《【書籍化】雑草聖の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】》ルナティック・シンドローム 02

「厄介だな。かなり強力な防系の魔を持ってやがる」

ナイフが弾かれたのを見てゲイルは吐き捨てた。

剣を合わせるルカとジェラルドを見る限り、ルカの方が圧倒的に優勢だが、ジェラルドの後ろにいるトリンガム侯爵は羽筆(クイル)を手に何かの魔の準備を始めている。

「マイア、魔力の狀態は?」

「問題ないです。今は月が満ちていますし昨夜はしっかりと休んだので」

寢不足気味ではあるが特に調に支障が出る程ではない。

ゲイルはマイアの返事を聞くと、左手の人差し指と中指にはめていた指を引き抜きマイアに手渡してきた。

「石が丸い方には魔、四角い方には理攻撃を防ぐ式を仕込んである。俺はあいつに対処するから防はマイアに任せていいか?」

「っ、はい!」

役割を與えられたというのが嬉しい。マイアは指け取ると早速指にはめた。かなり大きめだったので、親指に魔を、中指に理防の指を付けたが、それでも油斷すると抜け落ちそうで怖かったので、マイアは手をギュッと握り込んだ。

ゲイルが羽筆(クイル)を取り出したのを見たからか、トリンガム侯爵は標的をルカからこちらへと変えた。

「そうだ、こっちに撃ってこい」

ゲイルは魔式を書きながら呟いた。

トリンガム侯爵の注意がこちらに向けば、ルカはジェラルドだけに集中できる。剣の技量はルカの方が上回っているのだ。一対一になれば勝敗は自ずと明らかになる。

マイアは左手親指の魔の指れて魔力を流し、自分とゲイルの周囲に防壁を展開させた。

その時である。ルカが大きく踏み込み、ジェラルドの右肩にエストックを突き立てた。

ジェラルドは苦悶の表を浮かべ長剣を取り落とす。

乾いた金屬音が聞こえるのと、トリンガム侯爵の手元から再び電撃がマイアに向かって放たれたのは同時だった。

――來る。

マイアは構えた。

しかし、電撃はこちらに屆く直前で突如軌道を変え、ルカに向かっていく。

「ルカ!」

「馬鹿! まだ気を抜くな!」

電撃がルカを直撃したのに驚き、マイアは壁を展開するための魔力を魔に供給する手を止めてしまった。

次の剎那――。

「うっ……!」

ぐっとマイアの首が締まった。

逃走防止の為にはめられた首の魔が作したらしい。

電撃は囮だったのだ。

「マイア!」

マイアはその場に崩れ落ちたのを見てゲイルがんだ。

「マイア殿、あなたは逃げられないよ。その魔がある限りあなたは我々のものだ」

トリンガム侯爵の言葉にゲイルが「くそっ」と悪態をつくのが聞こえた。そして書きかけの魔式を放棄するとこちらに駆け寄り、マイアの首れようと手をばしてくる。

「ぐっ!」「いっ……!」

とゲイルの手の間に魔力の反発が発生し火花が散った。マイアの首筋にもその衝撃が伝わり、あまりの痛みに悲鳴を上げる。

痛い。苦しい。息ができない。

元を抑え、涙目になりながらマイアはトリンガム侯爵を睨み付けた。

その手前には電撃の直撃を食らったのか、しゃがみ込むルカと倒れ伏したジェラルドの姿があった。

二人のからは煙が上がっている。自分の息子に當たるのもお構いなしに攻撃魔を放つなんて無茶苦茶だ。

「……ざけんな」

地の底を這うような低い聲が聞こえた。発したのはルカだ。生きていた。マイアはほっと安堵した。

そのから魔力が目視できる黃金のとなって、ゆらゆらと立ちのぼるのが見えた。

ルカが立ち上がった。その橫顔がちらりと見える。

瞳のが変化していた。エメラルドのような純粋な緑から、郭が金を帯びた魔力保持者である事をあらわす瞳へと。

「お前……魔力保持者……?」

トリンガム侯爵が揺している。そのおか、首の締め付けが緩んだ。

マイアは酸素を求め、はあはあと息をついた。

戒めが緩んだ事に気付いたのか、トリンガム侯爵は慌てて右手に握り込んだ何かに魔力を流した。どうやらそこに首と繋がる制裝置があるようで、再び首が締まる。

「よくも聖を!」

怒鳴りながらルカはエストックを手にトリンガム侯爵に飛びかかった。

強化魔の賜だろう。床を蹴ったかと思ったら次の瞬間にはトリンガム侯爵の目の前に到達し、そのに剣を突き立てる。

しかし――。

その刃が侯爵に到達することはなく、魔式が浮かび上がったかと思うと、乾いた金屬音を立ててエストックの剣が折れた。

