《【書籍化】馴染彼のモラハラがひどいんで絶縁宣言してやった》彼が流した涙の分、必ず報いをけさせる
育祭の翌日以降、二年一組の教室には親しみを込めた空気が宿るようになった。
それまでは皆、どこかよそよそしくて、朝の挨拶をわすのも親しい者同士の間だけというじだったのだけれど、今は誰かが登校してくるたび、一斉に聲をかけている。
恐らく以前にはなかった仲間意識が、育祭とそのご苦労さん會をとおして芽生えたのだろう。
ところが、クラスの平和はそう長くは続かなかった。
その事件は、ある朝、真っ青な顔をした擔任教師が一枚の封筒を手に現れたことに端を発した。
生徒たちはいつもどおり談笑しながらホームルームの開始を待っていたけれど、みんな擔任である若い教師の顔を見るなり、何らかの事件が起きたのだと察した。
教室がシーンと靜まり返る。
今読んでいる本について、雪代さんの解説を聞いていた俺も、一応、話を中斷した。
雪代さんの瞳が「どうしたのかな」と問いかけてきたので、首を傾げて返事の代わりにする。
まあ、すぐに説明があるはずだ。
擔任はまず生徒の顔を見回してから、重い溜息をついた。
「今日、このクラスのいじめを告発する手紙が學校に屆きました。いじめがあったなんて先生は悲しいです。大道寺絵里花さんをいじめ、學校に來られなくした者は誰ですか?」
教室に張が走る。
困した顔の生徒たちが、犯人の姿を探すように視線をわし合っている。
でも、俺は犯人捜しの前に、被害者捜しをしなければいけなかった。
だって……大道寺絵里花、誰。
隨分、華やかな名前だけれど、本の姿が頭の中に浮かんでこない。
今までクラスメイト達と全然絡んでこなかったからなあ。
隣の席の雪代さんや、クラスの中でも目立つ生徒のことはさすがに把握できていたけれど、接點もないうえ、目立たない異のことまではわからない。
そういえば、休んでるって言ったよな。
ということはいま空いているのが、大道寺絵里花の席というわけだ。
し視線をかすと、廊下側前列の席に人がいないのに気づいた。
あれ、あの席はたしか……。
カラオケの廊下でクラスメイトの愚癡を言っていた太めの子の席だったはずだ。
ということは、あの子が大道寺絵里花か。
あの時、結構辛辣な意見を口にしていたけれど、あれはいじめに遭っていた反なのだろうか……。
一応、辻褄は合っているのに、なんとなく違和を覚える。
文句を言っている時の大道寺絵里花は、かなりきつい態度だったからな。
いじめの被害者という弱い立ち場を、想像しづらいだけかもしれないが……。
「――どうしました? しでも罪悪があるのなら、自ら手を挙げるべきではないですか?」
にしても、この犯人捜しっぽい雰囲気はどうなんだろう。
こんな空気じゃ、たとえいじめたことを反省していたとしても、名乗り出ることなんて不可能だと思う。
擔任は今年の新卒だという話だから、気負いが間違った方向に作用していそうだ。
「はぁ……。名乗り出る人はいないようですね。いいですか、皆さん。世の中にはいじめがあった事実を隠蔽するような悪い教師もいるようですが、この學校は違います。このいじめ問題が解決しなければ、林間學校が中止になる可能もありますよ」
それまで黙って教師の話を聞いていた生徒たちが、「そんな……」「どうして」と、呟き聲を零す。
林間學校はみんなが楽しみにしている一大行事だ。
その予定が潰れるなんてありえないという想いが、教室中から伝わってきた。
――結局、そのあとも犯人が名乗り出ることはなく、翌日から教室はお葬式のような空気になってしまった。
追い打ちをかけるようなきがあったのは、それから五日後のことだ。
「今日また、學校に手紙が屆きました。手紙にはいじめをしていた生徒の名前が書いてあります。でも先生は、自ら進んで罪を告白してしいと思っています」
前回と同じように擔任が教室を見回す。
でも結果も前回と同じ。
