《【書籍版4巻7月8日発売】創造錬金師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-》第21話「アグニスの魔力を変換する」
今日は2話、更新しています。
なので、本日はじめてお越しの方は、第20話からお読み下さい。
翌日の夕方。
俺たちが風呂場の休憩スペースに行くと、鎧姿(よろいすがた)のアグニスが待っていた。
「お待ちしてた……です。トール・リーガスさま」
「來てくれてありがとう。アグニスさん」
「「…………」」
思わず見つめ合ったあと、俺たちは同時に湯沸(ゆわ)かし場の方を見た。
顔が熱くなる。アグニスも赤くなってる。たぶん。
兜のすきまから、かすかに炎が出てるから。
「湯沸(ゆわ)かし場でなにかあったのですか? トールさま、アグニスさま」
「あれれ……メイベル?」
「ごめんなさい。トールさまにお願いして、ついてきてしまいました」
メイベルはスカートの裾(すそ)をつまんで、アグニスに一禮。
「トールさまのメイドとして、お手伝いをしたいと思いまして」
「そ、そうなんだ……」
アグニスが口ごもる。
事は知ってる。
ふたりは、アグニスがメイベルに火傷を負わせてしまったことで疎遠になっていた。
メイベルの火傷は、今は跡形もなく治っている。
けれどアグニスの方は、友だちに怪我をさせたことを、今でも気に病んでいるんだ。
「トール・リーガス……さま。今日は、お別れにきたので……」
「お別れ?」
「はい。アグニスは、明日、お父さまと一緒に領土に戻ることになったのです」
アグニスは、がちゃり、と、頭を下げた。
「せっかく、炎を抑えるアイテムを作ってくれるって言ってくれたのに……ごめんなさい。お気持ちはうれしかったです。でも、間に合わないと思うので……」
「いえ、もうあります」
「……え?」
「完してます。アグニスさんの、炎を抑えるアイテム」
俺はポケットから『健康増進ペンダント』を取り出した。
「これは火の魔力を、他の屬の魔力に変換するものです。これをにつけると、火の魔力が弱くなる代わりに、木のようにしなやかに、土のように頑丈(がんじょう)に、金のように堅く、水のように──たぶん、おがつやつやぷにぷにになります」
「え、ええええええええ──!?」
アグニスはびかけて、両手で兜(かぶと)の口元を押さえた。
慌てて聲を押し殺す。
興すると炎が出ちゃうからだ。
と炎のリンク……それがどれくらいストレスなのかはわからない。
わからないけれど、解消できるならしてあげたいんだ。
「だから、メイベルに來てもらったんです」
「アグニスさまのために、服を持ってまいりました」
メイベルはカバンの中から、メイド服を取り出した。
「アグニスさまには鎧(よろい)の代わりに、これを著ていただきたいのです」
「そ、そんな……無理……なので」
アグニスは首を橫に振った。
「メイベルのメイド服……燃やしちゃう。メイベルにまた……火傷させちゃうかもしれない……ので」
「そのために、トールさまはアイテムを作ってくださいました」
対照的に、メイベルはを張って、メイド服を掲げてる。
「トールさまが作られるものに間違いはありません。大丈夫です」
「で、でもでも」
「俺も、アグニスさんがこのペンダントを使ったところを見たいんです」
俺は言った。
「鎧を著たままだと、使用がわからないですから。でも、の上から著けてもらうわけにもいかないですよね。いえ、個人的にはそれでも別にいいんですけど、錬金師の立場上、そうもいかないので」
「トール・リーガスさま……」
「だから、ペンダントを著けて、メイド服を著てみてください」
俺はそう言って、ペンダントを差し出した。
「……アグニスが……メイベルのように、かわいい、メイド服を……?」
アグニスの聲が震えていた。
無理もないと思う。
彼は自分の発火質をよく知ってる。
服を著て、燃やしてしまったこともあるはずだ。
俺が「このペンダントを著ければ大丈夫です」と言ったって、信じられないのは無理もない。
「……こわい……です」
アグニスは手甲に包まれた手を、握りしめた。
「……かわいい服は、好きです。著たいです。でも、メイベルのメイド服を燃やしてしまうの、怖い……炎が出てしまって……トールさまをがっかりさせるのも怖いです」
