《【書籍版4巻7月8日発売】創造錬金師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-》第34話「『魔獣ガルガロッサ』討伐作戦(1)『準備』」
それからしばらくの間は、魔獣討伐(まじゅうとうばつ)の準備が続いた。
鉱山地帯にいるという『魔獣ガルガロッサ』については、メイベルが教えてくれた。
あの魔獣は突然、配下を引き連れて魔王領に現れ、巣を作ったらしい。
話を聞いただけで脅威(きょうい)だってわかる、兇悪な魔獣だ。
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『魔獣(まじゅう)ガルガロッサ』
魔王領南方、火炎將軍ライゼンガが治める山岳地帯に現れた魔獣。
超大型の蜘蛛(くも)で、足をばしたときのサイズは十數メートルにおよぶ。
は金屬のように堅い。
打撃系の武や、魔法剣が有効。
口から糸を吐く。からめとられるときを封じられるため、大変危険。
糸の排除には炎が有効。
ただし配下の小蜘蛛(こグモ)も糸を吐くため、焼き盡くせないことがある。
『ガルガロッサ』本ほどではないが、小蜘蛛も皮がい。
小蜘蛛は『ガルガロッサ』のまわりで群れを作っていて、攻撃する者を取り囲み、攻撃する。
『ガルガロッサ』と小蜘蛛に囲まれ、糸で拘束された者に待っているのは、死である。
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基本的に魔獣(まじゅう)とは、意志の疎通(そつう)ができず、人間や亜人、魔族を襲う者を指す。
種類は獣(けもの)だったり、巨大な蟲だったり、トカゲだったり、様々だ。
勇者時代からの伝統で、一括して『魔獣』と呼ぶようになっている。
その中でも、こいつは本當にやばい部類のものだ。
巨大蜘蛛っていうだけでも脅威(きょうい)だし、なおかつ、大量の配下を連れているという時點で怖い。糸でこっちのきを止めるというのもすさまじい。というか、蜘蛛の糸は粘つきがあるから剣じゃ切れないし、魔を使おうにも、口を封じられたら詠唱(えいしょう)ができなくなって終わる。
戦闘能力のない俺なんか、遭遇(そうぐう)、即(そく)、死だ。
こんなのが近くに巣を作っていたら、鉱山の開発なんかできないよな。
いつ採掘拠點を襲われるかわからないし、坑道(こうどう)に潛っている間に襲われたら逃げ場がない。
魔王領が全力で討伐(とうばつ)しようとしてるのもわかる。
こいつの糸は……できれば採集して研究してみたいんだけど。
「魔王領からは陛下と宰相のケルヴさま。それと數十名の兵士が向かうそうです」
「ルキエさま自が?」
そういえば魔獣討伐は、帝國と共同で行うって言ってたな。
魔王であるルキエがそれに同行するということは、もしかして──
「帝國からもそれなりの地位の人間がやってくるってことかな?」
「鋭いですね。トールさま」
メイベルは心したようにうなずいた。
「陛下のお話では、帝國からはリアナ皇という方がいらっしゃるそうです」
「第3皇かー」
「らしいですね。今回の討伐は、剣士である皇さまの腕試しも兼ねているという話です」
「そっか」
「トールさまは、帝國の皇さまにご興味はおありですか?」
「ないなぁ」
「そうですか。トールさまは……帝國には、あまり良い思い出がないですものね」
「特に皇帝陛下の一家には関わり合いたくないってのもあるからね。あそこは、帝國の『強さこそすべて』の総本山だから」
「お気持ちはわかります」
「できれば俺も戦場まで同行して、『レーザーポインター』を使うところを見たかったけど、帝國の皇が來るなら、やっぱり別行を取った方がいいかもな」
