《【書籍版4巻7月8日発売】創造錬金師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-》第38話「書狀を公開する」
──トール視點──
ルキエから、魔獣討伐が終わったという連絡をけてから、しばらく後。
俺とメイベル、それとアグニスが率いる部隊は、魔獣の巣があった場所の近くを移していた。
生き殘った小蜘蛛と、帝國の兵士がいないかどうか探すためだ。
「トールさまは、後方の本陣にいらしてもよろしかったの、ですよ?」
俺の隣で、鎧姿(よろいすがた)のアグニスが言った。
いつものように、頭には兜(かぶと)を被っている。
兵士の前で素顔をさらすのは、まだ恥ずかしいみたいだ。
「お仕事は、アグニスたちがしますので」
「そういうわけにはいかないよ。俺だって、兵団の一員なんだから」
「でも……帝國の兵士と出會うかもしれないのです」
メイベルが、心配そうに聲をかけてくる。
「あの國の方と出會うのは……トールさまは、あまり気が進まないのではないかと」
「大丈夫。新型のローブも著てるから」
俺はローブのフードを下ろしてみせた。
日も暮れて涼しくなってきたから、『風の魔織布(ましょくふ)ローブ』から、別のローブに著替えたんだ。
あちこちに木(こかげ)もあるし、隠れるくらいはできるんだ。
「それに、錬金(れんきんじゅつ)の素材も見つかるかもしれないし」
「トールさまったら……」
「小蜘蛛の腳とかがあるといいんだけどな。あいつらのの強度が分かれば、聖剣を超える魔剣を作るときの參考になるかもしれないから」
俺は『魔獣ガルガロッサ』との戦闘で、皇が聖剣を振るうのを見た。
聖剣はの刃をばして、伏兵の小蜘蛛(こぐも)たちを切り払っていた。
そのせいで威力が減衰(げんすい)して、魔獣本には大ダメージを與えられなかったんだ。
つまり小蜘蛛のの強さがわかれば、聖剣の『の刃』の威力もわかるはず。
魔剣作りの參考になると思うんだ。
「トールさま」
「なんだよ。メイベル」
「ルキエさまは魔剣をいただくよりも、トールさまがご無事であることの方をよろこばれると思います」
「……アグニスも、同意見です」
メイベルの隣で、こくこく、とうなずくアグニス。
「今回、帝國が勝手に魔獣に戦闘を仕掛けたことで、みんな帝國の者たちを警戒しております。そんな人たちとトールさまが出會って、なにかあったら……と」
「いざとなったら、アグニスが『健康増進ペンダント』で、敵を倒します、けど」
「私たちは、トールさまが傷つくのが嫌なのです」
「わかった。じゃあ、もうししたら後方に戻るよ」
メイベルやアグニスを心配させるのも嫌だからね。
でも……帝國の者たちを警戒しております、か。
そっか。メイベルもアグニスも、俺はもう、帝國の人間じゃないって思ってくれてるんだな。
トール・リーガスは帝國貴族の子どもではなくて、魔王領の人間だって。
……なんだか、すごくうれしい。
「帝國の兵士を発見しました!!」
不意に、兵士さんの聲が響いた。
「「トールさま。こちらへ!」」
メイベルとアグニスが俺の手を引いて、木へと連れて行く。
……隠れる必要はないと思うんだけど。
まぁ、ふたりを心配させるわけにはいかないか。
俺は素直に、木の(かげ)へと移した。
ついでにフードをおろして、服に魔力を注ぐ。
今の俺が著ているのは『闇屬の魔織布』で作ったローブだ。こいつは魔力を注ぐと、を吸収して真っ黒になる質がある。
時刻はちょうど夕暮れ時。
これを著て、(ものかげ)に隠れれば、俺の姿は闇に溶け込んでしまうんだ。
「帝國の兵士の応対は、アグニスにお任せください」
鎧姿のアグニスが、前に出た。
「不在の間は部隊を指揮するようにと、お父さまに言われておりますので」
「トールさまは、私がお守りします。絶対に」
メイベルはメイド服のスカートを揺らして、宣言した。
帝國の兵士は、まだ俺たちの場所までは來ていない。
遠くから、アグニスの部下たちの聲がする。
「──なにもしない。安全のため、保護したいだけだ」
