《【書籍版4巻7月8日発売】創造錬金師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-》第32話「不思議な寢と眠る」
──その日の夜、魔王ルキエの部屋で──
「もらってきました、ルキエさま。トールさまの魔力がった『枕カバー』です!」
「でかしたメイベル!」
部屋に飛び込んできたメイベルに、ルキエは満面の笑顔を見せた。
ここは、魔王ルキエの自室。
魔王城の最上階にあり、執務室とリビング、寢室に分かれている。
この階は、基本的には男子制だ。
廊下には戦闘能力を持つメイドが巡回していて、出りするものをチェックしている。
このフロアにれる男子は、ルキエの夫となる者だけだろう。
もちろん、の子のメイベルがやってくるのはまったく問題がない。
彼がルキエのなじみだということも、城の人間は知っている。
仕事で疲れたルキエが「久しぶりにメイベルと語り合いたい」と言えば、一応は通ってしまうのだ。
もちろんそのメイベルが、奇妙に長い枕カバーを持ってきたところで、なんの問題もない。
「『枕カバー』が魔力を溜(た)めておけるのは數時間。カバーをかぶせた『抱きまくら』が変していられるのは、1時間です」
「それまで余とメイベルは、トールの手を握っていられるわけじゃな」
「トールさまご本人とリンクしているのは、覚だけだそうです」
「つまり、余とメイベルが話したことは聞こえないわけじゃな」
「気を遣(つか)っていただいたようですね」
「まぁ、トールじゃからな」
「それではさっそく……」
「あわてるでない。まずは寢間著に著替えてからじゃ」
枕カバーを手に寢室にダッシュしかけたメイベルを、ルキエは止めた。
「『抱きまくらはトール』と一緒にいられるのは、1時間しかないのじゃぞ。まずは支度をして、顔を洗って、それから一緒に……その、ベッドにるべきであろう」
「そ、そうですね。すいません。慌ててしまいました」
「自室にいるトールも、もう寢る準備はしているのじゃろう?」
「はい。寢間著に著替えて、ベッドにるところでした」
「そうか。あやつのことじゃから、寢ないで研究を続けるのかと思っておったが」
「陛下と手をつないで眠ると約束されましたからね。トールさまは、約束は守られるお方です」
「……そうじゃな」
ルキエは、思わず寢間著を抱きしめた。
晝間のことを思い出して、不意に、顔が真っ赤になる。
トールの事を聞いてしまったこと。
それを本人に話しているうちに、泣き出してしまったこと。
つい『今日はトールの手を握って眠りたい』と言ってしまったこと。
──思い出すと恥ずかしくなる。
けれど、トールは全部け止めてくれた。
その上ルキエのわがままを聞いてくれた。
『形態変化』能力を持つ『抱きまくら』まで作ってくれたのだ。
「本當に桁外(けたはず)れの錬金師じゃな。トールは」
『主君が自分の手を握って眠りたいと言った』なんて理由で、超絶マジックアイテムを作ってしまう錬金師など、トール以外にはいるはずがない。
たとえ勇者の世界でも、そんな理由でアイテムを作る者はいないだろう。
そんな錬金師はトールだけ。
トールがいるのは、魔王領のお城だけ。
そんなことを考えると、うれしくなってしまう。
さっきとは違う理由で、泣きたくなる。
(……本當に困ったやつじゃな。トールは)
「陛下。寢間著を抱きしめていないで、そろそろ著替えていただかないと」
「……う。わ、わかっておる」
「お手伝いしましょうか?」
「メイベルとの長の違いを思い知らされるから嫌じゃ」
すでに寢間著姿になったメイベルに背を向けて、ルキエは部屋著をぎ捨てる。
それをメイベルが片付ける音を聞きながら、素早く寢間著に。
今日の仕事はすべて終わらせた。
夕食も済んだ。お風呂にもった。
あとは2人──いや、3人で眠るだけだ。
