《【書籍版4巻7月8日発売】創造錬金師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-》第28話「ライゼンガ將軍、帝國貴族と渉する」
──トールが『レーザーポインター』を作っていたころ、ライゼンガの領地では──
ここは、魔王領の南にある火炎將軍ライゼンガの領地。
その中心にある將軍の館に、帝國からの使者が來ていた。
使者の名前は、ガルア辺境伯(へんきょうはく)。
魔王領に最も近い場所に領地を持つ、帝國貴族だった。
「はじめまして。火炎將軍ライゼンガどの。自分はドルガリア帝國より參りました、ガルア辺境伯(へんきょうはく)と申します」
帝國貴族であることを示すマントをつけた男が、ライゼンガ將軍に向かって頭を下げた。
それに対してライゼンガも軽く會釈(えしゃく)し、あいさつを返す。
「魔王陛下より南方の領地を預かる將軍、ライゼンガ・フレイザッドと申す」
今回の會談は、魔王ルキエも同意してのものだった。
目的は、鉱山開発について渉をするためだ。
數ヶ月前、ライゼンガが預かる山岳地帯で新たな鉱脈(こうみゃく)が見つかった。
場所は帝國との國境近く。
すぐ側にはガルア辺境伯(へんきょうはく)の領地がある。
魔王領はすぐにも鉱山の開発を始めるつもりだったが、調査の結果、近くに強力な魔獣(まじゅう)が住み著いていることがわかった。
開発の前に、まずはその魔獣を倒さなければいけない。
しかし、國境地帯に兵を集めれば、帝國から『魔王領に侵攻の意志あり』と誤解されるかもしれない。
また、下手に魔獣を刺激して、魔獣が町を襲うようなことになれば、帝國にも迷がかかる。
そう考えたライゼンガは、帝國のガルア辺境伯に、事説明の使者を送った。
數回のやりとりのあと、以下のような計畫が持ち上がった。
・魔王領は、帝國と協力して魔獣の討伐を行う。
・鉱山が開発されたあかつきには、帝國は採掘された銀の一部を報酬としてけ取る。
そうして、將軍と辺境伯の間で書面による渉が続き──
今、最後の詰めの段階にっているところだったのだ。
「條件を確認させていただいてもよろしいでしょうか。ライゼンガどの」
「ああ。構わぬ」
ライゼンガは辺境伯の前に、一枚の羊皮紙(ようひし)を置いた。
「條件はここに書かれている通りだ。なにか気になる點はおありか? ガルア辺境伯」
「そうですね……まずは確認ですが。帝國は『魔獣ガルガロッサ』討伐のため、兵を提供するということでよろしいでしょうか? 兵數は50から100名になりますが」
「うむ。問題ない。協力していただけるのは助かる。あの魔獣は多くの配下を引き連れているからな」
辺境伯の言葉に、ライゼンガはうなずいた。
「帝國から來た兵士たちは、我々魔王領の者と協力して戦う、ということでよろしいな? ガルア辺境伯よ」
「はい。それで、こちらがいただく報酬についてですが……」
「鉱山が開発された後、採掘(さいくつ)された銀の一部を帝國に、報酬(ほうしゅう)として差し上げることにしてある。これでどうだろうか?」
「貴國の魔王陛下も、この條件に納得されているのですな?」
「もちろんだ。ルキエ・エヴァーガルド陛下は、この條件なら問題ないとおっしゃっていた」
「銀の一部をこちらに。期間は1年、ですか」
ガルア辺境伯は、書類から顔を上げた。
「銀をいただく期間を、もうし長くはできませんかな?」
「鉱脈(こうみゃく)がどれほどあるかわからぬ。確たることは言えぬよ」
「できれば2年、いえ、4年いただければうれしいのですが」
「魔王陛下にはすでに1年と伝えておる」
「そこはそれ……やりようはあるものでして」
ガルア辺境伯は手もみをしながら、にやりと笑った。
辺境伯は、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)とした男だ。
長はライゼンガに及ばないが、帝國でも名のある戦士だと聞いている。
辺境伯は武を従者に預けて、ライゼンガの屋敷までやってきた。
勇気ある人だとは思う。
もっとも、會談の場所は屋敷の出口に近い部屋を選んだ上に、外には多數の兵を控えさせているのだが。
勇敢な戦士を尊(たっと)ぶのは、ライゼンガの家の方針だ。
ガルア辺境伯が渉役であることに不服はない。
だが、この粘(ねば)つくような目つきはなんとかならないものだろうか。
