前回までのあらすじ

王ピクシーもやっぱり全なのか！？

暫し待て！！

「なにっ！？　ティターニアだって！？　……まさか、それほどなのか……？」

エメの言葉に、フェルは驚きの顔で返す。

それからまるで信じられないと言った表で、眠りこける娘を見つめていた。

そんな夫の様子を怪訝な顔で見ながらエメが質問を続ける。

「ティターニアって誰？　なんだかとても偉い人みたいだけど……」

「あぁ、すまない。『ティターニア』というのは、全ての妖族を統べる王だよ。その姿は絶世のと言われていて、いままでにも多くの人間が彼に會おうとしたんだが、その姿を見た者は殆どいないそうだ」

「……『王ピクシー』とはまた違うの？」

「あぁ、全然違うよ。『ティターニア』と言えば、ピクシーも含めたすべての妖族――ライトエルフやダークエルフ、ムリアン、コリガン……ピクシーもそうだな、その他にも々な種族がいるが、『ティターニア』はそれらの種族を束ねている、まさに王の中の王とも言える存在だ」

「えぇ……！？　そんなに凄い人……人ではないわね――王に會えるって……どういうこと？　それにはどんな意味があるの？」

口では驚いているが、エメはその言葉の持つ意味を今一つ理解できていないようだ。些か困気味の顔で再度訊き返した。

「そうだな……ティターニアに會おうと思っても、彼の方からそれを許さない限り絶対に姿を見せることはないと言われている。男はまず門前払いだし、たとえであっても、彼がその価値を認める者にしか聲も聞かせないらしい」

「へぇ……　隨分と気難しいのね」

「まぁ、そう言われるとそうなのかもな。とにかく記録に殘っている限り、ティターニアの姿を見たり會ったりした人間は、これまでに數人しかいないんじゃないかな。そして彼が姿を見せるということは、その人間の魔法の才能と魔力の大きさを認めるに等しいと言われている」

「――凄いじゃない！！　それじゃあリタも、將來そうなれるかもしれないと言うこと？」

正確に言うと、これまでティターニアに會えた人間は三人だけだ。

一番最近では、今から約三百年前に當時最強との呼び名も高かった魔「シャンタル」の前に、ティターニアのほうから姿を見せた時だった。

當時真っ二つに勢力が分かれていた妖界は、常に諍いが絶えなかった。

そんな妖界の現狀に憂いを抱いたティターニアが、當時中立だった人族の魔に仲裁の協力を要請したのだ。

そしてその謝禮としてみを聞きれられたシャンタルは、妖界への移住が許された。

それまでその存在さえ疑問視されて、ともすれば神話の世界の住人とすら思われていたティターニアだったが、その出來事をきっかけにその実在が確認されたのだ。

しかし彼が人間の前に姿を現したのは、その時が最後だった。

それ以來、どんなに人間がんでも彼は決してそのしい姿を見せることはなかったのだ。

そんな奇跡のような存在に認められるほどの力を有しているかもしれない。

リタはそう言われたのだ。

もっとも妖族の中でも最底辺に位置するピクシーの言うことなので、それがどこまで信用できるかはわからないが、善の妖が噓をついた話は今まで聞いたことがないので、それはある程度信用できるのかもしれない。