じっとうつむくアグニス。
俺とメイベルは、靜かに、彼の答えを待っていた。
「でも……でも」
すっ、と、アグニスが一歩、俺の方に進み出た。
「ここで挑戦しないで、領土に帰ってしまったら……絶対に後悔するので……そっちの方がずっと怖いので……だから……」
「大丈夫です。なにかあったら、俺が大急ぎでペンダントを再調整しますから」
「……トールさま」
「俺は魔王領の錬金師(れんきんじゅつし)ですからね。アグニスさんがむ限り、何度でもマジックアイテムを作り直します。それが俺の仕事で、やりたいことなんですから」
「…………わかりました、トールさま」
そう言ってアグニスは、俺に向かって手をばした。
俺は手甲におおわれたてのひらに『健康増進ペンダント』を載せた。
「トールさまのペンダント……使わせてください!」
「はい。それじゃメイベル、お願い」
「承知いたしました。トールさま!」
俺が言うと、メイベルがすごくいい笑顔で、メイド服を手にやってくる。
「お著替えをお手伝いしますね。アグニスさま」
「い、いいのに……メイベル」
「トールさまに見ていただくのですから、服はちゃんと著ないと。ね?」
「……わ、わかったので。でも、湯沸かし場のドアは、開けておくの。炎が出たとき、メイベルがすぐに逃げられるように……」
「わかりました。でも、大丈夫だと思いますよ?」
メイベルはにっこりと笑って、それから、俺の方を見た。
「それではトールさま。申し訳ないですけど……」
「俺は後ろを向いてるよ」
アグニスとメイベルが湯沸かし場にっていく。
サラマンダーたちの、「ぐるるん」「ぐるる」という鳴き聲がする。
彼らもアグニスを心配してるみたいだ。
俺が湯沸かし場に背中を向けると、鎧(よろい)が床に落ちる音がした。
それが終わると、メイベルの「ペンダントをつけますね」という聲が続く。
アグニスがになったのかな。
振り返りたくなるけど──今はアグニスを刺激するわけにはいかない。
このまま著替えが終わるのを待とう。
背中ごしに、メイベルの聲が聞こえる。
──ペンダント、お似合いですよ。それに……アグニスさまの、きれいですね。
──次はメイド服です。私が使ってるものでごめんなさい。
──え? がきついんですか……?
──子どもの頃は私と同じくらいだったのに。お互い、長しましたね。
……って。
思わず、振り返りたくなる。でも我慢だ。
メイベルの聲にアグニスが答えてる。
聲が、楽しそうなものになっていく。
炎が出たような気配はない。間違いなく、俺が作った『健康増進ペンダント』は機能を発揮してる。
そして、數分が経って──
「お、おまたせしました……トール・リーガス……さま」
すぐ後ろで、聲がした。
振り返ると、メイド服を著たアグニスが立っていた。
「……お、落ち著かないです。鎧以外の服を著たのは久しぶりなので……」
アグニスは落ち著かないのか、スカートを押さえたり、リボンを直したりしてる。
そのたびに、ふわふわの赤の髪が揺れる。
黃玉(トパーズ)みたいな目を見開いて、俺やメイベル、それから、自分の腕や腳を見つめてる。服の裾をつまんだり、袖を引っ張ったり。
自分が服を著ていることが、信じられないみたいだった。
「お、おかしくないですか……トール、さま」
「ないです。というか、むちゃくちゃかわいいです」
「ふぇぇっ!?」
素直な想を口にすると、アグニスの顔が真っ赤になった。
メイベルが用意したのは、彼とおそろいのメイド服だ。真っ白なエプロンと、ヘッドドレスがついている。
リボンを赤にしているのは、炎のイメージに合わせたのだろう。
もちろん、元では『健康増進ペンダント』がっている。
「メイベルとおそろいってのがいいですね。仲のいい姉妹みたいに見えますよ」
「さすがトールさま、わかってらっしゃいますね」
優しい笑みを浮かべながら、メイベルが俺の側にやってくる。
そうして、彼の耳元に顔を寄せて、
「でも……姉妹って呼ぶのは、ここだけにしてくださいね。私とアグニスさまでは分が違います。ライゼンガさまに聞かれたら、怒られちゃいますから」
「わかった。それで、ペンダントはちゃんと作してる?」
「もちろん。大丈夫です」
