もちろんそれは娘を溺する父親としてはつらい選択であるのは確かだが、一國を預かるとしてはそのようにに流されるようなことは言っていられなかった。

しかし、もしも魔王討伐が功したとすると、勇者の妻となるエルミニアは國に置いておける。

會おうと思えばいつでも彼に會えるのだ。

そして魔王討伐の立役者である勇者ケビンをに迎えることは、王家にとってもメリットは大きかった。

彼は國民から絶大な人気を誇っているし、第二王のエルミニアも同様だ。

だからその二人が結婚するようなことがあれば、それは王家にとってメリットこそあれ、デメリットは皆無だ。

しかしそれを面白くなく思う者が多いのも事実だった。

王族とは言え、側妃の子である第二王エルミニアの王位継承順位は低い。

しかしそれに反して彼の國民からの人気は絶大で決して無視できないものだし、それに関しては勇者ケビンも同様だ。

魔族の襲撃の恐怖から國民を救ったケビンの人気は、今となっては國王以上のものになっていた。

もちろんそれは第一、第二王子の遙か上を行っている。

それもまた彼らにとっては面白くないものだったのだ。

それでも実質的な力関係となると話は別だ。

いくら國民から人気があるとは言え、エルミニアの王位継承権は無視できるほど低いし、ケビンに至っては國王からの恩賞によって爵位を賜った、言わば「り上がり者」でしかない。

だから彼らが実質的に王家に影響を及ぼす恐れもないだろうし、貴族連中に対してもそれほど大きな影響をもたらさないと思っていたのだ。

もっとも國王だけは別だった。

彼にとっては王族での力関係など最早(もはや)興味の外だったのだ。

今のブルゴー王國第１６代國王アレハンドロ・フル・ブルゴーにとっては、末娘のエルミニアを幸せに出來ればそれで良かった。

勇者との婚姻を許せば、する末娘の想いを遂げさせることができる。

娘を溺する父親としては、それ以上のことは必要なかったのだ。

そんな思もあり、勇者ケビンと添い遂げたいというエルミニアの願いは無事に聞き遂げられた。

そして勇者はその使命をし遂げ、する姫のもとへと戻って來たのだった。

「それで、ケビンよ。アニエスの捜索はどのようになっておる？」

「はっ。すでにもう我がブルゴー王國の捜索は完了いたしました。これからは他國まで捜索の網を広げるしかないかと」

「……そうか。しかし他國となると、我が國から人を出すわけにいかぬだろう」

「はい、私もそのように思っております。ですので、あとはギルドを頼るしかないかと」

「ふむ……そうだな、それしかないか。さすがに我が國の看板を背負った人間が他國で大手を振るわけにもいかぬからな」

「はい。ギルドでしたら國に関係なくくことができますので、彼らに委ねるのが一番でしょう」

「うむ、承知した。その件はお前に任せるとしよう。しかし……転生したとは言え、アニエスの方から名乗り出てくれねばわからぬだろうな。転生先の別も年齢も全くわからぬと言うではないか」

「はい、その通りです……　しかしそれにはきっと何か理由があるに違いないのです。――私にはわかります、絶対に師匠は生きていると」

「ふむ、その點に関してはお前の勘を疑ってはおらぬ」

「はっ。大変失禮いたしました」

「では、ギルドを通した捜索に関してはお前に一任する。金のことは言っておくゆえ、擔當者に申すが良い」

「はっ。ありがとうございます。誠心誠意勵む所存であります」

一ミリもぎすることなく真っすぐにケビンがけ答えをする。

その姿を眺めていた國王――アレハンドロが小さな溜息を吐いた。

「……それにしても、ケビンよ。もうし肩の力を抜けぬものか？　どうもお前の話し方は堅苦しくてたまらぬ……」

「それは大変申しわけありません。私は生來堅でございまして――」

「……まぁよい。エルミニアの婚約者と言えど、未だ結婚したわけではないからな。肩の力を抜くのは式の後でもよかろう」

將來の義父に対して、ケビンはいつも恭しい態度を崩そうとはしない。

もちろんそれは國王に対する態度としては正しいのだが、當のアレハンドロとしては、いずれ婿になる男なのだからもうしフランクな付き合いがしたいと思っていたのだ。

しかし育ての親とも言える魔アニエスの教えは厳しく、たとえ義父になる人であっても結婚するまでは一線を引くべきだと言われていた。だからケビンはその言いつけを真面目に守ろうとしているだけだったのだ。

もっとも彼自が、もとより非常に生真面目な格をしているというのも大きな理由ではあったのだが。

謁見が終わりケビンが退出していく。

その背中を眺めながらアレハンドロは何かを考えていた。

そして顎に指を當てながら、脇に控える宰相、カリストに聲をかける。

「のう、カリストよ。そろそろアニエスの代わりの宮廷魔師を選ばなければならぬのだが……　ケビンはああ言うが、アニエスは本當に見つかると思うか？」

「はい。アニエス殿が不明になって、そろそろ一年になります。すぐに見つかるかと思いずっと待っておりましたが、ここまで見つからないとなるとすでにその生存も怪しくなって參ります」

「やはりもう死んでいると？」

「そうは申しません。もしも他國に転生していれば、名乗り出ること自が難しい場合もあるでしょう。彼ほどの魔法使いであれば、それを利用しようとする輩も多いでしょうから」

「ふむ……やはりそうだな。ここまで見つからぬとなれば、もう死んでいるか他國にいるかのどちらかだろう。それではギルドに依頼したとしても何年かかるかわからぬか」

「はい、陛下の仰る通りかと。それで今まで宮廷魔師不在のままになっていましたが、そろそろ次を決めなければなりません」

「……そうだな。いつまでもその地位を不在のままにもしておけぬか。それで候補者はいるのか？」

「はい。そう言われると思いまして、その人選は既に整えてあります。ご覧になりますか？」

「ほう、さすがはカリストだな。では後ほど私室にそのリストを持って參れ」

「はい。畏まりました」

ブルゴー王國宰相カリストは、アレハンドロ國王に向かって恭しく頭を下げた。