ティターニアに會える會えないは別にして、妖をしてそこまでの力を持つと言わしめたリタなのだ。そんな彼をこのまま田舎で燻ぶらせるわけにはいかないだろう。

それだけの才能を持つのであれば、それをばすために早い時期から然るべく指導を行わなければならないだろうし、そうすることが親の責務だ。

そしていまの自分達にそれは不可能だ。

能力をばすにしても、教育を施すにしても、自分達にそれができないのであれば、國の機関にれるか家庭教師をつけるしかない。

國の機関にれれば當然リタとは離れ離れになってしまうが、家庭教師であればリタは手元に置いて置ける。

そうするのであれば、やはり実家の両親を頼るしかない。

リタを正式なレンテリア家の一員として認めてもらえれば、の安全は保障されるし、教育も施すこともできる。

なにより彼を手元に置いて置ける。

何はともあれ、今のフェルとエメにはリタと離れるなど想像できないし、絶対に許せないことだ。そのためならば、実家にこの頭を下げるなど造作もないことだろう。

次第に口數もなくなったフェルとエメは、夜明けまでの數時間、延々と同じことを考え続けていたのだった。

――――

「よう、ケビン。子供ができたんだってな、おめでとう」

「ありがとう、セシリオ。――ちょっと気が早い気もするが、とにかく嬉しいよ」

ここは王城にあるケビンの私室だ。

いま彼はブルゴー王國騎士団長セシリオを始め、かつての魔王討伐の仲間たちと面會しているところだ。

魔王討伐で一緒だったセシリオたちとは、初夏にアニエス生存の報を知らせて以來ずっと會っていなかった。

互いに仕事で忙しかったと言うのもあるが、第二王と結婚したケビンの分が、彼らには気軽に面會できるものではなくなっていたのが一番の理由だ。

いまのケビンの立場は、王族の親戚だ。

形式上は第二王を娶った形になっているので、王籍を外れたエルミニアはケビンの家名を名乗るようになった。

それでも王族に所縁の人間であることに変わりはなく、王族の証であるミドルネーム「フル」もそのまま名前の一部に殘ってはいるのだが。

もともとケビンは平民出なのだが、魔王討伐の恩賞として貴族の家名を貰っていた。

その目的はもちろん第二王エルミニアと結婚するためだ。

ケビンはそれに相応しい地位を手にれるために、王族所縁の有力貴族「コンテスティ家」の養子となったのだ。

もちろん王族との強い繋がりを維持したいコンテスティ家の思もあったのだろうが、そのおかげでケビンはエルミニアと遂に夫婦となることができた。

だから今のエルミニアの名前は、「エルミニア・フル・コンテスティ」だ。

そんなエルミニアがついに懐妊した。

結婚後五か月での妊娠が早いか遅いかは別にして、この知らせは六月の結婚に続いてまたもや國中にお祝いムードを盛り上げていたのだ。

そして今日、セシリオはその祝いの言葉を伝える名目で、かつての仲間、チェスとデボラを伴ってケビンの私室を訪ねていたのだった。

「とにかくおめでとう。安定期にるのはもうし先だからな。姫さん――じゃなかった、奧方を大事にするんだぞ」

「そうよ。エルミニア様を大事にしてよ。彼、とってもいい子なんだから」

相変わらず壁にもたれた姿勢のまま、諜報・特殊工作隊所屬のデボラも口を開く。

「もうデボラ！！　仮にも公爵家の奧方に向かって『いい子』はないでしょう？　不敬になるわよ」

デボラの言い草が気になったのか、聖教會所屬の僧チェスが注意をする。

「はいはい、ごめんなさいね。――相変わらずチェスは固いわねぇ。そんなんだから、幾つになっても彼氏ができないのよ。今幾つだっけ？　１９だっけ？」

「わ、私は神職に就くです！！　か、彼氏なんて一生必要ありません！！」

「そう言いながら、寂しい一人寢の時はどうするの？　自分でめるの？」

「な、な、な、何を言うのです！？　そ、そ、そんないやらしいこと、私はしません！！　全ては神の思し召しなのです。一人寢が寂しいなんて思ったことはありません！！」

「いいからいいから。お姉さんにはわかっているのよ。魔王討伐の時に、あなたは夜中にこっそりと――」

「な、な、な、なにを――」

「ふふふ……　あたしは知ってるわよぉ、皆が寢ていると思って、あなたはその指をそっと――」

「いやぁー、やめてぇー！！　それ以上言わないでぇー！！」

相変わらず漫才のような二人のやり取りに小さな溜息を吐きながら、ケビンは話を続けた。

「あぁ、わかってる。エルには十分言い聞かせてあるから」

「でもよ、それにしてはしできるのが遅かったんじゃないか？」

「えっ？　なにがだ？」

「々と噂は聞いているぞ。お前毎朝のように、起こしに來る侍を追い返しているそうだな。夜だけでは飽き足らずに、朝っぱらからお盛んらしいじゃないか。　……一日最低二回だとして、式からもう六か月か……３０×２×――」

