《12ハロンの閑話道【書籍化】》溶ける黃金(1)
・秋のGⅠシーズン開幕! 注目のあの馬に疑問符!?
今年も中山競馬場にてスプリンターズステークスが開催され、秋のGⅠシリーズが始まろうとしている。
國短距離路線と言えば8月にフランスでジャック・ル・マロワ賞を勝利し、日本馬として初めてGⅠ8勝を上げた絶対王者ダイランドウの向が注目されていたが、國での復帰戦は11月のマイルチャンピオンシップより始となるようだ。
昨年度は毎日王冠、天皇賞秋、有馬記念と距離延長を重ねた同馬だけに、きが読めない部分もあるものの、須田調教師は年は次走を含め後2走の予定とした。
業界的に天邪鬼、ないし予想外の権化と畏れられる(?)須田調教師だけにどこまで本當なのかは時期が來てみなければ分からないだろう。
本誌の予想はMCSから有馬記念だが、まずはGⅠ勝利數記録がどこまでびるのかに注目が集まる所だ。
史上最高メンバーと謳われた寶塚記念を制した2冠馬パカパカモフモフ。秋の初戦は天皇賞秋と噂されていたが、秋華賞へ向かう事が陣営から発表された。
桜花賞、オークス、寶塚記念とあまりに強烈な印象を殘した同馬。同じだけのパフォーマンスを発揮できれば3冠は確実視されているが、3歳春の寶塚に參戦した牝馬はその後低迷しがちだ。
『夏の間、島に戻ってすっかりリフレッシュしていますよ。馬もまた……大きくなって、パワーアップしたじです』
苦笑と共に取材に答えたオーナー兼ブリーダの城島氏。
実力は最早疑いようも無い。
ステップレースを挾まず秋華賞には直行となるが、そこでのきから春の激走の影響があるのかどうか、注視していきたい。
激しい戦いが続き勢力図が変化し続ける古馬戦線。
怪我や故障による離も無くこれだけ混戦模様となる世代も珍しい。
読者の皆様はかつてこの世代がストームライダー一強と呼ばれていた事を記憶されているだろうか?
要所こそサタンマルッコが勝利するものの、そのサタンマルッコとて無敵ではない。春のドバイ、寶塚記念での敗戦は記憶に新しいだろう。
そんな中、明確に上昇気流であるのはラストラプソディーであると筆者は見る。
確かに、前走、前前走の安田記念、寶塚記念と勝ち馬に名前が乗っている馬ではない。しかしあれらの敗戦は、新たな戦法を國に『アジャスト』しきれていなかったために起きた事なのではないかと捉えている。
差し追い込みは先頭ないし先頭に変わる馬との距離こそがキモ。鞍上川澄騎手もあれだけの瞬間速度を持つ馬に乗った経験などないだろう。
春二戦。高速競馬全盛期にある日本競馬で敢えて後方待機を選択する・選択出來るラストラプソディー。『距離』を測り終えた當馬が府中の直線に掲げられた天皇盾を見事抜けるか、注目したい。
一方春シーズンを終え、おや? と思わされたのは昨年度の上位陣。
まずはやはりサタンマルッコだろう。
ドバイで格下と思われていたキャリオンナイトにまさかの敗戦。逆にキャリオンナイトは衰え知らずであるどころか、ここに來て積極的な競馬を見せ始めた。先行好位追走からの王道競馬、サタンマルッコ、スティールソードに煽られ暴走したとも思われるが寶塚記念でのハイペース逃げ。それまでのキャリオンナイトを考えれば道中あれだけ無茶なペースで進んだにも拘らず、同じく競りかけた他二頭に先著し、後ろから突っ込んできたセヴンスターズ、ストームライダーを抑えての三著。
元より高い実力を見せてきたが、道中の行きっぷりの悪さから評価を下げていたキャリオンナイト。それが先行できるとなれば一躍展開の中心に位置する馬となるのではないだろうか。
逆説的にこれまでの勝利パターンで敗戦を続けたサタンマルッコ。
『今年にってから、(気的に)利かない部分が目立ってきまして……』と廄舎の聲も弱々しい。次走の作戦について訊ねると、
『それは勿論前目から行きますよ。しかしどのくらいか、と言われると、まだ考えている最中ですね。あんまり好きにさせると前みたいな(寶塚記念)事になってしまいますから』
サタンマルッコの父、ゴールドフリートも伝統的な超気難の統。加齢と共に気が悪化したとするならば今後の競走生活が下り坂となる可能もありえる。
5歳三強と稱された他二頭もどこか彩を欠く。
スティールソードは天皇賞春を、ストームライダーは大阪杯を激闘の末勝利したまでは良いのだが、どちらも次走にて上昇気流のラストラプソディーに――……
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夏の盛りを過ぎた栗東トレーニングセンターは須田廄舎。外気溫はまだまだ高いが、弱冷房と扇風機のおかげで廄舎の中は比較的涼やかだ。一昔前は馬房に冷房が付けられなかったというのだから、全く以って時代の進歩は素晴らしい。羽賀の小箕灘廄舎にはないのだが。
