《【書籍版4巻7月8日発売】創造錬金師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-》第37話「魔王ルキエ、帝國の第3皇と會談する」
──1時間後──
魔王領の兵団と帝國の兵団は、それぞれ離れたところに天幕を張り、休憩にった。
今回の戦いで、魔王領の怪我人はゼロ。
出番がなかったと、ライゼンガ將軍やミノタウロスたちが愚癡(ぐち)を言うほどだ。
対する帝國の兵団は、死者は出なかったものの、負傷者多數。
蜘蛛の糸に掛かってけなくなったところを蹴られた者もいれば、小蜘蛛(こぐも)に噛(か)まれた者もいる。
重傷者は『魔獣ガルガロッサ』本と戦った者たちだ。
彼らは後方で治療をけているそうだ。
魔王領と帝國、それぞれの代表者の會談は、ふたつの陣地の中間地點で行われることになった。
魔王領側の出席者は、魔王ルキエと宰相ケルヴ、ライゼンガ將軍の3名。
帝國側は、第3皇リアナと、軍務大臣のザグラン、そして護衛の兵士だった。
「……ドルガリア帝國の第3皇、リアナ・ドルガリアです」
最初に口を開いたのは、リアナ皇だった。
聖剣は持っていない。につけている武裝は鎧(よろい)だけだ。その鎧(よろい)にはまだ、『魔獣ガルガロッサ』のがこびりついている。なんとかぬぐってはきたものの、完全にきれいにすることはできなかったようだ。
「今回は、危機を救っていただき……ありがとうございました」
リアナ皇は青ざめた顔で震えながら、ルキエたちに軽く頭を下げた。
「魔王領の皆さまと、魔王ルキエ・エヴァーガルドさまの魔の強さ……はっきりと見せていただきました。このリアナ、自分の力不足を実いたしました……本當に……まさか剣をふるうこともなく、『魔獣ガルガロッサ』を倒してしまうとは……」
(おびえているようじゃな。まぁ、無理もないか)
ルキエは言葉に出さずに、うなずいた。
リアナ皇がおびえるのもわかる。
彼は皇のでありながら『魔獣ガルガロッサ』に立ち向かい、失敗した。
その後、殺されそうになったところを、魔王領の魔攻撃に助けられた。
さらに、その魔王領の魔は、聖剣でも倒せなかった魔獣とその配下を、あっさりと全滅させた。
そんな景を目の當たりにしては、放心狀態になるのも無理はなかった。
(……といっても、余たちも結構びっくりしているのじゃがな。トールめ……合流したら『レーザーポインター』の威力について、じっくり話をしてやるからの。『ゆーざーさぽーと』はまだ殘っておるのじゃからな。覚悟せよ。トールめ……)
そんな事を考えながら、ルキエはリアナ皇を見ていた。
彼の言葉が終わるのを待って、それから、
「ていねいなご挨拶をいたみいる。余が魔王領の王、ルキエ・エヴァーガルドじゃ」
仮面をつけたまま、ルキエはあいさつを返した。
「敗北を恥じることはない。いかなる勇士であろうとも、魔獣におくれを取ることはあるのじゃ。リアナ殿下のにこびりついた魔獣のこそ、殿下が勇敢(ゆうかん)に戦った証であろう。むしろ、誇るべきじゃと余は考えるが」
「……あ、ありが、とう……ござ」
限界だったのだろう。
リアナ皇は言葉に詰まり、口を押さえてしまった。
「大変溫かいお言葉をいただき、ありがとうございます。殿下は激され、言葉もないようでございます」
リアナ皇に変わって、軍務大臣ザグランが前に出た。
彼は長のを折って、ルキエと宰相ケルヴ、ライゼンガ將軍に一禮。
「自分はドルガリア帝國で軍務を擔當しております者で、ザグランと申します」
「帝國の軍務大臣どのですか。これはどうも」
ルキエに代わって宰相ケルヴが言葉を返す。
相手が皇ではなく帝國の臣下であれば、こちらも臣下が返事をするのが筋だからだ。
「私は魔王陛下にお仕えするケルヴと申す者。こちらは將軍のライゼンガでございます」
「魔王陛下の懐刀(ふところがたな)の方々ですな。おうわざはかねがね」