「や、やめろっ！！　な、生々しい計算をするんじゃない！！」

三十六歳の王國騎士団団長セシリオの顔に、中年特有のニヤニヤとしたいやらしい笑みが浮かぶ。

その顔を見たケビンは慌てて大聲をあげたが、その脳裏にはらしい妻のあられもない姿が広がっていた。

そしてその映像を振り払うかのように、ケビンは激しく頭を振った。

「えっ、なになに！？　もうし詳しく！！　詳細に！！　突き詰めて！！」

それまで顔を真っ赤にして悲鳴を上げるチェスをいじくって遊んでいたデボラだったが、新たなターゲットとしてケビンを選んだようだ。

もの凄い食い付きでケビンとエルミニアの夜の生活の話を広げようとしている。

「デ、デボラ、君もやめてくれ！！　そんなこと人に話せるわけないだろ！？」

などと言いながら、相変わらずエルミニアのの映像が頭から離れなくなってしまったケビンだった。

「とまぁ、冗談はさて置いてだな。そろそろ本題にろうか」

顔を真っ赤にして大聲を上げ始めた二人に向かって軽く鼻息を吐くと、突然表を改めてセシリオが場の空気をれ替える。

アニエスを除いた魔王討伐のメンバーが今日ここに集まったのは、なにもエルミニア懐妊の祝いの言葉を伝えるためではなかった。

もちろん名目上はそうなってはいたのだが。

「ふぅ……　それでは、ばば様の件だが――」

セシリオの言葉に、助かったと言わんばかりに安堵の表を浮かべたケビンが改まったように口を開いた。

「ばば様の居場所を知っているギルド員を、セブリアン殿下の手の者がついに突き止めたらしい」

「なに？　それはヤバいんじゃないのか？　そいつら拉致られて吐かされるだろ」

「だろうな。殿下の目的がばば様の暗殺だとすれば、居場所がわかればそのギルド員もすぐに殺すだろうな」

「それじゃあ、すぐに知らせないといけないじゃないですか！？　むざむざ見殺しになんてできません！！」

僧らしく正義に溢れるチェスが、思わず大きな聲をあげる。

生來生真面目な彼は、正義に悖(もと)る行為が絶対に許せないのだ。

「大丈夫だ。すでにハサール王國のギルドを通して警告は送ってある。あとは彼らが無事に逃げてくれることを祈るだけだ」

「――つまり、結局それは本人任せと言うことなのね」

片方の口角だけを上げた皮そうな表を作りながら、デボラが口を挾む。

それが自分達に向けられたものなのか、ギルドの非力さに対してなのか、それともその両方なのか、彼の表だけでは判斷がつかなかった。

「仕方ないだろう。所詮は他國の話なんだ。まさかブルゴー王國の名前でくわけにもいかないし、かといってギルドに護衛は頼めないからな」

筋の隆々とした太い両腕を組みながらセシリオが答えると、彼の顔にもデボラと同じような表が浮かんでいる。

そしてよく見ると、殘りの二人も同様の表を浮かべていた。

冒険者ギルドは何処の國にも屬さない獨立した組織として各國から認められている。そのおかげでギルド員であればパスを見せるだけで國境を容易に超えて活できるのだ。

その代わり彼らは、武力行使を伴う他國からの依頼は一切けることはない。

それは彼らが何処の國の味方もしない獨立の擔保として、厳しく自に課しているからだ。

もちろん魔獣退治や盜賊討伐などの治安維持に絡むような依頼は別だが、政治的な問題が絡むような自國外からの依頼はタブーとされている。

つまりギルドは、自ら武力行使を行うような他國からの依頼をけることができないし、しないのだ。

だから今回の件でも、ブルゴー王國の依頼によってハサール王國のギルド員の保護といった依頼もすることができない。

何故ならそれは、犯人側がブルゴー王國関係者であるからだ。

ただし、ギルドとしても自組織のギルド員の安全は確保しなければならないので、當事者には口頭で危険は伝えると約束はしてくれた。

そしてケビンも含めて、今回の件で彼らができることは々その程度でしかなかったのだ。

「ばば様を見つけてくれたギルド員は、とにかく俺にとっては恩人なんだ。そんな彼らが危険な目に合うのを、手をこまねいて見ているしかないと言うのもな……」

「あぁ、その通りだな。なんとか無事に逃げてくれればいいのだが……」

アニエスを見つけた人は、この場にいる全員にとって恩人といえるものだ。

しかしその人に危険が迫っていることがわかっていながら、自分たちは何もすることができない。

そんな無力に包まれた表を浮かべながら、この場にいる全員がハサール王國のある方角を見つめていたのだった。