《傭兵と壊れた世界》第二十四話:を抜けて
アカホコリの群れを後にした第三三小隊は、の奧深くにまで到達していた。
「ドットル君よ、帰ったら酒場で一杯やろうぜ。ぜひみんなに紹介したいんだ」
「僕を笑い者にする気ですね。いいでしょう、代わりに綺麗なを紹介してください。僕が笑顔にしてみせます」
「おっ、いいねぇ。落ち込まない神ってのは傭兵にとって大切だ。だが、アンナには手を出すなよ?」
「やだっ、ダンってば! みんなが見ているわ!」
後ろから楽しそうな會話が聞こえてくる。ドットルは眉を食べられたことがきっかけで先輩たちに気にられた。彼らの會話についつい耳を傾けてしまうナターシャ。全くもって羨ましくないが、同じ傭兵見習いとして、ドットルだけがけれられているのは何となく気にらない。手持ちぶさたな彼は先頭のパトソンに聲をかける。
「第三三小隊はいつもこんなじなんですか?」
「任務の容や同行者によって変わるけれど、大そうだね。ダンは無理に縛りつけるよりもびびとさせた方が良いし、アンナが付いていれば無茶なこともしない。私が隊の方針を決めて、シエスタが補佐をする。我ながらバランスの良い隊だと思っている」
「なるほど。“二桁”は伊達じゃないってわけですか」
「そんな大それたものではないけれど、確かに二桁の番號を冠する小隊はないね。新しい隊ほど數字が大きくなるから」
そう言うパトソンはどこか寂しそうな表を浮かべた。消えた仲間を思い出しているのかもしれない。彼らを包む窟の暗闇は、忘れかけた過去を思い出させる。小太りの青年は遠く離れた故郷を、を背負ったはヌークポウでの生活を、第三三小隊の隊長には戦場で散った仲間との思い出を想起させた。
遠くで油鷲が鳴いている。誰かが縄張りにったのか、威嚇するような聲が窟に響いた。ナターシャの足元を白い両生類が走り抜ける。この生きの名前は何ていうのだろうか。シエスタ隊員に聞けば教えてくれそうだが、彼はパトソン隊長の隣で靜かに歩いている。
しばし、無言の時間が流れた。正確にいえば、後ろの三人組は騒がしかったのだが、先頭を歩くパトソン隊長とシエスタは言葉をわさない。嫌な沈黙では、ない。無言の中に信頼関係が見え隠れしており、二人が仲間以上の関係であることが見て取れる。
(後ろは仲良く騒いでいるし、前は割り込めそうにない雰囲気)
もしかして自分だけ仲間外れにされていないだろうか。そう考えると何ともいえない居心地の悪さをじた。本當はパトソン隊長に取りって今後の配屬を有利に運ぶつもりだったのだが、なかなか思い通りにいかないものだ。
「……ナターシャ。君に大切な友人や仲間はいるかい?」
おもむろに問いかける第三三小隊の隊長。彼の問いに対して、ナターシャは故郷の友人たちを思い浮かべた。アリアやリンベル、寄宿舎の子供たちと口煩いディエゴ。そして、月明かりの森で出會った第二〇(にーまる)小隊のイヴァンたちや、訓練を共にした同期諸君の姿が浮かび上がった。
「もしもいるならば、そうだね、常に切り捨てる覚悟を持っておくといい。正しい覚悟は人を強くする」
「隨分と、怖いことをおっしゃりますね」
「夢見るではいられないだろう。君はもう、傭兵だ。判斷を迷った傭兵は中途半端に死んでいくよ」
パトソン隊長は振り返らない。シエスタ隊員は語らない。二人の顔は、うかがえない。
「明日死んでもおかしくない狀況が続くと、ある日突然、糸が切れたように弾(はじ)けてしまう人間がいる。そして、もしもそれが國に害を與えると判斷されれば、私たちに任務が下る」
「珍しい話ではないですよ。私も隊長も、そしてナターシャさんも、常に想定外を予想しなければいけない」
「分かっていても避けられないことだってある。そんなときに君を支えるのは覚悟だ。『顔は広く、友はなく、進む道は見誤らず』。私が考える傭兵の原則だよ」
「先輩の助言……いえ、第三三小隊の隊長としての助言ですか」
パトソン隊長から頷いたような雰囲気がした。窟が一段と暗くなり、前を歩く二人の背中がぼやけている。日のが屆かないからではない。二人の大きな影が封晶ランプの明かりすらも覆ってしまうのだ。
ナターシャが先の言葉の意味を考えていると、パトソンはちらりと後ろに視線を向けたあと、こう付け加えた。
「人間関係には、優先順位が付けられる」
それから小隊は何日も歩き続けた。暗い窟では時間の覚が薄くなり、今が晝なのかも判斷が出來ず、限られた食糧と太の見えない生活は著実に傭兵たちの力を奪った。屈強な傭兵といえども流石に疲れが見え始める。騒がしかったダンとアンナは明らかに口數が減り、先頭を歩くパトソン隊長とシエスタも重い足取りを運んだ。
