《【書籍版4巻7月8日発売】創造錬金師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-》第2話「魔王領での出會い」
今日、2回目の更新です。
はじめて來られた方は、第1話からお読みください。
馬車は北に向かっている。
俺は座席に座って、ずっと耳を澄ませていた。
馬車の外はまったく見えない。窓に板が打ち付けられているからだ。
でも、さっきから揺れが強くなっている。
北方の、街道の整備がされていない土地にったんだろう。
馬車の進む音に合わせて、兵士たちと馬の足音も聞こえる。
歩兵と騎兵を會わせて、護衛の兵數は20人前後。護衛というよりも、俺の監視役だ。
帝都を出てから10日以上過ぎている。
俺は數時間ごとに馬車を下ろされて、食事と休憩を取っている。
兵士たちの監視付きとはいえ、食事はちゃんとしたものだった。
「魔王領に著く前に俺が死んだら困るから、だろうな」
休憩の間、俺は兵士たちの様子をうかがっていた。
今のところ、逃げるのは無理だ。
兵団には騎兵が混ざっている。
逃げたら數名が俺を追い、殘りがまわりの村や街道に手を回す。何度目かの休憩のとき、そういう警告をけた。逃げたところで、すぐに捕まるのがオチだと。
「……これだから公爵家には関わりたくなかったんだ」
公爵家とはとっくに縁を切ったつもりだった。
俺は數年間、文として仕事をしていた。母の姓を名乗り、普通に試験をけて採用されたんだ。職場では、書類整理やアイテムの修理と補修を擔當してきた。
帝國では文とは「武にも兵士にも、冒険者にさえなれなかった」者が就く仕事だ。
他からは見下されていたし、給料も安かったけれど、それでもよかった。
職場では『錬金』スキルを活かすことができたから。
「アイテムの修理には便利だったんだけどな。このスキル」
俺はスキルを確認した。
『錬金』
質の製・合・加工を行う。
素材を組み合わせることで、新たな素材やアイテムを作り出すこともできる。
また、錬金の特として、鑑定能力も持つ。
職場の倉庫には、たくさんの壊れたアイテムがあった。
その管理やチェックが俺の仕事だった。
俺は書類仕事をして、資料を見ながら『錬金』スキルでアイテムの修理をしてきた。
楽しかった。
自分が公爵家の人間だったことなんか、忘れかけていた。
だけど──
「公爵には、俺の存在そのものが許せなかったってことか」
だから、魔王領への人質として、俺を送り出した。
逃がさないための準備もしてある。
馬車の窓には板が打ち付けられ、ドアには鍵がかかっている。
スキルで出するのは可能だけれど──
「発『錬金』」
俺はスキルを起した。
隠し持っていたスプーンが、ぐにゃり、と変形した。
これが、俺の『錬金』スキルだ。
金屬などの素材を利用して、新しいものを作り出すことができる。
だから俺は食事のとき、兵士の隙をついてスプーンやフォークをくすねておいた。金屬製品があれば、別のものに加工できる。馬車のドアを開けるくらいできるんだ。
「だけど、その先が問題だな……」
20人の兵士の監視をすり抜けるのは無理だ。
逃げるなら、魔王領に著いた後の方がいい。
兵士たちはおそらく、魔王領までは來ない。
ずっと話を聞いてきたからわかる。兵士たちは、魔王領の者たちを恐れている。
人間の領土と魔王領は大昔に戦爭をしていた。
今は平和な狀態でも、魔族が人間にいいを持っているわけがない。そうじゃなかったら帝國が、人質やいけにえを送り込む必要がない。
そうなると、魔王領に著いた時點で、俺は帝國の兵士から魔王領の者へと引き渡されるはず。
逃げるならその時だ。
魔王領の者たちは、俺が『錬金』を使えることも知らない。つけこむ隙はある。
「ここで死ぬわけにはいかない。俺はまだ、『錬金』を極めてないんだ」
帝國にとっては不要なスキルだろうが、俺にとっては違う。
持って生まれたスキルだ。極めたいと思ってなにが悪い。
文になる前だって、俺は何度か錬金師の工房を訪ねている。
るのを拒否されたのは、公爵家が裏で手を回していたからだ。
あのくそ親父は病的なくらい、俺が人前に出るのを嫌っていたんだ。
だから俺は文として仕事をしながら、ずっと金を貯めていた。
いつか、自分の工房を開くために。
錬金を極めて、世の中を変えるくらい、便利なアイテムを作るつもりだった。
