《【書籍化】その亀、地上最強【コミカライズ】》異変
アイビーの尋問(?)の結果、カーチャを襲って來た奴らの正が判明した。
彼らはセリエ宗導國の『漆黒教典』と呼ばれる、暗部を擔う者達だったのだ。
昏き森を隔てて辺境伯領と繋がっているというあの不気味な宗教國家だ。
彼らはカーチャを殺せ、という命令だけをけていた。
彼らの上に立っている人達の狙いはわからない。
いったい彼らは……というより彼らに命令をした上の人間達は、なんのために彼を殺そうとしたんだろうか。
僕はアイビーが言っていることをカーチャに翻訳してから考えていた。
だがどうやら結論を出すのは、政治に疎い僕よりもカーチャの方が早かったようで……。
「開戦のきっかけが、しいのやもしれんな……」
と、真剣な表を崩さずに言った。
開戦……わざわざ戦爭をするってこと?
だって昏き森が相當な範囲に広がってるから、戦爭はできないんじゃなかったの?
魔に兵がやられて、まともに攻め込むこともできないからって。
「妾を殺して向こうが得られるメリットなど皆無じゃ。自分で言うのもなんじゃが、妾は頭が良いし、ととさまにも可がられとる。殺されれば公私両面で、ととさまは激怒するじゃろう」
易すら行われてない、言ってしまえば海や山脈みたいな天然の要害に阻まれた二國間の関係。
何も行われておらず、まっさらなはずのそれを自分から壊そうとするんだから、それなりの理由があるんだろうという話みたいだ。
「妾を利用しようとするなら、暗殺じゃなくて拐の方が都合がいい」
攫い婚と呼ばれる彼らの宗教的な文化も考えると、殺すよりも攫った方が意義は大きいらしい。
「戦爭、なんていきなり話が飛躍しすぎじゃない?」
「いや、セリエ宗導國は近年隨分ときな臭いきをしておる。むしろここ最近だんまりを続けていたのが、不気味なほどにな」
「戦爭だなんて……」
今、人間達の國は大きな戦爭をしていない。
というのも人間達は現在進行系で、魔の対処に追われ戦っている余裕がないのだ。
僕たちが暮らす大陸の隣、海を隔てて鎮座している尖った山のような場所に、強力な魔達が住み著いている。
なんでもそこには、魔王と呼ばれる魔達の王が存在しているらしい。
彼らは未だ先遣隊や海上戦力を小出しにしてくるだけで、本格的な攻撃まではしてきていない。
ちなみに彼らの本隊は、その名を黒の軍勢という。
以前カーチャが言っていたのは、これのことだ。
魔王軍は數十年間だんまりを続けてるし、攻めてくるのは僕たちが死んでからだろうと、そう対岸の火事のように思っているのが僕も含めた大衆の意見だ。
魔達のおかげというべきか、人間同士での戦爭は起こらず、小康狀態が続いていくとばかり思っていたんだけど……まさかそんなにすぐに戦爭が、それも人対魔ですらない、人対人のものが起こるかもしれないなんて。
こうやって話を聞いても、どうにも現実がない。
「でも昏き森を抜けるのは無理なんでしょ? だったら攻めようがないんじゃない?」
「……たしかに、その通りじゃ。恐らく妾の考えすぎで、セリエ宗導國はただととさまに嫌がらせがしたかっただけなのじゃろう。じゃが最悪は想定しておかねば、いずれ予想を下回ったときに後悔する。ああ、あの時こうしておけばよかった……と」
老したというか、冷靜で落ち著いたの見方をするカーチャ。
普段サンシタをでたり、そのお腹で仮眠を取ったりしているのとはずいぶんと印象が違う。
彼もしっかりと、貴族の青いというやつを引継いでいるって事なんだろう。
暗殺者がやって來ても、自分が狙われても、顔一つ変えていないのは、領主教育の賜なんだろうな。
にしても戦爭か……冒険者になった僕が言うのもなんだけど、騒な話だ。
四等級以上になると、基本的に戦爭には參加させられるし。
彼の予測が外れることを願うばかりである。
「また襲撃があるって考えると、こういうあぶり出しをするのは危ないかもね」
僕はアイビーのことを信じているけれど、彼が絶対に負けないとまでは過信していない。
彼より強い生きなんか存在しないと言いきれるほど、僕は楽観主義者ではないのだ。
障壁を破る方法、みたいなものがあれば次はカーチャが危ないかもしれない。
カーチャのプライベートに踏みる形にはなるけれど、もうしばらくの間は一緒にいた方がよさそうだ。
四六時中一緒ということになると、部屋なんかも用意してもらった方がいいかもしれない。
「そうじゃな、それがよかろう」
彼の許可も得て、僕は今まで以上に長時間、護衛として働くことになった。
――結局これ以降、カーチャが襲われるような事はなかった。
けどそれからしばらくして、思ってもみない事件が起きた。
今まで出てこなかったはずの昏き森の魔達が、突如として辺境伯領へと侵攻を始めたのだ。
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