「──あとでちゃんと、帝國の兵団へと送り屆ける」
「──だから、安心してついてきてしい」
やがて、木々の向こうから革の鎧を著た兵士が姿を現す。
中年の男だ。背中には剣を背負っている。
兵士は、アグニスの部下──火炎巨人(イフリート)の眷屬(けんぞく)の男に囲まれている。樹に手をついて、呼吸を整えている。張しているようだ。
時刻は夕暮れ。
俺の位置からは逆になり、兵士の顔がよく見えない。
「……た、助けてくれ。私は功を焦(あせ)り、『魔獣ガルガロッサ』の群れに攻撃をしかけて……逃げて……道に迷ってしまったのだ」
帝國の兵士は言った。
そういえば、さっきルキエからの連絡にあった。
帝國の『一部の兵士』が、戦闘前に魔獣の群れに攻撃をしかけてしまった、って。
その後、彼らは帝國の陣地へと逃げだして──そのせいで、帝國の兵団が『魔獣ガルガロッサ』の群れと戦うことになってしまったらしい。
──もっとも、ルキエもそんなのは信じてなかったし、俺も同なんだけど。
「武裝解除には応じる。危険なものを持っていないか、調べてくれ。だから……私を帝國の兵団に……」
「ご苦労をされたよう……ですね」
アグニスが帝國の兵に聲をかけた。
「火炎將軍ライゼンガ・フレイザッドの娘、アグニス、です。あなたの柄は魔王陛下の許可を得てから、ちゃんと、帝國の兵団へと返してさしあげます。ご安心を」
「おぉ! あなたさまが、アグニスさまでしたか」
帝國の兵士が前に出た。
その顔が、はっきりと見えた。見覚えがあった。
あいつはリーガス公爵家の衛兵隊長で、バルガ・リーガス公爵の腹心の部下だ。
俺が追放されるとき、俺の罪と無能さを並べ立てた男でもある。
……なんであいつがここに。
「……トールさま?」
「嫌な予がする。メイベル……これをアグニスさんに渡して」
「アグニスさまに……って、これは、クッションですか?」
「うん。どこからどう見てもクッションだね」
俺は『超小型簡易倉庫』から出したクッションを、メイベルに渡した。
「帝國の兵士は疲れているようだからね。それに、あとで『誇り高き帝國兵を地面に座らせた』なんて文句を言われても困るだろ。だから……あの巖の上に置いてあげるといいよ。ちょうどいい椅子になると思う」
「は、はい。了解しました」
メイベルはクッションを手に、アグニスの方へ走り出す。
彼が事を説明すると、ライゼンガ軍の兵士さんが、巖の上にクッションを置いた。
帝國の兵士は──疲れていたのか、素直にその上に腰を下ろした。
「……トールさまは、あの兵士の方を知っているのですか?」
「うん。俺の実家だったリーガス公爵家の衛兵隊長だ」
「──え!?」
メイベルが目を見開いて、こっちを見た。
「もしかして、仲がよろしかったのですか?」
「ううん、ぜんぜん」
俺は首を橫に振った。
「むしろ帝國から追放されるとき、俺に戦闘スキルがないことをののしってた。『貴族の風上にも置けない』って言われたよ」
「攻撃魔の使用許可をお願いいたします」
「待って」
飛び出そうとするメイベルの手をつかんで止める。
「それより、あいつの目的が気になるんだ。公爵家の衛兵隊長が俺の父──バルガ・リーガスから離れて、こんなところにいるのはおかしいよね?」
「確かに……そうですね」
「『魔獣ガルガロッサ』から逃げてたって言うけど、帝國の兵士がそんな統制が取れない行を取るはずがないんだよ。あの國は軍事大國だ。必ず、部隊に何人いるかチェックしてるはずなんだ」
俺は帝國の兵団が意図的に、『魔獣ガルガロッサ』をおびき寄せたんだと思ってる。
あの衛兵隊長がそのひとりだとすると、兵団の幹部が放置するなんてありえないんだ。
なにか目的でもない限り。
「武を預けろ、ですか。仕方ありませんな」
アグニスの配下に言われて、衛兵隊長が腰から剣を外した。
それから彼は、懐から丸めた書狀を取り出す。
「アグニス・フレイザッドさまにお願いがございます」
「……はい?」
「こちらを、わが主君、トール・リーガスさまにお渡しいただけないでしょうか」
『我が主君(・・・・)トール・リーガス』……?
