《【書籍化】宮廷魔導師、追放される ~無能だと追い出された最巧の魔導師は、部下を引き連れて冒険者クランを始めるようです~【コミカライズ】》デザント王國
デザント王國の王都デザントリアにある王宮のすぐ近く。
配置されている離宮の一畫に、第二王子ガラリオの私室がある。
「ふむ、これでようやく第二王派が一掃できたか……」
「はっ、そして後任の『七師』であるヴィンランド様は我ら第二王子派です。また一歩、王國での影響力を強めることができたかと」
「ふふふ……全ては俺の思い通りだ」
腹心に訳知り顔で頷くガラリオは、細で神経質そうな顔つきをしている。
貧乏揺すりをしている彼は現在、自陣営の第二王子派の影響力を増やすべく、宮廷で働きかけを行っている真っ最中だった。
今回アルノードが國外追放刑に処されたのは、そんなガラリオによる工作の一環だった。
「バルドなんぞに先を越されてたまるか……なんとしてでも俺が王位に就いてみせるぞ」
「はっ、その意気でございます。私も微力を盡くしましょう」
忠臣であるメッテル伯爵に頷き、ガラリオはゆっくりと離宮を後にする。
歩いている最中も、その頭脳は常にめまぐるしくいていた。
現王であるファラド三世は、既にかなりの高齢。
未だ現役で壯健ではあるが、最近「老には仕事が堪える」とらすことが増えてきていた。
このままではそう遠くないうちに、王太子であるバルドに王位を譲ってしまう。
ガラリオとしてはなんとしてでもそれを避けたかった。
彼は自分こそがもっとも王に相応しい人だと疑っていなかったからだ。
そのために選んだ手段は、第三閥の形である。
王であれば誰にでも仕える王黨派、バルドに忠誠を誓っている王太子派以外の全ての勢力を吸収し、自分こそが第三極になろうと蠢したのだ。
そして現在、彼の思は完全に上手くハマっている。
既に王太子が無視できぬほどに、ガラリオ派は大きく長していた。
庭園を経由して王宮にろうとすると、小さな影が見える。
楽しそうに花に水をやっているの姿を見て、ガラリオはふんと鼻息を一つ。
ずんずんと歩いていって、わざとらしくをぶつけた。
「――痛っ!」
「おおっと、誰かと思えばプルエラじゃないか。すまんが、考え事をしていると周りが見えなくなる質でな」
「い、いえ……」
第二王プルエラは、水を含んだ土に思い切り飛ばされ、召しているドレスが泥だらけになってしまう。
けれど彼は、ガラリオに文句を付けることはできなかった。
數ない彼の支持者たちは、皆ガラリオに取り込まれてしまっている。
今のプルエラにできることは、自分が嫁ぐその瞬間まで、暴風が家の屋を飛ばさぬよう祈ることだけだった。
自分の手を見ると、赤いり傷ができていた。
母に作ってもらったばかりのドレスは泥だらけになってしまっている。
プルエラは顔をうつむけ、小さくを震わせる。
ガラリオはそれを見て己の嗜心を満たし、満足げな顔をして王宮へっていく。
あとにはプルエラのすすり泣く聲だけが響いた。
侍に回復魔法をかけてもらっても、心の傷は魔法では治らない。
「……アルノード」
泣き止んでから思い出すのは、いつも楽しい話をしてくれるアルノードの優しげな笑みだった。
彼のことを、プルエラはよく覚えている。
『七師』でありながら政治権力にはおもねろうとしなかった、魔導の探求者。
孤児からを起こし、王都にあるフリューゲル魔學院を首席で卒業。
そして一代で貴族にまでり上がった俊才だ。
だがそれは後になってから調べたことで、プルエラが彼に興味を持ったのは全く別の理由からだった。
王である自分と対等に接し、らかな態度で接してくれる。
見守り包んでくれるようなその視線は、今までじたことのないものだった。
アルノードが、數日ほど前に爵位も職も失ってしまったと聞いたのは、昨日のことだった。
(アルノードが全てを失ったのは、私のせい。派閥に屬さなかった彼を、ガラリオ兄様が第二王派とみなしてしまったから)
今どこで何をしているかもわからぬ彼のことを考えると、プルエラのは締めつけられる。
「姫様、お召しを」
「そうね……あら、何かしら?」
王宮で著替え直そうと立ち上がるプルエラの目に、馬に乗った伝令兵の姿が見える。
全は薄汚れており、無髭が生えていて、相當慌ててやってきたようだった。
王宮に馬で乗り込むことは、王家を軽んじたとして死罪に処されると法で決まっている。
それが適用されないのは、急事態の場合のみ。
ということは……。
「また戦爭かしら……」
また新たな戦火が広がる景を想像し、プルエラはぶるっとを震わせる。
しかし現実は、彼の予想とはまったく違っていた。
