《傭兵と壊れた世界》第三十五話:英雄との再會

そんなこんなで作戦會議。部屋の中央ではナターシャと第二〇小隊が顔合わせをしていた。

彼らは三者三様の反応を見せる。イヴァン隊長は驚きを。寡黙なミシャは警戒を。鋼鉄のソロモンは興味を。そして、唯一面識のないベルノアは「誰だこいつ」と口を曲げた。

「お(・)久(・)し(・)ぶ(・)り(・)で(・)す(・)、皆さん。傭兵のナターシャです」

ナターシャは想全開でにこりと笑った。イヴァンの頬が引きつる。

「久しぶり、か。しかも傭兵とはな。これは悪い冗談か?」

「まさか。あなたたちと會いたくて大渓谷まで來たのです」

「丁寧な口調はやめろ、気持ち悪い」

「……イヴァン、私は反対。このは危険」

ミシャはいつでも銃を抜けるように構えている。どうやら月明かりの教會での一件をに持っているようだ。逆にソロモンはあまり警戒していない様子である。彼らの反応を見たが「戦友では……?」と呟いた。

「あなたは確かミシャね。安心して背中を任せなさい」

「……絶対に嫌。むしろあなたが前に立つ」

「狙撃兵が前線に立ってどうするのよ」

「……立てるでしょ?」

「立てるけど」

「喧嘩はやめろお前ら。傭兵同士で爭ってどうする」

「そうよ、私も傭兵になったの。だから仲間ってわけ」

「……ぐぅ」

イヴァンが不服そうなミシャを宥めつつ、説明を求めるようにナターシャへ視線を向けた。説明も何もここに立っていることが全てなのだ。

どう説明しようかと困ったナターシャは、迷った末にヘラを見た。ギョッとする。丸投げである。

「彼は今回の救援部隊に急遽參加することになった。お前たちとは戦友だから問題ないと聞いたが……問題、ないな?」

「……?」

一同が首をかしげた。はて、戦友と呼べるような出會い方をしただろうか。

奇妙な空気の中でソロモンが進み出た。彼はナターシャの前で止まると、思案するように仮面の下部分へ手を當て、ナターシャの視線と合わせるために膝を曲げた。

「ふむ」

「あの、ソロモン?」

「おや、私の名前を知っているのですね。報収集を怠っていないのは心です」

頭をすっぽりと覆うような仮面のせいでソロモンの表は伺えない。なくとも敵意は抱いていないはずだが、流石に至近距離で見つめられ続けるとナターシャも反応に困ってしまう。

「うん……うん……いいんじゃないですか、ミシャ。この子はとても良い眼をしています。私は彼と戦うのに賛ですよ。きっとローレンシア軍を思う存分撃ち殺してくれるでしょう」

「……ソロモンは見る目がない」

「心外ですね。むしろ人を見る目には自がありますが」

「……イヴァンはどう思っているの?」

「俺は別に構わない。というか、ヘラ隊長殿が決定したのだから俺たちは従うのみだ」

「……むぅ、つまりヘラが悪い」

「そうだ。責任者はヘラ殿だからな」

ヘラはこの時、貧乏くじを引いたことに初めて気が付いた。そもそも作戦指揮はヘラが主張したのではなく、イヴァンに無理やり任されたのだ。ヘラは恩を売れると思って引きけたが、ここにきて悪手であったと思い知る。

そんなヘラの苦悩を知ってか知らずか、ソロモンは話を進めた。

「先ほどから黙っていますが、ベルノアはどう思っているのです?」

「んあ? 俺はどうでもいいぜ。強いて言うなら足手まといになりそうだから捨てておけってじだ」

「相変わらず適當ですね」

「俺は自分の研究以外に興味がないんだよ」

ナターシャがおもむろに研究者へ歩み寄る。

「ベルノアは結晶について研究しているのよね?」

「あぁ、それがどうした?」

「私が使っている銃は、空気中から結晶を取り出して弾丸に変える力があるわ。機構はよく分からないけど、よければ作戦が終わったあとに貸してもいいよ」

「イヴァンッ! こいつは採用だ!!!」

「おっそうか。なら話がまとまったな」

「……買収なんてせこい

「取引と言ってしいわね」

ヘラは心で驚いていた。イヴァンたちが隊員以外で親しげに話す人間は珍しいからだ。ルーロ戦爭が終局して以降、イヴァンたちは人との関わりを避けるように距離を置いた。かつては広い友関係があったのだが、今は限られた傭兵としか関わっていない。

(……懐かしいな)

以前の第二〇小隊を知っているヘラにとって、彼らのにナターシャが加わる姿は懐かしさがこみ上げる。シザーランド最強と呼ばれた第二〇小隊が帰ってきたような気分だ。今も騒がしく言い合うナターシャに、別の人が重なって見えた。

彼らには、もう一人仲間がいた。今は亡き五人目の狙撃手だ。亡國(ルートヴィア)と大國(ローレンシア)の戦爭――通稱ルーロ戦爭で失われてしまった。だが、人は巡るのだ。ずれていた歯車が合わさるように、ナターシャとの出會いによって第二〇小隊が生まれ変わる。

