《【書籍版4巻7月8日発売】創造錬金師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-》第18話「アグニスの悩みを聞く(2)」
「……お會いするのは二度目……ですね。アグニス・フレイザッド……です」
「……トール・リーガスです」
「…………」
「…………」
きまずい。
目の前には、全に鎧(よろい)をまとった、アグニスがいる。
まわりには羽の生えたトカゲ──サラマンダーたちが集まってる。彼を守ろうとしてるみたいだ。
俺とアグニスは、テーブルを挾んで向かい合っている。
アグニスは兜(かぶと)をかぶっているから、今、どんな表なのかはわからない。
見えるのは、兜の隙間(すきま)から覗(のぞ)く、黃い目だけだ。
見返すと、アグニスは慌てて視線を逸らす。
俺も同じようにする。
あんまり張(きんちょう)させない方がいいと思ったから。
「さっきはすいませんでした」
まず最初に、俺はあやまることにした。
「お風呂を沸(わ)かす係はサラマンダーたちだって聞いてたので……興味があって、つい、のぞいてしまいました。アグニスさんが手伝っているとは知らなかったんです。すいませんでした」
「ち、ちがっ」
「え?」
「ち、違うんです。悪いのは、アグニスの方……です」
アグニスは途切れ途切れに話しはじめる。
「こ、この時間は、めったに人が來ないので……アグニスが勝手に、この子たちの、手伝いをしてた……ので。トール・リーガスさまは悪くない、から」
「いやいや、でも、鎧(よろい)を見つけた時點で、アグニスさんがいることには気づくべきかと」
「にゅ、『浴中』の札、出してなかったの、こっち!」
「でもお風呂にはってなかったですよね? お風呂のお湯を沸かしてただけで」
「そ、それでも……ドアは閉じておく、べき。だ、だから……はだか、見られたのは……アグニスの自業自得(じごうじとく)で……その……あのその」
「でもでも、それをじっくり見てしまったのは俺のミスですから!」
「お見苦しいものを見せてしまったので!」
「ぜんっぜん見苦しくはなかったです! むしろ炎の霊とはこういうものかと。神の造形(ぞうけいび)を再確認……じゃなくて、魔王領に來ると、こういうきれいなものが見られる……のか、と」
「……う、うううううぅ」
ぼっ、と、兜(かぶと)の隙間から炎があがる。
さっきのことを思い出したらしい。
謝罪合戦(しゃざいがっせん)は危険だ。話を変えよう。
「火炎巨人(イフリート)のを引く人って、すごいんですね」
「え?」
「その鎧は『地屬』をふたつ重ねた『火炎耐』の鎧ですよね。しかも、しなやかで、の上から直に著ても大丈夫なようになってる」
さっき鎧を見たとき、こっそり『鑑定把握(かんていはあく)』してある。
そのとき、鎧が軽くてやわらかいことがわかった。
「そんな鎧でも、アグニスさんの炎には耐え切れてない。関節や部品のつなぎ目が緩み始めてる。そこまで強力な炎の力を持っているのは、やっぱりすごいと思います」
「でも、アグニスは炎を……コントロールできないので……」
「さっきも、そう言ってましたね」
「……はい」
アグニスは長いため息をついた。
それから兜を外して、俺の前に素顔をさらす。
黃玉(トパーズ)みたいな目と、白い。炎のようにゆらめく長い髪が姿を現す。
「そのまま、目を……そらさないで、しい、です」
「あ、はい」
「……じ────っ」
アグニスの目が、まっすぐに俺を見つめてる。
言われた通り、俺もアグニスの目を見つめ返す。
きれいな目だった。瞳のがゆらぎながら、黃から赤に、赤から黃に変わっていく。
本當に黃玉(トパーズ)と紅玉(ルビー)みたいだ。
火炎巨人(イフリート)については書で読んだだけだけど、きっときれいな生だったんだろうと思う。
地屬をふたつ重ねても防ぎきれない炎なら、それは火山の炎のように強力なものだ。
それを生み出すほどの火の魔力とはどういうものなのか。そもそも本人はその熱をどうやって防いでいるのか。はだかの上から鎧(よろい)を著るというのは、どういう気分なのか。
