「……君は正気(アホ)なのか？」

フィルの目が據わっていた。料理でを使用したことを咎めているのだ。

「だって！　料理ははじめてだったんです。私、とても不用で手をかすよりのほうがずっと正確なんです。の鍛錬にもなって一石二鳥かなって」

セレストも、そんなの使い方をしている者はいないとわかっていたが、ほかに方法がなかったのだ。だから必死に言い訳をする。

「今はいいが、俺が一緒のときは包丁を使う練習をしような？　……もし君の予想どおり、君がスピカの主人になったとしたら、ときには星神力を溫存しておかなければならない場合もあるから」

「はい」

彼の言うことはもっともだ。家事や料理で星神力を使うと、いざというときに本気で戦えない。星獣使いになって、國のために働くようになったら無駄にを使ってはを滅ぼす。真面目で優しい人だからこその忠告だった。

「だが、心した。星神力の高さも度もセレストは一流だ」

そう言って、フィルは今日もセレストの頭をでてくれた。また子供扱いだ。

小さくカットしてあるチキンはすぐに焼き上がる。グラスやカトラリー、パンを用意して夕食がはじまった。

「……うまいな。包丁を使ったことがない者が作った料理とは思えない。正確にカットされた野菜のおかげで舌りがいいし、塩加減も完璧だ」

を使った料理は意外にも好評だった。

野菜のかたちを揃えると、食がよくなりおいしくじられるから、あの試行錯誤は無駄ではなかったのだ。

「私、もっと々なことを頑張りたいです。早くフィル様のお役に立てるようにお料理とかお掃除とか、それからももっと學んで誰にも負けないようにしたいんです」

セレストは自分で思っていたよりも不用な人間だったらしい。けれど、それなりに真面目だから勝手なアレンジをしなかったことが功を奏した。

「だから！　……あんまり気負うなと何度も言っているんだが」

フィルは半分怒って、半分笑っていた。

食事が終わると二人で食を片づけた。セレストはこの屋敷に來てからフィルとキッチンで話をする機會が多いことに気がついた。

スポンジを使って皿を綺麗にするのがフィルの仕事で、セレストは水気を布巾で拭き取るのが仕事だ。

破滅を回避するまでの仮初めであったとしても、家族と過ごす時間というのがセレストには新鮮だった。

「食事のあとは、しばらく休息を取るのが日課だ。セレストもやるか？」

食の片付けが終わると、そんな提案があった。

「それなら紅茶を用意してきます」

「いや、そうじゃない。……獣をもふもふすることで一日の疲れを癒やすんだ。レグルスとスーどっちがいい？　特別に選ばせてやろう」

セレストはてっきり食後のティータイムだと思ったのだが、違うようだ。

一瞬だけフィルの左目にが宿り、視線の先にレグルスが現れた。

「じゃ、……スーとは晝間いっぱい一緒にいたので、レグルスでお願いします」

「そうだな。俺も晝休みにレグルスの繕いをしたからちょうどいい」

フィルはソファに橫たわる。するとスーが彼の上に飛び乗っての上で伏せの姿勢を取った。

「はぁ……。癒やされる」

うっとりとしたため息をついてから、フィルはスーをではじめた。

（こういうこと、毎日していたんですね……フィル様……）

訓練や遠征の休憩中に、木などでフィルや星獣たちと過ごした経験が何度かあった。

あのおぞましい事件が起こる直前、フィルとは星獣たちが喜びそうな場所へ一緒に行く約束もしていた。

星獣たちとのんびり過ごすのは星獣使いにとっては當然のことだが、日課にするまでの深いを注いでいるのはフィルだけかもしれない。

セレストの星獣スピカはハリネズミなのででにくい。安全な場所であればセレストにはお腹をみせてくれるし、そこにれるとだらんとくつろいで心地よさそうにしていたのだが。

「レグルス……よろしくね？」

レグルスはセレストが近づくと絨毯の上にごろんと橫になり腹を見せた。大型のライオンだが、とても賢い子だし、一度目の世界で慣れている。セレストはためらわず彼の顎の下に手をばした。