「そうですね。では予定通り、兵団に途中まで同行して、ライゼンガ將軍閣下の領地にったら別行、ということになさいますか?」
「そうだね。他に帝國の報はある?」
「帝國の皇殿下は『聖剣』というものを使われるそうです」
「聖剣」
「はい。帝國からの書狀には『魔王領の皆さまに、魔獣を打ち破る聖剣のをお目にかけよう』と書かれていたと、噂(うわさ)に聞いております」
「聖剣。勇者が殘していったという超絶レアなマジックアイテムを……」
そっか。帝國の皇が、聖剣を持って魔獣討伐に來るのか。
聖剣か。あれ、見たことないんだよな……。
そういえば俺、ルキエ用に魔剣を作ろうとしてたな。聖剣を超える魔剣を。
その聖剣を使うのか。そっか……ふーん。
「あのさ、メイベル」
「はい。トールさま」
「やっぱり俺には錬金師(れんきんじゅつし)としての責任があると思うんだ」
「は、はい?」
「今回、魔王領では『レーザーポインター』と『魔織布(ましょくふ)』を使うんだよね。『健康増進ペンダント』と『超小型簡易倉庫』も持っていくよね。となると、うまく作するか、チェックする必要があるよね?」
「あ、あの。トールさま?」
「そういうわけだから、やっぱり俺も戦場まで同行した方がいいと思うんだ」
帝國にはまったく興味はない。
でも、聖剣が使われるなら、近くて見てみたい。
俺はいつか、魔王ルキエのために、聖剣を超える魔剣を作るつもりでいる。
そのためには本の聖剣の強さを、この目で確認しておきたいんだ。
「急に気が変わったみたいで、ごめん」
「いいえ。トールさまがマジックアイテムに興味を持たれるのは、わかりますから」
「……見抜かれてた?」
「はい」
そう言ってメイベルは、優しいほほえみを浮かべた。
「でも私は、そんなふうに夢中になられているトールさまを見るのも、好きですから」
「……えっと」
「す、すいません。変な意味ではないですよ! ただ、高みを目指してマジックアイテムを研究されているトールさまを見てると……いいなぁ、って思うのです。ずっとお側で、お手伝いしていたいって……そんなふうに」
「ありがとう。メイベル」
「そ、それでは魔獣討伐に同行されるということで、手配してまいりますね!」
メイベルは照れたみたいに、勢いよく一禮。
「よ、よろしく」
俺も同じように頭を下げる。
つられるみたいに再びお辭儀(じぎ)をしてから、メイベルは部屋を出て行った。
いつの間にか、メイベルには俺の考えてることを見抜かれるようになっちゃってる。
俺がこの魔王領に來てからまだ1ヶ月も経ってないのに、すごいな。
でも、メイベルと一緒にいると、すごく落ち著く。
一緒にいるのが自然なじがして安心する。本當に、メイベルが俺のお世話係で良かった。
あとでメイベルに……それからルキエにもお禮を言わないと。
そんなことを考えながら、俺は旅の準備を続けたのだった。
それから──
數日後『魔獣ガルガロッサ』討伐部隊(とうばつぶたい)は、魔王城を出発した。
目指すは、魔王領南方にある山岳地帯だ。
討伐部隊は長い行列を作って、街道を進んでいった。
魔王ルキエは行列の中央にいて、沿道で見送る人たちに手を振ってる。
俺とメイベルはその後ろで、馬車に乗ってついていく。
行列を構しているのはミノタウロスの歩兵部隊、工作兵を含めたドワーフ部隊、魔兵のエルフ部隊、それに食料や武と防、生活必需品を積んだ輜重部隊(しちょうぶたい)が続く。
食料や必需品を『簡易倉庫』で運ぶのは、宰相(さいしょう)のケルヴさんに卻下された。
理由は──
『兵糧(ひょうろう)を運ぶのは、ちゃんと食料その他を準備してることを、兵士に示す意味もあるんです。馬車に「簡易倉庫」だけを乗せて行ったら兵士が不安になります。士気が下がってしまうかもしれないのです』