「……トールと手をつないで眠る。覚共有があるから、手をつないだはトールにも伝わる。余の願いを葉えた上に、このフロアに男子をれないという魔王城のルールも守る。あり得ないことをなしとげておるな。トールは……」
「準備ができましたか? 陛下。それでは一緒に」
「まぁ待て、落ち著けメイベル」
振り返るとそこには、わくわくしながら『枕カバー』を手にしたメイベル。
『抱きまくら』本は、すでにルキエのベッドの上にある。
あとはカバーをかぶせれば、『抱きまくら』はトールになる。
「……余(よ)のベッドにトールがるのか……なんということじゃろう」
いまさら、恥ずかしくなってきた。
もちろんルキエは今まで、男の子と一緒に寢たことはない。
男の子と手を繋いだのも、実は今日が初めてだ。
その日のうちに同じ相手とベッドを共にするのはどうなのだろう。
いや、相手は『抱きまくら』だ。トール本人ではない。
ないのだけど……そもそもこれはルキエが言い出したことなのだけど。
そのときが來てみると恥ずかしくて──くすぐったくて──
──でも、まったくやめる気にはならないのだった。
メイベルは目を輝かせて『枕カバー』を手にしてるし、ルキエの合図で『抱きまくら』にカバーをセットする気まんまんだし。
ここで止めたらメイベルに負けるような気がする。
ルキエも、そんななまっちょろい覚悟で魔王はやっていないのだ。
「よいぞ。メイベル」
だから、ルキエは宣言する。
「トールの魔力り『枕カバー』を『抱きまくら』にセットするがよい!」
「お心のままに。陛下!」
さっ。
さささっ。
メイベルは『抱きまくら』に、『枕カバー』をセットした。
抱きまくらがトールになった。
寢間著姿で、目を閉じて、眠っているようだ。
ゆるやかにが上下している。
もちろん『抱きまくら』は呼吸していない。
だが、生きているように見せるために、こうなっているのだろう。
さすがはトール……と思いながら、ルキエは思わず、彼の顔を見つめてしまう。
安らかに眠り、じっと呼吸を続けているトール。
その姿が自室にあるというだけで、なんだか安心してしまうのだ。
「陛下。布をかけてよろしいですか?」
「う、うむ」
そんなルキエの隣で、メイベルは『抱きまくらトール』に布をかける。
部屋の燈りを消して、ベッドサイドのランプだけにして──あとはルキエの覚悟待ち。
『抱きまくらトール』が目を閉じていてよかった。
寢間著姿を見られるのは、まだちょっと恥ずかしい。
そんなことを思いながら、ルキエはメイベルにうなずきかえす。
ルキエはトールの左側。
メイベルは、右側。
ふたりは布をぺろりとめくり、『抱きまくらトール』の左右に、をり込ませる。
そうして手探りで──トールの手にれた。
最後にメイベルがベッドサイドの燈りを落とせば、寢室を照らすのは、月明かりだけだ。
そんな中、やっとトールの左手を探り當てたルキエは──
「……メイベル」
「は、はい。陛下」
「……男の子の手って、どうやって握ればいいのじゃろう」
「あれ? お茶會のときに陛下から握られたのでは……?」
「……夢中じゃったから、どんなふうにしたのか覚えておらぬ」
「私に聞かれても……私だって、そんな経験ないですから……」
「普通に握ればよいのか? それとも、指をからめれば……?」
「お、お好きなように」
「メイベルはどっちじゃ?」
「陛下と同じで……」
「そ、そうか」
「そうです……」
闇の中、ふたりの聲がかすかに響く。
待てば待つほど『抱きまくらトール』の持続時間は減っていく。
覚悟を決めたルキエは、細い指でトールの指にれて、探って──指をからめた。
「メイベル。トールと手を繋いだか?」
「は、はい」
「どんなふうに繋いだのじゃ?」
「たぶん。陛下と同じだと……思います」
「そ、そうか」
「……はいぃ」
しばらく、沈黙が落ちた。
ルキエは今回の計畫の、致命的(ちめいてき)な欠點に気づいた。
ルキエがんだのは、トールの手を握りながら眠ること。
けれど──
(こ、こんな狀態で眠れるものか──っ!)