軍務大臣ザグランは目を伏せて、続ける。
「今回はリアナ殿下の危機を救っていただき、ありがとうございます。また、魔獣を無事に討伐できたことをおよろこび申し上げます」
「……そうですな」
「帝國と魔王領が(・・・・・・・)ともに(・・・)勝利した(・・・・)ことは(・・・)、大きな果として皆が語り継ぐことでしょう。両國の友好のためにも、これは大変得がたきことです」
目を伏せたまま──魔王領側の反応は見ずに、軍務大臣ザグランは言い切った。
(帝國と魔王領がともに勝利した、か)
引っかかる言い方だった。
ケルヴとライゼンガも同じように考えているのだろう。
ライゼンガは怒りをあらわにして、拳を握りしめている。
そして、宰相ケルヴは、
「軍務大臣にうかがいます。今回の作戦は、我ら魔王領の兵団と、帝國の兵団が合流してから行われるはずでした。なのに実際は、帝國側は合流することもなく、『魔獣ガルガロッサ』に攻撃をしかけられた。その理由をお聞かせいただけますか」
──會談前に、あらかじめ打ち合わせておいたセリフを口にした。
「控(ひか)えよ。ケルヴ。戦闘の後じゃぞ」
「おそれながら陛下、これは重要なことでございます。うかがわなければ、兵士たちも納得せぬでしょう」
ルキエとライゼンガは予定通りの會話をわす。
『この問いは宰相ケルヴの個人的なものではなく、魔王領の兵の総意である』と伝えるためだ。
「魔獣は今まで、開けた巖場に下りてくることはありませんでした。帝國側がなんらかのきをしたとしか考えられません。仮にそうだとすれば、作戦を崩壊(ほうかい)させてしまった方々には、説明をする責任があるはずです」
帝國のミスについて指摘するケルヴを前に、リアナ皇はをかみしめている。
彼にとっては負け戦の直後にこんな質問をされるのは、悔しくて仕方ないのだろう。
「こちらに被害がなかったのは、あの方(・・・)のアイテムのおかげです。あれがなければ、魔王領にも、帝國の方々にも犠牲者が出ていたかもしれません。ですから、我々は帝國側の真意を確かめておく必要があると考えます」
「兵たちの思いはわかった。ならばルキエ・エヴァーガルドより、第3皇リアナ殿下に問おう」
ルキエはリアナ皇をまっすぐに見つめて、訊(たず)ねる。
「共同作戦を持ちかけながら、帝國側が先に戦闘を開始したのはなにゆえか? 『魔獣ガルガロッサ』が帝國の陣地まで群れごと移したのは、帝國側の策によるものではないのか?」
「…………う」
「策だとすれば、帝國の兵は斷りもなく、魔王領の部へと侵したことになる。仮に、近くに民がいたらどうするつもりじゃったのだ? 挑発されて、怒りに我を忘れた魔獣が民を襲ったら? 被害を出さぬために魔獣討伐をするというのに──それでは意味がないではないか」
「…………魔王どの」
「お主を責めたいわけではないのだ。リアナ皇殿下」
ルキエは口調をゆるめて、リアナ皇に問いかける。
「余は、お主たちの真意を知りたい。帝國が信頼に値するものか否か。今後、同じような共同作戦をすることになった場合、どこまで信じてよいのか、とな」
「……魔王、ルキエ・エヴァーガルドさま」
リアナ皇は姿勢を正し、ルキエを見た。
鎧のを押さえて、ゆっくりと深呼吸。
それから、彼は──
「──実は」
「説明いたします。今回は功を焦(あせ)った兵の暴走により、このようなことになってしまったのです。その者たちは、こちらで厳重(げんじゅう)に処分するゆえ、お許しいただけないでしょうか」
リアナ皇の言葉をさえぎり、軍務大臣ザグランは言った。
彼はリアナ皇をかばうように前に踏み出し、その視界をふさぐ。
「帝國の慣例(かんれい)として、罪を犯した貴族やその配下を、討伐や軍事行に連れてくるというものがあるのです。それは戦場で功績を立てさせることで、彼らの罪をしでも軽くするためのものなのですが──その者たちが功を焦(あせ)り、魔獣の巣に攻撃を仕掛けてしまったのです」