いや、俺はあんたに主君と呼ばれる覚えはないんだけど。
「バルガ・リーガスさまは辺境伯の悪だくみによって、トール・リーガスさまに間違った行いをしようとしてしまったのです。それをお詫びする文書と、新たなる提案について書かれております」
「あなたは……トールさまの父君の!?」
「配下であり、トール・リーガスさまの腹心(ふくしん)の部下でございます」
いやいや、俺に腹心の部下はいないぞ。なくとも帝國には。
「メイベル、ちょっと耳を貸して」
「……はい。トールさま」
俺はメイベルの耳元で、作戦を伝えた。
それからメイベルは、兵士の方に進み出て、
「お話し中、申し訳ございません。トールさまの部下、メイベル・リフレインと申します」
「──な!?」
リーガス家の衛兵隊長が目を見開く。
まさかここで、俺の関係者と出會うとは思わなかったんだろう。
「そ、それはそれは。では、私と同じくトール・リーガスさまにお仕えする方ということですね」
「同じかどうかはわかりません。ですが、あなたは、さきほどトールさまの腹心の部下であるとおっしゃいましたね」
「い、いかにも」
「でしたら、トールさまがお好きなものについて教えていただけますか?」
「……え?」
「トールさまのご趣味は? トールさまの、お好きなは? 好きな食べはなにか、ご存じなのですか?」
「な、なにを……?」
「トールさまに信頼されているのであれば、それくらいはご存じでしょう? 私はトールさまによりよくお仕えするためにも、お答えいただけないでしょうか?」
「アグニスも……興味、あります」
鎧姿のアグニスが、前に出た。
「腹心の部下なら……トールさまが好みのがどんな方か、ご存じですよね?」
「う……あぁ」
衛兵隊長がうろたえる。
そりゃそうだ。俺はあの男と、ほとんど話をしたこともない。
あいつも剣士だ。戦うスキルを持たない俺には、まったく関心を持ってなかった。
あいつは俺が、どんな人間なのかも、まったく知らないはずだ。
「主人のを、無斷で口にするわけには參りませんな」
衛兵隊長は橫を向いた。
メイベルはし考えてから、
「そうですか。では、トールさまの許可があればよろしいのですね」
──俺の方を向いて、一禮した。
「許可をお願いいたします。トールさま」
「いいよ。俺について話すといい。公爵家の衛兵隊長さん」
時(しおどき)だった。
俺は『闇の魔織布(ましょくふ)ローブ』をいで、木の外に出た。
「──な!? トール・リーガスどの……」
「公爵家に俺の腹心がいたとは知らなかったよ。ぜひ、あなたから俺がどう見えたのか話してしい」
「い、いや……その」
「ん?」
「トールどのは誤解されている。リーガス家は今は公爵家ではなく、伯爵家だ」
「……そうなのか?」
ああ、そういえば、リーガス公爵家は皇帝から罰が下されるんだっけ。
それで公爵家が伯爵家になったのか。そっか。
「う、うむ。お互い、それだけの時が流れたのです。私の知っているトールさまと、今のトールさまは違うかもしれません。うかつなことを言って、無禮があってはいけませんからね」
「じゃあ、それはいいや」
「……どうしてあなたが、こんな場所に」
衛兵隊長はじっと、俺をにらんでいた。
俺がここにいるのが信じられないような、そんな顔をしている。
「別にいいだろ。俺は聖剣と魔獣を見に來ただけなんだから」
「そうではない! どうしてあなたが、兵士たちに守られて……こんな前線まで……どうしてそこまで、魔王領の者たちに信頼されている!? どうしてそんなことが!!」
「──やっぱり、あんたとは話が通じないな」
この人は、バルガ・リーガスの腹心の部下だ。
だから、あいつに本當に格が似てる。話が通じないのはたぶん、そのせいだ。
「では、書狀を渡していただこう」
「……ぐぬ」
「俺への書狀なら、今、この場で渡しても構わないはずでは?」