繋いだ手はぬくぬく。
心臓ばくばく。
相手はトールの姿をしているだけの『抱きまくら』。
なのにルキエのはどんどん熱くなっていく。
握っているのは手だけなのに、まるで炎を抱きしめているよう。
こんな狀態で眠れるのは、火炎巨人(イフリート)のを引く者だけだろう。
「……メ、メイベル。眠ったか……?」
「……む、無理です」
「じゃよなぁ」
「はい……」
「では、なにか話をしてくれるか?」
「わ、わかりました。では、トールさまの──」
「いや、トールを意識しすぎて眠れないのに、トールの話をしてどうするのじゃ?」
「……この狀態で他のことなんて思いつかないです……」
「メイベルはだらしないのぅ」
「では、陛下。なにか他のお話をお願いします」
「う、うむ。そうじゃな」
「はい」
「…………」
「…………」
「……」
「……」
「トールのことじゃけど」
「はい。トールさまのことですね」
あきらめた。
「トールを犠牲にしようとした公爵と辺境伯は、帝國の名において処分されるようじゃ」
「そうなのですか?」
「帝國からの書狀には『なくとも上位貴族のままにはしておかぬ』といったことが書いてあった」
「ライゼンガ將軍が怒ってくださったからでしょうか」
「そうじゃな」
天井を見つめながら、ルキエはうなずいた。
「それによってトールが魔王領の重要人であることが、帝國に伝わったのじゃ。だからトールは、帝國がうかつにれられない存在になったのじゃろう。帝國は、この魔王領を大人しくさせるための人質として、あやつを送ってきたのじゃからな」
「魔王領の重要人であるトールさまを犠牲にしようとした父君は、魔王領に害をなそうとした。そのことによって魔王領を刺激し、ひいては帝國に害をなそうとしたということになった、というわけですね」
「そういうことじゃ」
ルキエはうなずいて、メイベルの方を向いた。
『抱きまくらトール』の橫顔が目にった。
月明かりに照らされたほっぺたが見えた。耳たぶにほくろがある。
ふーっと息を吹きかけたら、どんな反応をするじゃろうか──なんてことを考えて、慌ててルキエは視線を逸らす。
「と、とにかく……今回の渉の結果、トールが魔王領の重要人であることが、帝國にわかってしまった。それによって帝國の方でも、トールを『魔王領に送り込んだ客人』としてあつかわざるを得なくなったということじゃ」
「帝國の方でも、トールさまを大切にしなければいけなくなったのですね……」
「皮なことじゃがな」
「今さらトールさまが大切なお方だと気づくくらいなら……最初から大事にしてさしあげればいいのに……」
「同じゃ」
「トールさまのあつかいが良くなり──害をなそうとした公爵は処分された……」
メイベルが、ぽつり、とつぶやいた。
「でも、私は……トールさまのお父君を許せません」
「余もそうじゃ。渉の場にいたのがライゼンガでなくて余じゃったら……いや、そのときは仮面を被っていたじゃろうからな。魔王として、辺境伯とやらに手を下すことはできなかったじゃろうが……」
「トールさまも、陛下のお立場はわかってらっしゃいます」
「うむ……そうじゃな。余はあやつを信じておるよ」
「でも、トールさまはこれからも、『トール・リーガス』さま、なんですよね」
「あやつにひどいことをした父親の家名を、これからも使うことになるのじゃよなぁ」
ルキエは天井をながめながら、考える。
公式の呼び名を変えるわけにはいかない。
魔王領にとって、トールはあくまでも帝國からの使者──リーガスという貴族の家の息子なのだから。
「でも、余とメイベルと──3人でいるときは、別の名で呼ぶのもいいかもしれぬ」
「……トールさまは家を離れてお仕事をしていたとき、母方の家名を名乗られていたそうです」
「どんな家名じゃ?」
「トール・カナン、です」
「……トール・カナン、トール・カナン……うむ、いい響きじゃな」
ルキエは『抱きまくトール』の方に向き直る。
繋いでいた手をほどいて、トールのてのひらに文字を書いてみる。
『トール・カナン』──『トール・カナン』……うん。悪くない。
彼を犠牲にしようとした父親の家名よりも、ずっといい。
「明日、トールに話してみよう。3人でいるときだけ、その名で呼んでよいかどうか」
「……」
「メイベル?」
「は、はい! すいません。そうですね。お話してみましょう」
「そうじゃな……ふわぁ」
やっと、眠気がやってきた。
ルキエは再び『抱きまくらトール』と手をつないで、目を閉じる。
大分落ち著いてきた──というか、この狀態でいることが、自然なように思えてきた。
いつも……とはいかないだろうけれど、たまにはこうやって眠るのもいいかもしれない。
安らいだ気持ちで、いい夢が見られる。そんな気がした。
「そろそろ休むとするのじゃ。おやすみ、メイベル」
「はい……おやすみなさい。陛下」
そうして、ルキエとメイベルは眠りについた。
翌朝、目を覚ますと、『抱きまくらトール』は、円筒形の抱きまくらに戻っていた。
ルキエとメイベルは左右から、抱きまくらに、ぎゅ、と抱きついて──というか、しがみついていた。トール特の抱きまくらの抱き心地はやっぱり最高で、『枕カバー』なしで、このまま使うのもいいかもしれない──と、ルキエは思い始めた。
そうしてメイベルと別れて、支度を調え、魔王としての仕事を開始。
午後になって、トールの部屋を訪ねたところ──
「ってもよいか。トール」
「はい、ルキエさま」
ルキエがトールの部屋にると、彼は錬金の作業をしていた。
テーブルの上に何枚ものシーツを広げて、なにか実験をしているようだ。
実験容は気になるけれど、今はその前に試したいことがある。
昨日、メイベルと決めたトールの呼び名だ。
メイベルは部屋で作業の手伝いをしている。もう彼から呼ばれたかもしれないけれど──
「今日も元気であるか? トール・カナンよ」
「ありがとうございます。元気ですよ。それで、新しい素材を作ったんですけど──」
(……あれ?)
