《【書籍化】わしジジイ、齢六十を超えてから自らの天賦の才に気付く【8/26から電撃マオウでコミカライズスタート!】》ドラゴンブレス

「らっしゃーい」

「一人で」

「あいあーい、どっか適當に空いてるとこ座ってー」

同じ接客業でも、地域差というのは大きいもんなんじゃのう。特に案をされたりするでもなく、ディルは空いているテーブル席を探し、そこへ腰かけた。

ギシギシと鳴る椅子から天井近くにある、ぶら下げられた絵の數々を見る。

連なっている何十枚もの紙片のそれぞれが、風にたなびいてゆらゆらと揺れている。書いているのは三つ、恐らくその品を表しているらしい絵と、お品書き、そしてその下に値段が書かれている。

ディルのように正直若干読み書きが怪しい者にも優しいシステムである、絵は隨分と大きく描かれており、がっつり老眼であるジジイでも見える程度にはデカデカとしている。

いくつかは知っている料理もあったが、やはり見知らぬ土地に來たら知らないものを食べたくなるのが人というものだろう。

「ポペラピューロのヌル煮は、甘い料理ではないかのぉ?」

「あぁ⁉ うちには甘ったるい料理なんか置いてねぇよ、そういうの食いたいんなら向かいの店に行きな‼」

必死にジジイなりの大聲でんでみると、なんとか廚房の奧の方で料理の準備をしていたウェイトレスに聲が屆いてくれたのがわかる。

客商売の人間がする態度じゃないとは思うが、こういうのも新鮮でありじゃの。

ほっほっほと髭をもしゃもしゃしながら注文をするディルにあいよっと気さくにオーダーを取る店員。

再び店の奧の方にってしまった彼の背中が消えるのを確かめてから、ちらちらと回りの人間を見てみることにする。

店員が無想だからか、それともこの地域の風土には合っていないような店構えだからか、はたまた騒なドクロを店のシンボルマークにしているからか、客足はそれほど多いようには思えなかった。

というか條件を並べてみるだけで、絶対流行らないと言い切ってしまえるような気がするの。

店のせいかし辛口になったおじいちゃんは數人いるらしいこの店の客が手に取る食事に目をやった。

ハフハフと息をらしながら食べている料理は、びっくりするくらいに赤かった。

何か白い練りのようなものが、真っ赤なスープの中でプカプカと浮かんでいる。木製のれんげで取った白玉を、一緒によそった赤いスープと一緒に口にれる。

クーっと悲鳴のような矯聲のような聲を出し、額に汗をびっしり掻きながらも手を休めない大男。その一心不さを見る限り、不味いということはないように思える。

ジジイはそんなはずもないのに、自分のおが痛くなるような錯覚に陥った。

「……明日、大丈夫かのう……」

「はいお待ちっ‼ お代は銀貨一枚だよ‼」

料金を支払い、出てきた料理をじっと見つめるディル。

彼に出されたのは、明な謎のだった。

鳥の半くらいの大きさの明なが、皿の上に乗っている。明といっても無というわけではなく、やっぱりというかなんというかは赤みがかっていた。

赤い香辛料と緑のペースト、それにピンクの塩がそれぞれ小皿にっている。

ナイフとフォークを差し出すと、店員はどこかへ去っていってしまった。

料理をじっと見つめ、どうしたものかと首を捻る。

恐らく切り分けて、それぞれの小皿に浸けて食べるような品なのだろう。

以前トロットロの煮込み料理が似たような狀態になっているのを見たことがある、魔の素材は調理によってが変わるということは、あまり魔食に詳しくないディルでも知っていた。

赤っぽいになっていることから察するに、多分スパイシーなスープで魔か何かを煮込んだものなのだろう。

おそるおそる明な塊を切り出し、まずは緑のペーストに付けて食べてみる。

「辛っ‼」

赤い煮凝りのようなも辛かったが、それ以上にディップした緑の調味料がくせ者だった。辛い、辛い。水を飲もうとするが、當然のごとく水は別料金。

それならば我慢じゃと今度は切り取った欠片をピンクの巖塩らしきに付けて食べる。

「……辛っ⁉」

塩辛いというのではなく、塩がただただ辛かった。もうわけがわからない、自分の想像の範疇を超える事態の連続に彼の脳は沸騰寸前である。

辛さに辛さを上塗りしていくせいで、ジジイの最近鈍り気味な舌がピリピリと痛みを発していた。

ええいままよと今度は赤い香辛料を付けて食べる。

「…………ぅっぁ‼」

最早聲を出して僅かでも気管を震わせたくない、そう思ってしまうほどの鋭い痛み。

が奧の方からヒリヒリするような覚。

たまらず水を注文し、銅貨を払ってから一気にコップを空ける。

一呼吸おき、ゆっくりと息を吐く。舌の上に未だ殘る刺激的な味、どうしてかそれがあとを引いた。

気付けば食べている、そして気付けばまた水を頼んでいる。

食べる、辛い、飲む、水が口腔をヒリヒリとさせる、そしてまた食べる、より鋭敏になっていく味覚が辛さを鮮明にじさせる。

これは…………クセになりそうじゃ。

ジジイは先ほど見た男と同様に、一心不で料理を食べ続けたのだった。

次の日、宿に付いているトイレでディルは絶にうちひしがれたという。

こんなことになるのなら、もう二度と食べてなるものか‼

そう心に誓った彼が昨夜の料理の虜になっていたのは、言うまでもないことだろう。

ジジイは朝食の際にもドラゴンブレスへとり、また新たな激辛料理に挑戦したのであった……。

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