衛兵隊長は俺をにらみ付けていたけれど……握っていた書狀を、こちらに渡した。
「リーガス伯爵さまからの書狀です。お一人のときに、心して読まれるように」
「アグニスさま、メイベル。この書狀の封を解いて、中を読んでみて。みんなにその容がわかるように」
「……な!?」
俺は書狀をけ取ると、衛兵隊長から離れた。
そのままアグニスに書狀を手渡して、メイベルと一緒に読むようにお願いする。
バルガ・リーガスからの書狀だ。
魔王領を陥(おとしい)れるための、変な作戦について書かれている可能だってある。ぶっちゃけると、たぶん、ろくなもんじゃない。
この場でアグニスたちに読んでもらえば、俺がそれに関わっていないって証明になるはずだ。
「ま、待ちなさい! 貴族のご子息ともあろうものが、魔族や亜人の前で、伯爵からの書狀を公開するなど、ありえません! 貴族であるならば、自室で姿勢を正して、そこに伯爵さまがいらっしゃるかのように読むべきだと──」
衛兵隊長がんでるけど、関係ない。
というかバルガ・リーガスが目の前にいるのを想像したら、書狀を破りたくなるんだが?
「わ、わかりました」
「読ませていただきますね。トールさま」
メイベルとアグニスは、ゆっくりと書狀を読んでいく。
その容は──
──────────────────
我が息子、トールよ。
父は辺境伯の言葉にだまされて、大いなる過ちを犯してしまった。
今はそれを、悔やむばかりだ。
つぐないとして、お前にいくつか提案をしたい。
まずは近況を伝えてしい。お前が魔王領でどのような生活をしているのか。
お世話になっている將軍閣下は、どのようなお方なのか。どれくらいの兵を率いるほどのお方なのかを。
やりなおすためには、親子としての報換が必要だと思うのだ。
月に一度、新月の日に、魔王領との境界の森に、使いを出す。
その者に書狀を渡してくれれば、安全に帝國へ屆けることができよう。
時が満ちれば、お前を帝國に戻すことも葉うはず。
その時は魔王領から、親しい者を連れてくるがいい。
アグニス・フレイザッドどのなど、いかがだろうか。
すでに帝國の高の方々には、話をつけてある。
お主がむなら、アグニス・フレイザッドどのと共に、帝都を案したい、とな。
それが葉えば、お前を再び、リーガス伯爵家へと迎えれよう。
これが父、バルガ・リーガスの思いである。
どうか、答えてくれるように。
──────────────────
「ど、ど、どうですか。バルガ・リーガスさまの思い、おわかりになりましたよ」
「……ああ、わかったよ」
この書狀が、かなりタチの悪いトラップだってことが。
言葉は飾(かざ)っているけれど、言ってることはこうだ。
『魔王領の報を伝えろ』
『帝國にもっとも近い場所に領土を持つ、ライゼンガ將軍の兵力を調べて、教えろ』
『新月の日に書狀をけ取りに行く』
『お前が帝國に帰るときは、アグニスを連れて來い (たぶん、人質にするということだろう)』
『その功績により、お前を伯爵家に戻してやる」
──以上だ。
しかも、これはおそらくバルガ・リーガスが考えた文章じゃない。
筆跡はあの男のものだけど、言い回しや文脈は別人のものだ。
もしかしたら……帝國の上層部が、この手紙を書かせたのかもしれないな。
「……トールさま」
「……この手紙の容は……」
メイベルとアグニスは、不安そうな顔をしてる。
書狀に書かれていることの意味がわかったんだろう。
ふたりとも、俺の事は知ってるからね。
今さらバルガ・リーガスが俺を迎えれるなんて言っても、信じるわけがない。
「い、いかがでしょうか。トール・リーガスさま」
衛兵隊長の聲が震えてる。
俺が、みんなの前で書狀を公開するとは思ってなかったんだろう。
あいつは膝の上で、手を合わせてる。
俺が期待通りの答えを返すことを、祈っているようだ。
