《【書籍版4巻7月8日発売】創造錬金師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-》第40話「幕間:帝國領での出來事(4)前編」

──十數日後、帝都にて──

「作戦は失敗した。あなたの仕事は終わりだ。バルガ・リーガス伯爵(はくしゃく)」

「──な!?」

ここは帝都にある、軍務大臣ザグランの屋敷(やしき)。

その一室で、ザグランはバルガ・リーガス伯爵と面會していた。

魔王領での『魔獣ガルガロッサ』討伐作戦を終え、ザグランは帝都に戻ってきた。

彼が屋敷に戻ると、バルガ・リーガス伯爵から、面會を求める書狀が屆いていた。

それでザグランは、彼を屋敷へと呼び出すことにしたのだった。

現れたバルガ・リーガスは貴族としての服と、華(はな)やかなマントをにつけている。

これから南方へ遠征に出かけるとは思えない姿だ。

彼は作戦が功し、その功績(こうせき)により、自分の南方行きも取り消しになると思っていたらしい。

作戦とはもちろん、トール・リーガスに書狀を渡し、狙(ねら)い通りの効果をおよぼすことだ。

もっとも、軍務大臣ザグランが考える『狙い』と、バルガ・リーガスが考える『狙い』は、まったく違うものだったのだけれど。

「あなたの仕事は、もうここにはない」

ザグランはあっさりと、事実をそのまま告げた。

「ご子息を帝國の意のままにかすことはできなかった。作戦は失敗だった。貴公はすみやかに、南方に向けて出発するがいい」

「ほ、本當にトールめは……わしの要求を斷ったというのですか」

「なぜ驚(おどろ)くのだ?」

「……なぜ、とは?」

「貴公(きこう)は、ご子息が自分の意のままにくと、本気で考えていたのか?」

「なにをおっしゃるのか、ザグランどの!」

バルガ・リーガスはんだ。

「そのために、わしは指示通りに書狀を書いたのではないですか!? トールめを、帝國の間者(スパイ)にするために……」

「違う。そうではないのだ」

軍務大臣ザグランは、首を橫に振った。

「あれは魔王領をかきすための策だ。今さらご子息が、あなたの意のままにくなどあり得ない」

「──え」

「以前、自分は言ったはずだ。『今さらご子息を利用しようなどと考えていないでしょうな』と。覚えていないのですか? バルガ・リーガス」

冷え切った聲が、屋敷の応接室に響いた。

「ご子息があなたの意のままにく確率など、皆無なのだ。だが、彼は魔王領のものたちに信頼されており、帝國に悪を持っている。だから彼が、実は帝國の手先であると、魔王領の者たちに勘違(かんちが)いさせる必要があったのだ。ご子息を、魔王領に居づらくするために」

「で、では、あの書狀は?」

「ご子息と魔王領の者たちの間を分斷するためのものだ」

「だ、だが! 書狀はトールの元に屆いたのでしょう!? なぜ、失敗などと……」

「トール・リーガスがあの書狀を、魔王領のものたちの前で読み上げさせたからだ」

「…………なん……だと」

バルガ・リーガス伯爵が絶句(ぜっく)した。

その気持ちはわかる。

ザグラン自も、トール・リーガスがそこまでするとは思っていなかった。

書狀には、彼の個人的な報が書かれている可能だってあった。

それを公開するなどと──魔王領の者を心から信じていなければできない。

彼は、魔王領の者たちが自分のだとでも思っているだろうか。

「まったく予想外だ。彼は魔王領のものたちを信じて、書狀を公開した。魔王領のものたちも、彼に信頼を返したのだからな」

ザグランは続ける。

「しかも彼は家の名を捨て、これからはトール・カナンと名乗ると宣言した。あれは決定的だった。家名を捨てて、魔王領の住人になると宣言されてしまったら、こちらからは手を出しにくくなる。しかも魔王領の者たちも、彼の新しい名前を認めてしまった。彼を、自分たちの仲間として」

「……ザグラン閣下(かっか)」

「なにかな。バルガ・リーガスどの」

「わしは、どうなるのですか……」

「予定通りだ。あなたには十人隊長として、南方の戦線に行っていただく」

「だが! わしは閣下の指示通りに!!」

「そうだ。あなたは指示された通りに書狀を書き、伯爵家の衛兵隊長に書狀をもたせて、トール・リーガスの元に運んだ」

軍務大臣ザグランはうなずいた。

「だが、自分は言っておいたはずだ。『この作戦がうまくいったら、あなたへの罰(ばつ)を軽減する』とね」

「──う」

「作戦は失敗したのだ。トール・リーガスを帝國の間者(スパイ)にすることはもちろん、魔王領をかきすことさえできなかった。自分とあなたは、一切の果を上げられなかったのだ。報酬(ほうしゅう)がないのは當然では?」