「──なんじゃと」
「帝國の総意ではない、と?」
魔王ルキエの言葉を、宰相ケルヴが引き継いだ。
「ならば、魔獣たちが帝國の陣地にやってきたことを、どう説明されるのか!」
「その『一部の兵』たちは魔獣の巣に攻撃をしかけたものの、自分たちではとても勝てないことに気づいたのでしょう。恥知らずにも、我らの陣地まで逃げ戻ってきたのですよ」
自分たちが被害者でもあるように、苦々しい口調でザグランは言う。
「慈悲深(じひぶか)きリアナ皇殿下は、そんな者たちでもお見捨てにならなかった。我らに、その兵たちを救うように命じられたのです。そうして帝國の兵たちは魔獣の群れと戦い、リアナ皇殿下は『魔獣ガルガロッサ』に自ら立ち向かい──このように」
「……ザグラン」
「ごらんください! 魔獣のにまみれて戦われた、殿下の勇姿(ゆうし)を!」
軍務大臣ザグランはリアナ皇の肩をつかみ、ルキエたちの前に引っ張り出した。
彼の指が、リアナの肩に食い込んでいるのが見えた。
それをじ取ったのか、皇は震える聲で──
「──ザグラン爺(じい)……いえ、軍務大臣ザグランの言葉の通りです。急(きんきゅう)のことゆえ、魔王領に連絡する間がなかったこと、お許しください……」
──ルキエたちから視線を逸(そ)らして、そう言った。
(……卑劣(ひれつ)なことを)
おそらくリアナ皇は、さっき本當のことを言おうとした。
だが、軍務大臣ザグランがそれを止めたのだ。
──共同作戦を持ちかけながら、帝國が魔王領を出し抜いたという事実。
──そこまでしたのに魔獣討伐に失敗し、魔王領に救われたという事実。
それを帝國の政治家であるザグランは、決して、認められないのだろう。
だから、一部の兵の暴走のせいで、帝國の兵団は魔獣に(・・・)不意を(・・・)突かれた(・・・・)ということにしたのだ。
リアナ皇が『魔獣ガルガロッサ』を倒せなかったのもそのためだと。
彼は獨斷専行をした『一部の兵士』のために、『魔獣ガルガロッサ』と戦って死にかけたことにした。
鎧(よろい)についた魔獣のを殘しておいたのも、彼の必死さを演出するためだろう。
そして──帝國兵が魔王領に救われることになったのは、魔獣に不意を突かれたせいで、決して帝國の兵が弱かったからではない。
帝國側は、そういう話にしておきたいのだ。
「……その『一部の兵』たちはどこにいるのですか?」
「捕らえて、縛(しば)り上げてあります」
「話を聞くことは?」
「負傷者が多いのです。魔王領の皆さまにお見せできる狀態ではございません」
「……仮に話を聞いて、彼らが軍務大臣どのと違う話をしたとしたら?」
「人は罪を逃れるためならどんな話でもするものですよ。宰相閣下(さいしょうかっか)」
宰相ケルヴの言葉に、軍務大臣ザグランは素早く答えを返す。
「しかし、今回の魔獣討伐で、我ら帝國の兵団が、魔王領の皆さまに救われたことは事実です。リアナ皇と自分──軍務大臣ザグランの連名で、謝の意を記した書狀を用意いたしました。のちに皇帝陛下からも正式に謝を伝える書狀と、謝禮が屆くでしょう。どうぞ、お納め下さい」
軍務大臣ザグランが合図すると、控えていた兵士が羊皮紙(ようひし)を差し出す。
そこには確かに、第3皇リアナと軍務大臣ザグランの連名で、魔王ルキエ・エヴァーガルドへの謝の言葉が記されていた。
謝禮品の目録(もくろく)も同封されている。
彼らは兵糧(ひょうろう)の一部と、ザグランが個人的に所有する貴金屬類を、魔王領に差し出すつもりらしい。
(今回の件を無難(ぶなん)に収めるためには、なりふり構わぬということか)
共同作戦を持ちかけながら獨走し、その上、魔王領に助けられたという事実は、帝國にとっては認められない。
だから、あくまでも『一部の兵士』の暴走によって予想外の(・・・・)危機に(・・・)おちいった(・・・・・)。
そういうことに、しておきたいのだろう。
「數分、時間をいただきたい」
