《【書籍化】宮廷魔導師、追放される ~無能だと追い出された最巧の魔導師は、部下を引き連れて冒険者クランを始めるようです~【コミカライズ】》殺気
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【side アルペジア・フォン・アルスノヴァ=ベッケンラート】
「――行った、か……」
ふうぅぅと、口から自分の魂が抜け出てしまいそうなほど大きいため息を吐く。
スッと顔を下げると、張が解けたせいか自分のが震えていることに気付いた。
無意識のうちに、自分の手が首をでている。
首とがくっついているかどうか、自分でも確信が持てていないのだ。
あれが、アルノード・フォン・エッケンシュタイン――元『七師』である『怠惰』のアルノード。
「もうよいぞ、アレスト」
「……いやはや、老のにあれは堪えますな」
音もなく天井の羽目板が外され、スッと一人の人が落ちてくる。
そして音もなく著地し、何事もないかのような顔で己の髭をでた。
彼はアレスト――私と舊友の、先代筆頭報武である。
報武とは、簡単に言えば諜報を擔う武のことだ。
それを取り纏めてくれていたアレストは、侯爵家の裏の仕事を引きけてくれていた人である。
私もこいつも、暴すれば人生を終わらせることができるようなお互いのを、山ほど抱え合っている。
そんな狀況でも長年一緒に居るのだから、正しく腐れ縁と言うやつだ。
「私が最後に軍を率いて行ったのはもう十年以上も前、戦場の勘は鈍ったとはいえ……あれが尋常のものでないことはわかったぞ。あのを突き刺す針のような鋭い覚は普通ではない」
「私も老いたのかもしれませんな。あそこまで言われては、立つ瀬がありません」
「そう言うな、あれが特別なだけだ。そなたがいるおかげで、私は枕を高くして寢ることができるのだから」
既に家督を譲ったとはいえ、アレストは私が抱える人材の中でも上位五人にはるほどの戦闘能力を持った男だ。
だというのにアルノードは、歯牙にもかけない様子だった。
広大な領地を治め、先進的な魔導技により屬州を押さえつけているデザント王國。
數多いる魔導師の中で最上位である『七師』の座に君臨していたその実力は、伊達ではない。
彼との対面を果たし、私は事前に行っていた対『七師』の想定が如何に無意味なものであったのかを悟った。
あれは只人ではまともにやり合うことのできない、理不盡の権化だ。
まともに言葉が通じ意思疎通ができていることそのものが、異常だと思えてきてしまうほどの。
「魔道も反応しておりませんでした。あやつは何一つ、噓は言っていないかと……」
「『怠惰』のアルノードであれば魔道や魔法をすり抜ける手段も持っているはず。お互いの手札から見れば、我々が圧倒的に不利だな……」
アレストの手には、緑の円盤が握られている。
この『看破』の機能のついた魔道『真実の眼』は、相手の噓の気配に反応し発する。 何か報が得られればと思い使ってみたが……アルノードの言葉にはまったく反応しなかった。
やはり魔法や魔道を使って彼とまともに張り合おうなどと考えてはいけないな。
下手なことをすれば、こちら側が見切られてしまう可能もある。
我々は虎の尾を踏むわけにはいかないのだ。
「だがあれだけの男が、我々王黨派についてくれることの意味は大きい」
「ですな。今の我々は賭けに出なければいけません。アルノード殿には、ベットするだけの価値がある」
我ら王黨派の貴族たちの領地のほとんどは、王國東部にある。
つまりは昨今の魔の侵をけ、経済的にかなりの打撃をけているということだ。
そのため最近では、黨派としてのまとまりすら欠け始めている。
我々王黨派もまた、決して一枚巖ではない。
黨派の中にもいくつもの派閥があり、地方分派が嗅がせている鼻薬に興味津々な者も多い。
彼らを従えながら、黨派として団結して事にあたる。
そして最終的には、王の下で國が一丸となった新生リンブル王國がデザント包囲網の一角を擔う。
リンブルが生きていく道はこれしかないと、私は確信している。
だがそんな無理難題を実行するためには、それを可能にできるだけの『何か』が必要だった。
日々悪化する狀況の中、私はその『何か』を探し続けていた。
娘のサクラがしでかしたミスから、偶然にも一つの出會いが生まれた。
そしてそれが、可能を紡いでくれた。
「サクラもオウカも、彼は厚意には厚意で返す人間だと斷言していた。私が誠意を持って接している限り、その牙が我らを食い破ることはない……はずだ」
「――まぁ、それしかないでしょうな。彼らが毒牙にかからぬよう、私もきます」
「助かる。今回の一件はリンブルの存亡に関わる大仕事になるだろう。お互いこれを最後の仕事と思って頑張ろうじゃないか」
「後のことは息子に任せて、余生は靜かに暮らすつもりだったんですが……仕方ありますまい」
アレストは頭が切れる。
結局彼は退出するまで、一言も『辺境サンゴ』の切り崩し工作や裏切りの発については口にしなかった。
彼も……そして私も言わずとも理解しているのだ。
アルノードへ不利益を與えることの愚を。
今後とも彼らと上手く付き合っていくためには、ある程度はを削らなければいけないだろう。
そう直したからこその、先の援助の申し出だ。
今の侯爵領にできることであれば、どんなことでもやってみせよう。
それが我々の、明るい未來に繋がるのなら。
だが……。
「サクラの嫁りだけは、なんとか阻止できないだろうか……」
「侯爵様は相変わらず、娘のことになると途端に知能が下がりますな。これさえなければ完璧だというのに……」
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