「失敗……では、我が伯爵家は?」

「爵位(しゃくい)がこれ以上、下がることはない。それは安心するといい」

「……おぉ」

「リーガス伯爵家は殘すことが決定している。魔王領にいるトール・リーガス……いや、トール・カナンを刺激(しげき)しないためにも」

その言葉に、バルガ・リーガスが直(こうちょく)した。

呼吸を止めて、信じられないものを見るように目を見開く。

「トール・カナン──名を変えたあの者を、刺激しない、ため?」

「そうだ。帰る場所が完全になくなってしまったら、彼は魔王領のために全力を盡くすしかない。貴公のご子息は有能なようなのでな。それは避けたいのだ。ならば、帝國に彼の戻る場所を殘しておくことで、彼の敵意を削(そ)ぐのが得策だろう」

「し、しかし! 伯爵家の當主は、このバルガ・リーガスで……」

「あなたの役目は書狀を書いた時點で終わっている」

軍務大臣ザグランは吐き捨てた。

「その功績(こうせき)によって、家は殘す」

「わ、わしがなにをしたと──!?」

「貴公はご子息をののしって追放することで、魔王領に敵を作った。火炎將軍に妙な謀(いんぼう)を持ちかけることで、敵を増やした」

「…………う」

「あの強力な魔王領に、帝國の敵を作った罪は大きい。本來ならリーガス伯爵家は、取りつぶしても構わないのだ。あなたが伯爵のままでいられるのは、ご子息のおかげと思うがいい」

「……あの者のおかげで……わしが……そんな」

「貴公(きこう)は自分が追放したご子息のおかげで、名前だけでも伯爵でいられるのだ。それがわかったら、南方へと出発されるがいい。迎えの馬車は、もう來ている」

「あ、あああああああっ!!」

バルガ・リーガスは床を叩いてび出す。

その彼を、ザグランの配下が連れ出していく。

外には馬車が待っているはずだ。

これからバルガ・リーガスは、南方派遣部隊の集合場所へと送られることになる。

彼の行き先は南方の戦場だ。み通り、十人隊長の地位を用意した。

バルガ・リーガスは剣技が使える。戦場では、それなりの戦果を立てることができるだろう。

「彼に、兵を率いることができればの話だがな。バルガ・リーガスに人があることを祈るとしよう……」

そう言って、軍務大臣ザグランは椅子に座り込んだ。

「……いや、自分もあの者を笑えないか。魔王領に帝國の強さを見せるという作戦は、見事に失敗したのだ。その上、魔王領の兵たちに救われるという失態(しったい)をさらした。皇殿下の初めての遠征を勝利で飾(かざ)ることができなかった……」

「閣下……」

聲がした。

短いノックの後でドアが開き、室に彼の副って來る。

「宮廷の高會議より、2時間後に出頭するようにとの連絡がっております」

「ああ、ご苦労」

「それと、バルガ・リーガス伯爵は大丈夫でしょうか? 最後まで……なにかんでいたようですが」

びだしたくなるのはわかる。彼は、プライドの高い貴族だ」

ザグランは自嘲(じちょう)するような笑みを浮かべた。

「自らが追放した息子のおかげで家が保たれるなどというのは、耐えがたい屈辱(くつじょく)なのだろう。かといって、先祖代々続く家を、彼の代で潰すわけにもいかない。そのジレンマに苦しんでいるのだろうよ」

「歴史ある家だというのに、あっけないものですね……」

「消えた貴族家など、帝國の歴史上いくらでもある。さて……自分もくとしよう」

軍務大臣ザグランは立ち上がる。

片眼鏡(モノクル)をつけて、マントを羽織り、皇帝の前に出るための裝束(しょうぞく)をまとう。

「宮廷での高會議に向かう。馬車を用意してくれ」

「は、はい。閣下」

「私のことは心配しなくともよい。今回は減給程度で済むだろう。魔王領に救われたとはいえ、魔獣(まじゅう)を討伐したことには変わりない。それに、魔王領の能力を確認することもできたのだ」

「承知(しょうち)しております」

「わかったことはいくつかある。魔王領が使う魔はおそろしく威力が強く、程が長いということ。なにより重要なのは、彼らはその力を帝國には向けなかったということだ」

ザグランは廊下を歩きながら、早口でつぶやく。

「魔王領は我が帝國に敵対するつもりはないようだ。だが、警戒をゆるめるわけにはいかない。あちらには強大な魔があり、得の知れない錬金師がいる。その錬金師はトール・カナンと同一人かもしれないが……いずれにせよ、新たな対策が必要だろう」