魔王ルキエは、皇リアナに向けて告げた。
「貴公らの話が真実かどうか、判斷する時間をいただきたいのだ」
その言葉に、リアナ皇はうなずいた。
ルキエたちは一旦(いったん)、その場を離れることにしたのだった。
「彼らの提案をけれるべきだと考えます。陛下」
ルキエたちは皇たちから距離を取った。
その狀態で、宰相ケルヴはルキエにささやきかける。
「帝國側は決して、自分たちが獨斷で魔獣に戦闘を仕掛けた件を認めぬでしょう。ならば、現実的な利益を取るべきかと」
「帝國からの謝狀と、贈りをけ取って満足するべき、と?」
「そのように考えます」
「確かにな。今回の目的は帝國との友誼(ゆうぎ)を強めること。獨走によって傷を負ったのは帝國側じゃ。おかげでこちらは安全な狀態で『魔獣ガルガロッサ』を討つことができた。それはわかるのじゃが……」
「帝國が約束を破ったことについて、宰相どのはどうお考えなのだ!?」
ライゼンガ將軍が聲をあげた。
「結果がどうあれ、約束違反には違いあるまい。それをとがめなければ道理が通らぬ!」
「將軍のお怒りはごもっともです」
宰相ケルヴは頭を下げた。
「私も今回のことで、帝國上層部のやり方を知りました。軍務大臣の言う『一部の兵士』とは──おそらく切り捨てても良い者たちなのでしょう」
「罪を犯した者を連れてきているのはそのためか」
「はい、陛下。帝國の軍務大臣は、そういう策を使っているのでしょう」
あり得る話だった。
ここでルキエたちが、その『一部の兵士』を差し出させて処分すれば、彼らは『魔王領の者に処分された』ことになる。帝國の者はこちらに恨みを持つだろう。
それもまた、あの軍務大臣の作戦かもしれない。
「わかった。今回はこれで話を収めよう」
魔王ルキエはうなずいた。
「納得いかぬところはあるが……今回はここまでじゃ。魔王領は実利(じつり)を取るとしよう。魔獣は倒した。先方からは皇を救ったという事実を記した書類と、謝の品をけ取る。それをもって、今回の魔獣討伐の果としよう」
「良策と思います。陛下」
「そういうことであれば、仕方ありませんな」
宰相ケルヴは答え、ライゼンガ將軍もうなずいた。
「今回の戦で、我は後ろに立っていただけですからなぁ。意見を押し通そうとは思いませぬよ」
「すまぬな。ライゼンガよ」
「いえ。トールどののマジックアイテムのおかげで、誰も怪我をしなかったのですからな。よしとしましょう」
「あれが使えるのは、障害のない場所だけじゃよ。り組んだ場所では、これまで通りに將軍の力が必要となるのじゃ。心してくれ。ライゼンガよ」
「承知いたしました」
「……それと、ライゼンガに頼みがある」
魔王ルキエは、聲をひそめて、
「會談が終わったら、兵士と共に魔獣の巣の付近を捜索(そうさく)してしいのじゃ。小蜘蛛の生き殘りがおるかもしれぬ。それと……帝國の軍務大臣の言う『一部の兵士』が、殘っておるかもしれぬからな」
「なるほど……その者を見つけて、話を聞くというわけですな」
「うむ。その者から帝國の策を聞き出すこともできるであろう」
「意(ぎょい)! このライゼンガにお任せあれ」
ライゼンガ將軍はを叩いて、宣言した。
そうして、ルキエたちは會談の場所に戻ったのだった。
その後、ルキエたちは皇リアナと軍務大臣ザグランに、魔王領としての回答を伝えた。
皇リアナは帝國の代表として、その回答をけれた。
魔王領は正式に、帝國から謝狀をけ取り、皇を救った禮をけ取ることになった。
それは帝國が魔王領に謝の意を示す公式の書狀であり──魔王領と帝國の間ではじめて取りわされる、友好の証でもあった。
そして、その書狀によって魔王領が帝國──勇者の築(きず)いた國の姫君を救ったということが、公式に確定することとなったのだった。
「最後にひとつ、おうかがいしても、よろしいでしょうか?」
魔王ルキエが書狀をけ取り、贈りをけ取る手配を始めたあと──
不意に、皇リアナはルキエに向けて、訊ねた。
