旦那様のお仕事場に來ています。蔓の飾りがついた鋳門扉の橫にある詰所に向けて、者さんが聲をかけました。馬車の中から見てたら、衛兵さん？がこっちをちらっと見て、ちょっとのけぞりました。振り向いてみたけど、隣にはタバサしかいません。

「この馬車はノエル子爵家の紋章付きですから、ちゃんとこのまま通れますよ」

だからちゃんとお座りくださいませ、ってタバサが言うので座りなおすと、私の前髪をささっと整えてくれました。向かいの椅子においてあるバスケットを膝に抱えたら、タバサはそれをまた向かいの椅子に戻してしまいます。

「降りた後もタバサがお持ちしますからね。奧様は従僕(フットマン)の手を借りてお降りになってください。危のうございますので」

「ひとりでおりれます」

「飛び降りてはいけません。お行儀悪いですからね」

お行儀悪いですか。じゃあ、やったらダメです。きちんと頷いたら、タバサも頷き返してくれました。大丈夫です。

エントランス前に橫づけた馬車から、従僕(フットマン)さんがさっと用意してくれた小階段を使い、手を借りて降ります。振り返ってタバサに手を出したのですが、タバサはくっと一瞬俯いてから、にっこり笑って大丈夫でございますよと、従僕(フットマン)さんの手をとりました。降りてから私の手を包んでとんとんってして、バスケットを持ち直します。タバサのこのとんとん好き。

旦那様がお勤めしているこの軍施設は指令本部がある基地だそうです。旦那様は武功をあげて子爵になったくらいお強いですからね。人間は偉いからと言って強いとは限らないみたいなのですけど、旦那様はお強いから偉くなったってイーサンも言ってました。

建は大きくてどーんとしてますけど、あんまりでこぼこがなくて四角を積み上げただけな形です。正面り口であろうここの扉は見上げるほど高いです。奧様お口ってタバサが囁きました。いけません。お行儀悪かった。

旦那様が普段著ているのとは違いますが、かっちりした軍服を著た方が案してくださるそうで、そのあとをタバサとついていきます。今日は旦那様にお晝ごはんとおやつの差しれにきたのです。もう一度バスケットに手をばしてみましたけど、タバサはおすましですいっと私の後ろについてしまいました。

◆◆◆

アビゲイルとは政略結婚ではある。けれど俺自には益らしい益のない話でもあった。

出世爭いにも派閥係爭にも興味はなく、騎士のように王室へ忠誠を捧げているわけでもない。さりとて強固な縦社會である軍組織において、俺の能力を買い後ろ盾となってくれている將軍の地固めになるのだと勧められれば斷る由もなく。そもそも貴族にけも悪くて俺自苦手でもあったから、貴族の一員としての政略結婚はいずれするだろうという諦めとともにけれている程度のものだった。

それは將軍もわかっていてくれていたからこそ、婚姻後の挨拶をそれとなく延ばし延ばしにしていたことに何も言わなかったのだと思う。実際はアビゲイルが當初あまりにも調を崩しやすく、何を言い出すか読めなかったせいなのだが。

「――ロングハーストの墮落のほどが聞こえてきた。知らなかったとはいえ、いや、知らなかったことこそ申し訳がないな。常に職務へし続けてくれたジェラルド君に報うものではなかった……」

沈痛な面持ちで俺の執務室まで來た將軍が告げた容に、一瞬頭がついていかなかった。

壁際で控えているロドニーの【だから話通しとくようにって言ったじゃないですかー】な視線が痛い。

あれか。ナディア(あ)・ロングハースト(れ)がドリューウェットで領主裁判をけて、すでに処刑執行待ちなことは報告があがってるはずだ。ロングハースト家自も領の経営は破綻寸前で、領主であるロングハースト伯爵は結局行方が知れない。結婚は將軍が直接俺に命じたわけでもないが、その取り巻きだかなんだかが勧めたことだ。そんな家と縁づかせた原因だとなれば、こうしてやってくるのももっともかもしれない。

「君がむなら、婚姻そのものの取り消しも計らおうと「やめてください」」

なるほどなぁなどとのんびり思ってる場合ではなかった。慌てて將軍の提案を遮れば、いやしかしだなと普段は人當たりの良い和な顔をしかめ苦々しく返された。好々爺な風を持つこの恩師を、何も知らない輩は侮ったりするけれど、それすら逆手にとる仁なのだ。滅多なことで強手段をとる方ではないが、だからこそ余計に本気で手をだされるなどたまったものではない。

「まずはご心配をおかけしていたこと、お詫びします。婚姻後の挨拶には本來とっくに伺っていなくてはならないところを、事があるとはいえ先延ばしにしていた自分の落ち度です」

「というと、結婚に不満は今もないということか？……あのロングハースト領は今回のことがあってざっと調べただけだが、かなり厄介な縁だぞ」

「當初は流されるままにけれた縁であったのはその通りなのですが、得難い縁であったと自分の実家であるドリューウェット家でも認識しています。つないでくださった將軍には謝にたえません」

「……そうなのか？いや、確かに夜會で君が別人のように細君をでていたという噂は聞いていたが」

「で……っ、あ、ま、まあそうですね……」

いやいいんだ。それは狙ってやったことだからいいんだそれはやめろロドニー視界の端で震えるな。

「細君に甲斐甲斐しく給仕のように世話をして」

「……」

「仏頂面の影もなく顔を緩めて」

「…………」

「男の視線をじようものならどぎつい威嚇をふりまいて」

「………………」

「一時たりとも手放せないとばかりに熱烈に寄り添ったダンスは周囲が赤面するほどだったと」

「いやちょっとそれ盛りすぎてませんか」

上司に真顔で行を羅列されると厳しいんだが！ほんと震えるのやめろロドニー！

「……おおまかにいって事実か」

「……ま、まあ、おおまかにいうなら」

妙な汗が出始めた時、薄く開けた扉越しに廊下から伝言をけたロドニーが一歩踏み出した。

「閣下、歓談中恐れります！丁度ノエル子爵夫人が訪ねてきたと報告がありまして！」

今か！今なのか！？ロドニーなんだそのいい笑顔！お前知ってたな！？