軽く流された。
おかしい。呼び名を変えたのだから、なにか反応があっても良さそうなものだけど。
「トールよ」
「はい。ルキエさま」
「余は今、お主を母方の姓で呼んだのじゃが。トール・カナンで良かったか?」
「そうですね。トール・カナンで間違いないです」
「……急に呼び名を変えたのじゃが、なにか違和はないのか?」
「それなんですけどねー、昨日、変な夢を見まして」
「変な夢?」
「俺の両手に、誰かがずっと『トール・カナン』って文字を書き続けている夢です」
両手?
ルキエはメイベルを見た。
メイベルは、真っ赤な顔で橫を向いている。
つまり、彼もルキエと同じことをしていたらしい。
「その夢を見てから、トール・カナンって呼ばれるのが當たり前みたいに思えてきたんです。どのみち、父の家名は好きじゃなかったし、ルキエさまとメイベルならいいですよ。トール・カナンって呼んでください」
「そ、そうか」
「うん。でも、いい夢でした」
トールはなんだかいい笑顔で、うなずいた。
それから、複雑そうな表でルキエを見て、
「……もしかして、ルキエさまとメイベルが、『抱きまくら』の両手に『トール・カナン』って、書いてたんですか?」
「……うぅ」
「いえ、それは別にいいんです。ふたりには、そっちの名前で呼んでしいですから。ただ、錬金師として、ふたりが、『抱きまくら』の俺を、どんなふうに使ってたのか教えてしいんです。改善點とか、あるかもしれないですから」
「「……」」
ルキエとメイベルの目が點になった。
トールの言うことは一理ある。
彼は錬金師だ。自分が作ったものがどんな効果をもたらしたか、知りたがるのは當然だ。使った想を聞いて、ブラッシュアップして作り直すのが楽しい、って言ってたから。
「すまぬ。余は『抱きまくらトール』のてのひらに、ずっと『トール・カナン』という文字を書いておった。おそらくはメイベルもそうじゃろう」
「やっぱり」
「で、でも、それだけじゃぞ? 他に変なことはしておらんぞ!」
「わかってます。信じてますから」
「……よかった」
ルキエは『抱きまくらトール』に、トールの名前を書いただけ。
それくらいのことは堂々と言える。
……それ以上のことをしなくてよかった──そんなふうに思いながら、メイベルの方を見ると──
(──ちょっと待て、メイベル)
メイベルは恥ずかしそうに、両手でを押さえていた。
メイド服に包まれた大きな。それとトールの右腕に、視線を往復させている。
自分の知らない『抱きまくらトール』の右側で、一なにがあったのか──
「他に、なにか気づいたことはありますか?」
トールが聞いてくる。
その聲に、メイベルのが、びくん、と震える。
ふたりの様子を見て、ルキエは──
「乙のじゃ!」
──思わず、聲をあげていた。
「そういうことにしておけ、慈悲(じひ)じゃ。そもそも、子がベッドにったあとのことを詮索(せんさく)するのはよくない。よくないぞー、トール」
「た、確かに」
「メイベルも、ほら、々あるようじゃし。な。とにかく『抱きまくら』はトールらしくなっておった。余も満足した。それでいいことにしようではないか!」
「わ、わかりました!」
こうしてルキエは、メイベルのを守ることに功したのだけど──
昨夜、ベッドの反対側でメイベルがなにをしていたかは、あとでじっくり聞き出すことにしたのだった。
できるだけ、魔王らしく。
第33話は、明日の午後6時ごろに更新する予定です。
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