《【書籍版4巻7月8日発売】創造錬金師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-》第42話「ライゼンガ將軍の屋敷を訪ねる」
──トール視點──
『魔獣ガルガロッサ』の討伐を終えた次の日──
「トールよ。お主に『錬金(れんきんじゅつ)許可証』を渡しておく」
ルキエは俺に、彼のサインがった羊皮紙(ようひし)を差し出した。
羊皮紙には『魔王ルキエ・エヴァーガルドの名において、魔王領すべての場所において、錬金師トール・カナンの錬金の使用を許可する』──と、書いてある。
これは、俺が魔王領のどこでも、錬金をやっていいというおすみつきだ。
略式だけど、魔王の紋章(もんしょう)まで描かれてる。すごい。
「これは仮のものじゃが、使ってくれ」
ルキエは許可証のできばえに、満足そうにうなずいてる。
「正式なものは、魔王城に戻ったあとに作し、屆けることとする」
「ありがとうございます。陛下!」
俺はルキエの前に膝(ひざ)をつき、一禮した。
まさか、お願いした次の日に渡してくれるとは思わなかった。
本當にすごいな。ルキエは。
「ただ、その許可証について、ケルヴからお願いがあるそうじゃ」
「はい。トールどの」
ルキエの言葉に続いて、宰相ケルヴさんが前に出た。
「これは宰相(さいしょう)としてのお願いなのですが、錬金で作ったアイテムを多くの人に広める場合は、前もって許可を取っていただきたいのです」
「許可を、ですか?」
「もちろん、ひとりかふたりに渡すくらいなら構いません」
宰相ケルヴさんはうなずいた。
「ただ、トールどののアイテムを多くの人に広めて、普及させてしまうと、魔王領全に大きな影響が出る可能があります。ですから、そういうことをする時は、前もって許可を取っていただければと」
「わかりました。宰相さまのご判斷に従います」
むやみに勇者世界のマジックアイテムを普及させると、大変なことになりそうだから。
「そんなわけで『マジックアイテム普及申請書』を用意いたしました」
宰相さんが合図すると、お付きの兵士が、羊皮紙の束を持ってくる。
これが『マジックアイテム普及申請書』らしい。
表面にはマジックアイテムの名前と能力、それに渡したい相手を書く欄(らん)がある。
アイテムを広めたいときは、これに必要事項を書けばいいらしい。
「項目をすべて埋めて、魔王城に送ればいいのですか?」
「そうです。その後、私と陛下がチェックして、トールどのに送り返します。アイテムを広めるのは、それからにしてください」
「わかりました」
さらに、宰相さんは説明を続ける。
書類に記したら、ライゼンガ將軍か、その家臣に渡せばいいらしい。
そうしたら、魔王城に屆けてくれる手はずになっているそうだ。
「わからないことがあったらライゼンガに聞くがよい」
『マジックアイテム普及申請書』をけ取った俺に、ルキエが言った。
「もちろん、魔王城に書狀で問い合わせても構わぬ。その申請書に一筆添えておけばよい。そうすれば、余のところにも屆くゆえな。そうじゃな、ケルヴ?」
「はい。陛下」
ケルヴさんがうなずいた。
「とにかく、こまめに連絡を取っていただけると助かります。なにか確認することがあったら、私もトールどのの元にうかがいますので。とにかく、連絡と報告をしっかりと」
「わかりました。陛下。宰相さまも、ありがとうございます」
俺はルキエと宰相ケルヴさんに頭を下げた。
「々とお気遣いをいただき、謝しています。俺は將軍の領土でいろいろなものを見て、経験して、得られたものを魔王城へと持ち帰りたいと思います」
「真面目じゃな、トールは」
「そうですか?」
「今回のこれは、余がお主に與える休暇でもある。お主は今回の魔獣討伐で、大変大きな功績を殘してくれた。できる限りの報酬(ほうしゅう)をやらねば、余の名がすたるからの」
仮面をつけたまま、ルキエは口元だけで笑ってみせた。
「だから、ライゼンガ領での休暇と旅を、ぞんぶんに楽しむがいい。もちろん、その経験を錬金に活かすのは、いっこうに構わぬがな」
「ありがとうございます。陛下」
俺はまた、ルキエに一禮した。