──ということ、だった。もっともな意見だ。
便利アイテムでも、使い慣れていないと思わぬ混を招くこともあるからね。
特に、危険な魔獣討伐や、戦爭なんかでは気をつけないと。
だから今回は、ちゃんとテストして、問題なく使えそうなアイテムだけを運用してもらうことにしたんだ。俺が同行して、ユーザーサポートつきで。
そんなわけで、一見、當たり前の裝備をにつけた魔王領の兵団は、街道をゆっくりと進み──
數日かけて、ライゼンガ將軍の屋敷に到著した。
それからルキエたちは將軍と合流して、作戦の打ち合わせをした。
翌日、兵をまとめて、再び俺たちは出発。
魔王領の兵団は、帝國の兵団との合流地點に向かったのだった。
「ライゼンガ將軍の兵士から報告がありました。將軍は十數分前に『魔獣ガルガロッサ』の巣が見える位置に到著されたようです」
偵察(ていさつ)に出ていた兵士が言った。
報告を聞き、仮面の魔王ルキエがうなずく。
ここは、魔王領の南東部にある山岳地帯。
その山のふもとに作られた天幕(テント)の中だ。
魔王領の『魔獣ガルガロッサ討伐部隊』は、現在この付近に集まっている。
魔王直屬のミノタウロスたち。
火炎將軍ライゼンガ配下の、巨人族 (の子孫)たち。
宰相ケルヴが集めたエルフたち。
それら魔王領の鋭を集めた、數十人の部隊だった。
天幕の中にいるのは、その代表者たちだ。
魔王ルキエと宰相ケルヴ。
ミノタウロス部隊、ドワーフ部隊、エルフ部隊、それぞれの隊長。
それと、俺とメイベルもいる。
ちなみにライゼンガ將軍と配下の火炎巨人(イフリート)の眷屬(けんぞく)部隊は、『魔獣ガルガロッサ』の巣の近くに偵察(ていさつ)に行っている。
魔獣にきがあったら、すぐに対応できるようにという考えからだった。
「帝國の兵団と合流するまで、しばらく休憩(きゅうけい)とする。皆、ご苦労だった」
天幕の中で、ルキエは言った。
椅子に腰掛けながら、安心したようなため息をつく。
まわりの人たちも同じだ。
ここまで行軍してきて、やっと一息ついたみたいだ。
「それにしても予想外じゃったな」
「はい。陛下。思ってもみませんでした」
「われわれも、同、です」
ルキエと宰相ケルヴさん、ミノタウロスの隊長さんは、うっとりした顔で、
「「「……天幕の中にいるのに、涼しくて快適 (なのじゃ)(ですねぇ)」」」
俺の方を見て、そんなことをつぶやいた。
うん。俺もまさか、風の『魔織布(ましょくふ)』の天幕(テント)が、こんなに快適だとは思わなかった。
天幕の布は、まったく揺れていない。
でも中には風が通ってる。
火山が近いから熱気があるはずなんだけど、それもあっというまに流れ出て行くんだ。
おまけにみんなは、同じく風の『魔織布』で作った服と下著をにつけてる。
そのせいで汗が蒸発して、清涼をじるらしい。
みんな水分補給しながら、スッキリした顔で作戦會議をしている。
「風の『魔織布』の服は、兵士たちの評判も上々ですぞ。トールどの!」
「涼(すず)しい、蒸(む)れない、いつもさわやか──こんな行軍は初めてです」
「エルフの魔兵には力がないものもいるので、このような裝備は助かります。ありがとうございます……トールどの」
評判は上々だ。よかった。
風の『魔織布』は使える、っと。
「俺の方は……そろそろフードを下ろした方がいいな」
間もなく、帝國の兵団との合流時間だ。
人間がいると目立つからね。フードで顔を隠しておこう。
「でも、本當に涼しくていいな。このローブとフード」
「トールさまのローブも、風の『魔織布』で作られているのですよね?」
「うん。念のため他の屬の『魔織布ローブ』も持ってきてあるよ」
