《【書籍化】雑草聖の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】》贄 01
「これが今回の商品か」
外部からそんな聲が聞こえてきて、マイアははっと我に返った。
いつの間にやら意識が飛んでいた。きっと魔蟲の襲撃をけた時の恐怖で神的に疲れていたのだろう。
周囲を見回すと、皆似たりよったりの狀態で、ただ一人アイクだけが険しい表で馬車の外を睨みつけていた。
アイクの視線の先を追うと、荷馬車を覆うカーテンが開かれており、そこから二人の人が檻の中を覗き込んでいる。
一人はセルマで、もう一人は五十がらみのなりのいい男だ。
男の淡い金髪に青金の瞳から、こいつがマイアを買おうとしている魔師貴族だとすぐにわかった。
整ってはいるが酷薄そうな男の顔には見覚えがあった。首都のヒースクリフ城で見かけた記憶がある。
城の出りをある程度自由に許されているということは、恐らく伯爵位以上の世襲貴族だ。しかし直接言葉をわした事はないのでどこの誰なのかまではわからなかった。
「お前は……」
男の視線がマイアをとらえた。そして驚きに目を見開かれる。
正がバレた。マイアは察した。背筋がぞくりと冷える。
首都でのマイアはそれなりに有名人だ。たった十八人しか認定されていない聖のうちの一人であり、ずっとフライア王妃に次ぐ治癒能力の持ち主と言われていたのだから。
「お知り合いですか? 同じ魔師同士でいらっしゃいますもんねぇ」
マイアと男の様子を見比べて、セルマはびた聲を出した。こちらと対する時とは正反対の丁重な態度である。
「ああ、彼は有名人だからな。平民出なんだがとても優秀な魔師でね」
聖とは言わなかった。セルマたちに知られたくないのかもしれない。聖は魔師よりもずっと希価値が高いから、知られたらきっと引き渡しの時にめる。
「いかがですか? ご満足頂けましたか?」
「ああ。他のも今回はかなり狀態がいい。早速貰っていこう。代金にはを付けておくから、いつも通り家令からけ取るように」
男は尊大な態度でそう告げると、背後に目で合図した。
その仕草で気付いたが、男の背後には、揃いの制服を著た兵士らしい屈強な男が何人もいた。恐らくこの魔師貴族が召し抱えている私兵だ。
「その魔師は地下へ、他のは牢にぶち込んでおけ」
魔師貴族は私兵に命じると、冷たい視線をマイアに向けてきた。
そしてマイアは私兵によって檻から強引に引き出された。
◆ ◆ ◆
どこぞの貴族の城か領地館(カントリーハウス)か――。
そこは、そんな印象の漂う重厚な煉瓦造りの建だった。
地下に連行される途中、ちらりと見えた外の風景から読み取れたのは、ここが南部地域のどこかという事くらいだ。
北の方ではそろそろ雪が降り積もる時期だが、地面に雪が付いている様子はなかった。
檻を出るなり貴族の男はマイアの首に金屬製の首をはめた。逃走を防ぐための何らかの機能が付いた魔らしく、自力では到底取り外せそうになかった。
更に前後左右を兵士で固められているので、とても逃げられそうにない狀況で、マイアは連中に従うより他なかった。
長い階段を下りて連れていかれた先は、広々とした地下室だった。
魔のランプがいくつも設置されていて、地下だというのにまるで晝間のように明るい。
壁も床も天井も白い建材で作られたその部屋は、床一面にびっしりと魔陣が書き込まれていた。
(何なの、これ……)
マイアはその魔陣の規模に目を奪われる。
十メートル四方はあるだろうか。ちょっとした舞踏會が開催できそうな小広間いっぱいに描かれた魔陣は、どう見ても大規模な儀式魔のためのものだ。
陣は淡く金に発していて、室には膨大な魔力が渦巻いていた。
陣の外側、地下室の口近くには祭壇のようなものあり、それがこの大規模儀式魔の制を擔っているようだ。
「來なさい。ただし妙な真似はしない事だ。あなたが変な真似をすればカーヤと言ったか、あの子供から殺す」
なんて卑劣で非人道的な発言をするのだろう。
マイアは心で歯噛みしながらも貴族の男に従い、祭壇へと向かった。至近距離には貴族の男がいるし、地下室の口には兵士が控えているので、例え人質を取られていなくても何かできる雰囲気ではない。
祭壇に近付くと、中央には大きな月晶石が埋め込まれており、その周囲にはびっしりと魔式が書き込まれているのがわかった。
「間抜けな魔師が捕まったと聞いたからどこの誰かと思ったら……まさかあなただったとは。次席聖、マイア・モーランド」
男が話しかけてきた。やはり正に気付かれていた。
「あなたは我が娘が排除したと聞いていたが……」
「娘……?」
マイアはしげしげと男の顔を観察した。
冷たく整った顔から、ある人を連想する。
まさか、
「ティアラ・トリンガム……?」
「貴族令嬢を呼び捨てにするとは無禮な。レディ・ティアラ、もしくはトリンガム侯爵令嬢と呼ぶのが禮儀では?」
「……失禮致しました、トリンガム侯爵」
ティアラの父ということはトリンガム侯爵に違いない。
男の目元はどこかティアラに似ているし、トリンガム侯爵が魔師である事も有名だ。
マイアは心のの怒りを必死に抑えてへりくだった。