それから宰相ケルヴさんの方を向いて、
「宰相閣下も、申請書をありがとうございました」
「は、はい。ほどほどに活用してください」
「一晩で20枚も準備してくださるのは大変だったと思います。ぜひ、そのご期待に添えるよう、せいいっぱい錬金の研究を進めていきたいと思っております」
「多めに渡したのですからね! 使い切らなくてもいいのですよ!?」
「……承知しております」
半分程度に抑えておこう。
將軍の領土から魔王城に書狀を送るのも大変だからね。
それから、しばらく話をしていると、出発の時刻になった。
魔王領の兵団が隊列を組みはじめ、ルキエが乗り込む馬車のドアが開く。
「ライゼンガ、アグニス、メイベルよ。トールのことをよろしく頼むぞ」
ルキエは3人の方を見て、そう言った。
「トールに魔王城の外のことを、いろいろと教えてやってくれ。余(よ)は魔王領の者すべてが、トールを賓客(ひんきゃく)として遇(ぐう)することをんでおるぞ」
その言葉に、ライゼンガ將軍とアグニス、メイベルが頭を下げる。
俺も、魔王城の外で暮らすのは初めてだから不安はあるけど……メイベルとライゼンガ將軍とアグニスがいてくれれば、大丈夫だと思う。
それに、俺もすぐに領をうろうろするわけじゃない。
將軍の館に著いたらすぐに、作ってみたいものがあるんだ。
「それでは皆の者。達者(たっしゃ)でな」
「はい。陛下も道中、お気を付けください」
俺とメイベル、アグニス、ライゼンガ將軍──それに將軍の配下の兵士たちが見守る中で、ルキエを乗せた馬車と魔王領の兵団は出発した。
その隊列が見えなくなるまで、俺たちは見送っていたのだった。
「ではトールどの。わが屋敷に參りましょう!」
ルキエの馬車が見えなくなったあと、ライゼンガ將軍は言った。
「屋敷(やしき)に著いたらまずは食事を……いや、トールどのなら、領の地図をお見せした方がいいだろうか? それとも、今後開発される鉱山(こうざん)の図面などを……」
「お父さま。そんなにいっぺんに話しては、トールどのがとまどってしまうので……」
「お、おお。そうだな」
アグニスに言われて、ライゼンガ將軍は照れたように頭を掻(か)いた。
「屋敷に友人を迎えるのはめったにないことなのでな。つい、はしゃいでしまったようだ。申し訳ない」
「いえ、気にしないでください」
「そうはいかぬ。トールどのも、我に言いたいことがあったら言ってくれ。願い事でも、しいものでも構わぬ。遠慮はいらぬぞ」
「……そうですね」
そういえば、ひとつ確認したいことがあった。
錬金の研究に関係することだから、早めに話をしておいた方がいいかな。
「実は、將軍にうかがいたいことがあるのです。ちょっと面倒な話なんですけど」
「長い話になるのだろうか?」
「しだけ」
「では、屋敷に戻ってからうかがうとしよう。すぐに著くのだ。落ち著いた場所で話した方がよかろう」
將軍は豪快(ごうかい)に笑って、そう言った。
「面倒な話は食事や酒と一緒に、と、相場が決まっておるからな。さぁ、參るとしよう」
そんなわけで、俺とメイベルは將軍と一緒に、屋敷に向かうことにしたのだった。
「將軍のお知り合いに、屬の攻撃スキルを持つ方はおられますか?」
ここは、ライゼンガ將軍の屋敷。
熱々のお茶を飲みながら、俺はライゼンガ將軍に訊(たず)ねていた。
テーブルの上には、將軍が準備してくれた料理が並んでいる。
焼きや、ぐつぐつと音を立てるスープ。
火炎巨人(イフリート)のを引く將軍の屋敷だけあって、熱い料理が多いみたいだ。
味しいけど、俺もメイベルも汗だくだ。
領地にいるうちに、『風の魔織布(ましょくふ)』の服と下著を作った方がいいな。
あの布なら通気もいいし、汗もすぐに乾くから。
「これから始める錬金の研究には、屬の攻撃が関係してくるんです」
俺は話を続けた。
「屬による攻撃魔がましいですけれど、武の強化能力でも構いません。そういう方がいらっしゃったら、研究を手伝ってしいのです」
「屬による攻撃か……」
將軍は腕組みをして、難しい顔になってる。
「いるかもしれぬが……トールどの、どうして屬なのだ?」
