《【書籍版4巻7月8日発売】創造錬金師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-》第12話「魔王の話を聞く」
「……事はわかった。許そう」
魔王ルキエは言った。
俺は、正座してた。
『正座』は勇者の世界では由緒(ゆいしょ)正しい、『反省』を意味する座り方らしい。
その俺の前で、素顔をさらした魔王ルキエは、何度もため息をついている。
魔王ルキエの仮面とローブを奪ってしまったのは、俺のミスだ。
異世界風『簡易倉庫』に、アイテム自整理機能があるのを忘れていた。
この倉庫は、レアアイテムを見つけると、自的に集めて整理する機能がついていたんだ。
それは大量のアイテムを収納する『簡易倉庫』には必要な機能なんだけど……そのせいで、中にってきた魔王ルキエの『仮面』と『ローブ』まで、自的に回収してしまったんだ。
そのあとは大騒ぎだった。
魔王ルキエは両手で顔をおさえてうずくまるし、メイベルはあわあわと走り回っていた。
俺が事を説明して、謝って、ふたりはやっと落ち著いた。
そうして、事を聞いた魔王ルキエは、俺を許してくれたんだ。
「お主に悪気がないことは理解した。許すので、普通にしておれ」
「申し訳ありませんでした。魔王陛下」
……なんてことだ。
俺はまだ、勇者の世界のアイテムを甘くみていた。
異世界から來た勇者は超絶の力をふるって、いにしえの魔王と戦い、魔族たちを北の地に追い払った。彼らは間違いなく、世界を変えた。
その勇者たちの世界のアイテムなら、予想外の効果があってもおかしくはないはずなのに。
「そ、そこまで落ち込まずともよい。もういいのだ、トール・リーガスよ」
魔王ルキエは困ったように、そう言った。
仮面とローブは、床に置いたままだ。
正を隠すのはあきらめたらしい。
俺の隣では、メイベルも正座している。
彼は、魔王ルキエの素顔を知っていたそうだ。
他に素顔を見たことがあるのは、宰相(さいしょう)のケルヴ、の回りの世話をするメイド。あとは魔王ルキエの家族だけらしい。
魔王ルキエは、自分が正を隠していた理由を教えてくれた。
その理由は──
『魔王とは強力な闇の魔力を持ち、皆に恐れられる、謎めいた存在でなければいけないから』
──それだけだった。
魔王領の南には、軍事大國のドルガリア帝國がある。
不戦條約を結んでいるとはいえ、それもいつまで続くかわからない。
帝國という脅威(きょうい)がある以上、魔王が弱そうなだと知られるわけにはいかない。
だから魔王ルキエは、顔と格がわからなくなるように、『認識阻害(にんしきそがい)』の仮面とローブをつけていたんだそうだ。
「……それで、どうじゃった?」
魔王ルキエは橫を向いたまま、言った。
「魔王領の支配者が、こんな貧相(ひんそう)な小娘でがっかりしたか? まぁ、仕方あるまい。こんな小娘が『認識阻害(にんしきそがい)』の仮面とローブで正を隠し、魔王を名乗ってふんぞりかえっていたのじゃからな……」
「ルキエさま、そのようなことは……」
「ごまかさずともよいのだ、メイベル。すでにこの者には素顔を見られてしまったのだからな。どうじゃ、トール・リーガスよ。この小さな、たよりない姿こそが魔王の正じゃぞ」
魔王ルキエはそう言って、俺を見た。
確かに、小さな姿だった。
年齢は15歳だそうだけど、それにしても小柄だ。
長も低いし、手足も細い。抱きしめたら折れそうだ。
「魔王がこんな姿では、帝國と張り合うことはできぬ。だから余は認識阻害(にんしきそがい)のアイテムを使って、魔王っぽい姿に見せかけておったのじゃ」
魔王ルキエは話を続ける。
父である先代魔王が、若いうちに死んでしまったこと。
その娘であるルキエが、魔王の位についたこと。
『認識阻害(にんしきそがい)』の仮面とローブをつけているのは、彼が長するまでの措置(そち)であること。
彼には強力な闇の魔力があるが、なぜかの長が遅かった。
長もなかなかびないし、重も増えない。の起伏もない。
強力な魔を使うことはできても、的には強くない。
もちろん、あと2年か3年もすれば、闇の魔力による『強化』魔にも耐えられるようになる。そうすれば魔的にも、理的にもルキエは強くなる。