そんなことを考えながらアグニスの顔を見つめていると──
「……う、うぅ。うぅぅ」
アグニスの首から顎、顎から頬。頬から額までが真っ赤になっていく。
それから、ぼっ、と音を立てて、アグニスの髪から炎が噴きだした。
「ぐるる」「ぐるるるー」「ぐっるー」
かっぽん。
待機していたサラマンダーたちが、アグニスに『火炎耐』の兜をかぶせる。
しばらくすると炎が収まり、アグニスはため息をついた。
「ご、ごらんの通り、なので……」
「やっぱり、張したり興したりすると、から炎が出るんですね」
「は、はい」
「でも、湯沸(ゆわ)かし場では炎を使いこなし──って、ごめんなさい! 思い出さなくていいですから!」
「……うぅ」
手甲(ガントレット)の手で、顔をがちゃりと覆(おお)うアグニス。
「……さっきは、この子(サラマンダー)たちに手伝ってもらって、炎をる訓練をしていた……です。この子たちは、昔からの友だちで……一緒にいても張しないので……」
「ぐるる」「ぐるるる」「ぐるっぐ」
こくこく、とうなずくサラマンダーたち。
つまり、こういうことらしい。
アグニスは火炎巨人(イフリート)のを引き、強い炎の力を持つ。
けれど、彼自はそれをコントロールできない。
がたかぶると、勝手に炎が出てしまう。
だから炎を抑えるために、火炎耐を持つ鎧を著ている。
鎧をいでサラマンダーたちと一緒にいたのは、彼らが炎の影響をけないから。サラマンダーは火炎巨人(イフリート)の眷屬(けんぞく)で、強力な火屬を持つからだ。
その彼らに手伝ってもらって、アグニスは炎をる訓練をしていたらしい。
「……父さまは言いました。『アグニスは火の魔力が強すぎるのだ。でも、それは「火炎巨人(イフリート)」のが強く出ただけで、悪いことではない。アグニスはなにも悪くない』──って」
アグニスはうつむきながら、つぶやいた。
「でも……アグニスは、自分の魔力が……あんまり好きじゃないです。炎の魔力に覚醒する前は好きな服を著ていられたけど……今は、著たものがみんな燃えちゃいます……から。炎があふれて、他の人に火傷を負わせてしまうことも……あるので」
「わかりました。解決方法を考えてみます」
「……え?」
兜(かぶと)をつけたまま、アグニスが俺を見た。
顔は見えないけど、ぽかん、としてるのがわかった。
「トールさまが、アグニスの『火の魔力』を……なんとかしてくださる、ですか?」
「はい。できるだけやってみます」
「ど、どうして? 魔王領のお客人のトールさまが……?」
「俺は魔王陛下に雇われた錬金師でもあるんです」
俺はアグニスにうなずき返す。
「で、火炎將軍のライゼンガさまは、魔王陛下の部下で、アグニスさんはその娘さんですよね?」
「は、はい……そうなのです、けど」
「ということは、將軍とアグニスさんは、俺の上司のようなものですよね?」
「上司……? ちょっと違うような……」
「それに、ライゼンガ將軍は俺に対して『お前はどうやって魔王領の役に立つつもりだ』とおっしゃってました」
確かに言っていた。言質(げんち)取ってる。
「あれは『どうやって魔王領の役に立つのか証明しろ』という意味ですよね?」
「そう……でしょうか?」
「そうなんです」
「そうです……ね」
よっしゃ。アグニスの言質(げんち)も取った。
だったら問題なしだ。
すぐに部屋に戻って、『通販カタログ』を調べよう。
勇者世界のアイテムなら、アグニスの問題を解決できるかもしれない。
異世界から來た勇者はかつて、火炎巨人と同等の炎を扱うドラゴンや、火炎鳥(フレア・ガルダ)を倒している。だとすれば、火炎を封じるアイテムもあるはずだ。
「アグニス・フレイザッドさま。俺に、あなたの炎の問題を解決するように、依頼してくれますか?」
「……トール・リーガスさま」
アグニスは、しばらく迷っていたようだけど──
やがて、はっきりと「お願いします」と、うなずいてくれた。
「じゃあ、これからマジックアイテムを作ります。完するまでの間は、これを使っていてください」
俺は『超小型簡易倉庫』を、アグニスに渡した。
