《【書籍版4巻7月8日発売】創造錬金師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-》第41話「幕間:帝國領での出來事(4)後編」
──リアナ皇視點──
第3皇リアナは帝都に戻ったあと、聖剣を寶庫に返還(へんかん)した。
聖剣は帝國の『力の象徴』であり、彼の所有ではない。
使い終わったら正規の手続きを踏んで、元に戻さなければいけないのだ。
「勇者時代の聖剣、謹(つつし)んでお返しいたします」
慣例で定められた言葉を伝えてから、リアナは擔當者に聖剣を渡した。
「──勇者に恥じぬよう、勇気ある戦いをしましたか?」
「──効率的なレベルアップを行いましたか?」
「──仲間を勝利に導くことができましたか?」
擔當者の問いに、リアナは「はい」「はい」「敗北はしませんでした」と答えた。
擔當者はうなずき、聖剣を捧げ持つ。
これから聖剣は清められ、箱の中に収められることになる。
保管庫の者たちに一禮して、リアナは寶庫を出た。
(……わたくしは、失敗をしたのですね)
リアナはそのまま、足早に正門へと向かう。
周囲の人々の視線と、誰かに失敗をなじられるのが怖かったからだ。
『魔獣ガルガロッサ』討伐作戦の指揮は、軍務大臣のザグランだった。
だが、名目上のトップは、第3皇であるリアナだ。
功の功績(こうせき)が彼のものであるように、失敗の責任も彼にある。
今回の魔獣討伐(まじゅうとうばつ)で、リアナは大きな失敗をした。
ひとつは『魔獣ガルガロッサ』の腹の下にいた、伏兵の小蜘蛛に気づかなかったこと。
そして、小蜘蛛を倒すために、聖剣の『の刃』を消耗(しょうもう)させてしまったことだ。
そのため、リアナは小蜘蛛の群れに襲われ、兵士たちの陣形も崩壊(ほうかい)した。
結局、リアナたちは、魔王領の兵団に救われることになった。
帝國がんだ『自國の強さを魔王領に見せつける』という計畫は失敗に終わってしまったのだ。
(わたくしへの処分が、帝都での謹慎(きんしん)で済んだのはザグランのおかげです。やはり爺(じい)は頼りになりますね……)
ザグランがいてくれたおかげで、今回の魔獣討伐は『帝國と魔王領がともに勝利した』ということになった。
帝國は、敗北していないことになった。
リアナへの罰(ばつ)も公(おおやけ)にはせず、軽いもので済むことになったのだった。
(やはりザグランの言うことに従っていれば間違いはないですね)
そう考えて、リアナは力強くうなずいた。
彼の立場を守るために、ザグランは魔王領の者たちと渉して、謝狀の他に自分の私財まで差し出している。彼の判斷力と忠誠心はすばらしいものだ。
ザグランがいれば、魔王領への対策も問題ない。
これからもザグラン爺(じい)に従い、協力しよう──その思いを強くするリアナだった。
(ただ……気になるのは『流れ者の錬金師(れんきんじゅつし)』のことですね)
リアナの魔法剣を修復(しゅうふく)した『流れ者の錬金師』は、魔王領にいる可能が高い。
それは魔王、ルキエ・エヴァーガルドの言葉からもあきらかだ。
魔王は『魔獣ガルガロッサ』を倒したあとで、こんなことを言っていた──
──魔獣を倒したあの力は『錬金師の力を借りただけ』だと。
──その錬金師は『魔王領に流れ著いたようなもの』だと。
そして『その錬金師を紹介してしい』と願い出たリアナに、魔王は言った。
『そなたには渡さぬ』『あの者は余が幸せにする』と。
(魔王がそれほど、人間に執著(しゅうちゃく)するなんて……)
その錬金師は、魔王さえも魅了(みりょう)するほどの能力を持っているのだろうか。
魔王とその錬金師の間に、なにがあったのだろう。
興味はある。その錬金師のことが、ますますしくなる。
だが、今のリアナには、なにもできない。
魔王との會談のあと、リアナはザグランにきつい叱責(しっせき)をけたのだ。
余計なことを言うべきではない。自分が兵団の代表者であることの自覚を持つべきだ、と。
そして、あの錬金師については、軍務大臣ザグランが判斷すると。
あの時、ザグランは激怒していた。リアナが青ざめて、震え出すほど。
