《【書籍化】解雇された寫本係は、記憶したスクロールで魔師を凌駕する ~ユニークスキル〈セーブアンドロード〉~【web版】》#19. 行軍(アール)
「ここも出ないといけない」クララの小屋に戻ると彼はそういった。「気にってたのに。……野宿するのやだな」
アールは《マジックボックス》のスクロールを開いて荷をれていた。昨日來たばかりのアールの荷のほうが多く、クララの荷はなかった。
クララはこの場所に未練があるようで、小屋を出てから何度も振り返っていた。
木の上に村人全員が集まれる場所はない。アールはクララにしがみついて木を降りて、森の中、地面の上に立った。村には數十人の人がいたらしい、すでに何人かは降り立っていて、準備をしていた。昨日來たばかりのアールには顔を見たことがないのも多くいた。
ブリジットが降りてきて、あたりを見回した。
「全員いるな。武は持ったか?」
村人たちはアールからけ取った武を振った。
「よし、いくか」ブリジットは歩き始めた。
アールも後ろからついて行き歩き続けたが、日頃から運不足の彼にとってこれは重労働。すぐにへとへとになって、途中から戦士の一人に擔がれて運ばれた。戦士はアールを擔いでいても歩く速度が全く変わらなかった。
「どこに逃げるの?」アールは擔がれながら戦士に尋ねた。
「王のところだ。……匿ってくれるといいが」戦士は苦笑した。
「どうして?」
戦士は々あってねと言って、それから何も言わなかった。
しばらく歩くと、皆が立ち止まった。日が傾いていて、あたりは暗い。まだ太が出ている時間でこんなに暗いなら、夜になったらどうなってしまうのだろうとアールは不安になった。絶対に蛍石のランプを付けたまま眠ろう。
「今日はここで休もう」ブリジットが言った。そこは完全に森の中で、草木が生い茂っていた。
地面に立つと、運んでくれた戦士が言った。
「眠れるように準備をするといい。ただ、眠るときは明かりをつけるなよ」
「え、なんで!」
「ドラゴンに見つかるからだ。それにここらへんは、危険な生も多い」アールは震いした。
皆が食事を取りに、集団で行し始めた。アールは集団からし離れた場所に行き、一人で食事を取ろうとした。
「しかし、使いにくいですよこれ」
そんな聲が聞こえた。見ると戦士の一人がアールの弓を持ってそう言っていた。
「今までの弓のほうが良いです」
アールは彼に近づいて言った。「違うそうじゃない。逆さだ」
戦士は一瞬驚いたようにアールをみた。戦士から武をけ取ると慣れた手付きでアールは弓を構えて、矢を引いた。
「こうして、指を引っ掛けるんだ。弦がいくつかあるけど、こっちの弦は使わないで、この真っ直ぐなのだけを引く」
アールはあたりを見回して、手頃な的を見つける。あの枝が良いだろう。
集中する。アールは矢をる。
その小さな弓から放たれたとは思えないほどの速度で矢は飛んでいき、矢より一回りほど太い枝を貫いた。
「はい。こんなじ」
戦士たちは心したようにアールを見ていた。「すごいね。あんな細い枝を抜けるの?」
アールはし赤面して言った。「飛び道を使うのは得意なんだ。暇さえあればずっとってたから」
「そんなにひ弱ななのに大したもんだよ。ちゃんと鍛えれば立派な戦士になれる」
戦いたいわけではないけれど、技を褒められるのが嬉しくて、アールは微笑んだ。
アールから弓を返してもらった戦士は、言われたとおり構えた。「確かに構えやすいよ。それに力もいらない。これであんな速度が出るのか?」
「それは……」アールは説明したが戦士たちはわかっていないようだった。彼らにとって必要なのは理屈ではなく、実際に使えるかどうかのようだった。
「よくわからないが、力が必要ないのはわかったよ」戦士は頷いた。
他の戦士が言った。「あれだけ威力があると、狩りの幅も広がるよな。すごいなそれ」
「なあ、こっちはどうやって使うんだ?」他の戦士たちがいつの間にか集まってきていて、アールたちを見ていた。彼らは興味津々でアールに武の使い方を尋ねた。
彼らは武の能だけでなくアールの技に心し、彼の肩を叩いた。戦士たちはすぐに使い慣れて、次々に獲を仕留めていった。そこはさすが戦士だなとアールは思った。
「アール。こっちで一緒に食おう」戦士たちがそういうので、アールは彼らと一緒に焚き火を囲んだ。まだ太は出ている。今のうちに焼いて食べてしまうらしい。
クララがじっとこちらを見ている。この集団のなかで料理なんて出せるわけがないだろ!