「では……閣下」

「高會議で、新たな作戦を提案するつもりだ」

ザグランと副は屋敷を出る。

門の前には、帝國の紋章が刻まれた馬車が待っている。

帝國の高のみが使うことを許されたものだ。馬車の行く先は皇宮。そこで皇帝陛下と、帝國の高たちが待っている。

今回の作戦についてねちっこく聞かれることを覚悟しながら、軍務大臣ザグランは次の策を考える。

リアナはまだ長途中だ。

聖剣の力を完全に使いこなせるようになるまで、これ以上の失敗をさせるわけにはいかない。

また、魔王領にこれ以上、聖剣を見せるのは得策ではない。

もっと別の形で、こちらの力を見せるべきだろう。

すると、これから取るべき作戦は──

「間もなく到著します。閣下」

やがて、宮廷が見えてくる。

窓の外を見て、衛兵との距離を確認したザグランは、一言、

「……指示がある」

側に控える副に、短い言葉を投げた。

「うけたまわります。閣下」

「皇帝陛下の許可が得られ次第──『例の皇族』を使うことになるかもしれない。かせそうな方を、リストアップしておけ」

「……承知いたしました」

「……リーガス伯爵を笑えないな。次に大きな失敗をしたら、自分も軍務大臣ではいられないだろう。もう失敗はできない」

軍務大臣ザグランは苦笑いした。

「自分はリアナ殿下の教育係として、時間と金を投資(とうし)しているのだ。それを無駄にしてたまるものか。名譽回復のためにも、新たな策を考えなければなるまい」

「……はい、閣下」

「魔王領の力を知ってしまった高たちは、あの地を放置できないはずだ。必ずなにか手を打つだろう。そこに自分が安全策を提案すれば乗ってくる。となると、できるだけ失敗の可能の低い作戦を──」

外に聞こえないほどの小聲。

談を疑われないほどの、短い時間。

會話を終えて、軍務大臣ザグランは馬車を降りた。

數時間後、ドルガリア帝國の高會議では、次のことが決定していた。

・軍務大臣ザグランに対する減給(げんきゅう)処分。

(ただしザグランは魔王領に対し、皇を救われたことへの謝禮を私財から出している。その分は、減給分と相殺(そうさい)することとする)

・第3皇リアナは1ヶ月の間、帝都の外へ出ることをじる。

その間、『聖剣の姫君』としての修練(しゅうれん)を積むこと。

・魔王領を図に乗せないための作戦の実行。

これは軍務大臣ザグランと、高會議が選んだ人の合議によって、作戦案を立案する。

・魔王領の近くにある町に、見張り塔を作り、城壁を増築する。

それらの手配はすべて、軍務大臣ザグランが行うこと。

「我が帝國から、魔王領に攻撃を仕掛けることはない。されど、警戒をおこたるわけにはいかぬ。軍務大臣ザグランには、すみやかなる作戦の立案をむ。場合によっては、皇族を參加させることも許可する」

──それが、帝國の高會議の結論だった。

「……この程度で済みましたか」

會議を終えた軍務大臣ザグランは肩を落とし、ため息をついた。

正直、降格や解任も覚悟していた。

だが、派遣した兵団に死者を出さなかったことが、評価されたらしい。

魔王領が公式に『魔獣ガルガロッサの討伐功は、魔王領と帝國の共同作戦の結果である』と認めたことも大きい。

最強である帝國の兵団と、聖剣の姫君は、なくとも魔獣に敗北はしていない。

敗北していないのだから、作戦に參加したものを、処分する理由もないのだ。

「自分は……魔王領に助けられたというわけですか……」

ぎりり、と軍務大臣ザグランは歯がみする。

今ごろ魔王とその仲間たちは、笑っているかもしれない。帝國、恐るるに足らず、と。

そんなことを許すわけにはいかない。

なんとしても、帝國の強さを見せつける必要があるのだ。

だが、次の作戦にザグランは參加できない。

彼自の手で名譽(めいよ)を挽回(ばんかい)できないのは殘念だが、仕方ない。軍務大臣である自分もまた、帝國のための良き道のひとつ──そう考えて、ザグランは迎えの馬車に乗り込んだ。

「いずれにせよ、魔王領は手強い。彼らに敵対することなく帝國の権威を維持し、國の守りを固めねばならない。それを理解できるものが、作戦擔當になればよいのだが……」

屋敷に向かいながら、軍務大臣ザグランは、そんなことをつぶやいたのだった。

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