仮面とローブをはずして、真の魔王として君臨(くんりん)することができる。
それまでは帝國に対する備えとして、また、魔王領にもいる『強さしか信じない』者たちへの対策として、『認識阻害』の仮面とローブをつけることになっている。
──そんなことを、魔王ルキエは、ぽつりぽつりと話してくれた。
「昔は魔王が死ぬと、次の魔王は戦いで決めることになっておった。だが、ドルガリア帝國という脅威(きょうい)が生まれてからは、魔王領で爭いを起こすのは得策ではないということになってな。そのため、今は世襲制(せしゅうせい)となっているのだ」
「ルキエさまは魔王にふさわしい魔力をお持ちなのです。ただ、おの長が遅いだけで」
「なぐさめはいらぬぞ。メイベル」
魔王ルキエは自嘲(じちょう)するように、
「それに、余に正を隠すように言ったのは宰相のケルヴじゃ。あの者も、この貧相な姿では、魔王領をまとめられぬと思っているのであろうよ」
「……ルキエさま」
「どうだ? トール・リーガスよ」
魔王ルキエはワンピースのに手を當て、俺を見た。
「余のこの姿を見てどう思う?」
彼の細い手が、かすかに震えていた。
「余は、外から來た者の意見が聞きたい。遠慮(えんりょ)なく申すがいい。魔王ルキエ・エヴァーガルドの姿を見て、お主はどう思った?」
「神の造形(ぞうけいび)を見た思いです」
俺は言った。
「魔王陛下のお姿を見た瞬間、俺は自分の価値観をゆさぶられました。俺は錬金師として、優秀な機能を備えたマジックアイテムこそがしいものだと思っていたんです。いわゆる『機能(きのうび)』というやつですね。
でも、魔王陛下のその姿を見て間違いに気づきました。魔王陛下とメイベルさん──魔王領の自然が生み出したしさの前には、俺の作るアイテムの機能(きのうび)など足元にも及ばないんですね。錬金師(れんきんじゅつし)として、力不足を恥じるばかりです……」
「な、な────っ!?」
「魔王陛下のしさ、そして、勇者の世界のアイテムの機能。その両方を魔王領で學ばせてもらえればと思います。どうか、よろしくお願いします」
「な、なにを言っておるのだ、お主は!?」
「思った通りのことを言っているだけですが」
「ちょ、調子のいいことを言いおって……」
魔王ルキエの赤の目に、涙が浮かんでいた。
彼は両手の拳(こぶし)を、ぎゅ、と握りしめて、
「お主のように優秀で、神にも等しい錬金の力を持つ者に、なにがわかる!? 仮面を被り、自分を偽(いつわ)ってきてきたもののことが──」
「すいません俺も偽(いつわ)ってました。実は俺は客人じゃないんです。帝國は魔王領への人質──生(い)け贄(にえ)として、俺をここに送り込んだんです」
俺は言った。
魔王ルキエと、メイベルの目が點になった。
「ついでに言うと、俺はリーガス公爵家(こうしゃくけ)の恥さらしだそうです。父には『死んでこい』と言われました。しょうがないですね。帝國は強さがすべてですから。戦闘能力がなくて、攻撃魔も使えない俺には、存在価値はないですから」
「な、な、な……」
「でもまぁ、魔王領に來られたのは幸運だったと思いますよ。錬金師(れんきんじゅつし)として仕事ができるようになったんですから。自分で好きなアイテムを作る幸せと、それを使ってもらうよろこび、それを俺は魔王領で知ることができて──」
「お待ちください、トールさま!!」
不意にメイベルが聲をあげた。
俺の手を握りしめて、ぐい、と顔を近づけてくる。
「今の話は本當なのですか!? トールさまが魔王領に送り込まれた人質……いけにえ……なんて」
「本當ですよ。噓だと思ったら、帝國に問い合わせてみてください」
「いえ、そこまではしませんが……でも、理解できないです」
「というと?」
「トールさまが人質として、この魔王領に送り込まれたのが事実だとして……どうして、それを打ち明けられたのですか? ご自分が帝國からの使者だと思わせておいた方が有利ではありませんか。そうすれば帝國の力を後ろ盾として、無茶な要求を通すこともできたはずなのに……いえ、もちろん、トールさまがそんなことをする方でないのはわかっています……でも……でも!」
