《【書籍化】馴染彼のモラハラがひどいんで絶縁宣言してやった》報復のための下準備
2つめのレビューいただきました
うれしいです、ありがとうございます!
蓮池と雪代さんと俺の三人は、翌日の朝からさっそく練習を開始することにした。
朝のホームルームは八時三十五分からだから、その一時間前の七時半にグラウンドに集合することになっている。
そういえば、こんなふうに誰かと待ち合わせをするなんて初めてのことだ。
そもそも、小中高と學校に通ってきたのに、クラスメイトと學生らしい行を取ったことすら皆無だった。
花火に四六時中行を制限され、他の人と接點を持てなかったのだから、當然といえば當然の話だ。
俺が到著すると、すでに蓮池と雪代さんはグラウンドにいて、こちらに向かって手を振ってきた。
なんか青春っぽい……。
奇妙なきっかけから始まった練習だけれど、意外と悪くないかもしれない。
それに今朝は電車の時間をずらしたおかげで、花火と桐ケ谷の過剰なイチャつきが視界の端を見切れることもなかったしね。
俺は慨深い気持ちになりながら、二人に近づいていった。
「おはよう、一ノ瀬くん」
「はよ、一ノ瀬」
「二人ともおはよう」
今日は家からジャージを著てきたので、さっそく鞄を下ろして準備運にる。
雪代さんは、運全般苦手だと言っていたとおり、この時點ですでにきがぎこちない。
「うんっ……ううーっ……んっ。……ひゃぁ……!?」
前屈していた雪代さんが、バランスを崩してコテンと橫に転がる。
本人はいたって真面目なのだけれど、微笑ましくてちょっと笑ってしまった。
彼が小柄なこともありコロコロしたきが子犬っぽくてかわいい。
「むっ、一ノ瀬くん、いま笑ったなー!」
「ごめんごめん。なんかかわいくて」
「……っ」
深い意味はなく、思った通りのことを伝えたら、雪代さんの顔が一瞬で真っ赤になってしまった。
「もしや一ノ瀬くん、ナチュラルすけこまし?」
「すけ、えっ……?」
読書が趣味だからか、彼のボギャブラリーはちょっと変わっている。
「おい、おまえら……。失でボロボロになっている俺の前でいちゃつくとはいい度だな……」
ドスのきいた聲に振り返ったら、蓮池が涙を流しながら佇んでいた。
顔が強面なせいで、なんだか鬼気迫るものがある。
ご、ごめん……。
「ぐずっぐすっ……。さあ、報復のための下準備をはじめるぞッ……!」
「頼むから練習をはじめるって言って」
――気を取り直して、『練習をはじめる』。
蓮池はさすが陸上部だけあって、教え方がとても的確で、雪代さんも俺もどんどんタイムが上がっていった。
雪代さんのたどたどしい走り方がかわいくて、それをついまた口にしてしまい、照れた彼に「やっぱりすけこましだ……!」と言われたり、「お願いだからいちゃつかないでください……」と蓮池が泣き出したりという事件も起きたりしたけれど。
練習初日にしては、かなりいい果を出せたのではないだろうか。
育祭までは十日。
そんなふうにして俺たちは毎日、朝練と夕練を繰り返した。
蓮池に関しては、その間、部活を休むほどの熱のれようだった。
俺はまあ、言われたとおりに走っているだけだけど、結果を出しているのでそれで蓮池は満足なようだし、さすがに命がけで勝利を摑みに行くことまでは、蓮池も強要してこなかった。
ちなみに……花火は翌朝から、俺の乗る電車にまた現れるようになった。
ただ、一時間前に起きるのがよっぽど辛いのか、肩までの髪はただ下しただけだし、ところどころ寢癖がついている。
以前の花火はめちゃくちゃ髪型を気にしていて、しでも気にらなければやり直していたのに、よくあんな不完全な狀態で外に出てきたものだ。
さすがに本人も恥ずかしいらしく、しきりに髪を弄ってはいた。
そこまでして見せつけたいとか、やっぱりあいつはまともじゃない。
花火と絶縁してよかったと、俺は心底思わされた。
◇◇◇
そんなこんなで、あっという間に日々は過ぎていき、いよいよ明日は育祭。
