《【書籍化・コミカライズ】さないといわれましても~元魔王の伯爵令嬢は生真面目軍人に餌付けをされて幸せになる》19 にんげんはおさかなをなまでもたべるとしりました
見たことのないお料理がいっぱい並んでいます。
魔王の頃、森には大きな川も流れていて、そこには小さなエビもいました。お水を飲もうとすると一緒に口の中に流れ込んできて、ちょっとしたアクセントでした。ぱりぱりしてて。味はよくわかりませんでした。小さかったので。でも泥のにおいはしてたと思います。
それよりずっと大きなエビが丸ごと……エビですよねこれ。と大きさが違うだけで形はほぼ同じですし。
ロングハーストは海に面してはいません。王都もです。でもドリューウェットは違います。この領都の近くにも大きな漁港があって、海産が特産品なのだと習いました。海産は悪くなるのが早いので、王都でもあまり出回らないようなものを食べられることでも有名だとか。
私は魔や森に生えている植なら大抵のことは知っているのですけど、そうではない普通の、特に牛とか馬とか人間に飼われてるようなのはあまりよく知りません。なのできっとドリューウェットでは海にすむ牛とか飼って食べてるんだと思ってました。でも旦那様に聞いたらお魚だそうです。お魚でしたらお屋敷でもフライとか食べられますのにと不思議だったのですが、ここに並んでいるのは生です。どう見ても生です。え、多分これお魚ですよね。赤いのや白いのでつやつやして瑞々しい。人間も生で食べるのです。知りませんでした。
「――これはまた隨分とドリューウェットらしい食卓ですね。客人にいきなりこれはし冒険がすぎませんか」
「いやねぇ。お客様ではないでしょう。この地のもの全てでまずはおもてなしして早くなじんでいただきたいのよ?」
「晝にも言いました通り、俺はもう獨立した他家の者です。縁者としてドリューウェットに貢獻していきたいとは思っていますが」
「ジェラルド、食事をはじめてもいないうちから何をはじめてるんだ。母上もジェラルドをからかいすぎです。ほら父上、挨拶を」
旦那様のお兄さまが侯爵様に食前の挨拶を促します。さきほど皆様とちゃんと名乗りのご挨拶をできました。侯爵様はウォーレス・ケアリー・ドリューウェット、お兄さまはスチュアート、侯爵夫人はカトリーナです。
侯爵様が長い食卓の端、その左側に侯爵夫人、それからステラ様。右側にスチュアート様、旦那様、私、そして私たちと侯爵夫人側の間には山盛りの馳走です。スープとかそれぞれに運んでもらえるのとは別に、給仕に頼んでとりわけてもらうスタイルなはず。
タバサは武裝しますよと言いました。なのに鎧も剣もくれませんでした。楽しみだったのに。
でもこれのことだったのです。見たことのない馳走がいっぱい並んでいて、私はどれも食べてみたい。でもきっと全種類はちょっとだけ無理です。多分ちょっとだけ無理。
私は選ばなくてはなりません……どれも食べてみたいのにどれかは我慢しなくてはならない戦いです――!
まず目の前におかれたのは、真っ白な淺めの皿。ころんと楕円の白っぽい塊に金のとろりとしたソースがかかっているのは、エビと白魚のクネルだそうです。選ぶ前にきちゃいました。でも大丈夫。ちっちゃいのが二つです。二口です。ちっちゃいので実質一口です。噛むとふわっとしてほろり崩れてじゅわっとします。あっさりしてて味しい。おだと白いのはぎとぎとなのにお魚は白いとあっさりなんですね。
「――この前の夜會で社嫌いの堅がな妻に陥落したと噂を呼んだらしいけど、どうやら本當に噂ばかりでもないようだ。帰ってきた父上にきいて、私も見てみたかったと思ってたんだよ。だけど王族への挨拶を怠ってまですぐに退出したのはやりすぎじゃないのかい」
「不參加だと事前にきいていた狂いの第四王子が出席してたんですよ。それがなきゃ挨拶くらいはしました」
「ジェラルド」
あっ次です。次のお皿がきました。あれ、いつ目の前の馳走選んだらいいんでしょう。群青の四角いお皿に乗ってるのは薄黃のお?これも生っぽい。つやつやしてるのはオイルだと思いますけど何かきらきらしてるのものってます。お城の夜會で食べた馳走みたいです。ここもお城だからですね。
「事実です。王族や王城警護は騎士団の管轄ですから軍と接點はないですが、それなりに接する機會もありましたから――アビゲイル、そのオードブル、君は生の貝類を食べるの初めてだろう。無理は……してないな。うん。味いか」
「はい!ホタテって聞きましたけど、これ貝ですか。殻がないと味しいの栗と同「っんん!うん、味いならよかった」よかったです!」
森の川にも貝はいました。あれはちょっと臭かった。でもこのホタテは、刻んだたまねぎとか赤や黃のパプリカとかオイルが絡んでて、ぷりっさくっとした歯応えで甘いです。魔王時代は魔の生をよく食べていましたが、本當に人間も生で食べるだなんて……しかも生でも味しいだなんて、さすがですにんげん……。
「……殻?」と侯爵夫人たちが呟きましたけど、もしかしてドリューウェットの貝には殻がないのでしょうか。殻はじゃりじゃりしてるし味しくないから、ないのはとても食べやすくていいと思います。
「ま、まあ……本當に経験のない食材にも抵抗がないのね。お気に召したようでよかったわ。食家とは聞いていたけれど、どうしても好き嫌いや質もありますからね。この地の食事がけれられないとなると社にも影響がでます」
「つまり母上はアビゲイルの社のために茶會でのサーモン・ジャーキーまで用意したとでも?」
「え、茶會ってステラ、君も參加してた晝の茶會かい?そんなことを?」
「……アビゲイル様はお気に召したようでした、わ」
「味しかったです」
「そ、そうかい……?それはよかったけれど」
ステラ様がちょっと肩を震わせたのは、ステラ様はサーモン・ジャーキー苦手なのでしょうか。それともお好きなのでしょうか。お皿なかったですしわかりません。でもおすましの顔です。お上手。
ところでテーブルの真ん中にでんと大盛になってるエビは大きい分、殻もそうです。みなさんそれは大丈夫なのでしょうか。旦那様は歯がお強いので大丈夫なはずです。私も大丈夫だと思いま――っまさかと思いますが、お城のお花のようにあれは飾りなのでしょうか……そんな……。
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