《【書籍化】その亀、地上最強【コミカライズ】》安寧
「最後に一つ、お前らの目的って奴を聞かせちゃくれないか?」
そろそろお暇しようかなとタイミングを窺っていた矢先のことだ。
辺境伯が髭をしごきながら、疑問を投げかけてきた。
その顔はさっきの世間話をしていたときと同じように見えるけど……意識すると、彼の態度からは最初に會った時の真剣さがじ取れた。
どうやら出された質問は、辺境伯にとってかなり重要なことみたいだ。
……たしかに、この街を預かる人間からしたら當然のことだよね。
グリフォンを倒せて、テイムすらできるような奴らが自領の街の中にいる。
いくら人づてに報を集めたり、直接話を聞いてみたところで、そう簡単に安心はできないはずだ。
僕たちは今この場で辺境伯を殺すことだって、街で暴れ回って大損害を出すことだってできるように見えるはずだから。
もちろん僕もアイビーも、そんなことはしない。
ここでそんな騒なことをしても、なんの意味もないし。
でもそれを理解してよっていうのは、僕たちの傲慢であり、エゴだ。
他人に理解してもらいたいなら、まずは理解されるための努力をしないと。
人間関係って複雑だけど、その分簡単なことが重要になってくる。
そういうものだと、僕は思ってる。
だから僕は、隠すことなく本音を言うことにした。
もしかしたら最初に噓つくなよなんて釘を刺したのも、この質問のためだったのかな。
……だとしたら考えすぎですよ、辺境伯。
だって、僕たちがこの街に來たのは……。
「僕たち、平和に暮らしたいんです。迫害とか、追放とか……そういうのをされないように、どこか辺境の街でのんびり過ごしたくてここに來たんですよ」
僕の言葉を聞いて、辺境伯はきょとんとした顔をしていた。
意外だと、そう顔に書いてある。
さっきまでとは違って、その表は取り繕いのない、心からのものに見えた。
こちらが辺境伯の素、なのかもしれない。
……彼はいったい、僕らのことをなんだと思ってたんだろう。
辺境伯の信を得ることを足がかりに王國でり上がろうとする、英雄願のある男だとでも勘違いしてたのかな。
だとしたら見當違いも甚だしいよ。
だって僕もアイビーも……ただのんびり暮らしたいだけなんだから。
「のんびり……ハハッ……ふぅ。嫌になるねぇ、年を取ると」
エンドルド辺境伯は、執務機の向かいの椅子にどかっと座り直すと、機の引き出しを引いて煙草を取り出した。
笑ったかと思うと真面目な顔になったりと、百面相だ。
気持ちを落ち著けるためか、使用人の人に火を點けさせて一服し始めた。
辺境伯はポウッと頭上に煙のっかを作ると、こちらに向き直る。
「散々気ぃ張ってたのが馬鹿らしくなるぜ。お前さん、それ本気で言ってるだろ?」
「もちろん、噓はついてません」
僕の言葉に、苦笑いを浮かべる辺境伯。
それだけ力があればどんなことだって……みたいな問答をする気はないんだろう。
僕たちがそれをんでないのを、なんとなく察してるみたいだった。
別にアイビーは、力がしくて強くなったわけじゃない。
ただ気付いたら、どんどん大きくなって、日に日に強くなっていってしまっただけなのだ。
――ある意味ではきっと、アイビーが一番の被害者なのかもしれない。
彼がもし本當に、ただ見た目が綺麗なだけの亀だったら。
きっと僕は農家で、アイビーはペットとして可がられていただろうから。
そんな有りもしない未來を想像して、それから今に目を戻す。
僕には目の前の辺境伯が、強権を発させる暴君ではなくて、僕らみたいなイレギュラーからなんとかして街を守ろうとする、頼もしい領主に見える。
だから自然と、言い淀まずに、流れるように言葉が口をついて出た。
「僕たちは安寧がしいんです。なので辺境伯、あなたの庇護がしい」
「たしかにお前らみたいなのが平和で生きようってのは、なかなか難しいだろうなぁ。世は終わったとはいえ、まだまだ貴族の力は強い。他國も隙あらば食い込んでくるだろうし、あいつらの存在だってある」
グリグリと煙草を灰皿に押しつけてから、立ち上がる。
そして僕の方へ手を出して、
「無論、どうしようもねぇ時は力を貸してもらうけどよ、俺の領地ん中なら、何だって保証してやるよ。ま、周囲はうるさくなるだろうし、面倒ごとも降って湧くだろうが……それ以外ん時は、適當に生きりゃあいいんじゃねぇの?」
僕はゆっくりと手を出して、辺境伯と握手をわした。
それは彼が僕たちを庇護下にれてくれるという、肯定を伴うシェイクハンドだ。
こうして僕らはようやく、平和に生きるための下準備を終えることができた。
安定や安心は手にれることができた。
安寧や安穏は……難しいかもしれないけど。
でもこれで、とりあえず諸々の面倒ごとは終わったわけだ。
ギルマスとも辺境伯とも知己になれて、三等級としてしっかりとお金も稼げるようになった。
グリフォンライダーとして名も売れたし、そう簡単に手は出されなくなったはず。
……って今思うと、もしかしてアイビーはそのために僕にグリフォンに乗れって頑なだったのかな?
んな事があったけど、冒険者ギルドの皆は基本的に優しいし。
グリフォンに乗るようになったおかげで、市民からの評判もそう悪いものにはならない……というか上々。
辺境伯が商品開発なんかもして、普及してくれるらしいし……あとはある程度お金を稼いで、まったりしたいな。
とりあえずグリフォンの損害の補填にプラスアルファでお金は出してくれるらしいし、警護の依頼をしながら、ゆっくりやっていこう。
僕たちにしては珍しくハイスピードな日々だったけど、ようやく腰を落ち著けることができそうだ。
アイビーもなんやかんや、この街を気にったみたい。
僕らまだまだ新米だし、問題だらけだけどさ。
頑張ってこうね、アイビー。
一緒に、さ。
「みぃ!」
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