《【本編完結済】 拝啓勇者様。に転生したので、もう國には戻れません! ~伝説の魔は二度目の人生でも最強でした~ 【書籍発売中&コミカライズ企畫進行中】》第33話 両親の決意

前回までのあらすじ

良かったな、父ちゃん生きてたってよ

翌日、まずリタが目を覚ました。

初めはし頭がくらくらしているようだったが、數時間もすると以前のように元気に走り回るまでに回復していた。

丸一日食事を摂っていなかったためによほどお腹が空いていたのだろう、彼は目を覚ますなりモリモリと食事を平らげて、食後のデザートまでしっかり食べきっている。

もっとも、デザートと言ってもただの干し柿なのだが。

この家を捨てていくのはほぼ決まりだ。

しかし持ち出せる食糧には限界がある。

だから持っていけない分の食糧は、家を出るまでにできるだけ食べてしまおうとエメは思ったのだ。

冬のためにと貯えていた食料を惜しげもなく使った料理はとても豪勢で、普段見ることのない料理が乗った食卓を前にして、リタは目を輝かせていた。

普段はししか食べさせてもらえない干しも好きなだけ食べられたし、いつもは殆どだけのスープも今日に限ってはだくさんだ。

そして一日一個だけと言われていた干し柿を二個も食べられて、リタはとってもご満悅だった。

元気にモリモリと食事を平らげる娘を眺めながら、エメは複雑な気持ちだった。

今でこそこんな貧しい生活にも慣れたものだが、彼も夫と同じく貴族の生まれなので、ある程度の贅沢は知っている。

しかし生まれた時から今の貧しい生活しか知らないリタは、食卓に料理の皿が三皿乗っただけで大喜びしているのだ。

今の苦しい生活は自分と夫の選択の結果なので仕方ないとは思うが、その後に生まれた娘には何の罪もない。

がこの貧しい生活を強いられている原因が自分たち夫婦にあるかと思うと、とても心が痛むし、実際にリタがどう思っているかはわからないが、親としてはこの貧しい生活しか知らない彼のことが不憫に思えてしまう。

今ではかなり改善されたとは言え、それでも普段の食事に関しては決して恵まれているとは言えないだろう。

なぜなら、お腹いっぱいに食べることすら満足にできないからだ。

リタにしても々と言いたいこともあるのだろうが、食事に関しての文句は今までに一度も聞いたことがなかった。

それは敢えて言わないだけなのか、この食事を當たり前に思っているだけなのかはわからないが、いずれにしても彼は出された食事を黙々と平らげるだけで、食事の容に言及することは殆どない。

食材を惜しげもなく使った料理を目の前にして、目を輝かせる娘がいる。

その姿を見ていると、やはり彼は普段から食事に関しては々と思うところがあったに違いないのだ。

そして我が儘盛りの四歳児をして一切の不満をらすことができないほど、きっと今の生活は罪深いものなのだろう。

二個目の干し柿を本當に嬉しそうに頬張るリタを見つめながら、エメは思わず涙を零しそうになっていたのだった。

今回初めて許容量を上回る魔力を行使してみたが、丸一日気を失った程度で特に後癥や目に見える異常はじられなかった。

以前同様には自由にくし、頭痛や吐き気なども特にない。

の許容量を超えた魔力を行使すると気を失って倒れてしまうことがわかったが、こればかりは仕方がなかった。

いまの長していけばいずれ解決する問題とは言え、今すぐにどうこうできることではないので、この件で悩むのはもうやめようと思うリタだった。

に異常がないとわかると、彼は未だ意識がはっきりしない父親のを案じて不安そうにしていた。

時々目を覚ます父親に水を飲ませたり食事を食べさせたりと、甲斐甲斐しく世話を焼きながら絶えず話しかけている。

それは彼なりに早く父親に元気になってもらいたいという想いの現れだった。

そんな娘にフェルが謝の言葉を伝えると、照れたように「ええのじゃ。早う良くなってくれろ」などと返していた。

その二日後、フェルはまともなけ答えができるまでに回復していた。

依然として一人で立って歩ける狀態ではなかったが、とりあえずエメと今後の相談ができるまでにはなったようだ。

とにかく彼には早く歩けるようになってもらわなければならないので、栄養のあるものをたくさん食べさせて、ひたすらを休ませるようにさせた。

順調に回復しつつあるフェルは、いまはじゃれて纏わりついて來るリタを両手でで回しているところだ。

まるで可くて仕方がないといった様子でリタの金の頭をわしゃわしゃとで繰り回しながら、フェルはエメと今後の打ち合わせをしていた。

「あなた、はどう? もう立って歩けそう?」

「よしよしよし――あぁ、リタは本當に子犬みたいだなぁ…… あぁ、と、ごほんっ、な、なんだい?」

目を細めながら可い盛りの娘を抱き抱える夫の姿を、些(いささ)かジトっとした目で見つめながらエメが問いかけた。

「……いえ、はどうかと思って。もう立って歩けそう?」

「あぁ、そうだな…… もう立つことはできそうだけど、まだ長時間歩くことはできそうにないな。――あの庶務調査がここに戻って來るまで、あと七日ほどか…… あと三日、いや二日くれないか? それまでに何とか回復させるよ」