クニオは心持ち優雅に足を組み替え、競馬雑誌の紙面を追った。やがて近走の競馬総評を読み進めるとその手が震え、読み終わるころには顔を真っ赤にしていた。
「なんだこの記事は! マルッコが下り坂ァ!? んなわけないだろ全く! な! マルッコ!」
はぁ? とでも言いたげに、白い丸を額に頂く栗の怪馬、サタンマルッコは喚くクニオをうるさそうに見る。
クニオは噛み付くような姿勢で紙面に顔を近づけ続けた。
「大なぁ、長長言うけどさぁ、馬のなんて2歳で出來上がってるの! 3歳になってが大きくなるのは遅生まれがハードトレーニング積んだせいでの長に栄養回せなかった時なんだよ! かーっ! これだから素人は! お前もそう思うだろ! な! マルッコ!」
視線を向けた先にマルッコはおらず、馬房の奧であくびをしていた。
そうか、お前もそう思うか。などと一人で勝手に相槌を打ちつつクニオは息巻く。
「そもそもピークだなんだってのがオカルトめいてるね! 馬が二年や三年で走れなくなるわけないだろ! だいたいマルッコが気難なわけ……」
三度視線を向ける。目が合った。なんだよと白い丸が視線で問う。
そういやコイツには羽賀で散々落とされたんだよな、と近くて遠い數年前の出來事が脳裏を掠めた。
「ま、まあそれはされておき、うちのマルッコは最強なんだ。油斷さえなければあんな奴らに負けるわけないんだ! な、マルッコ!」
「ぶぼ」
「あー! おいなにすんだよマルッコー!」」
いい加減馬房の前で喚くクニオが鬱陶しくなったのか、マルッコはクニオが手に持つ雑誌を咥え、遠くに放り投げてしまった。そして「いいからさっさと準備しろよ」と前肢を引っかく。今日はまだ乗りに出ていないのだ。
「よしそうだよな。次のレースであいつ見返してやろうぜ。そのためにも
今日も頑張ろうな」
「ふぃ~~~ん」
世がダイランドウのGⅠ8勝に沸く中、須田廄舎に間借りしているチーム小箕灘は、ある意味いつも通りのやかましい一日を始めた。
事件はそんな時に起きた。否、起きようとしていた。
マルッコの手綱を引き、トレセンを移しながらクニオは空気の違いをじていた。
(やっぱなんか、前ほど歩いてても注目されなくなったな)
確かに知り合いの廄務員や職員とすれ違えば挨拶はする。
のあるマルッコは相変わらずおじさんたちの人気者だし、ましてやマルッコは顔を覚えて人間がするように「ひーん」と挨拶をする。もとより馬好きの集まりである業界の集落にそんな馬が表れて、可がられないはずがない。
しかし何か、どことなく注目度が下がったような、そんな覚。
夏の居なかった間に何かあっただろうか。
「……!」
「ん?」
マルッコが何かに気付き耳を立てた。視線を追えば鹿の馬。鼻白のないあの顔立ちは、とクニオが思い出すより早く周囲の囁きが耳に屆いた。
「ラストラプソディーだ」
「やっぱりなんか、ドバイで勝ってから貫祿が出たな」
言われると、細に映るが元々馬格のある馬だ。これまでに無かった貫祿のようなものが備わったようにも思えてくる。
向こうは調教を終え戻るところ。相対距離がまりすれ違う。
ふんっ、と吐かれたマルッコの鼻息がクニオの前髪を揺らした。
(それじゃあ何かい。うちのマルッコの貫祿が無くなったってか。そんなわけないだろ! プロなんだからそういうミーハーなこと言うのやめてしいね)
マルッコの鼻息に同調するかのように心で吐き捨てるクニオ。微妙に外様故に口に出さない分別はあったが。
栗東には戻ってきて日が淺いため、本格的な運はさせず軽く乗りに出すだけという指示が小箕灘から出されている。
さて、じゃあいつもの周回コースへ向かおうかとクニオが足を向けた、異変が起きたのはその時だった。
「ん? マルッコどうした。まだ散歩の気分か?」
ふんっと呆れたような鼻息一つ。
じゃあなんだよと半目になりつつも馬の気分に任せて歩かせる。
これまでも時々「こういうこと」はあったが、賢いこの馬は最終的にいつものダートコースへ向かうので取り立てて慌てはしなかったのだが、
「んっ? おいおいマルッコいいのか? こっちは……」
「…………」
例の方角とも呼ぶべきか。マルッコはそちらの方向へ向かおうとするだけで機嫌が悪くなる場所がある。
90年代、西高東低の風を決定付け、以降度々の改修がされ現在に至るまで數多の競走馬達が利用した施設。
「おいおいおいどうしたマルッコ! こっちは坂路だぞっ!?」
サタンマルッコ、坂路場。
この日のトレーニングタイムにサタンマルッコの坂路3本が記録された。
ダノンプレミアムが負けたので略
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