「……やりよう、とは?」
「口に出すのはやぼでございましょう」
「口に出してもらわねば、わからぬ」
「では、申し上げましょう。銀をいただく期間を4年に延ばしていただくお禮として、帝國に送られた銀の一部を、ライゼンガ將軍にお渡しいたします。これは將軍への個人的なお禮です」
ガルア辺境伯は、をゆがめて、笑った。
「帝國の取り分は減りますが、その分、期間は長くなるのです。皇帝陛下もお喜びになりますでしょう。もちろん、ライゼンガ將軍も得をなさいます」
「話にならぬな。それでは我(われ)が魔王陛下をだますことになる」
「將軍が口を閉ざしていればわかりますまい」
「貴公が真実を知っているであろう?」
「このガルア、口は堅い方でございまして」
「……貴公は信じられる人間か?」
ライゼンガは、カップにったお茶を飲み、ひと呼吸おいてから、続ける。
「貴公は書狀に、魔王領に送られてくる客人は『強力な武人』だと書いていたな。見た目は強そうに見えなくとも、我が腕試しをするのにぴったりの、強い男だと」
「おっしゃる通りです。將軍は、あの者と戦われたのですか?」
「まさか。見ただけでわかったよ。彼は武を持って戦う者ではないと」
「それは殘念。ですが、將軍としては、ああいう者は気にらないのではないですかな? 貴族のを引くのに戦えず、なのに、のうのうと生きている。あの者は將軍のお力で、をたたき直していただくべきと存じますが」
「……を?」
「帝國と魔王領は、今は和平を保っているとはいえ、かつて戦った國々。帝國に恨みを持つ者もいるでしょう。ぜひとも、彼をそういう者に差し出すがよろしい。そうすれば帝國に恨みを持つ者のも晴れるでしょう」
「貴公が……トールどのを『戦士』として紹介した理由が、それか」
「はい。公爵さまもおっしゃっていました。トール・リーガスは公爵家の恥だと。せめてその命をもって、帝國の役に立つべきだと。そこで、さきほどの話に戻るのですが……」
ガルア辺境伯はテーブルに手を突き、を乗り出した。
「名案がございます。今回の魔王領と帝國の契約を4年にばし、帝國が銀の一部を魔王領に送っていることがばれた場合は……トール・リーガスに責任を押しつけるのはどうでしょうか?」
「…………」
「彼が將軍をだまして、書類の一部を書き換えていたことにします。そうして、帝國に渡すはずの銀を、自分のふところにれていた。その銀は、彼が帝國に戻るための裏工作に使っていたことにしましょう」
「…………」
「これなら、將軍に迷はかかりません。トール・リーガスなる者が、すべての罪を背負って消えるだけです。彼はその命をもって、帝國と將軍の役に立つこととなります。よい考えだとは思いませんか?」
「……ひとつ、訊(たず)ねる」
ライゼンガ將軍はテーブルに視線を落としたまま、告げる。
「『トール・リーガスどのに責任を押しつける』というのは、貴公の判斷か?」
「私だけではございません。父君であるリーガス公爵の提案でもございます」
「そうではない。貴國の皇帝は、このことを知っているのかと聞いている」
「いいえ。陛下がご存じなのは、銀をいただく期間を4年に延ばすことのみでございます」
ガルア辺境伯は肩をすくめた。
「帝國に奉仕するのは貴族のつとめ、いちいち陛下にご報告するほどのことではございませんよ」
「……そうか、良かった」
「え?」
「帝國そのものを軽蔑(けいべつ)せずに済んだ。魔王陛下は『人間に學ぶ』という考え方をお持ちだ。その陛下を、悲しませたくないからな」
「あ、あの……ライゼンガ將軍?」
「……もういい。黙れ。これ以上、口を開くな」
ばきぃんっ。
ライゼンガ將軍の手の中で、陶(とうき)のコップが砕け散った。
將軍はそのまま拳を握りしめ、破片をになるまですりつぶす。
ぼっ、と、將軍の髪から炎が立った。
赤銅のがさらに赤くなり、深紅の瞳が黃金に染まり始める。
將軍は無言で腕をばし──屋敷の出口を指さした。
「出ていけ」
「は、はい?」
「貴公のような下劣(げれつ)な者と話す口はない! 出ていけ! 二度と我が前に姿を現すな!!」
「ひぃっ!?」
だん、と、ライゼンガが拳(こぶし)を叩き付けたテーブルが、天板から真っ二つに折れる。
飛び散った木片は彼の周囲で、火のとなって舞い上がる。