しかし、先輩隊員が顔を歪ませるほど過酷な狀況であるにも関わらず、傭兵見習いの二人は余裕のある表を浮かべていた。
ナターシャは元々運神経に自信があり、月明かりの森で化けに追われる日々を経験している。過酷な環境には慣れていた。ドットルも元軍人という肩書きに恥じない力であり、新兵でありながら周囲の警戒を怠っていない。格さえまともであれば優秀な新兵だっただろう。
毒のない茸を採取し、驚くほど明な地底湖で魚を捕り、で何度も夜を明かし、シザーランドを出てから十日が経過した。
「……あぁ、見えてきたぞ」
封晶ランプが風にゆれた。風が吹くということは出口が近いということだ。いつの間にか地面の巖が視認できる程度に明るくなっており、青々とした苔が出口の方へ続いている。視界の奧、徐々に大きくなる。あれが橫の出口だろう。
隊員の足どりも自然と軽くなる。険しかった雰囲気も和らいだようだ。ダンとアンナは嬉しそうに顔を見合せて「忘れ名荒野に著いたら二人の名前を刻もうね」と約束をした。傭兵たちの小旅行。終著點まであとし。
「いやぁー、ようやく到著だね。僕はもう足がパンパンだよ」
変態ドットルがナターシャの隣に立った。そう言いながらも彼の聲音に疲れはじられない。の暗がりがドットルの表に影を落とし、変態の素顔を覆い隠してしまった。彼の瞳だけが暗がりの中で鋭いを発している。
「そう言いつつ楽しそうだったけどね。先輩たちとずいぶん仲良くなったじゃない」
「まさか嫉妬しているの?」
「毆るよ?」
「毆ってよ」
「近寄らないで、変態がうつるわ」
ナターシャが犬を追い払うように手を払った。
「それとあなたの銃、安全裝置が外れているわ」
「あっ、ああ、本當だね。手が當たったのかな。うっかりしていたよ」
「うっかりで足を撃ち抜かないよう注意してね」
なぜ歩いているだけなのに安全裝置が勝手に外れるのだろうか。ドットルが「安全裝置ってどれだっけ?」と頓珍漢(とんちんかん)なことを言ったかと思えば、突如として甲高い炸裂音を響かせた。最後尾のアンナが驚いて聲をあげる。
「ちょっ、何!?」
「すみません、ドットルが発砲しました」
アンナから「びっくりさせないでよ」と非難するような目を向けられたが、一番びっくりしたのは近くにいたナターシャだ。彼は耳を抑えながらドットルを睨みつけた。封晶ランプをかざすと、當の本人は申し訳なさそうな表で頭を下げる。
「間違えちゃった」
ナターシャが苦言を口にしようとすると、パトソン隊長が近寄って二人の間に立った。優しく、されど逃がさないように、パトソンは問題児の肩に手を置いた。
「君は問題児だと聞いていたが確かにその通りだね。もしも味方に當たっていたらどうするつもりだい? こんなシザーランドから遠く離れた地に救護隊が來るとでも?」
パトソンの言葉は腰こそらかいが、どこぞの教を彷彿させるような強い語気がじられた。「これは怒っているぞ」と肩を潛めるナターシャ。隊長の後ろからそーっと顔を出すと、冷や汗を流す同期に「早く謝れ」と目線を送った。
「僕は男に叱られるのは趣味じゃ――」
「ドットル君?」
「すみませんでした」
素直でよろしい、とパトソンは頷いた。振り返った彼は普段通りの優しげな隊長に戻っている。怒っている時の表は見えなかったが、ドットルの様子を見るによほど怖かったのだろう。小太りは真っ青な顔で額(ひたい)の汗を拭いていた。
やがてが大きくなる。思わず目を細めてしまうほどの眩しいだ。の出口には氷柱(つらら)のような巖がいくつも天井から生えている。それがまるで口のような姿をしており、自分たちが巨大な生きのから出したような錯覚を覚えた。
第三三小隊は古びたを抜けて、忘れ名(わすれな)荒野に到著した。
戦爭に使われた兵がそのままの姿で捨てられた世界だ。草木がほとんど生えておらず、無機質で寂しげな風景が広がっている。結晶化して縦に積み上がった戦車。墓標のように地面に突き立つ無數の銃。薬莢の大地をらが踏みしめる。
「長旅ご苦労。無事、忘れ名荒野に到著だ」
パトソン隊長が力強く宣言した。彼らを歓迎するのは、むせ返るような鉄の匂い。兵の殘骸。そして、(・)(・)か(・)ら(・)出(・)て(・)き(・)た(・)第(・)三(・)三(・)小(・)隊(・)を(・)待(・)ち(・)(・)け(・)る(・)よ(・)う(・)に(・)、(・)ロ(・)ー(・)レ(・)ン(・)シ(・)ア(・)軍(・)が(・)銃(・)を(・)構(・)え(・)て(・)い(・)た(・)。
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