「魔王領の方々は、おそろしく程の長い魔を使われておりました。それに魔王ルキエ・エヴァーガルドさまは、一度放った魔を自由にあやつることができるようですけれど……あれは、魔族の方々のお力なのでしょうか?」
「……えっと」
ルキエは思わず言葉に詰まる。
困った。
まさか『帝國から來た錬金師が作ったレーザーポインターのおかげ』なんて言えない。
というか、言っても相手を混させるだけだろう。
かといって、下手なことを言えば帝國を警戒させることになる。
仕方がないので、ルキエは、
「とある錬金師の知恵を借りただけのことじゃ」
とだけ答えた。
すると──
「──錬金師の!?」
リアナ皇は目を見開いて、魔王ルキエたちを見た。
「も、もしかしてそれは、流れ者の錬金師でしょうか?」
「流れ者? まぁ、確かに、魔王領に流れ著いたようなものじゃが」
「その方の種族は!? もしや、帝國から來た人間ではないのですか?」
「だとしたら?」
「紹介していただけませんか? もしかしたらその錬金師は、わたくしの魔法剣を修復してくださった方かもしれません。それほどの技を持つ者が、他にいるとも思えませんから」
「……紹介して、どうするというのじゃ」
「お禮を申し上げたいのです。可能なら、わたくしの側に置きたいとも考えております」
リアナ皇はに手を當てて、そう言った。
「錬金師は分の低い者ではありますが……有効に使える者であれば、側に置くことは厭(いと)いません。皇帝の一族の命じるままにアイテムを作り、強化する──すなわち帝國のために生きる錬金師として、そのを捧(ささ)げていただきたいのです」
「……そのを捧(ささ)げる……じゃと」
「戦う力を持たぬ錬金師が、帝國に貢獻(こうけん)できるのです。この上ない名譽でしょう」
リアナ皇は、瞳を輝かせていた。
軍務大臣ザグランも、彼の言葉に、満足そうにうなずいている。
だがルキエは、皇の言葉を聞いて──心が、凍り付いたような気がした。
(今……なんと言ったのじゃ? この皇は)
(錬金師を……皇帝一族がむままにアイテム作るために……を捧(ささ)げる者と、そう言ったのか? そのために……錬金師という人間を、使うと)
心が冷えたあと、強い怒りがわき上がってきた。
ルキエにわかったのは、ひとつだけ。
(……帝國などに、トールを渡すものか)
皇帝のためにを捧げる者になど、させてたまるか。
トールは魔王領で自由に……彼のむように生きていくべきなのだ。
それがルキエの友、トール・カナンには一番ふさわしい。
(……なにが『流れ者の錬金師』じゃ!)
それがトールのことだというなら、帝國にいるうちに調べておくべきなのだ。
そんなこともせずに、『レーザーポインター』の能力を見て、思い出したように訊(たず)ねるなど、あまりにも彼をばかにしている。
いや、そもそも皇なら、他國に人質として送り出した者と、話くらいはしておくべきだ。
そうすればリアナ皇も、トールが有能な錬金師だと知る機會もあっただろう。
彼を帝國にとどめることだってできたのだ。
(なのにこやつは、帝國が魔王領に、『錬金』スキルを持つ者を送り込んだことさえ知らぬのか)
(トールのことを……自分たちが人質として送り込んだ彼のことを……なにも知らぬというのか)
トールがどんな思いで魔王領に來たのかも。
彼がどんなに優しくて、ルキエたちのことを考えてくれているかも。
彼の能力が世界を変えるほどのもので、でも、彼自は、役に立つアイテムを作ることしか考えていないことも。
彼がルキエのを知ってすぐに──自分のを打ち明けてくれたことも。
彼のことを考えるとが溫かくなって──優しい気持ちになれることも。
帝國の皇であるリアナは、なにも知らない。
いまさらトールの能力を知って、興味を持っているだけなのだ。
彼がどういう人間であるのかも、彼がなにを考えているのかも、まったく興味がないのだ。
「──申し訳ないが、お答えできぬ」