「よ、よろしければ、私が帝國に戻ったあと、お返事をバルガ・リーガスさまにお伝えいたします。ここでお目にかかれたのも運命でしょう。ご回答を」
「わかった」
俺は衛兵隊長に背を向けた。
メイベルとアグニス、それにライゼンガ將軍配下の兵に向かって、ぶ。
「魔王領の兵の方々に告げる!」
リーガス家のやり方には、もう、うんざりだ。
帝國だってそうだ。この手紙には、おそらくは帝國の上層部の意志が関係している。
でなければ、魔獣討伐に都合よく、リーガス伯爵家の衛兵隊長が來るわけがない。
だったら、いい機會だ。
実家が俺を捨てたように、俺はみんなの前で、家を捨てよう。
「我が父、バルガ・リーガスが送ってきた書狀には、無禮きわまりない真意(しんい)が隠されていました。言葉をかざってはいるが、容は魔王領の報を流し、アグニスさまを帝國へ連れて來いというものでした。こんな手紙、見たくなかった……」
「……トールさま」
「……お気持ち、お察しします、ので」
メイベルもアグニスも、泣きそうな顔をしてる。
あんな書狀を読んだんだ。無理もないよな。悪いことした。ごめん。
「こんな手紙を送りつけてくる者を、俺は父だとは思わない。公爵家だろうと伯爵家だろうと、大切な人を傷つけ、悲しませるような家の名前は、今日限り捨てる。これからは、亡き母の姓を名乗って生きていこうと思います」
俺はメイベルやアグニス──將軍の兵士たちに向かって、宣言した。
「今日から俺の名前はトール・カナンです。リーガスの家名は二度と名乗らない。俺は帝國から魔王領に來た、ただの錬金師トール・カナン。そう呼んでください」
今後、トール・リーガス宛ての手紙は、魔王城の人たちに開封してもらおう。
仮にトール・カナン宛てに手紙が來たら、それは公式に、俺がリーガス家の人間でないと認めたことになる。俺と実家との縁は、完全に切れる。
どうせ、帝國の公式記録には、俺は『人質でいけにえ』と書かれてる。
その人間が、どんな家名を名乗ったところで、文句を言われる筋合いはない。
供臺に載せられた供に、名前は必要ないからだ。
魔王領の方でも、俺が名前を変えたところで、特に問題はないはず。
帝國の使者で客人というあつかいがどうなるかわからないけど──それはルキエに相談しよう。
また迷をかけることになるかもしれない。その分、彼にはしっかりと仕えて恩返ししないと。
俺は魔王陛下直屬の、錬金師なんだから。
「お気持ちはよくわかりました。これからは、トール・カナンさまとお呼びいたします」
メイベルが、俺の前に膝をついた。
「……私と陛下だけののお名前が、みんなのものになってしまったのは殘念ですけど……」
「ごめんねメイベル」
「でも、好きなお名前をいつでも呼べるようになったのはうれしいです! このメイベル・リフレインは、トール・カナンさまの部下として、これまで以上にお仕えいたします」
「アグニス・フレイザッドも同じです!」
アグニスが俺の手を取った。
「家名など関係ございません。トールさまは……アグニスの恩人で……ずっと、お仕えしたい方、なので。これからもよろしくお願いいたします。トール・カナンさま」
「「「おおおおおおおおおっ!!」」」
兵士たちから歓聲が上がった。
「──お気持ちはわかりますぞ。トール・カナンさま!」
「──帝國からどんな書狀が來ようと、我らの信頼はゆらぎはしません!」
「──目の前で書狀を公開してくださったのだ。その信頼に応えねば、炎の巨人(イフリート)の名がすたる!!」
よかった。
兵士の人たちも、俺の新しい名前をけれてくれたみたいだ。
「ま、まさか、魔王領の者たちの前で、父君からの書狀を公開するとは……信じられない!!」
不意に、衛兵隊長がんだ。
「その上、家名を捨てるですと! 貴族としてのたしなみも、帝國貴族としての誇りも忘れてしまったのか! あなたは!!」
「そんなものしくないし、いらない」
俺は言った。