「帝國の聖剣について研究するためです」
姿勢を正し、俺は將軍に向かって言った。
「將軍もご覧になりましたよね? 帝國の皇(おうじょ)が使った、聖剣と『の刃』を」
「うむ。あれはすごいものだった」
將軍はなにかを思い出すかのように、うなずいた。
「我はトールどのよりも近くで見たから、よくわかる。聖剣は巨大なの刃を生み出し、『魔獣ガルガロッサ』の配下の小蜘蛛(こぐも)を、次々に切り倒していた。蜘蛛(くも)たちの糸も、あの刃を絡め取ることはできなかった。正直、あの聖剣とは戦いたくないと思ったよ」
「お気持ちはわかります」
俺はうなずいた。
「あの『の刃』は高威力な上に、持続時間も長そうですからね……」
たぶんあの聖剣は、使用者のの魔力によって『の刃』を生み出している。
皇は長さ十數メートルの刃を生み出していたけれど、出力調整もできるはずだ。
もっと短い刃にすれば、さらに長時間『の刃』を使えたかもしれない。
皇が小蜘蛛におどろいて出力全開にしてしまったのか、彼が調整できないのかはわからない。
どっちにしてもかなり強い能力だ。
「將軍閣下(しょうぐんかっか)は、十メートルを超える『の刃』がいきなり飛び出す聖剣と、斬り合うことができますか?」
「無理だ。間合いが読めぬ」
「ですよね……」
「そのこだわりようを見ると、トールどのは、聖剣のようなものを作りたいのだろうか?」
「作りたいとは思っています。でも、今の俺には無理です」
それにはもっと『通販カタログ』の異世界アイテムを研究する必要がある。
他にも、各屬の魔力を研究して、効率的な運用方法を発見しないと。
まだまだ、先は長いんだ。
「だからその前に『の刃』を防ぐためのアイテムが作れるかどうか、研究してみたいんです」
「そのために屬の攻撃が必要ということか」
將軍は「なるほど」と、うなずいた。
わかってくれたみたいだ。
「はい。屬の攻撃魔が防げないようじゃ、『の刃』を防ぐなんて無理ですから。まずは弱めの『の攻撃魔』に対抗する実験をしてみて、それから、聖剣を超える方法を考えてみようと思ってます」
俺が作りたいのは、聖剣を超える魔剣だ。
そのためには、まずは聖剣の攻撃を防ぐことから始めようと思ってる。
異世界の『通販カタログ』なら、に対抗するアイテムくらいあるだろうから。
「研究熱心なのだな。トールどのは」
ライゼンガ將軍は苦笑いした。
「陛下は貴公に休暇(きゅうか)を與えたのだぞ? もっとのんびりすればよいのに」
「わかってます。でも、聖剣のイメージが頭に殘ってるうちに、研究をはじめたくて……」
「謝ることはないよ。貴公のそういうところを、我は評価しているのだから。なぁ、アグニス」
「は、はい。お父さま!?」
俺の隣で食事をしていたアグニスが、張した聲をあげる。
もちろん、鎧(よろい)は著ていない。
彼が著ているのは、赤を基調にしたドレスだ。よく似合ってる。かわいい。
「は、はい。聞いておりました。屬についてですよね?」
「そうなんです。アグニスさまは、の攻撃魔を使える人に心當たりはないですか?」
「そうですね……」
アグニスは赤の髪を揺らして、し考えてから、
「魔王領は全的にの魔力が弱いので、の攻撃魔を使える人は……うーん。どこかにいるとは思うので……調べてみますね」
「急がなくていいですよ。実験をするのは、屬に対する防アイテムを作ってからになりますから」
「トールさまは、いつからアイテム製作を始められるのですか?」
「今日か明日くらいには取りかかる予定ではいますけど」
「では、アグニスもすぐに、知り合いを當たってみますので」
アグニスは俺の方を見て、そう言った。
「うちの領土の森の中には、珍しい種族の者もおります。もしかしたら……屬の魔を使える者も……いるかもしれないです」
「すいません。お願いします」
「い、いえ。トールさまには、お世話になりましたので」
そう言ってアグニスは目を閉じて、元の『健康増進ペンダント』を握りしめた。
ペンダントのが、彼の指の隙間からあふれ出してる。
もちろん、アグニスからは炎は出ない。きれいなドレスが燃えることもない。