メイベルは優しい姉のような目で、アグニスを見つめている。
アグニスは照れているようだけど──炎が噴き出す気配はない。
代わりに元のペンダントがを発している。
アグニスの『火の魔力』を、『木』『土』『金』『水』の魔力に変換してるんだ。
変換された魔力は、屬ごとに効果を発揮する。
的にはアグニスを健康にして、心ともに強化する効果を。
『火屬の魔力により:活力+100%を得ました』
『余剰分の火の魔力を、他の屬の魔力に変換します』
『火の魔力を、土の魔力に変換しました。土屬の効果:安定+100%を得ました』
『土の魔力を、金の魔力に変換しました。金屬の効果:強固+100%を得ました』
『金の魔力を、水の魔力に変換しました。水屬の効果:+100%を得ました』
『水の魔力を、木の魔力に変換しました。木屬の効果:生命力+100%を得ました』
ペンダントから、聲が聞こえた。
勇者の世界では、魔力は循環するものらしい。
同じようにこのペンダントは、アグニスの強力な『火の魔力』を別の屬の魔力に変換し続けている。すべての魔力は、彼を強化して、健康にするのに使われていく。
だから、炎は出ない。
代わりに、アグニスがどんどん強く、健康になっていくんだ。
「……すごい……です。が……軽い。おもつやつや……なので」
アグニスはメイド服のスカートをひるがえして、くるくると回っている。
そのまわりをサラマンダーが飛び回っている。
アグニスは彼らにれようと、床を蹴(け)ってジャンプ。
そのが──ふわり、と、天井近くまで浮き上がった。
「え、ええええっ!?」
「今のアグニスさんは、強力な火の魔力をすべて、を強化するのに使ってる狀態なんです」
俺は説明した。
「だから、瞬発力(しゅんぱつりょく)やジャンプ力も強くなってます。慣れるまで時間はかかると思いますけど、でも、炎で服やを焼いてしまうことはもうないはずです。これからゆっくりと、新しい生活に慣れて──」
「ち、違います。アグニス、今、下著をつけてない……ので!」
「あ」
アグニスのが落下すると同時に、空気をはらんだスカートが広がる。めくれあがる。
彼は慌てて押さえようとして──
でも、間に合ったかどうかは、お互い、コメントしなかった。
「……ごめんなさい」
「き、気にしてないので、平気なので!」
アグニスがそう言うと、『健康増進ペンダント』がを放った。
『火屬の魔力により:活力+150%を得ました』
『余剰分(よじょうぶん)の火の魔力を、他の屬の魔力に変換します』
『火の魔力を、土の魔力に変換しました。土屬の効果:安定+150%を得ました』
『土の魔力を、金の魔力に変換しました。金屬の効果:強固+150%を得ました』
『金の魔力を、水の魔力に変換しました。水屬の効果:+150%を得ました』
『水の魔力を、木の魔力に変換しました。木屬の効果:生命力+150%を得ました』
「……うぅ。パワーアップすると、照れてるの……わかっちゃう」
「副作用です。ごめんなさい」
「い、いえいえ。こちらこそ、お見苦しいものを……」
「見苦しくはな……じゃなくて、見てません。はい」
とにかく、アイテム作は功だ。
『健康増進ペンダント』は無事に機能を発揮した。
アグニスのからは、もう炎は出ない。
彼はメイベルと一緒に著替えて、俺たちと見つめ合って……々見られている。
そこまでしても炎が出ないなら、たぶん、もう大丈夫だ。
「のコントロールは大丈夫ですか? アグニスさん」
「は、はい。問題ないので!」
アグニスはメイド服姿で、うれしそうに笑っている。
「を強化する魔をかけてもらったこと、何度もあるので、や力のコンロールは、問題なくできます。それに、このペンダントはとても優しくて……全がふわりと強くなるじなので、大丈夫です」
よかった。のきはちゃんとコントロールできるようだ。
火の魔力も完全に制されてる。
これでもう、アグニスは炎を気にせず、好きな服を著られる。友だちの側にいても大丈夫だし、好きな場所に行ける。
うまくいって、本當によかった。
「勇者の世界では、こういうアイテムが當たり前に売ってるんだよな……」
この世界に召喚された勇者の中にも『健康増進ペンダント』を使ってた人がいたんだろうか。