「魔王陛下をだますというだけでも罪深いというのに……こともあろうに、恩人であるトールどのを利用しろだと? 事が見(ろけん)したときには、罪をすべて彼になすりつけろだと……? 我が友であり、我が娘の恩人でもあるトールどのを!? ふざけるのもいい加減にしろ!!」
「わ、我が友!? あの者が!?」
「ああ。我はトールどのを尊敬している。そして、彼を登用した魔王陛下に忠誠を誓っているのだ!!」
「な、なぜ!? トール・リーガスなどに!?」
「『トール・リーガスなど』だと? 貴公はどこまであの方を侮辱すれば気が済むのだ!!」
部屋の溫度が上昇していく。
ライゼンガ將軍のから、熱が放出されているのだ。
目の前でゆらぐ炎と、將軍の怒り。
その両方に圧倒されて、辺境伯が真っ青な顔になる。
「わ、わけがわかりませぬ。トール・リーガスがどうしたというのです!?」
「トールどのは、娘アグニスの婿(むこ)にと、我(われ)が心に決めたお方だ!」
ライゼンガ將軍は深紅の目で、辺境伯ガルアをにらみつけた。
「そのトールどのを利用するなどとはあり得ぬ! 貴公との渉はここまでだ! この件は、魔王陛下にすべて報告する!! 陛下より、帝國の皇帝にも書狀が行くだろうよ。貴公が汚い手を使って魔王陛下をだまし、我とトールどのを利用しようとしたことがな!!」
「そ、そんな。この話をけれていただければ、將軍にも利益が──」
「そんなもの、アグニスの笑顔に比べれば塵芥(ゴミ)に等しい!!」
「で、では、鉱山の件は!?」
「もともと、今回の渉は帝國と魔王領の友好のためのもの。鉱山の魔獣を討伐するため集める兵が、帝國への侵攻のためのものだと誤解されぬように渉してきたのだ」
怒りに震える聲を抑えて、ライゼンガ將軍は続ける。
「だが、貴公では話にならぬことがわかった。魔王領に敵対の意思がないことは、帝國の皇帝に、直接書狀で伝えることとしよう」
「そうではありません! 鉱山の件は皇帝陛下にもお伝えしているのですよ!? ここで渉役から外されたら、私と、公爵さま(・・・・)の立場は……!?」
「この件は魔王陛下より、我に一任されている」
ライゼンガは腕を、窓に向けて振った。
金屬で補強された窓が、あっさりと砕け散る。
すでに騒ぎを聞きつけていたのだろう。
窓の下にはライゼンガの配下と、ガルア辺境伯の配下が集まっていた。
「火炎將軍ライゼンガの名において告げる! 辺境伯ガルアどのより、魔王陛下と我が友に対しての看過(かんか)できぬ発言があった! 魔王陛下より渉を一任された我の責任において、辺境伯との渉はここまでとする!!」
ライゼンガ將軍は、窓の外に集まった者に向かって、んだ。
「さぁ、速やかに帰るがいい! 辺境伯よ。渉は決裂したのだ!!」
「ま、魔獣はどうするつもりなのですか、將軍よ。あなたたちだけで、あの魔獣を倒せるとでも──」
「言われるまでもない。奴の恐ろしさは、我もよく知っている」
「今すぐ謝罪なさい! そうすれば──」
「友を侮辱した者に下げる頭など持たぬ!」
「──ぐっ」
「そんなことをするくらいなら、魔獣の前にこの命を散らした方がましだ! わかったら消えろ!! 今すぐに!!」
ライゼンガはんだ。
しばらくの間、辺境伯ガルアは將軍をにらみ返していたが──
「……は、話が違う。どうしてこんなことに……」
──つぶやいて、彼は部屋を飛び出していった。
しばらくすると窓の外で、辺境伯とその兵が去って行くのが見えた。
これから帝國に戻るのだろう。
皇帝に報告して、それから向こうのきがあるまでしばらく時間が必要かかる。
こちらは魔王陛下に報告して、判斷をあおごう──そんなことをライゼンガが考え始めたとき──
「……お父さま」
「アグニスか。すまぬな、窓をこわしてしまった。嫌な空気をれ替えようと思ったのだが、やりすぎてしまったようだ」
聞こえた聲に、ライゼンガは振り返る。
部屋のり口にアグニスが立っていた。
「一なにがあったのですか。お父さま」
「お前が気にするほどのことではないよ」
「お父さま!」
「……帝國からの使者が、トールどのを侮辱したのだ」
「わかりました。ちょっと……追いかけて……燃やしてくるので」
反的に駆け出そうとするアグニス。
元のペンダントがり、五屬の強化を発する。
「待て! アグニス!!」
「トールさまを侮辱する方はアグニスの敵なので!!」
「我(われ)も同じ気持ちだ! その我(われ)が、必死に怒りをこらえているのがわからぬか!?」