「グルル……」

レグルスは目を細め、うっとりとしている。もっとでろとでも言いたげに顎をりつけてくるのが可らしい。

「本當に君は星獣に好かれているんだな。……いいか、セレスト。レグルスは頼られるのが好きなんだ。枕にしてもいいぞ」

勧められたらそうしなければいけない雰囲気だった。

セレストははしたないかもしれないと気にしながらも絨毯の上に膝をついて、レグルスに寄り添った。

星獣は星神力を糧に生きる存在だ。セレストからもレグルスからも微量の星神力がれ出ていて、互いのまとう力をじるのが心地よい。

こんなふうにレグルスを枕にして晝寢をした経験は一度目の世界でもあった。そのときは當然スピカも一緒だった。スピカはお腹のあたりをフィルにでてもらっていて、ご機嫌だった。

（スピカ……）

幸せをじるほど、セレストはスピカに會いたくなった。

レグルスの態度から推測して、星獣もセレストと同じように一度目の世界の記憶を持ったままという可能があった。

出會った頃のスピカにまた會えるのか。

もし一度目の世界の影響をけていて、死の直前の正気を失ったままの狀態だったらどうしようか。それでもスピカは、再びセレストを選んでくれるのか。

スピカを恐ろしいとは思わないが、會いたいのに、會うのが怖いとは思っていた。

はっきりしているのは、現時點ではセレストもミュリエルも星獣使いにはなっていないということだけだ。

レグルスの尾がセレストのに當たる。

トントン、と子供を寢かしつけるときの作だ。

「レグルス……優しいね……」

セレストの力は十歳だった。たくさんけるのに、橫になるとすぐに眠くなってしまう。今日は久々に本気でを使って疲れていたのだ。

星獣の気配と尾によるトントンの心地よさには抗えなかった。

（ちょっとだけ……。きっとフィル様が起こしてくれるわ……）

まだ浴をしていないし、著替えもしていない。けれどセレストは、ほんのしだけ目を閉じて、このぬくもりをじていたかった。

「ワンッ！　ワンッ！」

耳元でスーの鳴き聲がした。すぐに頬のあたりに吐息をじ、妙なこそばゆさで夢が終わった。セレストはらかいベッドの上でじろぎをした。

「……あぁ、起こしてくれたんだ……ありがとう、スー」

パンとソーセージの香りがした。窓の外では小鳥のさえずりも聞こえる。今朝は昨日よりもさらに気溫が低いようだ。布の中があまりに心地よいものだから、セレストは二度寢の邪魔をするスーを捕まえて、布の中に引きずり込んだ。

「もふもふ……らかいよ、スー。……って、朝!?」

急に覚醒して、セレストは飛び起きた。昨晩、夕食のあとレグルスを枕にしてうたた寢をしたところまでは覚えていた。

きっとそのまま眠ってしまったのだ。

（フィル様が運んでくれたの？）

力が十歳でも心は十八歳である。

あまりの恥ずかしさにセレストはもだえた。けれど落ち込んではいられない。二日連続で、朝食を作るという仕事ができずにいるからだ。

今日もまた急いで著替えをして、髪を簡単に結ってからキッチンへ向かった。

「おはようございます！　フィル様」

「ああ、おはようセレスト」

ソーセージを皿に盛りつけていたフィルは、一瞬だけセレストのほうを見て挨拶をしてくれた。

「またしても寢坊をしてしまい、申し訳ありませんでした」

「いや、寢る子は育つというから。ギリギリまで眠っていてもよかったくらいだ」

セレストは調理臺周辺を見て、まだ終わっていない作業を探す。

カトラリーやカップが出ていなかったから、それらを戸棚から取り出し、ダイニングへ運んだ。

「明日こそ、明日こそ絶対に……！」

けれど決意は虛しく、セレストはその後も三日に一度は香ばしいパンの香りで目を覚ますのだった。