「これは勇者が使っていた『収納ボックス』の簡易版です。炎があふれそうになったら、これで吸い込んでください。手に持って『収納』って思うだけで使えますから」
「い、いえ。これ……貴重なものなのでは?」
「また作ればいいですよ。それより使ったあとで想を聞かせてください。フタが開きにくいとか、デザインがいまいちだとか、はピンクがいいとか、黃がいいとか。あ、ツートンカラーやストライプもありですよ。そうやって意見を聞いて、ブラッシュアップしていくんで」
「……ありがとうございます……トール・リーガスさま」
アグニスは、『超小型簡易倉庫』を抱きしめた。
「それと……晝間は、父さまが失禮なことを言ってごめんなさい、です」
「あれはしょうがないと思います」
「そうですか?」
「だって俺はアグニスさんが唯一著てる服をいじりたいって言っ──」
「ト、トールさま!」
「ぐるる!」「ぐる──っ!」「ぐるるぅ!」
アグニスが立ち上がり、サラマンダーたちが聲をあげる。
湯沸かし場でのことを思い出したのか、アグニスの鎧の隙間から炎が出てくる。
「じゃあ『簡易倉庫』のドアを開けて『収納。火炎』って、言ってみてください」
「は、はい。収納、火炎!」
しゅるん。
鎧の隙間からはみ出していた火炎が、箱の中に吸い込まれた。
「……す、すごい。本當にこれをいただいてもいい……のですか?」
「構いません。それに、その箱だけじゃ、一時しのぎにしかならないですから」
「一時しのぎでも……じゅうぶん、です」
「そうなんですか?」
「は、はい。火炎巨人のを引く者は……長することで、だんだん炎のコントロールがうまくなる……そうです。アグニスと同じような者は以前にもいて……だいたい、20歳くらいまでには……ちゃんとできるようになる、そうです。アグニスも、あと、5年……です」
こくこく、と、アグニスはうなずいた。
あと5年、ということはアグニスは15歳。
それまで彼は好きな服も著られないし、サラマンダーとしか遊べないのか。
「もっと本的な解決策が必要だな」
「……トールさま?」
「アグニスさんが炎をコントロールできるようなアイテムを作らないと……異世界の勇者にはできたはず。同じ能力を持つものは作れるはずだ。勇者のやつらは帝國の礎を作ってるからな。あいつらにできることができないようじゃ……帝國に勝ったとはいえない……」
「ど、どうした、ですか? トールさま」
「……いえ、なんでもないです」
俺は頭(かぶり)を振った。
「とにかく、もっといい方法を考えてみます」
「不思議な方……です。トールさま」
アグニスは首をかしげた。
「出會ったばかりのアグニスに……どうして、そこまで、してくれる……ですか?」
「俺は魔王陛下の錬金師ですから」
さっきも思ったけど、魔王領には々な種族がいる。
門番はミノタウロスだし、料理長はドワーフ、將軍は火炎巨人(イフリート)の子孫だ。
魔王直屬の錬金師である俺は、々な種族の問題を解決しなきゃいけない。
アグニスの問題を解決することは、俺の仕事の一環(いっかん)でもあるんだ。
「──と、いうわけです」
俺の説明を聞いて、アグニスは不思議そうな顔をしたけど──
「わかりました。トール・リーガスさまに、お任せ、します」
「ありがとうございます」
「でも、無理はしないで……しいです。アグニスは、人の迷をかけたくない……ので」
「迷じゃないです。マジックアイテムを作るのは、俺のみでもあるので」
「……み、ですか?」
「俺は勇者の世界に勝ちたいんです」
俺は言った。
「それで、自分の居場所をおだやかでのんびり暮らせる場所にしたい。そのために錬金の技を磨きたいんです。で、今の俺は魔王領にいますから、魔王領の知り合いにもできればおだやかでのんびり暮らしてしい。それだけなんですよ」
俺の言葉に、アグニスはやっぱり、不思議そうな顔をしていたのだけど──
明日、同じ時間にここで會うことにして、俺たちは別れたのだった。
第19話は、明日の午後6時ごろに更新する予定です。
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