俺たちは放課後のグラウンドで最後の練習を終えたところだ。
「よし! これで練習は終わりにしよう! 二人ともお疲れ!」
「うー……やりきったぁ……」
蓮池の聲を聴いた途端、雪代さんがグラウンドの土の上にごろんと寢転がった。
あまり人目を気にしていないらしい雪代さんは、ただ大人しい文學というわけではなく、時々こんなふうに奔放な姿を見せる。
俺は彼の自由な振る舞いに共を抱きながら、隣に腰を下ろした。
さらにその橫に蓮池も座る。
俺たちは三人並んで夕日を眺めながら、練習で疲れた足を癒した。
「いよいよ、明日は本番だねえ」
雪代さんが空を見上げたまま、誰に言うでもなく呟く。
その言葉を蓮池が拾った。
「ふたりともすごくタイムがびたから、きっといい結果を出せると思う。俺が保証する! それから……一ノ瀬、雪代、俺のわがままに付き合ってくれて本當にありがとう。実を言うと、振られてから毎晩、元カノや桐ケ谷のことばっかり考えてしまって全然眠れなかったんだ。でもこの練習が始まってからは、どうやったら二人のタイムを良くできるかってことに意識が持っていかれて、ちゃんと睡眠も取れるようになった。二人には謝してもしきれない」
「私はそんな……! 一ノ瀬くんのおかげで、蓮池くんから走り方を教えてもらえるようになっただけだし。それで足も前より速くなったし。だから私こそ、二人に謝だよ」
「俺もこんなふうにクラスメイトと過ごせて楽しかったから。ありがとう」
三人でお禮を言い合っているうち、だんだんこそばゆくなってきて、気づけばみんな笑っていた。
「……ほんと、おまえらと過ごせて気が楽になったよ。もちろん桐ケ谷に対する憎しみが消えたわけじゃないけど」
「そういえば桐ケ谷くん、昨日すれ違ったら、髪型全然変わっててびっくりした」
雪代さんは話が重くならないようにと思ったのか、さりげないじで話題の舵を切った。
言われてみれば、以前の桐ケ谷は運部のくせに結構長めの髪をしていて、まるでどこぞのホストのようにワックスでセットしていた。
駅のホームで目撃するようになった時には、すでに今の普通っぽい髪型になっていたが。
「爽やかなじっていうか……、今の一ノ瀬くんと似てる気がしたなあ」
「俺と?」
「あっ、髪型だけだよ!? 雰囲気は全然、違うから……!」
「う、うん」
慌てて弁解するから笑ってしまった。
俺とあのモテ男の雰囲気が似てるなんて、さすがにそんなこと思ったりしないよ。
「あれは一年の子と付き合いはじめて切ったんだ」
憎んでいる相手のことだし、蓮池は桐ケ谷について異様に詳しい。
蓮池が今まで犯罪まがいの行をとらなくてよかったと心思った。
「俺の元カノは桐ケ谷の髪型も好きだって別れ際に言ってたから、もしかしたら當てつけで切ったのかもしれない。クソッ……あの野郎……。もしそうだとしたら、ますます許せねえ……」
「蓮池……」
「……俺のことバカだって思うだろ」
「え?」
「二かけられた挙句、乗り換えられたのにまだ未練があるなんて。笑いたきゃ笑ってくれ」
「なんで。笑ったりしないよ。蓮池はただ一途なだけだろう。真面目にしたやつを笑う権利なんて誰にもない」
「……っ。一ノ瀬……おまえ、いいやつだな……」
鼻を啜る音がしてハッと顔を上げると、蓮池が腕で涙を拭っていた。
どうやら蓮池は、見かけによらず涙もろいらしい。
でも今回のは、「いちゃつくなよ」と言っていた時とは明らかに種類の違う涙だった。
俺が雪代さんのほうをそっと見ると、彼は心配そうな顔をしたまま小さく頷き返してきた。
言葉はなくても、見守ってあげようという気持ちが伝わってきたから、俺も頷き返す。
それから雪代さんと俺は蓮池が落ち著くまで黙って傍にいた。
この日以來、俺たち三人は友人になれた。
俺にとっては生まれて初めてできた友だちだ。
――そして、一夜明け。
ついに育祭當日がやってきた。
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