《【書籍化コミカライズ】死に戻り令嬢の仮初め結婚~二度目の人生は生真面目將軍と星獣もふもふ~》5-7
セレストのはが昂った涙であり、フィルのは単なる生理現象。同じように瞳からこぼれ落ちても意味が異なる。
「俺のことはいい。……君も」
フィルはすぐにセレストのほうへ向き直った。それからハンカチで、セレストの涙を拭ってくれた。
けれどセレストのはずっと高ぶったまま、いくら拭っても意味がないくらい水滴がこぼれてしまう。
フィルが困った顔をするから、早くどうにかしなければならないのに。
「よかったな。スピカが來てくれて」
「はい……」
「思ったより小さいが、それについては神や専門家の見解を聞いたほうがいい」
スピカの本來の大きさは、星學を學んでいれば知っているはず。星獣が手乗りハリネズミになってしまった理由について、なんと説明すればいいのかセレストは迷った。
以前、フィルに語った未來視では、こんな現象が起きるとは當然言わなかった。
時間が逆行した原因を、セレスト自が深く考えていなかったのだ。
神様がくれた機會――どこかでそんなふうに考えていたのかもしれない。
「フィル様……あのっ!」
未來視について、セレストの予想を彼に話すべきかもしれない。セレストはそう考えて口を開きかけたが、急に外が騒がしくなった。
「鐘の音で集まってきたか」
「そうみたいですね」
「ピッ!」
星の間の鐘は新たな星獣使いの誕生を皆に知らせるものだ。きっと外には神や、城勤めの者、たまたま訪れていた貴族たちが集まっているに違いない。
一度目の儀式のときは、外に出た瞬間、まず飛び込んできたのが引きつった顔の伯父の姿だった。
セレストは伯父を見て、すぐに歓迎されていないことを悟ったのだ。
二度目の今回は――。
「ちょっと抱き上げるぞ」
外から扉が開かれ、一筋のが差し込む。それと同時にフィルがスピカごとセレストを抱き上げた。
「ど、どうして!?」
あまりの事態に驚いて自然と涙が止まった。
「趣味(ロリコン)認定はこの際仕方がない。……それよりも、離縁の話が出ないように仲のよさを見せつけておく必要がある」
「離え、ん……?」
聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。フィルは先日、セレストが有能だと知られたら、ゴールディング侯爵家がなんらかの権利を主張する可能を気にしていた。
これはその対策の一環なのだろうか。
「シッ! ……ほら、自分を誇れ、笑っていろ」
扉が開くとフィルが長い足で颯爽と歩き出す。予想どおり、星の間の前には多くの者が集まっている。フィルとセレスト、そして小さなハリネズミが外に出ると、彼らはざわめきだした。
「エインズワース將軍? ならばあのは……彼の夫人か?」
「あり得ない! 一つの家が複數の星獣を従えるなど」
「なぜ星獣があのような大きさに? もっと大きいはずだろう」
そのほとんどが予想していた言葉だった。
新たな星獣使いの誕生を祝福するよりも、他家が星獣を所有することへのやっかみ、それからスピカに対する戸いが多い。
神たちもあたふたとして小さな星獣を凝視した。
「これは……どういうことでしょうか?」
「こちらが聞きたいくらいだ」
フィルは平然とした態度を貫く。
セレストはこうなった原因に心當たりがあるが、時間の逆行などという現象を素直に教えることはできない。
話すとしたら、絶対に信頼できるフィルにだけだ。それでもまだ覚悟すらできていない。
未來視が起こるかどうか確定していないのに対し、時間の逆行というのは起きたことをなかったことにするものだ。似ているようでいて重みが違う。
今回スピカと再會したことにより、時間が逆行したという自分の覚が間違っていなかったとセレストは再認識した。
二度目の世界で誰かの未來を変えたら、その相手に責任が生じる。
たとえば、ドウェインやヴェネッサ――いい方向に変えられるのならばまだいい。けれど、これから対立するであろう人やその人と親しい人はどうだろうか。
「ピピッ!」
不安が伝わったのか、スピカが潤んだ瞳でセレストを見つめていた。
(私は、私の思うままに……生きていいのかしら?)
未來を変えたいと思って、セレストはフィルに會いに行った。けれど、あの頃は自分を守るのに一杯で誰かの人生を変えてしまう責任についてわかっていなかった。
皆が幸せになるならばそれでいいが、そんな奇跡はない。セレストとは幸せを共有できない者は必ずいる。覚悟ができているか、いつできるのか、それはセレストにもわからない。
だとしても立ち止まることはできず、自分と、自分の周囲にいる優しい人々の幸福を願うことは決してやめられない。
「ありがとうスピカ」
大丈夫だと示すために、笑ってみせる。
スピカはセレストの手のひらに乗ったまま、鼻先をある方向へと向けた。そこには改造軍服のドウェインと、斜め後ろで控えるヴェネッサがいた。
「やあ! フィル、それからセレちゃんも」
ドウェインはゆっくりと近づいてきて、ミモザを実化させた。
「佐。このような場では態度を改めてください。エインズワース將軍閣下、でしょう?」
軍服を著ている以上、今日は軍人として振る舞えとヴェネッサは指摘している。
軍部ではフィルは將軍でドウェインは佐。けれど、貴族としてのドウェインは名門公爵家の子息だから、時と場合によってどちらが上か変わってしまう。
不の関係はきっと「悪友」で、だからこそどんなときもくだけた態度なのかもしれない。
「まあまあ、お祝いの場で堅いことはなしにしましょう。それよりセレちゃん、その子はスピカなのよね?」
「ええ、そうですね……。小さいですけれど」
ミモザはさっそくスピカのそばに寄ってきて、結果的に彼までセレストの上に乗るかたちとなった。
「ピッピッ!」
「……」
「ピッ!」
なにを話しているかはよくわからないけれど、二の星獣はどうやら再會を喜び合っているようである。
「ミモザは大歓迎みたいね。々気になることはあるけれど、あとでゆっくり調べましょう。……それではセレスト・エインズワース様。星獣使いとして、私とミモザは、あなたとスピカを認め、歓迎するわ」
星獣使いにして、指折りの名家出のドウェインが認めた。
集まっていた者たちはそれ以上の不満など口にできるはずはない。ヴェネッサが拍手をはじめたのに釣られて、一人、二人と手を叩く者が現れる。それはやがて押し寄せるような大きな喝采になった。
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