俺は腰につけた『超小型簡易倉庫』を叩いた。
他の屬のローブはこの中にってる。
狀況に応じて、いつでも使えるようになってるんだ。
「報告します! 食料と武、その他裝備の點検をお願いいたします!!」
天幕のり口が開いて、輜重隊(しちょうたい)の兵士さんが現れる。
ルキエと宰相ケルヴさんはうなずいて、天幕を出た。
念のため、俺とメイベルもついていく。
幹部用の天幕の隣には、白い布で覆われた大きな天幕がある。
こっちは武や食料を保管するためのものだ。
「で、では、部をご確認くださいっ!」
輜重隊(しちょうたい)の兵士さんが天幕にれた。
天幕が明になった。
中の狀態が、すごくよく見えた。
「こ、このように。移中に失ったものもなく、すべて揃っております。魔獣討伐に數日かかったとしても、十分に兵をやしなう食料はございます……あの、宰相閣下(さいしょうかっか)」
「なにかな?」
「……この新型天幕(テント)についてなのですが」
「便利でしょう?」
「便利ですね」
「じゃあ、いいではないですか」
「……そ、そうですね」
宰相(さいしょう)さん。押し切った。
「念のため、袋の中も確認されますか?」
「そうだな。お願いしましょう」
「……承知いたしました」
輜重隊(しちょうたい)の兵士さんが天幕の中にった。
麥の袋にれた。
袋が明になった。
「こ、このように! すべての袋がいっぱいになっているのを確認しましたぁ!」
「便利ですね」
「べんりですぅ!」
「と、いうことです。よろしいでしょうか、陛下」
「……うむ。よいのではないかな?」
なんで俺の方を見るんですか、ルキエ陛下。宰相閣下も。
だって宰相閣下(さいしょうかっか)は、「兵糧(ひょうろう)を準備してることを兵に示すのが大事」って言ってたじゃないですか。
「では、管理をよろしく頼むのじゃ」
「ご苦労さまです」
「「「はっ! 了解いたしました!!」」」
兵士さんたちがルキエと宰相ケルヴに向かって一禮する。
そうして、俺たちは元の天幕に向かって歩き出す。
「の『魔織布』が役に立って良かったです」
「まさか、こんな使い方があるなんて思いませんでした……」
俺の言葉に、メイベルがうなずく。
の『魔織布』は魔力を通すと明になる。
服に使うと大変なことになる。著た瞬間、下著姿になっちゃうからだ。
だけど、それは逆に言うと、中を簡単に確認できるという意味でもあるんだ。
たとえば水袋に使えば、殘りの水の量がすぐにわかるし、倉庫の天幕に使えば、食料や武がちゃんとそろってるかどうか、簡単に確認できる。
そんなわけで、俺はルキエと宰相ケルヴさんに進言して、天幕(テント)に使ってもらうことにしたんだ。
「このやり方を思いついたのはメイベルのおかげだよ。ありがとう」
俺はメイベルに向かって言った。
「『部下の調を確認するために、の「魔織布」で服を作るのはどうでしょう』って言ってくれたよね。あれで、こういう使い方もあるって思いついたんだ。すごいよ。メイベル」
「……た、ただの思いつきです。実行はしてないです。本當です」
「うん。わかってる。でも謝してるから」
おかげでの『魔織布』にも使い道ができた。
やっぱりいいな。自分の作った素材が役に立ってるのを見るのは。
そんなことを話しながら、天幕に戻ると──
「……すまぬな、トールよ」
不意に、ルキエがそんなことを言った。
左右を見回して、まわりに控える隊長さんたちを見回しながら、
「本來なら、もっとたくさん、お主の作ったマジックアイテムを使ってやりたかった。『簡易倉庫』があれば、兵糧(ひょうろう)の運搬(うんぱん)も楽になるはずだったのじゃ」
「陛下の責任ではありません。マジックアイテムの使用制限を提案したのは私です」