「『健康増進ペンダント』は問題なく作してるみたいで、よかったです」
「は、はい。トールさまのおかげで、かわいい服も著られるようになりました」
アグニスはドレスのスカートを、軽くつまんでみせた。
「もう、アグニスの意思に反して炎が出ることはない、です。安心して服を著ていられます」
それから、アグニスは壁際に立っている給仕役の人や、メイドさんを見て、
「……でも、まわりの人たちは、まだ心配してるみたいです……」
「鎧(よろい)を著ていないアグニスを見ると、落ち著かぬ者もいるようなのだ」
アグニスの言葉を、ライゼンガ將軍が引き継いだ。
「我もアグニスも、トールどのの『健康増進ペンダント』の効果を疑ってはおらぬ。だが、他の者はそうではない。アグニスが普通の服を著ていると、おどろいてとまどう者もおるのだよ」
「アグニスさんの炎を恐れて、ということですか?」
「いや、火炎巨人(イフリート)の眷屬は炎に耐を持つ。炎を恐れる者はおらぬ。そうではなくて、アグニスの服が燃えてしまうのではないかと、ハラハラしているのだ」
「……アグニスが子どもの頃、よく、そういうことがありましたので」
アグニスは困ったような顔で、そんなことを言った。
「屋敷のみんなは……そのときのことを覚えているのだと思います」
「我が眷屬(けんぞく)はみな、家族のようなものだからな。昔のことも知っておるのだ」
「なるほど。わかりました」
「まぁ、時が経てば皆も落ち著くだろう。トールどのが気にすることはないよ」
「いえ。これも『ユーザーサポート』のうちですから」
それに、準備もしてある。
「それじゃメイベル。例のおみやげを出して」
「はい。トールさま」
俺の隣の席でメイベルが、メイド服のポケットから『超小型簡易倉庫』を取り出した。
「トールさま。これは個人的な譲渡(じょうと)になるのですか? それとも普及に?」
「大丈夫。どっちでもいいように、宰相さんに『マジックアイテム普及申請書』をもらったその場で、『地の魔織布』について書き込んで、サインをもらっておいたから」
俺は宰相さんのサインがった申請所を取り出した。
これをライゼンガ將軍の領土に広めることについては、すでに許可をもらってるんだ。
「許可をもらえなかったらおみやげにするつもりだったからね。問題ないよ」
「承知いたしました。それでは──」
しゅるん、と、メイベルは『収納(しゅうのう)』しておいたアイテムを取り出した。
幾重にも折りたたんだ、真っ白な布。
こんなこともあろうかと用意しておいた『地の魔織布(ましょくふ)』だ。
「トールさま……?」「トールどの、これは?」
「最近作った新素材の『魔織布(ましょくふ)』です」
「『魔織布』──天幕に使われていたあれか?」
「はい。あれは通気重視の『風の魔織布』と、中が確認できる『の魔織布』でした。これは耐火がある『地の魔織布』です」
「これをアグニスさまに差し上げることについては、陛下と宰相閣下(さいしょうかっか)の許可をいただいております」
メイベルは捧げ持った魔織布を、アグニスに向かって差し出す。
今回、將軍の領土に滯在することが決まったときに、あらかじめ準備しておいたんだ。
燃えにくい『地の魔織布』はアグニスの服にぴったりだから。
「また、余った分は、將軍の領土の方に使っていただくようにとのことです。火炎巨人(イフリート)の眷屬(けんぞく)の子どもたちで、炎をまだコントロールできない方に差し上げてください」
あらかじめ決めておいた口上を、メイベルは口にした。
でも、表は、いたずらっぽい笑みをうかべてる。
メイベルもアグニスの手助けができるのがうれしいみたいだ。なじみだからね。
「というわけです。しばらくお世話になりますから、おみやげとして持って來ました」
俺は、ぽかん、としてる將軍とアグニスに向けて、そう言った。
「あとで屋敷(やしき)の皆さんの前で、この『魔織布』に耐火があることを確認してもらうといいと思います。その後に、この『地の魔織布』でアグニスさんの服を作れば、みんな安心すると思います」
「トールさま……あなたさまは……そこまでしてくださるのですか……」
「これも『ユーザーサポート』のうちですから」
