《【書籍化】わしジジイ、齢六十を超えてから自らの天賦の才に気付く【8/26から電撃マオウでコミカライズスタート!】》時は來たれり
「黃泉還し(トータルリコール)とな?」
「なんだよ、あれに興味あんのか? 言っとくけど使ったら壽命が……いや、一応わからなくはあるんだが……」
壽命を喰らう魔剣、ジジイが握ればその瞬間に黃泉へと旅だってしまいそうなその剣が気になったのは、その味や造りが彼の心に響いたからだった。
はおろか爐のまで吸い込んでしまいそうな漆黒の刀、グリップなど握れれば良いのだと自己主張するかのように雑に包帯の巻かれただけの柄。
鞘などというものにっておらず、その禍々しさは剣が自分でガラスを突き破ってこちらまで飛んでくるのではないかと思ってしまうほど。
荒々しさを漂わせるその見た目ではあるが、その剣先は靜かな埠頭のように穏やかでらかだ。を吸い込むほど黒々としているにもかかわらず、どういう理屈か刃濤部分がはっきりと見て取れる。
これしい、なんとしてでもこれがしい。ジジイの心は躍った。
この剣でばっさばっさと魔を切り殺してみたい、そんな騒な願いをしながら年甲斐もなく瞳をキラキラさせるディルを見て、ディギンが説明をしてくれる。
黃泉還しは以前まだ彼が冒険者だった頃、王都の裏オークションで競売に出されていたものであるらしい。彼が大枚をはたいて競り落とした一品であり、そして一度も使ったことのない武でもあるとディギンは言った。
「これは使った人間の壽命の大部分を持っていく呪いの武だ。だがそうわかっててもなぁ、これなんかいいじゃん。そんなキラッキラな目をしてるくらいだし、じいさんもそれはわかるだろ?」
「そうじゃの、なんというか男のロマンを詰め込みました……みたいなじがとても良い」
彼は事前にその呪いについての説明はあったにもかかわらず、そのフォルムや切れ味に魅了されて買ってしまったらしい。実際に実演してもらった際の衝撃は、それはもうすごかったらしい。そして試し切りをした男の使用後の変貌も、それはスゴかったらしい。
「筋骨隆々のゴリゴリの戦奴隷がなぁ、使ってからこの黃泉還しを俺がけとるまでにひょろひょろのジジイになっちまっててな。それを見た瞬間、あっ……と思ったんだ。だが殘念ながらもう競りは終わっていて、俺は全財産はたいてこの無用の長を買っちまったってわけさ。これを選ぶってんなら銀貨五枚でいいぜ、返品はけ付けねぇけどな」
「わしに使えると思うかの? さっきなんか口ごもってたみたいじゃったけど」
「ああ、あれな。俺は當時のオークションの支配人に、持ち主を加齢させる呪いって言われたんだ。もしそうだな……例えば三十加齢させる呪い、とかだったらじいさんはまず間違いなく死んじまうだろう。だがもし仮にこの剣が対象のを強制的に六十才に書き換える、みたいな呪いだったらじいさんなら案外なんの後癥もなく使えるんじゃねぇかなって思ってよ」
「なるほどの……」
前者なら握った瞬間に天に召されるだろうが、仮に後者だとすれば若干若返る可能すらある。
ディルは特に意味はないかもしれないと思いながらも、一応見切りを発させてみた。すると一瞬、ほんの一瞬だが黃泉還しがちらと瞬いた……ような気がした。
確証はない、もしかしたらあの武を使いたいと思うジジイの願が見せた幻かもしれない。
だがどうしてだろうか、彼はこの武こそ自分が使うべき新たな得であると、そう心のどこかで確信を持っていた。
「わし、これにするわ」
「……そうか、あんたがそれがいいって言うなら俺は構わんぞ。ただもし死んでも、俺のせいにはしないでくれ。あと出來れば、自分の家に帰ってから握ってみてくれ。ガラスケースは貸しておく、もし死ななかったら返しに來てくれ。死んだら俺が回収しに行くから、自宅の住所も教えてくれ」
「ほっほっほ、わしはしがない宿暮らしでの。定住はしとらんのじゃよ」
ディルは代金である銀貨五枚を支払ってから、彼に自分の逗留している宿を教えた。
そしてガラスケースをそれを収納可能なナップザックごと借り、トーラス工房を後にした。
確かにこのまま黃泉還しを握って死なれでもしたら、ギリギリの経営をしているあの工房が潰れてしまうことは想像だに難くない。
験擔ぎなんぞという古くさい慣習の殘っている冒険者業界だ、新人冒険者が死んだ武屋で武を購しようなどと考えるものはよほどの好きくらいなものだろうし。
ディルは背中の壊れが割れてしまわないよう細心の注意を払いながら、しかし若干歩調は逸り気味にすたこらと宿へ帰っていった。
「……何か良いこと、ありましたか?」
「ああすまんアリスちゃん、今日はお土産買っとらんのじゃよ」
「……要らないですから」
若干スキップ気味に廊下を渡っていくジジイを変なを見るような目で見つめる彼のことは努めて無視し、ディルは自室にった。
そしてナップザックを背から外し、ガラスケースの上の蓋を取り去り、その剣を直に見つめる。
大きな深呼吸をして、神を統一させる。なんとなく直観で大丈夫な気はしているが、それはあくまで直観でしかない。下手をすればここで彼のセカンドライフは終わってしまうかもしれないのだ。
(………なんでこんな危ない橋を渡ろうとしてるんじゃろうか、わし)
ディルは黒い刀に心擽られたという事実を冷靜に鑑みて自分の神年齢の低さを悟りし気落ちした。そしてはぁとため息を吐いてから視線を下げ黃泉還しを見ると、下がった分以上にテンションが上がった。
最後にもう一度だけ深呼吸をし、一度目を閉じて覚悟を決める。
「ふぅっ…………………今っ‼」
ディルはカッと目を見開き、右手で思いきり黃泉還しの柄を握った。
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