宰相ケルヴさんが、俺に向かってうなずいた。
「効果が大きすぎるマジックアイテムは、一気に普及させるとトラブルの元になります。ですので、今回はトールどののアイテムの使用は、一部の者に制限いたしました」
「それは仕方がないと思います」
俺は言った。
まぁ、いきなり『錬金師が収納空間を作ったので、兵糧運搬は手ぶらで』なんて言っても、みんなとまどうからね。
『通気のいい服』くらいなら、そんなに気にならないんだろうけど。
「それに、隊長クラスの方々(かたがた)は、マジックアイテムを使ってくれていますから」
「そうじゃな。一部の者には訓練の上、裝備させておる」
「錬金師としては、それだけで十分です」
「うむ。それらは有効に活用させてもらう。それでは、皆の者──」
仮面の魔王ルキエは俺から視線を外して、周囲の者たちを見回した。
「帝國の兵団と合流する前に、今回の作戦についての確認をする」
「「「はい! 魔王ルキエ陛下!!」」」
「作戦の目的は『魔獣ガルガロッサ』の討伐じゃ。魔王領の者だけでも討伐は可能じゃが、ここは帝國領の近くでもある。帝國を刺激せぬために、事を話して共同作戦を行うこととなった。これは魔王領と帝國が、友誼(ゆうぎ)を結ぶ意味もある」
「両國が共同作戦を行うのは初めてのことです」
ルキエの言葉を、宰相ケルヴが引き継いだ。
「功すれば、両國の友好も深まりましょう。鉱山を開発した後の易も、スムーズに進むかと思われます。皆さんは、それを心に留めておいてください」
「「「承知しました!!」」」
「では、作戦についての説明をするとしよう。ケルヴよ、頼む」
「はい。陛下」
宰相のケルヴさんが前に出た。
テーブルの上の地図を指さして、説明を始める。
「偵察兵の報によると『魔獣ガルガロッサ』と小蜘蛛(こぐも)たちは、山の中腹の巖場にすみついております。クモ型の魔獣だけあって、奴らが吐き出す糸は危険です。囲まれないように、近くの林までおびきだし戦うのがいいでしょう」
「糸への対策としては、ライゼンガ將軍が率いる火炎巨人(イフリート)の眷屬部隊(けんぞくぶたい)の、炎が重要になるのじゃな」
魔王ルキエはうなずく。
「はい。ライゼンガ將軍と配下のサラマンダーたちには、前線に出ていただきます。強力な『火の魔力』による炎で、敵の糸を焼き払います」
宰相ケルヴは説明を続ける。
「彼らにはトールどのが作られた『超小型簡易倉庫《ちょうこがたかんいそうこ》』を持たせてあります。焼き盡くせなかった糸は、その中に収納するように伝達しております」
「糸の対策は十分じゃと思う。なにか意見がある者はいるか?」
反応なし。
魔王ルキエは周囲を見回す、また、話し始める。
「糸を封じたあとで、ライゼンガ將軍の部隊と、ミノタウロス部隊が接近戦を行う。これについてはどうじゃ」
「はい。力と速度では將軍の部隊の方が上ですが、ミノタウロス部隊にはトールどのが作られた『健康増進ペンダント』を裝備させております。彼らは『水の魔力』が使えます。それを変換することで、將軍の部隊と同等の力を出せることは確認済みです」
「う、うむ……これについても意見は……ないようじゃな」
「ないようですね」
「そ、そうか。最後に、遠距離攻撃じゃが」
「後衛はエルフ部隊が擔當します。そこが、陛下のいらっしゃる本陣となります。本來ですと、魔獣に接近しなければ魔攻撃は屆きませんが、今回は試験的にトールどのの『レーザーポインター』を3個用意しております。程距離がびるのは確認済みですので……問題はないかと……」
「……そうじゃな」
「そ、それではまとめにります」
魔獣がはき出す糸への対策。