思わず彼は──自分がくて未(みじゅく)だったころ、ザグランを何度も怒らせていたときのことを思い出してしまった。
泣き出さずに済んだのは、天幕(テント)の外に護衛の兵士がいたからだ。
(あの錬金師のことは……今は忘れましょう)
リアナはため息をついた。
(自分はまだまだ、帝國の皇としての覚悟が足りないようです。早く、ザグランに認めてもらうほどの者にならなければ……)
そんなことを考えながら、リアナは宮廷前に待たせていた馬車に乗った。
向かう先は帝都の片隅(かたすみ)にある、一部の者しかることを許されない離宮(りきゅう)。
リアナの家族が住んでいる場所だった。
リアナが離宮に到著したのは夕方だった。
面會を求めると、リアナは中庭に案された。
近づくとその人は椅子に座ったまま、リアナに気づいて、笑った。
「おかえりなさい。リアナ」
「無事に帝都に戻ってまいりました。ソフィア姉さま」
ドレスの裾(すそ)をつまんで、リアナは姫君としての正式な禮をする。
それを見て、リアナにそっくりな──ソフィアは、やさしい笑みを浮かべた。
「ていねいなご挨拶(あいさつ)、いたみいります。『聖剣の姫君』」
「やめてください。ソフィア姉さまに、その名で呼ばれるのは恥ずかしいです……」
リアナはそう言って、姉の隣にある椅子に腰掛ける。
姉の耳に(くちびる)を近づけて、聲をひそめて──
「それに、私の魔力は姉さまには敵いません。調の問題さえなければ、姉さまだって『聖剣の姫君』になれるのに。もしかしたら、わたくしよりも強いかも……」
「力も強さのひとつですよ。リアナ」
ソフィアは困ったような顔で、そう言った。
「それに、仮の話をしても仕方ありませんよ。今の私は、兵団についていくだけで力を使い果たしてしまうのですから」
「ついていくことができれば、姉さまの『の魔』は強力でしょう?」
リアナは子どもっぽい表で、笑う。
「姉さまが一緒だったら、魔王領におくれを取ることも──いえ、ごめんなさい」
「リアナ?」
「今回の魔獣討伐(まじゅうとうばつ)については、まだ公表できないのです。ザグラン爺(じい)の許しがないので……ごめんなさい、姉さま」
「リアナが無事に戻ってくれば、私はなにも言いません。でも……」
ソフィアは手を振って、側に控えるメイドを下がらせる。
それから呪文を唱え、周囲に──る壁を生み出す。
壁は薄くりながら、リアナとソフィアを包み込んでいる。
「ソフィア姉さま。こんなことで魔を使っては……」
「これくらいなら平気よ。リアナ」
「無理しないで、姉さま。お熱は……ほら、やっぱり額が熱くなってる」
「私はできそこないの皇ですものね。それより、リアナ、よく聞きなさい」
「は、はい。姉さま」
「このの壁は、聲が外に(も)れるのを防いでくれるはず。しだけ、緒話(ないしょばなし)をしましょう」
ソフィアは短いプラチナブロンドを揺らし、同じ顔の妹姫に語りかける。
リアナとソフィアの容姿(ようし)は、ほとんど変わらない。
違うのは髪の長さくらいだ。リアナは背中までびる長い髪だが、ソフィアは肩のあたりで切りそろえている。
その方が、手れをするのに楽だからだ。
リアナには、十名を超える側仕えがいるが、ソフィアにはひとりしかいない。
その者の仕事がしでも楽になるように、ソフィアは気を遣(つか)っているのだった。
「リアナ。あなたの雙子の姉として、忠告します」
の壁の中で、それでも聲をひそめて、ソフィア皇は言った。
「ザグランの考え方に染まりすぎるのは危険です。あの者の言葉だけに頼らないように、気をつけなさい」
「で、でも、ザグランはいころから、わたくしの教育係で……」
「わかっています。けれど、あの人は人を使えるか使えないかでしか考えない。有能なのは認めます。けれど、あの人の考え方にリアナが染まってしまうのは……」
「もしかして姉さまは、今の待遇(たいぐう)が不満なの?」
「……え?」
「『の魔』が使えるのに、こんな離宮に閉じ込められているんですものね。でしたら、わたくしからザグランに言って、もっといい扱いをしてくれるように──」