十分間、嫌な沈黙の時間が続いた挙句、擔任は諦めきった顔で首を橫に振った。
「わかりました。こんな結末は一番避けたかったのですが仕方ありません。――雪代史さん、先生と一緒に來なさい」
「……えっ」
「えっ!?」
雪代さんと俺の聲が重なり合う。
「あなたにはいじめについて、々質問させてもらいますよ」
「そ、そんな……私、いじめなんてしていません……」
「その話は生徒指導室で、學年主任の先生と一緒に聞かせてもらいます」
「……っ」
擔任は、戸っている雪代さんの背中に手を添え、席を立たせた。
雪代さんが泣きそうな顔で俺を振り返る。
その目を見ればわかる。
彼はいじめなんてしていない。
「ちょっと待ってください。何かの間違いじゃ――」
たまらずに聲を上げると、最後まで話す前に擔任に遮られた。
「話は雪代さん本人から聞きます」
「……っ」
いじめを告発する手紙に彼の名前が書かれていたとしても、明らかに濡れだ。
でもいったい、なんでこんなことになったのか。
擔任のせいで言葉もわせないまま、雪代さんは生徒指導室に連れていかれてしまった。
◇◇◇
――結局、雪代さんは二限の途中まで戻って來ず、休み時間の間は彼の噂話でもちきりとなった。
「ねえ、雪代さんと大道寺さんって仲良かった?」
「一緒にいるのみたことないよね」
「雪代さんっていつもマイペースに本を読んでたし、大道寺さんはなんていうかそのぉ、オタク系の子たちとアニメの話ばっかしてたでしょ? 絡みなさそうだけどなー」
「でも學校に屆いた手紙には、雪代さんが苛めてたって書いてあったんじゃない?」
そんな會話が聞こえてくる。
「――なあ、一ノ瀬。おまえ、どう思う?」
蓮池に問いかけられ、俺はため息を吐いた。
「々変だよね。學校でいじめがあった場合、擔任が把握してなかったとしても、クラスメイトは気づくものだよ」
骨ないじめ方を人前でしなかったとしても、そういうのはちょっとした空気で伝わってくる。
「たしかに今回はみんな寢耳に水ってじだもんな」
「それに俺は、雪代さんがいじめをするような子だとは思えない」
「うん。俺も同だ」
「――となると、學校に屆いた手紙が疑わしくない?」
目を見開いた蓮池がまじまじと俺を見返してくる。
「手紙を出した人間が噓をついてるっていうのか? でも、いったいなんのために……」
「それは……」
俺が口を開こうとしたとき、教室が突然靜かになった。
みんなが一様に口の方を見ている。
俺も視線を向けると、そこには目を赤くさせた雪代さんの姿があった。
彼は気まずそうに俯いて、自分の席までやってきた。
居心地が悪そうにこまっている姿は見ていられない。
何か聲をかけたい。
そう思ったのに、タイミング悪く始業のチャイムが鳴ってしまった。
クラスメイト達も雪代さんのことを気にしつつ、それぞれの席に戻っていく。
ただ次の授業の教師はまだ教室に現れていないので、みんな席が近い連中とひそひそ聲で噂話をし続けた。
雪代さんは機の上で両手を握り締めていたけれど、不意にペンを持ってノートの切れ端に何かを書きはじめた。
その紙が俺の機の上にすっと差し出される。
『私は大道寺さんをいじめたりしていません。一ノ瀬くん、信じて』
白い紙に小さなの子らしい文字でそう記されていた。
「安心して。疑ってないよ」
雪代さんにだけ聞こえる聲でそう伝えた途端、彼の大きな瞳に明な涙が溢れた。
その涙を見た瞬間思った。
この事件の真相を俺が解き明かしてやると。
そしてもし手紙を出した人間に何らかの悪意があったのなら、彼が流した涙の分、必ず報いをけさせてやろうとも――。
まあ、狀況から考えて、悪意ある人間が糸を引いているのはほぼ確定しているだろうけれど。
どこのだれか知らないが、待っていろよ黒幕。
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