帝國の家や施設はボロい。
文宿舎の、すきま風だらけの部屋。
気ってなかなか火のつかないかまど。
割れた窓を修理する許可をもらうまでにも1ヶ月かかっている。
戦闘力至上主義の帝國は、他のことにはまったく気にとめていないんだ。
戦力増強以外に人と予算を回せば、もっと暮らしやすくなるはずなのに。
「もしもこのまま生き殘ることができたら──」
俺は『錬金』を極めて生活に便利なアイテムを作り続ける。
そうして──帝國じゃない場所で、快適な生活を送る。
帝國には俺のアイテムを一切使わせない。というか、あんな國は潰れればいい。
世界最強の軍事國家なんて知ったことじゃない。
いつか『錬金』を極めて、強さなんか無意味な世界にしてみせる──
「──まもなく魔王領との境界だ。警戒を厳(げん)にしろ!」
不意に、兵士の聲がした。
馬車が停まる。
目的地に著いたらしい。
そのまま待っていると、馬車の扉が開いた。
兵士たちが、扉を取り囲むように立っていた。
「トール・リーガスどの。こちらへ」
「一人で歩ける」
兵士の手を振り払って、俺は馬車を降りた。
やっと、広い場所に出た。
をばしてまわりを見ると──すぐ近くに、黒い森が見えた。
街道はここで止まっている。
北に向かう街道の先で、森は西から東へと延びている。
あれが、人間の世界と魔王領の境界にある森だ。
「あの森の向こうが魔王領か?」
「……」
兵士たちは答えない。
全員、張した顔で森の方を見つめている。
「合図の矢を放て。それで迎えが來るはずだ」
「──はっ!」
兵士の一人が、弓を構えた。
真上に向かって、赤い布のついた矢を放つ。
あれが「人質到著」の合図になっているんだろうな。
そのまましばらく、時間が過ぎた。
俺のまわりは相変わらず、兵士たちにがっちりと固められている。
やがて、森の中に、人影が現れた。
「「「「ぐるる」」」」
現れたのは、4のミノタウロスだった。
牛頭人の亜人(あじん)だ。
書で読んだ通り、本當に牛のような頭をしている。
筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)とした格で、長は2メートル以上。
初めて見た。あれが亜人のひとつ、ミノタウロスか……。
「────出たな。兇暴な亜人どもが」
兵士たちは震えながら、ミノタウロスを見ていた。
「そうか?」
俺は思わず聲に出していた。
ミノタウロスたちは全然、兇暴そうには見えなかった。
彼らは武を持ってない。警戒心を解くためか、両手を頭上に挙げている。
帝國の兵士が小聲でミノタウロスたちをののしるたび、淋しそうに目を伏せてる。
「俺の目には、全然兇暴には見えないが」
「ちっ」
「舌打ちするな。あんたたちは使者だろ?」
兵士たちは答えない。
誰がミノタウロスに話しかけるか、役目を押しつけ合っているようだった。
「……もういい」
俺は兵士たちを押しのけて、前に出た。
逃げるためには、相手を油斷させる必要がある。
だったら、第一印象はよくしておくべきだろう。
「ドルガリア帝國から來た、トール・リーガスと申します」
俺はミノタウロスたちに向かって名乗った。
「出迎えの方だろうか。申し訳ないが、俺はこれからどうすればいいのかまったく聞かされていない。そちらの代表者の方と話ができればうれしいのだが」
「──貴様。勝手に……」
「……じゃあ、替するか?」
俺が小聲でつぶやくと、兵士たちはしぶしぶ、後ろに下がった。
「……だいひょうしゃ。きます」
不意に、ミノタウロスの一人が言った。
その後ろから、小柄な人影が現れた。
長い銀の髪を揺らして、ゆっくりと前に進み出る。
「魔王領へようこそ。トール・リーガスさま」
現れたのは、メイド服のだった。
白いで、長い銀の髪をリボンで結んでいる。
髪の間から尖った耳が飛び出している。亜人──エルフだろうか。
「私は案役を命じられました、メイベル・リフレインと申します。魔王陛下の名のもとに、あなたさまをお迎えにまいりました」
「わざわざの出迎え、謝します。トール・リーガスと申します」
「これは……ごていねいに」
メイベルと名乗ったエルフのは、深々と頭を下げた。
左右に控えるミノタウロスたちも、同じようにする。
俺は貴族としての禮を返した。
それに対して、エルフのメイベルと、ミノタウロスたちもまた、頭を下げた。
丁重(ていちょう)だった。