「馬鹿が。お前ごときにこの障壁が破れるものか!」

トリンガム侯爵は嘲るように発言した。しかしルカはそれを無視して折れたエストックで更なる攻撃を加える。

「何を無駄な事を……」

一撃、二撃、合間にナイフを。

の壁に阻まれ、剣が更にひしゃげて折れても構わずルカは侯爵に攻撃を加え続けた。

まるで剣の打ち込み用の木偶人形を相手にしているみたいだ。

緑金の目だけを獣のように爛々と輝かせ、無表のまま攻撃し続けるルカの姿に明らかに侯爵は怯んでいる。その証拠に再びマイアを苦しめる首の戒めが緩んだ。

ケホケホと咳き込み、息を整えるマイアの地面に付いた左手にゲイルがれた。

ゲイルのきに気付いた侯爵が首の制裝置に魔力を流そうとする。

しかし、マイアにとっては幸いな事に、ゲイルのきの方が早かった。

ゲイルの手がマイアの左手親指の指れた。すると魔を防ぐ防壁がマイアのを取り囲むように展開する。

トリンガム侯爵は舌打ちすると、マイアの首を作させるのを諦めたのか、右手の首の制裝置を羽筆(クイル)に持ち替え何かの魔式を書き始めた。

「ルカ、退避しろ! 魔が來る! 態勢を立て直せ!」

ゲイルの忠告は耳にらないようだ。ルカは剣が使いにならなくなった剣を投げ捨てると、素手で侯爵を守る防壁に毆り掛かった。

「ダメだ。たぶん満月の影響で理が飛んでる」

ゲイルの発言がどういう事なのか今一つ理解できなかったが、今のルカの様子がおかしいのは確かだった。

侯爵が魔を使おうとしているのも、拳が傷付いてを吹き出しているのもお構い無しだ。ひたすら防壁を毆り続けるルカの姿からは、どこか狂気めいたものがじられた。

無言、そして無表だから余計怖い。あれは本當にルカなのだろうか。

先程電撃をけた影響か、所々焼け焦げた服の破れた隙間から、ルカの素が覗いている。

その素に刻まれた魔式の刺青が金に発していた。

ピシッ……。

ルカが拳を繰り出すと同時に何かがひび割れるような音が聞こえた。

「なっ……」

驚きの聲は誰が上げたものだろうか。

トリンガム侯爵を守る防壁の魔式が揺らぐのが見えた。

「馬鹿な。古代(アーティファクト)の結界なのに……」

古代(アーティファクト)――それは、古代の失伝魔(ロストミスティック)によって造られた極めて強力な魔をさす言葉だ。

トリンガム侯爵家は歴史ある名門貴族だから、そういう代を所持していてもおかしくはない。

再びルカが重の乗った拳の一撃を防壁に繰り出した。

キーーン……。

耳障りな高い音が辺りに響き渡り、トリンガム侯爵を守る壁の魔式が消失する。

「ひっ……」

トリンガム侯爵は、書きかけの魔式の構築を放棄すると怯えた悲鳴を上げた。

ルカはその襟首を摑むと、ぞんざいに持ち上げる。

「お前は普通には殺さない」

ようやくルカが言葉を発した。

「殺すな! 面倒な事になる!」

拳を振り上げたルカを制止するためゲイルが飛びかかった。

「邪魔すんな」

そんな発言とともにルカはゲイルを振り払った。その仕草だけでゲイルは後方に吹き飛ばされる。

見るからに不健康でガリガリだが、男なのに。

ゲイルを振り解くだけでなく、いとも簡単に跳ね飛ばしたルカの膂力にゾッとした。

フェルン樹海を抜ける時、一撃で蜻蛉型魔蟲を仕留めたルカの姿を思い出す。

何の備えもなく敵の接近を許した魔師は無力である。ただでさえ的には普通の人間に劣るのだ。ルカが渾の力で毆ったら、それだけで命を奪いかねない。

「マイア、ルカに治癒の魔力を……たぶんそれで落ち著く……」

腹部を抑えながらゲイルが苦しげにこちらに向かって告げた。

簡単に言ってくれる。でもやるしかない。だってルカの手があんな人間ので汚れるところは見たくない。

マイアは自分の服に魔力を流しながらルカに駆け寄った。

に著けている服は幸い魔布だ。だからもし理を失ったルカに攻撃されても耐えられるはず。

ああ、間に合わない。

ルカがトリンガム侯爵の顔を毆り飛ばした。それだけで侯爵のは勢いよく床に叩きつけられる。

それだけではルカは止まらない。侯爵に近寄ると、再び襟首を摑み上げて拳を振り上げた。

「ルカ、駄目!」

マイアは背後からルカのにしがみつくと、思い切りそのに自分の魔力を流した。

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