メイベルは、理解できない、というように頭(かぶり)を振って、
「使者の立場であれば、帝國がトールさまの後ろ盾になっていると主張できます。皆にそう思わせておけば、あなたのは安全のはずです。なのに……ご自分が人質としてここに來たことを話してしまったら、後ろ盾を失ってしまうではありませんか……」
「はい、そうですね。だから、にしていてくれませんか?」
「……はい?」
「俺が魔王領に送り込まれた人質や生け贄だということがばれたら、魔王領の人たちからの扱いが変わりますよね? 帝國との関係も悪化するかもしれない。だから、にしていてくれませんか? 代わりに(・・・・)俺は(・・)、魔王陛下の(・・・・・)を(・・・)誰にも(・・・)言わないと(・・・・・)約束します(・・・・・)」
「……あ」
メイベルが口を押さえた。
俺を見つめながら、何度もうなずく。
後ろにいる魔王ルキエも、信じられないものを見るような顔をしてる。
ふたりとも、俺の言いたいことをわかってくれたみたいだ。
俺に、他人のをばらすような趣味(しゅみ)はない。
だけど、魔王ルキエにそれを信じてもらえるかどうかはわからない。
だから俺は自分のと、弱みを明かすことにした。
──魔王ルキエのは守ります。だからこっちのも守ってください。
その條件なら、魔王ルキエが俺を信じてくれるかな、って、思ったんだ。
まぁ、なんとなくだけど。
魔王ルキエは、小柄なの子だった。
自分に自信がなくて、仮面とローブで本當の自分を隠していた。
それが……帝國にいたときの自分と重なるような気がしたんだ。
「俺が帝國から送り込まれた人質だってこと、にしていただけますか、魔王陛下」
「……ふ」
「にしてくれたら……そうですね。陛下のを守るのはもちろんですが、陛下直屬の錬金師(アルケミスト)として、力を盡くすことを約束します。陛下のために、マジックアイテムをどんどん作りますよ」
「…………ふ、ふふっ。くくく」
「しょうがないですよね。陛下は俺のを知っているんですから。もちろん、マジックアイテムを作るのは俺の趣味と実益を兼ねてますけど。どうですか? 俺のを、守ってくださいますか?」
「ふ……はは、ははははははっ!」
いきなりだった。
魔王ルキエは、お腹を抱えて笑い出した。
子どものような、甲高い笑い聲で。
赤みがかった目から涙をこぼしながら、魔王ルキエは笑い続ける。
「は、はははははは! トール・リーガス! お前は、はははははっ! な、なんとばかなことを。自分から正を明かしておいて……それをにするのと引き換えに『陛下のを守る』とは……ははっ! はははははっ! ははっ……なにを考えているのだ! お主は!!」
「笑いすぎですよ魔王陛下。ひどいな」
「ひどいのはお主の方だ! ばかもの!!」
魔王ルキエは涙をぬぐいながら、俺を見た。
「余の仮面とローブをはぎ取るのもひどいが、自分の正の明かし方もひどい。ひどすぎる! そんなやりかたをされたら……余は、お主を信じるしかないではないか」
「信じてもらえるんですか?」
「今さらなにを言うか」
そう言って魔王ルキエは、ゆっくりと、俺の方に近づいてくる。
それからめいっぱい背びして、人差し指で、俺の額を、突っついた。
「信じるよ。お主は余を信じて、を打ち明けてくれたのだ。そんなお主を疑うようでは、余に人の上に立つ資格などないじゃろ?」
「魔王陛下は、立派な支配者だと思ってますけどね」
「またそのようなことを、お主はまったく……まったく!」
魔王ルキエはにやりと笑って、メイベルの方を見た。
「メイベルよ。お主もよいな。ここでの話は、外では一切、口外無用(こうがいむよう)じゃ! トール・リーガスは帝國から來た賓客(ひんきゃく)であり、余の直屬の錬金師である。略(そりゃく)に扱うことなきよう、城の者に徹底(てってい)させるのじゃ!」
「はいっ! 陛下!」
「それからトール・リーガスよ」
「はい。魔王陛下」
「繰り返すが、余の正とお主の正については、この場だけのであるぞ?」
「わかりました……って、あれ?」
なにか妙な言葉を聞いたような気がした。
魔王ルキエはにやりと笑って、