「俺は魔王領のトール・カナンだ。帰ったらあんたの主人に伝えろ。トール・リーガスはもういない。あんたが息子を不要と決めたように、俺もあんたを不要だと決めたと」
「……ぐぬぬ!」
「それと、あんたには聞きたいことがある」
口調を改めて、俺は訊ねる。
「この書狀のことは、帝國の姫君はご存じなのか? それに、どうしてあんたは帝國の兵団から抜け出して、ここに來ることが可能だったんだ? ぜひ教えてくれ。魔王領の首脳部も興味があると思うから」
「……な!?」
衛兵隊長が左右を見回す。
気づいたようだ。
さっきから、大勢の足音が近づいていることに。
「……あり得ない。仮にも帝國の民が……貴族からの書狀を公開するなど。そこまでの信頼があるなんて。てっきり自室に持ち帰るはずだと……計畫が……だいなしに。ああ! 私はこれで失禮する!」
衛兵隊長は剣をつかんで、立ち上がろうとする。
だけど、けない。
彼が座っているのは、巖の上に置かれた、クッションだ。そこから立ち上がれずにいる。
「な、なんだこれは……わ、私が、立ち上がれないだと!?」
あいつは腳をばたばたさせる。
けれど、はクッションに包まれたまま、かない。
『抱きまくら』を參考に作った『トラップクッション』はうまく作してる。
魔獣(まじゅう)を生け捕りにするために作ったんだけど、人間にも使えるみたいだ。
──────────────────
『トラップクッション』(レア度:★★★☆)
(屬:地)
地屬の『魔織布(ましょくふ)』と、地屬を付與した『スララ豆の殻(から)』によって作られたクッション。
大きめのサイズで、ふわりとを包み込むようになっている。
通常狀態では、ただの『座り心地のいいクッション』である。
だが、人や魔獣からの魔力を知すると、中の『豆の殻(から)』が寄り集まってくなり、人や魔獣のをふわりと包み込んだ狀態のまま、形狀(けいじょう)が固定化される。
そのため、が抜けなくなる。
これを巖などの上に置くと、座った人間の魔力により、座面の裏側も巖をふわりと包み込んだ狀態で固定される。
そのため、クッションは巖からも抜けなくなる。
結果、座った人間と巖が、クッションを間に挾んだ狀態でくっついてしまう。
地屬が付加されているので、とても丈夫。
抜け出すためには、刃でクッションを破壊するしかない。
理破壊耐:★★☆ (火炎耐(かえんたいせい)を持つ)
耐用年數:1年
備考:布にを開けて取り出せば、中の豆殻(まめがら)を再利用できます。
────────────
「こ、こんな。馬鹿な! リーガス家の衛兵隊長である私が、腰が抜けたのか!? こ、こんな……無様な!!」
クッションから抜け出そうと、じたばたする衛兵隊長。
「疲れているんだろう。ゆっくりしていくといい」
「……そ、そんな!?」
本人は、に力がらないせいだと思ってるみたいだ。
このクッション、意外と使えるな。
『通販カタログ』のアイテムじゃないから、能力はかなり低いんだけど、それなりには役に立ちそうだ。
本當は、書狀の容がまともだったら、衛兵隊長はそのまま解放するつもりだったけど……でも、さすがにこの書狀はだめだ。
ルキエと宰相ケルヴさんに會わせて、話を聞いてもらわないと。
しばらくして、魔王領の兵団の本隊が現れる。
戦闘地域での後始末が終わったのか、魔獣の巣のチェックに來たみたいだ。
「お待ちしておりました。魔王陛下」
俺は地面に膝をついた。
メイベルとアグニス、他の兵士たちも一斉に同じようにする。
現れた魔王ルキエは、きょとん、とした顔だ。
まぁ、巖に座ったままじたばたしてる帝國兵がいたら、びっくりするよね。ごめんね。
「皆の者。役目、ご苦労であった」
ルキエは俺や兵士を見回して、告げた。
「魔獣の殘黨はいなかったようで一安心じゃな。それと、帝國の兵士が迷い込んでいないか探すようにも命じておったのじゃが……なんじゃ、これは」