アグニスに『健康増進ペンダント』をあげたのは俺だ。
だから彼が鎧をいでも安心して生活ができるように、多のサポートをするべきだ。そう思ってる。
「……ありがとうございます。トールさま」
いきなりだった。
アグニスが席を立ち、俺の前に膝(ひざ)をついた。
「このご恩は忘れません。アグニス・フレイザッドは……トールさまのお役に立つように、一杯努力させていただきますので……」
「いえ、そこまでしなくても……」
「まずは、領で『の魔』を使える者を探してみせますので!」
「はい。よろしくお願いします」
『屬』対策は、魔剣作のための研究に必要だ。
そっちは遠慮(えんりょ)なくお願いしよう。
「我からも禮を言わせていただく。トールどの」
「將軍まで……いいですよ。これはただのおみやげなんですから」
「貴公の持って來るは予想外すぎるのだよ」
「俺はこれから、將軍の屋敷でお世話になるんですから」
俺はしばらくライゼンガ將軍の屋敷に住んで、魔王領を見て回ることになる。
アグニスに案を頼むことになるだろうし、將軍にだって、手を貸してもらうことになるかもしれない。
そうそう、鉱山の近くに、俺の工房と家を作ってもらうことになってるんだった。
今回の旅は、その下見も兼ねてるんだ。
「俺の方が、將軍にたくさんお世話になるんです。だから、これくらいさせてください」
「わかった」
ライゼンガ將軍はうなずいた。
「貴公のご厚意、ありがたく頂戴(ちょうだい)しよう」
「よかったです」
「屋敷の部屋も、トールどのが心おきなく錬金の作業ができるように、2階の隅の、一番広い部屋を用意してある。多大きな音を立てても大丈夫だ。屋敷の者には話をしてあるから、存分に作業をされるとよい」
「ありがとうございます。將軍閣下」
「メイベルどのはどうするのだ? アグニスの隣の部屋も空いておるが?」
「私はトールさまのメイドとして參っております」
メイベルは立ち上がり、メイド服のスカートをつまんで一禮した。
「可能なら、トールさまのお部屋に、一番近い部屋をお借りしたいと考えております」
「うむ。承知(しょうち)した」
「食事が終わるまでに、メイベルのお部屋も準備させますね」
話がまとまると、ライゼンガ將軍が手を叩いた。
給仕の者がやってきて、將軍のグラスに酒を注ぐ。
俺は酒は苦手なので、代わりにお茶をお願いする。
メイベルは仕事中なので、アグニスは俺たちに合わせてお茶にした。
それから、ライゼンガ將軍はグラスを掲(かか)げて、
「我が友、トール・カナンどのと、そのメイドであるメイベルどのの來訪を祝って、乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
それからしばらくの間、4人でお茶と雑談を楽しんで──
ほどよく時間が過ぎたころ、俺とメイベルは自室へと戻ったのだった。
──トールたちが、部屋に戻ったあと──
「アグニス。父はお前に謝らねばならぬことがある」
不意にグラスを置いて、ライゼンガがつぶやいた。
「父はお前のを応援することができぬかもしれない」
「い、いきなり、なにをおっしゃるのですか。お父さま!」
父が発した言葉に、アグニスは思わず聲をあげた。
けれど、ライゼンガは辛そうな顔で、
「詳しいことは言えぬがな。我は、一方的にお前の路だけを応援するわけにはいなくなったのだ。我は……魔王陛下に忠誠を誓ってしまったゆえな」
「陛下が?」
「だから詳しいことは言えぬのだ」
「もしや、魔王陛下もトールさまを」
「確信はないがそのようにじ……いや、だから言えぬと言っておるだろう?」
それは言っているのと同じじゃないかとアグニスは思う。
父が魔王ルキエ・エヴァーガルド陛下に『原初の炎の名にかけて』忠誠を誓ったことは、アグニスも知っている。
ということは、魔王陛下とトールの間に、なにかあったのだろう。
そしてアグニスもトールに『原初の炎の名にかけて』忠誠を誓っている。
もっとも、父の忠誠と、アグニスの忠誠はし違うのだけれど。
「お父さまが気に病むことでは……ないのです」
「……アグニス」