「つまり『この場(・・・)』は例外ということじゃ」
「あ、そういうことですか……」
つまり、この『異世界風簡易倉庫』の中では、お互いの正をばらしていい、ということだ。
ここは外部からは隔絶された、俺の結界みたいなものだ。
魔王ルキエが仮面をはずしてくつろぐには、もってこいの場所ということか。
「わかりました。ここでは、別の話ですね」
「うむ。代わりに、余は全面的にトールの味方となろう」
そう言って魔王ルキエは、俺の手を握った。
俺が思わず膝をつくと、金の髪を揺らして、笑う。
まるで主従の誓いみたいだな……って、思った。
「まったく、笑いすぎてがかれたぞ。メイベル、お茶をもらえるか?」
「はい。すぐに準備します……あ、そうです。トールさま」
名案を思いついたように、メイベルが、ぱん、と手を叩いた。
「この収納空間に椅子とテーブル、それと茶を持ち込んでもいいですか?」
「いいですよ。スペースはありますから」
「ありがとうございます!」
「保管しておきたい茶でもあるんですか?」
「いえ、ここでお茶會が開けたら素敵だな、って思いまして」
メイベルはメイド服のエプロンを握りしめて、ためらうように、
「この場所なら、魔王陛下もトールさまも、ご自のことを隠さずにお話できますよね? でしたら、ここの一角を、そのための場所にできたら……って。もちろん、トールさまのお邪魔はいたしません。この広い『収納空間』の、ほんの片隅(かたすみ)をお借りできたら……って」
「……そうじゃな。そうできたら、楽しいじゃろうな……」
困った。
そんな訴えかけるような目をされたら斷れない。
まぁ、確かに俺も自分のことを気兼ねなく話せる場所はしいし、一緒にいるのがメイベルと魔王ルキエなら問題ない。
それに、俺には魔王ルキエの正をあばいた弱みもある。
ふたりにはお世話になってるし……しょうがないか。
「いいですよ。この『収納空間』を、お茶會の場所にしてください」
「ありがとうございます!」
「うむ! 謝するぞ、我が錬金師トールよ!」
メイベルと魔王ルキエは俺の手を握って、笑った。
まぁ、マジックアイテムは、使ってもらわないと意味がないからな。
ふたりがこの『収納空間』を活用してくれるなら、それでいいか。
もしも自分だけの空間が必要になったら、また作ればいいし。
「可いテーブルクロスもいいですね。あとは、お湯を沸かすかまどですけど」
「トールはここを工房にするのであろう? であれば、爐くらいは作るであろうに」
「そうですね。では、その火をお借りいたしましょう」
「クッションとベッドもしいのう。メイベル、予備はあるか?」
「あるはずです。すぐに手配いたしますね」
──でも、ふたりともちょっと盛り上がりすぎじゃないかな?
「……あの。魔王陛下。メイベルさん」
「どうした、トール・リーガスよ」
「どうなさいました? トールさん」
「あ、それから、余のことはルキエでよいぞ。もちろん、この場だけのことだが」
「私のこともメイベルと呼び捨てにしてください」
「それはいいんですけど……ふたりとも」
この工房を、ふたりがくつろぐための隠れ家にしようと思っていませんか?
そんなことを訊ねようとしたのだけれど──
「「ん?」」
「そんなに収納空間がしいなら、魔王陛下とメイベルさんの分も作りますよ?」
「なにを言うか。余は、トールをもてなしたいだけじゃぞ」
「そうです。私もこの場所で、陛下とトールさまにリラックスしていただいて、おいしいものを食べてしいだけです」
「収納空間があったところで、トールとメイベルがいなければ意味はなかろう?」
「私がしいのはアイテムではなく、おふたりとの時間ですから」
「……降參です」
すごく「いい笑顔」の魔王ルキエとメイベルに、俺は白旗を揚げたのだった。
──────────────────
なお、この場所でのお茶會は『魔王城最高茶會《キングダムズ・ティータイム》』と名付けられ、魔王領を大きくかしていくことになるのだが──
──それはまだ、誰も知らないお話なのだった。
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