「そう? 無理はしないでね。太い街道は目立ちすぎるから、いずれにしても山道を歩くことになるけど……その様子だと無理はできないわね」

「うむ。ととしゃまは、まだ無理じゃろうのぉ。もしゅこし寢てないと駄目じゃろ」

自分のにもたれかかって上目遣いに見つめる娘の頭を、フェルはおしそうにわしゃわしゃとで回している。

髪のをぐしゃぐしゃにされたリタが頬を膨らませて抗議すると、そんな娘もおしいと言わんばかりに頬ずりしながら、フェルは答えた。

「どちらにしても時間がないのは間違いないな。彼は必ず戻って來て我々を捕まえようとするだろう。あの気位の高そうな貴族の鼻柱をへし折ったのだから、絶対に仕返しに來るはずだ。リタはともかく、私とお前は殺されてしまうだろうな」

「……そうね。そうなるでしょうね」

ハゲ散らかした醜いの男の姿が脳裏に浮かんだのか、それを振り払うかのように頭を振るとエメは小さな溜息を吐いた。

「とにかくもうここにはいられない。街道沿いは目立ちすぎるから、とりあえず裏山にろうと思うのだけれど――」

「あぁ、それがいいだろう。裏山には獣道も続いているし、そのまま突っ切ればエステパの裏手に出られるはずだ。さすがに町中にるのはマズイだろうが、そこからは主要街道と並行した農道を通れば目立たないだろう」

「……と言うことは、やはり首都――アルガニルに向かうつもり?」

「あぁ。いまさら頼ったところで門前払いをされるだけだろうが、せめてこの子だけでも――」

フェルとエメが今後の相談をしていると、髪のをくしゃくしゃにされたリタが何やら泣きそうな顔をしているのに気が付いた。

いまにも涙を零しそうになりながら、必死で堪えているように見える。

「そんな泣きそうな顔をして、どうしたの? リタ。 どこか合でも悪いの?」

母親が心配そうに聲をかけると、それを合図にしたかのように、リタはポロポロと大粒の涙を流し始めたのだった。

「ごめんなしゃい…… わちが余計なことをしたせいで……もうこの家にはおられんようになってしもうた…… ほんに、すまんのぉ…… ひっく、ひっく、うぅぅ――うぇぇぇん」

優しい両親の眼差しをけながら、リタは己の責任を痛していた。

今回の責任は全部自分にあるのだ。そうリタは自分を責めていたのだ。

そもそもあの時、庶務調査のハゲを馬鹿にして挑発しなければ父親が斬り付けられることもなかっただろうし、逃亡するためにこの家を捨てる羽目にもならなかったはずだ。

もっともあのハゲの言いなりになったとしても、自分は両親から引き離されていただろうが、冷靜に対応できていればもうし違った道もあっただろう。

前世でのリタ――アニエスは、誰よりも長く生きて來たおかげだろうか、その思慮深く老した神と高い知のために、常に広い視野を持つ沈著冷靜な格をしていた。

良く言えば事にじない格、悪く言えば鈍で老人力に溢れた格をしていたのだ。

しかし児のに転生した結果、に引っ張られるようにその神も退行してしまった。

だからあれだけ落ち著き払った格だったにもかかわらず、今では衝的で落ち著きがなく、視野が狹く集中力に欠けた格になってしまっている。

だからあの時、自分がゲプハルトを小馬鹿にした結果どうなるかなど考えもしなかったし、父親が騎士に斬り付けられそうになっていたのにも気づかなかった。

もっともそれは児の持つ特そのものなので、普通に考えれば何らおかしなことではなかった。しかし前世の記憶も鮮明に殘っている彼にとって、それは許しがたいことだったのだ。

事を俯瞰で見ることができず、視野が狹く目の前の出來事だけに一喜一憂し、気まぐれに母親のに甘える。

これではまるで本當の児のようではないか。

これまで200年以上生きて來た自分の知識、経験と生き様にはそれなりに自負がある。しかしそれが転生したこのではまるで役に立っていないのだ。

やはりこのでは212――いや、すでに213歳か――の神をそのままの形で維持することは困難だ。

気を抜けばすぐに四歳児に戻ってしまう。

このままでは、恐らく數年以には神的にも完全に子供になってしまうだろう。

そう考えると、そこはかとない不安に押しつぶされそうになるリタだった。

それから二日後、何とかフェルは立って歩けるようになった。

しかし未だ自分の力に自信が持てなかったフェルは、エメの勧めもあり、もう一日休むことにした。

そして出発を明日に控えたその日の夕方、突然リタの家のドアをノックする者がいた。

ゲプハルトがもう戻って來たのかと思った両親は一瞬顔を青ざめたが、冷靜に考えると彼がドアをノックなどするはずもないことに気付く。

そして恐る恐るドアを開けてみると、そこにはこの村の村長が立っていたのだった。

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