対策:ライゼンガ將軍の部隊が焼き払う。焼き盡くせなかった分は『超小型簡易倉庫』に収納する。
接近戦部隊の戦力のばらつきへの対策。
対策:ミノタウロス部隊を『健康増進ペンダント』で強化する。
魔攻撃部隊の安全の問題について。
対策:『レーザーポインター』で魔の程距離を上げる。解決。
「……ここまで聞いて、なにか問題點に気づいた者はおるか?」
「「「「…………」」」」
だからなんで俺の方を見るんですか、魔王領軍の隊長さんたち。
「……『魔獣ガルガロッサ』と小蜘蛛の糸攻撃への対策、できちゃいましたね」
「……われらミノタウロスと、將軍の火炎巨人(イフリート)の子孫部隊との戦闘能力の違いも……問題解決していますなぁ」
「……我らエルフは落ち著いて、安全なところから攻撃できる。陛下も安全でいられる、と」
隊長さんたちはそろって、安心したような息を吐いた。
「皆の者。油斷するでない!」
不意に、魔王ルキエが聲をあげた。
「戦場ではなにが起きるかわからぬのだ。いくらトールのマジックアイテムで戦力が底上げされたとはいえ、自分たちは勝てる、という思いは、認識をゆがめてしまう。思わぬ敗北に繋がるのじゃ。心せよ!!」
「「「は、はい!!」」」
さすが、ルキエだ。
彼は『人間に學ぶ』ことを大切にしている。
初代魔王が異世界の勇者に敗れたことから生まれたそのスローガンは、決して忘れることはないんだろうな。かっこいいな。
「それで、ケルヴよ。帝國との連攜はどうなっておる?」
「申し訳ございません。陛下」
宰相ケルヴが、重い口調でつぶやいた。
「いまだに帝國側からは、作戦についての連絡がないのです」
「まだじゃと?」
「使者のやりとりはしております。こちらの作戦も伝えました。ですが、帝國の兵団がどうくのか、まったく言ってこないのです」
「……ううむ。なにを考えておるのじゃろうな」
魔王ルキエは首をかしげてる。
俺はふと、帝國の役所にいたときに読んだ歴史書を思い出していた。
帝國の戦い方には、いくつかのパターンがある。
帝國の兵団は、相手が強いときには、かなり慎重(しんちょう)に戦闘を行う。
偵察(ていさつ)を出して、人數で様子を見て、奇襲(きしゅう)をかけて敵をゆさぶる。
そうやって有利な狀況を作ってから、全力をあげて敵を討つのがセオリーだ。
逆に敵が弱い場合、話はまったく変わってくる。
「勝てる」と判斷した場合、帝國側は時々、変な戦い方をすることがあるんだ。
それは勇者時代から伝わる伝統的な戦い方『レベリング』だ。
これは敵を集団で囲んで、味方の中で弱い者に攻撃させるというやり方で、兵士や冒険者が全の底上げをするときに使われる。敵の攻撃は味方の強い者が防ぎ、弱い者がじわじわと敵を攻撃するというものだ。
今回戦う『魔獣ガルガロッサ』は、配下の小蜘蛛(こぐも)を大量に連れている。
小蜘蛛は數が多いけれど、そんなに強くない。
『魔獣ガルガロッサ』本を抑え込む力があれば『レベリング』も可能だ。
でも、まさか魔王領まで來て、そんなことしないよな。
いくらなんでも考えすぎだ──
「偵察(ていさつ)に出ていたライゼンガ將軍の部隊から連絡がありました。急事態です!!」
──と、思っていたら、天幕に伝令の兵士が飛び込んできた。
「ドルガリア帝國の兵士たちは、すでに魔獣の配下と戦い始めています!! 場所は、山のふもとの巖場です! 帝國の兵士たちは『魔獣ガルガロッサ』と配下の小蜘蛛たちを挑発して、そこまで呼び寄せたようです。いかがいたしますか、魔王ルキエさま!!」
真っ青な顔をした伝令兵は、そんなことをルキエたちに報告したのだった。
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