なんでまっすぐにこっちを見るんですか。
一瞬で俺の仕業だって見抜いてませんか、陛下。
「帝國の兵士です」
「そうじゃな。なんで、じたばたしておるのじゃ?」
「クッションで巖にくっついているからです」
「どうしてクッションに……ああ、まぁいい。お主とは後でゆっくり話をしよう。この帝國兵についての事も知りたいからの」
そう言ってルキエは、宰相ケルヴさんとライゼンガ將軍の方を見て、
「この帝國兵はこちらで保護しよう。事や役目など、詳しく話を聞いてやるがよい」
「承知いたしました。陛下」
宰相ケルヴさんがうなずく。
それから、帝國兵に聞こえないように、小聲で、
「その後は、どうされますか?」
「帝國の兵を、魔王領が処分したと言われても困る。帝國の者たちは、行方不明の兵を探しにこちらに來ると言っておったからな。彼らが來たら、こやつを引き渡すのがいいじゃろう」
「承知いたしました」
「それまでは我らが、この者から話を聞くといたしましょう」
宰相さんと將軍が、衛兵隊長の方に歩き出す。
俺はアグニスに『トラップクッション』の解除方法を伝える。アグニスはうなずいて、將軍の方に歩き出す。これで衛兵隊長も解放されるだろう。
「魔獣討伐は終わりじゃ。皆の者、ご苦労じゃった」
ルキエは兵士たちに向かって、そう言った。
「一旦、平地に戻り、今日はそこで野営とする。城から酒も持ってきてある。皆のもの、戦いのあとの宴(うたげ)じゃ。存分に楽しんでくれ」
「「「おおおおおおおっ!!」」」
その言葉に、兵士たちが歓聲を上げる。
それから俺たちは隊列を整え、野営地に向かって歩き出す。
その途中──ふと、ルキエが俺を呼び止めて、
「トールには話がある。あとで、余の天幕まで來るがよい」
「はい。陛下」
「メイベルも同行せよ。帝國とはお互い、々あったようじゃからな。話をするとしよう」
──そういうことに、なったのだった。
「面白い」「続きが気になる」と思ってくださったら、
ブックマークや、広告の下にある評価をよろしくお願いします!
更新のはげみになります!
【書籍化】隻眼・隻腕・隻腳の魔術師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔術の探求をしたいだけなのに~
---------- 書籍化決定!第1巻【10月8日(土)】発売! TOブックス公式HP他にて予約受付中です。 詳しくは作者マイページから『活動報告』をご確認下さい。 ---------- 【あらすじ】 剣術や弓術が重要視されるシルベ村に住む主人公エインズは、ただ一人魔法の可能性に心を惹かれていた。しかしシルベ村には魔法に関する豊富な知識や文化がなく、「こんな魔法があったらいいのに」と想像する毎日だった。 そんな中、シルベ村を襲撃される。その時に初めて見た敵の『魔法』は、自らの上に崩れ落ちる瓦礫の中でエインズを魅了し、心を奪った。焼野原にされたシルベ村から、隣のタス村の住民にただ一人の生き殘りとして救い出された。瓦礫から引き上げられたエインズは右腕に左腳を失い、加えて右目も失明してしまっていた。しかし身體欠陥を持ったエインズの興味関心は魔法だけだった。 タス村で2年過ごした時、村である事件が起き魔獣が跋扈する森に入ることとなった。そんな森の中でエインズの知らない魔術的要素を多く含んだ小屋を見つける。事件を無事解決し、小屋で魔術の探求を初めて2000年。魔術の探求に行き詰まり、外の世界に觸れるため森を出ると、魔神として崇められる存在になっていた。そんなことに気づかずエインズは自分の好きなままに外の世界で魔術の探求に勤しむのであった。 2021.12.22現在 月間総合ランキング2位 2021.12.24現在 月間総合ランキング1位
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