「あの……ですね。アグニスはトールさまに、このと魂を捧げてお仕えしたいと思っているだけなので」
「それは、トールどのをお慕いするのとは違うのか?」
ライゼンガは不思議そうにつぶやいた。
「お前は食事中も、トールどのの方をちらちらと見ていたではないか。我が聲をかけたら、びっくりするほどに。あれは張していただけではあるまい?」
「それは……自分でもよくわからない……ので」
顔が赤くなる。
元につけた『健康増進ペンダント』が反応しているのがわかる。
アグニスは思わず、トールとメイベルがいる部屋の方を見上げてしまう。
「アグニスはずっと、鎧(よろい)を著て、兜(よろい)の隙間から世界をながめてきました。だから、自分がトールさまをお慕(した)いする想いが、普通のの子が誰かをお慕いする想いと同じものなのか……よく……わからないので」
「そうなのか……?」
「たぶん……ですけど」
「すまぬな、アグニス……」
ライゼンガはため息をついた。
「お前の母が生きていれば、もっとちゃんと、お前の気持ちを理解してやれただろうに」
「お父さまは十分にアグニスを助けてくださっています」
アグニスは父をたしなめるように、
「それに、お母さまが生きていたら、アグニスの恩人であるトールさまをさらおうとしたお父さまを許さないと思います。おそらく5年は口をきいてくれなくなっていたかと……」
「それは困る! あやつにそんなことを言われたら、我は生きていけぬ!」
「だから……これでいいのです」
「し、しかし、お前はトールどのに『原初の炎の名にかけて』誓いを──」
「は、はい。それは本心からで、いつわりはひとかけらもないのです。でも、アグニスはトールさまから、々なものをいただいてばかりなので……」
アグニスは、ぽつり、とつぶやいた。
「とか……そういうことを考えるのは、いただいた以上のものを、トールさまにお返ししてからにしたいので。アグニスはもっと長して、トールさまに必要とされる者に、なりたいので……」
「……そうか」
「だから、今は、トールさまが領土にいらっしゃる間に、一杯お手伝いしたいのです」
アグニスはトールたちが置いていった『地の魔織布』を抱きしめた。
これから服に仕立てて著ることになる、耐火を持つ布だ。
トールはこんなものまで、あっさりと作ってしまう。
でも、トールはまだまだ満足していないようだ。
彼が作りたいのは、勇者の世界を超えるアイテムなのだろう。
トールはおそらく、ずっと先の世界を見ている。
アグニスは、それについていきたいと思う。
トールと同じものを見て、トールの手助けができるようになりたいのだ。
「だからアグニスは……まずはトールさまをお助けして……トールさまが目指しているものを、自分でも見てみたいのです。それが今の、アグニスの目標なので……」
「長したな、アグニス」
「はい。鎧(よろい)をげるようになって、が軽くなって……々なことを、考えるようになった……から」
「これもトールどののおかげか。妻が生きていたら、どれほど喜んだことか……」
「もう……お父さま」
「アグニスがそこまで考えているのであれば、我はもうなにも言わぬよ」
ライゼンガはそう言って、グラスの酒を飲み干した。
「我にできるのは……そうだな、酒の席でトールどのと話すくらいか。好みのについて聞くくらいは構うまい。闇夜のようなおだやかなと、炎のように熱的なとどちらが好──む? アグニス、なんで我をにらむのだ?
おや、『健康増進ペンダント』がっておるな。え? 余計な話はしないでしい? いや、でもなぁ。父親として娘の心配をするのは當たり前で……こら、なんで我の腕をつかむのだ!?
や、やめろアグニス。お前は『健康増進ペンダント』で強化しているのだ。父は抵抗ができ……あれ? どこにつれて行くのだ? え? 正座? じっくり話を? な、なんでそんな怖い顔をしているのだ。待て、アグニス、お、落ち著いて────」
トールが來てはじめての夜──
火炎將軍ライゼンガの屋敷に、親子ゲンカの聲が響き渡ったのだった。
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