部屋の扉が開き、一人の青年が室した。

彼はヘラ隊長の姿を見つけると、駆け寄って耳打ちをする。

「わかった、報告ご苦労。整備長にも謝していると伝えてくれ。お前は先に行って皆を集めていろ。私も彼らを連れてすぐに向かう」

「了解しました」

青年はヘラの部下であるようだ。ヘラは皆に顔を向けた。彼の瞳が沸々と燃え始める。

「さて――お前たち。話し合いは終わりだ。船の準備が整った。最優先事項は資の回収、次に第一九〇小隊の救助。間違っても輸送資を奪われるな。商業國とは撃ち合いたくないからな」

皆の顔つきが変わる。戦場へ向かう戦士の顔だ。

「これより作戦を開始する」

八本足の機船が二つ。結晶の大地をカシャカシャと走る。ヘラ小隊とイヴァン小隊の船だ。支給された船をそのまま使っているヘラ小隊に対して、イヴァンたちの船は原型が摑めないほど魔改造されていた。側面には無數のが埋め込まれ、その全てが命令一つで作する。船が大きいのは隊員が好き勝手に増築をしたせいだ。

ナターシャの乗船をミシャは最後まで嫌がっていたが、イヴァンに無理やり黙らされた。ふてくされた彼は自室に引きこもっているらしい。そもそも、機船にそれぞれの自室がある時點でおかしな話である。

ベルノアは縦席だ。イヴァンはソロモンと話があるらしく、談話室に向かった。殘されたナターシャは甲板で一人、外の風に當たる。

「はぁ……」

獨りになると急に焦りが膨れ上がる。気分転換に景を眺めてみるが、焦りはまったく収まらず、考えれば考えるほどドツボにはまりそうだった。

(こういう時にリンベルがいたら……)

こんこん、かんかん、爪先で床を何度も蹴る。焦りは何も生まないと分かっているのだが、リリィのことを考えると居ても立ってもいられない。

(もっと速度を上げられないのかしら……もどかしいわ、私一人ならどうとでもするのに)

こんこん、かんかんかん。

「……うるさい」

貧乏ゆすりで無口なが釣れた。

甲板に上がったミシャが不機嫌そうな顔を向けてくる。ナターシャは「もしかして」と足元を指さした。

「この下ってミシャの部屋だったりする……?」

「……うん」

「それは失禮、うるさかったかしら。暇だろうから音楽でも屆けようかと思ったの」

「……前衛的な音楽ね。私はもっと明るいのが良い」

「勇気が湧くようなやつ?」

「……が騒ぐようなやつ」

騒ね」

ミシャは黒いコートを差し出した。所々に誰かの使い古しであろう痕跡が見けられる。

「これは?」

「……ナターシャの髪は戦場で目立つから隠すようにって、イヴァンから」

「それはありがたいわ。風が寒いと思っていたの」

ミシャはとてとてと甲板の手すりに近づくと、足を外に投げ出して座った。小柄なも相まって、まるで子供のように見える。ナターシャは立ったまま、手すりに頬杖をついて景を眺めた。貧乏ゆすりはいつの間にか止まっていた。

「……」

船は速い。結晶に潰された廃墟や、死をついばむ油鷲といった、見慣れた景が右から左へ流れていく。ふらふらと彷徨う影はおそらく結晶憑きだろう。何人もの亡者とすれ違う。機船が塵をまき上げても、彼らは気にすることなく地平線の彼方へ向かった。

「……?」

無言で並んでいると、隣から視線をじた。どうやらナターシャの背中にある結晶銃を見ているようだ。そういえば、ミシャたちはこのを手にれるために森へ來た、と言っていた。思うところがあるのかもしれない。

「……月明かりの教會で」

ぽつり、と言葉をこぼしたのはミシャ。

「……あなたはイヴァンに銃口を向けた」

「でも撃たなかったでしょ」

「……うん、撃たなかった。だから今回は許す」

「うーん、教會の件は侵してきたそっちに非があるんじゃない?」

「……非は勝者が決めるもの」

「さいですか、なら先輩のお言葉に甘えるわ」

銃を握って向き合えば、たとえ街中であろうとも戦場になる。人差し指一つで命を奪えるからこそ、判斷は慎重に下さねばならない。教會で向かい合ったあの時、イヴァンは退くことを選んだ。長い目でみれば、それが正解であったといえた。

「……なぜこの任務に參加したの?」

「襲われている第一九〇小隊に友人がいるからよ」

「……傭兵らしくない」

「傭兵にらしさなんて存在しないでしょ。好き勝手に生きるし、んで戦場に向かう。だから私も友人がいる戦場へ向かうの」

「……そう」

二人はゆらゆらと戦場へ運ばれる。口數のないミシャがなぜ甲板に出てきたのか。なぜ話し終わっても帰らないのか、ナターシャは不思議に思った。案外この小娘は寂しがり屋なのかもしれない。実はナターシャと話したかっただけとか。そう考えると小さく丸まった背中が可らしく見えてくる。

「……硝煙の香りが近づいてきた」

ミシャがつぶやいた。遠くに朽ちた聖城が見えてくる。リリィたちが逃げ込んだ場所、そして今もなお戦っているであろう古城だ。

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