魔王ルキエは言った。
自分でも驚くほど、冷たい聲だった。
「魔王領には様々な種族、様々な事を持つ者が住んでいる。おそらく、帝國からやってきた者もいよう。じゃが、ひとたびこの魔王ルキエ・エヴァーガルドの配下となったからには、その者は余の民じゃ。他國に報を(も)らすわけにはいかぬ」
「そ、そんなことをおっしゃらずに……」
「その者はこの魔王ルキエ・エヴァーガルドが選んだ者じゃ。そして、ドルガリア帝國からは選ばれなかった者である。言えるのはこれだけじゃ。帝國はその者を選ばず、不要と斷じたのじゃ。ならばその選択の責任を取るべきであろう!!」
気づかないうちに魔王ルキエは、自分の顔半分を覆(おお)う仮面に、手をかけていた。
それをしだけずらして──深紅の目で、彼は皇リアナをにらみつける。
「仮にあの者がお主の求める錬金師だったとしても、渡すことはできぬ」
「──ま、魔王ルキエ、さま」
「あの者はこの地で、余が幸せにする! あの者がそうしてくれたように、余がその心を癒(い)やし、共に暮らすのじゃ。ずっと側におるのじゃ! そなたには渡さぬ!!」
魔王ルキエはを押さえ、ぶ。
「今回の討伐は魔王領と帝國──共に勝利したということで構わぬ。だが、あの者は別じゃ。彼を帝國と分け合うつもりはない! それを覚えておくがよい!!」
「……陛下」
「……魔王陛下」
「……あ」
ふと橫を見ると、宰相ケルヴと火炎將軍のライゼンガが、ぽかん、とした顔をしていた。
魔王ルキエは自分が発した言葉に気づき──真っ赤になる。慌てて『認識阻害』の仮面を戻す。
ふたたび魔王としての立場に姿に戻り、一言。
「以上じゃ。魔獣討伐に協力いただいたこと、謝する。今後も両國の間がとこしえに平和であることをむ。それでよろしいな。皇リアナどの」
「……は、はい」
皇リアナは、かすれた聲で答えた。
ルキエの剣幕に怯えながら、ただ、こくこく、とうなずき続ける。
「皇殿下に代わり、魔王陛下のご機嫌を損ねてしまったことをお詫び申し上げます」
軍務大臣ザグランが姿勢を正し、魔王ルキエに頭を下げた。
「リアナ皇殿下にとっては、今回が初陣。戦闘後で気が高ぶっていたものとご理解いただければ幸いです」
その言葉を聞いたあと、魔王ルキエは宰相ケルヴとライゼンガを見て、うなずく。
渉は終わった。ここから先は非公式の場だ。
魔王が直接、話をしても構わないだろう。
「理解した。こちらも、大聲を出してしまい。済まなかった」
「いえ。魔王陛下は強者でいらっしゃる。その権利はおありでしょう」
「……なんじゃと?」
「さきほどの黒き炎の魔は見事でございました。『魔獣ガルガロッサ』と、その配下をまとめて焼き盡くすほどの、く火炎。あれは我が國にはないものです」
むしろ禮儀正しすぎるほどの口調で、軍務大臣は言った。
「その力は帝國にとってはおそるべきものですが……それと、強者に敬意を払うことの別の話です。強者である魔王陛下には、我らを怒鳴る権利があると考えます」
「いや、余は強者などではない」
ルキエは、首を橫に振った。
「強いのは余の大切な──最も弱き者じゃ。その者に助けられ、學んだことから、余とその軍勢は魔獣をたやすく倒すことができたのじゃ」
「……申し訳ございません。自分には、魔王陛下のお言葉が理解できませぬ」
「余に戦う力をくれたのは、戦う力を持たぬ者じゃと申しておるのじゃ」
そう言って魔王ルキエは、にやりと笑った。
「理解できぬならそれもよい。じゃが、學ぶことは大切じゃと思うぞ。帝國の軍務大臣ザグランよ」
「……仰せのままに」
つぶやく軍務大臣ザグランに、魔王ルキエは背を向けた。
そうして、魔王ルキエと帝國の皇との會談は終わりとなった。
ルキエとケルヴ、ライゼンガは魔王兵団の陣地に向かって、歩き出したのだった。
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