人質や、いけにえを迎えに來たようには見えなかった。
「──噓だろ。武もなしに、亜人に近づくなんて」
「──どうかしてるんじゃないか? 相手は、魔王の配下だぞ」
「──あきらめたんだろうよ。どうせ長い命じゃないんだからな」
俺の後ろでは、兵士たちが震えていた。
全員、鞘(さや)にったままの剣をつかんでいる。抜かないのは帝國の使者として責任があるからか。
「向こうは丁重(ていちょう)にこっちを迎えてるんだ。使者としての仕事をしろよ」
俺が言うと、兵士たちはこっちを見て、
「──貴様はなにもわかっていない。エルフは一撃で數人を吹き飛ばすほどの魔の使い手なんだ」
「──ミノタウロスは怪力の持ち主だぞ。人の頭なんか、簡単に握りつぶせるんだ」
「──向こうは話の通じない──野蠻(やばん)な連中だ。どうして近づいたりできるんだ……」
──向こうには聞こえないように、小聲でつぶやいた。
「野蠻(やばん)って、あんたたちが言うことかよ」
こいつらは俺を馬車に閉じ込めて──
食事とトイレの時以外は外にも出さず、景も見せず──
こっちの話も聞こうとせず──
自分たちが怯えてる相手に、俺を引き渡そうとしてる。
──しかも、話が通じない。
魔王領の者たちの方が、話を聞いてくれるだけましだろ。
「連れの者が失禮しました。代わりにおわびを申し上げます」
俺は數歩、前に出て、言った。
「ドルガリア帝國のリーガス公爵家長子(こうしゃくけちょうし)、トール・リーガス。皇帝陛下の命により、魔王領に參ることとなりました。貴國のルールについてはなにも知らないため、失禮があるかもしれませんが、どうぞお許しを」
「まぁ……まぁまぁ!」
エルフのの両手が、俺の手を包み込んだ。
ひんやりとした、らかな手だった。
彼はすみれの目を見開いて、うなずきながら、
「帝國の方より、このようなあいさつをいただいたのは初めてです!」
彼は俺に向かって、優しく笑いかける。
「魔王領は北の果てゆえ、行き屆かぬところはあるかと思いますが、よろしくお願いいたしますね。トールさま」
「こちらこそ。よろしく」
俺は──とりあえず、様子を見ることにした。
『錬金』で金屬塊に変えたフォークは、左右のポケットにっている。
いつでも使える。逃げるのは、いつでもできるんだ。
「ト、トール・リーガスどの。使者引き渡しの書類にサインおぉ!」
引きつった聲が聞こえた。
振り返ると馬車の橫で、隊長が書類を持って手招きをしていた。
使者か。
そりゃ魔王領の人の前で、俺を人質とは呼べないよな
俺は隊長のところに戻り、手早く書類にサインをした。
「あの生き(・・・・・)からも、サインをもらってきていただきたい」
「メイベル・リフレインさんから?」
「……貴公はなぜ、あの生きにれられるのだ?」
隊長は真っ青な顔をしていた。
「エルフが使う魔の威力を知らないのか? どうして貴様はあの生きに、気安く近づくことができるのだ。どこかおかしいのではないのか?」
「魔王領とは、不戦協定を結んでいるのでは?」
「魔王領の生きの言うことなど信じられるか」
「子どもを拉致(らち)する親や、その部下よりは信じられるよ」
俺の言葉に、隊長は答えなかった。
ただ、無言で書類を押しつけてくるだけだ。
仕方ないので、メイベル・リフレインにその書類を渡すと、彼は快くサインしてくれた。
「これで、使者の引き渡しは完了でございますね」
メイベルは俺に向かって、深々と頭を下げた。
「ここからは森にります。慣れないと歩きにくいと思いますので、補助の者を用意いたしました。必要でしたら、彼らが抱えて運ぶこともできますよ」
彼が手を叩くと、木々の向こうから大きな人影が現れた。
4人のミノタウロスだった。今いる者と含めて、合計8人。エルフの後ろで、橫一列。巨大な壁になっている。
「ひ、ひいいいいいいいいっ!!」
隊長は俺の手から書類をひったくって、
「こ、これでトール・リーガスの引き渡しは完了ですな! では、我々はこれで失禮する。我らドルガリア帝國と魔王領との休戦協定が、どうかとこしえに守られんことをっ!」
「「「失禮する!!」」」
兵士たちは馬車を急かしながら、魔王領から離れていった。
第3話は、今日の午後10時ごろに更新する予定です。
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