アールは彼らと同じように地面に座った。汚れるだろうが気にしなかった。彼らとともに食事を取れるのが何故かとても嬉しかった。
戦士たちは焼いた鳥のをアールに差し出した。味付けなんてしていない、王家の料理とは程遠い食事だった。アールはかじりついて、ハッとした。
「おいしい……どうして……」どうしてそうなのか、わからなかった。
アールはマナーなんて完全に忘れて、を頬から顎に滴らせて食べた。あ、と禮儀に反すると気づいたが、見ると戦士たちもそうしていた。それがここのマナーなんだと思った。
戦士たちは武について、その能について、かなり誇大に話していた。それは彼らもわかっているようで、笑いながら答えている。アールの技の話になって、攻城兵の話になる。アールは會話に混ざって、笑って、をかじった。
夜になって、見張りのグループと睡眠を取るグループに別れた。アールは眠っていていいと言われて、布に包まった。近くにクララがいて、彼はアールが包まった布にを押し付けるようにして眠っていた。
あたりは暗くて、さっきまでとは打って変わって不安になった。森の中からたくさんの音が聞こえてくる。足音、葉の揺れる音、蟲の鳴き聲。些細な音が聞こえるたびに、アールはをませて目を開いた。すっかり疲れ切っているのに、眠れなかった。
しばらくして、クララが見張りの番になった。彼が立ち上がるのが振でわかった。
アールも立ち上がって、クララを追った。
「眠ってていいのに」クララは見張りの場所で座り込むとそう言った。
アールはクララの近くに座った。「眠れないんだ」
「ふうん」クララはそう言って、アールを見た。「ねえ、料理食べたいんだけど」
アールは目を細めた。「ここで《マジックボックス》を開いたらが出るよ」
「ちぇ」とクララは言って、不機嫌そうな顔をした。
「それに、焼いたのほうが味しい」
クララは眉間にシワを寄せた。「絶対料理のほうが味しい! 舌おかしくなったんじゃない?」
「そうなのかなあ」アールは口をモゴモゴとして、いつもの料理の味を思い出そうとした。
部屋に運び込まれる料理、湯気、匂い、スプーンを手にとって、フォークを手にとって、口に運ぶ。運ぶ。運ぶ。そしたら、空になって、下げてもらう。
「それじゃあ、いつから舌がおかしかったのかなあ」アールは呟いた。
今までの食事になんてなかった。それに、誰かと食べることも多くはなかった。いや、誰かと食べてはいた。會食の機會はたくさんあったし、人とあまり接しないようにしてても、會話の機會はあった。誰かと食べることは今までだってあった。なのにどうしてこんなに違うのか。
クララは料理が食べられないと諦めて、武をっていた。彼の武もアールが渡したもので、小さくても威力の強いものだった。
クララは思い出したように言った。「君すごいよね、あんなに弓がうまいと思わなかった。私よりもずっとうまい。見直した。私も練習しなきゃ」
アールは微笑んだ。「僕が得意なのは狙うことだけだよ」
「それでもすごいよ。歩き疲れて持ち運ばれているときはどうなるかと思ったけど、でも、弓の腕に皆心してた。それに君には謝も。能のいい武なんて久しぶりだし、こんなに簡単に獲を取れると思ってなかったから。村に貢獻したんだよ。……村の一員だね、アール(・・・)」
アールははっとして、深く息を吐いた。それは気づきのため息だった。
――アール。こっちで一緒に食おう。
「そうか……、そうか僕は……」
生きてる気がした。それはずっとなかった覚だった。こんなことは初めてだった。
自分は王子で特別で、だから、その役目を演じ続けないといけない。たとえ自分自を押さえつける事になっても。そう、ずっと思っていた。
「僕はアールだ」
彼はそう呟いた。
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