そういえば……「貴様! よくもオレの仲間を傷つけたな──っ!!」とんだ後で超絶覚醒(ちょうぜつかくせい)した勇者の話を聞いたことがある。
その人もを魔力に変えて、さらにこのアイテムでを強化していたのかもしれない。
……本當に勇者の世界って、すごいな。
「ありがとうございました。トールさま」
「メイベル?」
「これで、私はひとつ、願いを葉えることができます」
深々と頭を下げたメイベルが、笑った。
それから彼は、アグニスに向かって駆け出して──
「……メ、メイベル?」
とまどうアグニスを、メイベルは、ぎゅ、と、抱きしめた。
「メ、メイベル。だ、だめ。アグニスは、がゆれると、炎が」
「もう大丈夫ですよ。アグニスさま」
メイベルは、アグニスの耳元にささやく。
「ずっと怖かったんですよね? 自分の炎が、誰かを傷つけることが」
「……あ」
「たぶん、その恐怖をあなたに與えてしまったのは、私です。ごめんなさい」
「ち、違うの。アグニスが……自分の中の魔力にびっくりして……勝手に興しただけなの。悪いのはアグニスだから……ごめんなさい……ごめんなさい、メイベル」
「あのときも、アグニスさまは何度も謝ってくださいましたね……」
そう言ってメイベルは、アグニスの髪をでた。
アグニスはびっくりしたように目を見開いて──でも、されるままになってる。
「でも……私があのとき火傷にびっくりして泣いたりしなければ……アグニスさまはもっと落ち著いて、火の魔力と向き合えたかもしれません。鎧(よろい)なんて著ないで、自分を制できたかもしれないんです」
「……ち、ちが。メイベルのせいじゃない! メイベルのせいじゃ……」
「でも、もうそれも終わりです。アグニスさまはもう、誰も傷つけることはないんです。こうして誰かとくっついてもいいんですよ?」
「…………メイベル」
「ね?」
「……うん。うん、メイベル……」
アグニスの目から涙がこぼれて──そうして、アグニスは泣きだした。
子どもみたいに。わんわん……って。
もちろん、彼のから炎は出ない。
『健康増進ペンダント』は火の魔力を、きちんと別の魔力に変換し続けている。それを表すメッセージが鳴り続けてる。
それがおかしいのか、アグニスは泣き笑いの顔になってる。
「では、次はトールさま。お願いします」
そう言って、メイベルはアグニスのを放した。
「トールさまもアグニスさまを、ぎゅ、っとしてあげてください」
「俺も?」
「せっかくなので」
「メ、メイベル!? ど、どうして……トール・リーガスさま、まで?」
「せっかく人とれ合えるようになったんですから、この機會にと思って」
「で、でも……でも」
「あれ? アグニスさまは、トールさまに、ぎゅ、っとしてしくないんですか?」
「──!?」
メイベルの問いに、ぶんぶん、と、頭(かぶり)を振るアグニス。
「それなら、いいですよね?」
「で、でも。トールさまが嫌かもしれない……ので」
「トールさま、アグニスさまを抱っこするのはお嫌ですか?」
「嫌じゃないです」
思わず即答。
いや、だってこの質問はずるいと思う。
面と向かって聞かれて、「嫌だ」と答えられるわけがない。
それに俺には『健康増進ペンダント』を作った者としての責任があるからな。
メイベル以外と抱き合っても大丈夫かどうか、きちんとチェックしておかないと。
そう自分に言い聞かせて、俺はアグニスの方へ進み出る。
アグニスは覚悟を決めたのか、こっちを向いて両腕を広げてる。
左右にはサラマンダーが飛んでいて、「ぐるる」「ぐるる」ってうなずいている。
アグニスの問題を解決した俺を、彼らもけれているらしい。
俺はアグニスの肩に手を置いた。
……そういえば今のアグニスは下著をつけてないんだっけ。
その狀態で抱きしめるのは、々とまずいような……。
でも、アグニスの顔は、もうすぐ近くまで來ている。
呼吸音がしないのは、張した彼が、ぐっ、と息を止めているから。
……ここで止めるのは、よくないな。うん。
そうして俺が、アグニスを抱きしめようとした──とき。
「アグニス──っ! どこに行ってしまったのだ。アグニスぅ……!」
お風呂場の外──廊下に、ライゼンガ將軍のび聲が響き渡ったのだった。
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