「絶対にやめなさい!」
ソフィア皇は聲をあげた。
「私はこれでいいのです。今のままで、十分なの」
「……ソフィア姉さま」
「私は、休み休みでなければ行軍についていけない。基礎的な力が弱いせいで、武を持つこともできない。魔を使って戦ったあとは、3日は寢込んでしまう。勇者をあがめる帝國の姫君として、扱いづらい存在であることは自覚しています」
「でも、姉さまには『の魔』が……」
「ええ。それがなければ、他國に人質として出されるか……政略結婚でもしていたでしょうね」
妹の言葉にうなずく、ソフィア皇。
「勇者も使っていたという『の魔』を扱えるからこそ、私はまだ皇として帝國にいられる。こうやってリアナにも會える。ですから私は、現在の待遇(たいぐう)にはまったく不満はないのですよ」
「それでは駄目なのです。ソフィア姉さま!」
リアナは首を橫に振った。
「わたくしは、姉さまにもっといい生活をしてしいのです。わたくしと同じお屋敷で、多くの者の敬意をけるべきなのです。わたくしがいずれ、それを実現してみせます。そのためにわたくしは『聖剣の姫君』として戦っているのですから」
「……リアナ」
「でも今回、わたくしはちょっとした失敗をしてしまったけれど、ザグランはかばってくれました。だから、姉さまのことだって、ちゃんと話せば──」
やがて、の壁が消える。
リアナはまだ話を続けようとしたけれど、ソフィアがそれを止めた。
リアナ・ドルガリアとソフィア・ドルガリアは、雙子の姉妹だ。
姉は魔を、妹は剣を得意としている。
だが、ソフィアは力がないため、前線に立っての戦闘はできない。
貴重な『の魔』の使い手ではあるが、魔を使ったあとは調を崩(くず)してしまう。數日寢込むことも、戦闘中に倒れることもある。
ソフィアの力を活用するには、大量の回復薬(ポーション)や、多數の治癒師(ちゆじゅつし)を用意するしかないが、それではコストがかかりすぎる。
そこまでして彼を使う理由は──今のところ、帝國にはない。
だからソフィアは、実戦には向かない。
それでも彼が使う『の魔』は貴重だ。
研究したいという者もいるし、帝都に強敵がやってきたときに、切り札とすることもできる。
戦うことはできなくとも、の魔力で聖剣を発することもできる。
『聖剣の姫君』の代理として、兵の士気を上げることも可能だ。
だからソフィアは「いつか使えるかもしれない人材」として、帝都の片隅の離宮で暮らしているのだった。
「難しいお話はここまでにしましょう。次はあなたの旅のお話を聞かせてください」
ソフィア皇は手を挙げて、世話役のメイドを呼んだ。
お茶を淹れ直してもらいながら、リアナに向かって訊(たず)ねる。
「リアナ。魔王領に行くまで、どんなことがありましたか? 魔獣討伐(まじゅうとうばつ)の話はできなくても、それくらいは構わないでしょう?」
「は、はい。ソフィア姉さま。まずは最初の宿泊地ですが──」
皇リアナは話し始める。
同じ帝都にいながら、二人が顔を合わせることはない。
リアナには聖剣の姫君としての仕事があるからだ。
ソフィアの方も、よりよく魔を使うための訓練を繰り返している。
ふたりが會えるのは、父である皇帝や、リアナの指導者であるザグランが許したときだけだった。
「本當は、魔王領でのことも、姉さまにお話したいのですけど」
「そうなのですか?」
「はい。あちらでは思いもよらないものを見たのです。世界観が変わってしまうほどの力も」
「では、それは次回の楽しみにしておきますね」
「……はい。ソフィア姉さま」
1時間弱のお茶會のあと、リアナは姉のいる離宮を出た。
彼はしばらく、魔獣討伐に関わる処理と、皇帝や高への報告の仕事が続く。
さらに兵の再訓練もある。
次に姉に會えるのはかなり先になるはず──そう思いながら、リアナは馬車に乗り込んだ。
それから數日後。
リアナは、姉のソフィアがかに、軍務大臣ザグランと共に宮廷にったという噂(うわさ)を聞くことになるのだった。
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