本當は犯罪者に払う禮儀なんてないと言ってやりたい。
しかし今こいつの機嫌を損ねるのはまずい。
「……なるほど、自分の立場はわきまえているらしい」
トリンガム侯爵は満足気に目を細めた。
「分りのいいマイア殿には率直にお願いした方が良さそうだ。この儀式魔の発と維持管理には人のがとして必要でね。中央の月晶石にれてしい。その月晶石にはれた者のを皮を傷付ける事なく吸い上げる式が組み込まれている。希な聖のがこの儀式魔にどういう作用をもたらすのか興味がある」
「……拒否権は」
「あなたが拒めば他の贄を代わりにするだけだ。普通の人間は脆い。ほんの十分もこの石にれれば中のを吸い上げられて死んでしまうだろうね」
――贄。
「私たちはこの儀式魔を発させるための生贄として買われたという事ですか……?」
「その通りだが安心しなさい。希な聖であるマイア殿をたった數度で使い潰すような真似はしない。理論上聖のは、最も効率的にこの儀式魔を発させるになるはずなんだ。だから限界が來る前に引き離して差し上げるよ。あなたには高い自然回復力があるだろう? その能力を生かして末永くご協力頂きたい」
昏い笑みを向けられてぞくりとした。この男はマイアをこの儀式魔の供給裝置に使うつもりだ。
トリンガム侯爵によって用意された複雑な儀式魔。
突如現れた異様な回復能力を示すティアラという聖。
――失われた四肢を、覚を再生する能力を示したものは、これまで彼以外にたった一人、伝説の大聖、エマリア・ルーシェンだけだ。
「この儀式魔は何なんですか……?」
震える聲で尋ねると冷笑が返ってきた。
「答えるまでもなく気付いているのでは? 君はティアラを見たのだろう?」
ルカに森で助けられた時の會話が脳裏をよぎった。
――ティアラ様はおかしいです。欠損が再生ができるなんて普通じゃない。俺もこの稼業長いんで、々な聖様を見る機會がありましたが、あそこまでの治癒力を持つ人の話は聞いた事がない。
――伝説の大聖エマリア様がいるじゃない。
――それはそうなんですけど……。
思えばあの時のルカの様子はおかしかった。
エマリア・ルーシェンは隣國が輩出した不世出の大聖のはずなのに。
「エマリア様の欠損を癒す治癒能力は、この儀式魔がもたらしたものだった……?」
疑問形のつぶやきに、トリンガム侯爵は肯定も否定もせず、ただ目を細めた。
……おかしいと思っていたのだ。魔力の発達が十代になってから起こる事はありえなくはないが珍しい。
それが同時代に二人、それも同じ希な聖に起こるなんて、天文學的な確率と言っていい。
人のを、それも死に至らしめるほどの量をとして必要とする魔はの域を越えている。
「なんて汚らわしい」
「その通りだ。私もそう思うよ。エマリア・ルーシェンは大聖などではない。魔であり大罪人だ」
「なんでそんな人か大聖だなんて呼ばれているの……?」
「アストラが真実を隠蔽したからに決まっている。エマリアはイルダーナとプレツィア、隣接する両隣の國から相當な數の人間を贄として攫って魔のとした。そんな事実が明るみになれば大きな國際問題になる。……もっとも、私もエマリアの手記を手にれて初めて知った事だが」
「一どういう経緯でそんな代を……」
「詮索に答える義務はない。雑談に付き合うのもここまでだ。さあ、を魔陣に捧げなさい。マイア殿のの効果が私の予測通りなら他に捕らえている贄の壽命がびる」
卑劣な言いに腹が立つ。しかし斷れる狀況でもない。
マイアは怒りや苛立ちをおさめる為に深く呼吸し、祭壇の前に立った。
「を提供する前に一つだけ教えて下さい。どうしてこのような邪に手を染められたのですか?」
「親だからだよ。親とは娘のためになら何でもできるものだ。それが例え他人を踏みにじる行為であっても」
そう告げるトリンガム侯爵の青金の瞳に狂気のような熱をじ、マイアの背筋が冷えた。
「質問には答えた。次はあなたが応える番だ」
しびれを切らしたのか、トリンガム侯爵の手がマイアの右手首にびてきた。そして強引にマイアの手を祭壇の月晶石にれさせる。
その途端、マイアのの中に異質な魔力がり込んできた。皮の下をミミズが這い回るようなおぞましい覚に襲われる。
「ひっ……」
気持ち悪さに吐き気がした。
に侵してきた魔力は、マイアの全を侵食すると、今度はずるりと何かを抜き出すようなきを始めた。
の中の熱が魔力ごと手の平から吸い出され、全に鳥が立った。
吸い込まれたマイアの熱をけてか、祭壇の月晶石が深紅に染まった。と、同時に、室の魔陣が発する金のがより強くなる。
「これは……」
トリンガム侯爵は目を見張った。そして口元に深い笑みを浮かべる。
「やはり理論は正しかったな。中に含まれる魔力と生命力を治癒質に転換する必要がない為、効率的に儀式魔が作するようだ」
全を襲う不気味なに手を離したかったが、トリンガム侯爵の腕の力が強くてかせない。
「いや……」
「もうし我慢しなさい。平民の子供でももうし耐える」
(なんて勝手な……)
マイアは殘された力を振り絞ってトリンガム侯爵の顔を睨みつけた。
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