「陛下、荘厳な離宮をかような理由でいでしまい、申しわけございませぬ」
「世辭はよい、用件を」
「ハッ!」
王宮で最も大きな一室は謁見室といい、王が他者と接見するために用いられる場所である。
今その部屋の中には四人の重要人がいる。
國王ファラド三世、王太子バルド、そしてガラリオ第二王子。
そして彼らの後方で、軍務大臣であるフランツシュミット侯爵が立っている。
(いったい何が起こったというのだ。方面からすれば東部からの伝令だろうが……)
伝令兵がこれほどまでに急ぐ火急の用件とはなんなのか、ガラリオには全く想像がつかなかった。
そして彼は報告された報を聞き、驚愕することとなる。
「東部辺境において、魔の軍勢(スタンピード)が発生! そして『七師』ヴィンランド様率いる魔導騎士大隊が半壊! ヴィンランド様が単で魔の軍勢を相手にしており、至急援軍をとのことです!」
「何っ!?」
「なんだとっ!?」
「……ふむ」
聲を上げたのは王太子と第二王子だ。
國王は何も言わず、伝令兵の報告を聞きながら頷いている。
魔の軍勢とは、時折起こる魔の飽和現象のことだ。
森やダンジョンなどでその數を発的に増やした魔たちが、足りなくなった食料を求めて本來の生息範囲を飛び出すのである。
普通の魔は、食料が足りなくなれば共食いを始める。
彼らに余所から食べを取ってこようという知はない。
魔の軍勢が起こる場合、そこにはある程度の知を持つ強力な魔の存在がある。
通常魔の軍勢は、師団単位で派兵をすることで収める現象だ。
王は決して慌てることなく、泰然とした態度を崩さずに視線を橫に向ける。
そこには軍事を統括する軍務大臣である、フランツシュミット侯爵の姿があった。
「卿ならどうする? 王都守護隊を回すか?」
「――屬州の監視を引き揚げましょう。併せて屬州から募兵をしつつ東部に向かわせるべきかと」
「それでは反の芽が生まれかねん、屬州民による略奪の可能もあるぞ?」
「王國を魔に荒らされるよりマシです。伝家の寶刀である守護隊は、使わぬからこそ意味があります」
「ふむ……専門家の言うことは素直に聞くとしよう。よきに計らえ」
「はっ!」
側近にいくつも矢継ぎ早に命令をしている侯爵を見ながら、ガラリオは顔を真っ青にしていた。
ここに來ていきなり東部の魔が抑えられなくなった。
だとすればその理由は明らかに――
「しかしいったい、何故これほど急に東部天領が……報告ではそれほど危険な魔は出ないという話だったはずですが」
「報告に虛偽や誇張があったんだろうな……東部天領の代周りから正確な報を集めさせよう」
後継者と目している息子に答えると、ファラド三世は玉座から立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
そして戦々恐々としているガラリオの肩をポンと叩いた。
「ひっ!」
「バルクスの代はお前の紐付きだったな? 直ちに正確な(・・・)報を集めろ。直ちに、だ」
「ひゃ、ひゃいっ!」
ガラリオはその後、バルクス代であったアースラから正確な報を聞き出し、報告に含まれていた虛偽の多さに激怒することとなった。
そして王國中樞部の人間は、今起こっている魔の軍勢が、既に首魁を討ち取られたあとの余波であることを知り愕然とする。
魔のリーダーであったテンペストオーガを倒し、最大の殊勲をあげたアルノードは既に放逐済み。
実質的に六百程度の小勢で東部天領を守っていた第三十五辺境大隊は、魔の軍勢によって東部軍団が壊滅するのを見計らったかのように退役してしまっていた。
王國は最終的には國の治安をかなり悪化させながらも、なんとか魔の侵略を防ぐことには功する。
しかし王國部に亀裂が生じ、屬州の至る所で反が囁かれるようになった。
そんなことになった理由は、ガラリオの不始末が原因だ。
國王は彼の監督不行き屆きを、決して許さなかった。
「救國の英雄であるアルノードを國外追放させるなどと……恥を知れ! 他國に渡ったあやつがどれだけの脅威となるかもわからぬような阿呆に、王族たる資格はない!」
ガラリオは結果として王位継承権を失い、出家した上で神聖教に引き取られることとなる。 以後ガラリオ派は急速に瓦解し、他勢力に吸収されていった。
そして救國の英雄となったアルノードと懇意にしていたプルエラは、宮廷で以前より強い勢力を持つようになる。
彼は先見の明のある王族として、王太子に次いだ発言権を持つようになっていく――。
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