ライゼンガはんだ。
アグニスが振り返ると、父の髪から炎が上がっているのが見えた。
部屋の溫度も上昇し、熱で空気がゆらいで見える。
火の魔力を作できるライゼンガでも、怒りのために、炎を抑えきれずにいたのだ。
「……アグニスよ。仕返しするのはよい。だが、そのことをトールどのになんと伝えるつもりだ?」
「……あ」
「帝國の貴族があなたを侮辱したので、アグニスは復讐(ふくしゅう)しましたとでも言うのか? だが、帝國の貴族の本心を知ったら、トールどのは傷つくだろう。また、そのせいで魔王領と帝國が戦(いくさ)になったら、あの方はつらい思いをするのではないか?」
父の言葉に、走り出したアグニスは足を止めた。
強化された能力で壁を蹴り、その反でジャンプ。
そのまま、ライゼンガの前に著地する。
「……わかりました。アグニスは、トールさまが傷つくのは、嫌なので」
「……帝國ではトールどのを魔王領の人質か、自由に使えるなにかだと考えているようだ。だが、トールどのがそれをご存じだとは思えぬのだ。もし知っていたとしたら……あんなに穏やかでいられるはずがない」
「アグニスも、そう思います。トールさまは、優しいので」
「わかる。それゆえ……この件は、トールどのには伏せておくこととしよう」
ライゼンガとアグニスは並んで、窓の外を見つめていた。
すでに帝國の兵士たちの姿は見えない。
さっさと領外へと出てしいものだと、ライゼンガは思う。
追いかけて燃やしたくなるからだ。
やはり、將軍の位は返上しておくべきだった──彼は聲に出さずにつぶやいた。
ただの民であれば、友を侮辱(ぶじょく)したものに炎をぶつけても、自分が責任を取るだけで済む。他に迷はかからない。
だが、ライゼンガは魔王領の將軍だ。
怒りにまかせて辺境伯を攻撃したら、それは魔王領と帝國の問題になってしまう。
「まずは、魔王陛下に報告をせねばならぬな。渉が決裂したと」
ライゼンガはため息をついた。
「魔王城に書狀を出すとしよう。今回の件、罪はすべてこのライゼンガにある。魔王陛下がお怒りならば、將軍の地位も領地も返上し、一兵卒(いっぺいそつ)としてやり直す所存、とな」
「お父さま……」
「うむ。そうなったらアグニスは……トール・リーガスどののメイドにしていただくがいい。『原初の炎の名にかけて』、あの方のものになると誓ったのだ。不満は……ないようだな。言わずともよい。その顔を見ればわかる」
「…………恥ずかしいのです」
こうして、ライゼンガ領と辺境伯の渉は決裂したのだったが──
「あの辺境伯は、將軍閣下の友人を侮辱したらしい!」
「だったら渉決裂(こうしょうけつれつ)も仕方ないな!!」
「鉱山にいる魔獣など、我々だけで倒してやる!!」
──配下の兵士たちからは、全く不満は上がらなかった。
その後、ライゼンガは魔王ルキエに書狀を出し、すべてを報告した。
數日後、返事が來た。
『報告書を読んだ。辺境伯ガルアとやらの提案を蹴(け)ったこと、賢明な判斷である。貴公に罪はないことを、魔王ルキエの名においてここに記す。
また、貴公からの報告と前後して、帝國の皇帝より書狀が來た。
今回のことは辺境伯ガルアとやらの獨斷であり、皇帝も知らなかったとのことだ。
関係者は、皇帝の名において処分されるらしい。
魔獣討伐についても新たな提案があった。
帝國側は予定通り、魔獣討伐のための兵を出すそうだ。
謝罪を兼ねているため、報酬は不要とのことだった。
ただ、帝國からは聖剣使いの第3皇が來るそうだ。
皇帝の一族が出征してくるとなれば、余もそれなりの出迎えをせねばならぬ。
よって、余自らが兵を率いて、魔獣討伐に出向くこととした。
火炎將軍ライゼンガには、魔王親征の準備を命ずる』
「魔王ルキエ・エヴァーガルド陛下、初のご親征(しんせい)である!!」
書狀を読み終えたライゼンガ將軍は、部下に向かって聲をあげた。
「それに同行するのは大変な名譽である。皆の者! 用意をせよ!! アグニスには陛下を出迎えるに相応(ふさわ)しい服を仕立てよ!!」
そうして、ライゼンガ將軍と部下たちは、魔王を出迎える準備を始めたのだった。
第29話は、明日の午後6時ごろに更新する予定です。
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