《【書籍化】雑草聖の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】》ルナティック・シンドローム 03
お久しぶりです。
前話の終盤と新月癥候群を修正しています。
修正點は活報告にて
聖の魔力は特別だ。一般的な魔力保持者の魔力は他人のに流すと耐え難い苦痛をもたらし人を傷付ける力となるが、聖の魔力は違う。ぬるま湯に浸かるような安らぎと共にの損傷を癒す力となる。
元のルカに戻って。そして、雷撃に撃たれた傷が治りますように。
願いながら魔力を流す。すると、ルカの張していた筋が、ふっと弛緩するのをじた。
「マイア……?」
ルカが振り向いた。獣みたいだった緑金の瞳が戸うように揺れている。
ああ、いつものルカだ。
本能的にそう思ったのでマイアはルカのに回した腕を緩めてを離した。
「俺は……」
ルカは手で頭を押さえ、困の表で辺りを見回す。
「正気に戻ったか。満月期の潛になったから嫌な予はしてた」
背後から聞こえたのはゲイルの聲だった。腹部に手を當て、顔を盛大にしかめながらよろよろとこちらに向かって來ている。
「おじさま! 今すぐ治療を……」
マイアが駆け寄ろうとすると手で制された。
「俺は後でいい。先にそっちの子供たちを診てやってくれ」
ゲイルが指さしたのは、祭壇で倒れたままかない子供たちだ。
怪我人という意味ではトリンガム侯爵やジェラルドもいるが、最優先すべきなのは確かに子供たちだろう。マイアは祭壇へと向かった。
祭壇の傍には、ネリーを含めて三人の子供が倒れていたが、ネリー以外の二人は既に事切れていた。
許せない。改めてトリンガム侯爵やジェラルドへの怒りが湧き上がる。
だけど傷に浸るのは後だ。まずはやるべき事をやらなければ。
マイアは意識を失い、青白い顔で橫たわるネリーを抱き起こすと、そのに魔力を流した。
奪われたが補われるよう祈りを込める。
「お前なぁ、さっきのは痛かったんだからな、恨むぞ」
「ごめん。でもゲイルも俺に魔を……」
「お前を止める為だろうが」
「……おっしゃる通りです」
ルカをお説教するゲイルの聲が聞こえてきた。ルカは平謝りしている。
そんな外野の聲をよそに、魔力を流し続けると、ネリーの顔に赤みが差し始め、固く閉ざされていた目蓋が持ち上がった。
「おねえ、さま……?」
「良かった、ネリー。気分は?」
「良いとは言えませんが……私たち、助かったんでしょうか」
まだぼんやりとした様子でつぶやくネリーにマイアは頷いた。
「聖の力を使って下さったんですね、ありがとうございます」
「ううん、ネリーが回復して良かった……」
マイアに向かってネリーは力なく微笑むと、再びすうっと眠りにった。
しかし今度は先程までと違い健全な眠りだ。顔は悪くないし、規則正しい呼吸をしている。
「その子はマイアが聖だって知ってるのか」
至近距離から聲が聞こえたので驚いて顔を上げると、いつの間にやらゲイルが傍にいた。
「一緒に攫われたので……」
「他にも知ってる人間はいるのか? 何人いる?」
冷たい視線を向けられて背筋が冷えた。
「トリンガム侯爵たち以外はネリーだけです。ネリーは首都にいた時に擔當していた患者のお孫さんなので……他にも一緒に攫われた人はいましたが聖ではなく魔師だと思っているはずです」
「聖ということはバレていないにしても、マイアが貴種(ステルラ)である事を知っている人間はいる訳だ」
難しい顔をするゲイルに不安が煽られる。
「ネリーたちをどうするつもりなの……?」
「暗示の魔をかけて記憶を誤魔化す。なくとも國境を超えるまではマイアの事をこの國の人間に知られる訳にはいかない」
「神作系の魔をかけるつもり……?」
暗示、催眠、魅力といった人の心に影響を及ぼす神作系の魔は、時に人の心を壊してしまう。
「神作系とは言っても健康狀態に影響が出ないよう軽めのものに留めるつもりだ。二、三日程度持てばいい」
ゲイルはそう言うものの一抹の不安が殘った。だけどこの國を出國するためには仕方がないと自分に言い聞かせる。
「ルカ、そっちの様子はどうだ?」
ゲイルはルカに尋ねた。ルカの傍にはトリンガム侯爵とジェラルドが仲良く橫たわっている。どうやら二人の様子を見ていたようだ。
「若い方は気絶してるだけだ。侯爵は一応生きてるけど危ないかもしれない」
「……マイア、悪いが侯爵を治療してもらってもいいか? 聞きたい事があるんだ」
「わかったわ」
ゲイルの依頼にマイアは頷くと侯爵の所へと移した。ゲイルも後ろからついてくる。
侯爵の顔は、見るも無慘な狀態になっていた。
ルカに毆り飛ばされた左半分がひどくひしゃげていて、なまじ整った顔をしているものだから酷さが際立っていた。
ゲイルの魔力弾によって拳は逸れたはずなのにこの有様である。ルカの力にマイアはゾッとした。
口の中を確認してみると奧歯が何本も折れており、顎の骨も恐らく砕けている。
顎の骨はともかく、歯は臓や眼球と同じで聖の治癒能力では治せない。全力で治療したとしても顔は元の通りにはならないだろう。しかし、この男にされた事を考えると同する気持ちにはなれなかった。
「喋れる狀態まで治せそうか?」
ゲイルに尋ねられ、マイアは侯爵の左頬に手を翳すと軽く魔力を流してみた。
魔力が通る。大丈夫だ。まだ手遅れじゃない。
「治せます」
マイアの答えを聞いたゲイルは、羽筆(クイル)を取り出すと、何らかの魔式を書き始めた。
「尋問用の魔だ。マイアは気にせず治療を」
ルカに促され、マイアはゲイルに気を取られて止めた魔力を再び流し始めた。
◆ ◆ ◆
トリンガム侯爵家當主、オード・トリンガムは、意識を取り戻すなり左頬の激痛に見舞われた。
記憶を探り、得の知れない謎の侵者に毆り飛ばされた事を思い出す。
二人組の魔師だった。奴らは一何者なのだろう。オードはこの國では數が限られる魔師だ。國の名の知れた魔師はほぼ顔見知りと言っていい。そのオードの記憶にない連中という事は、異國の魔師の可能が高い。
そこで思い浮かんだのは隣國のアストラだ。
魔陣に手を出した當初は贄の品質を求め、アストラの人間を狙った事を思い出す。
かの國は何故か魔力保持者が生まれやすい。月からの魔素が溜まりやすい土壌なのではないかと言うのが魔研究者の間で囁かれている通説で、確かにアストラの人間は、貧民窟にたむろする浮浪児であってもの質が良かった。
足が付いたのはきっと最近手広くやりすぎたせいだ。
ティアラがむからその願いを葉えたくて表に出す事にしたが、まさか他者を癒すためにこれまでの倍以上のが必要になるとは思わなかった。
しかしオードにティアラの願いを葉えないという選択肢はなかった。可い娘だ。誰よりも何よりも大切な。
あの男は一何なのだ。魔師とは思えない剣の腕に拳の力。毆られた顔の左側は灼熱の焼きごてを押し付けられたみたいに痛い。しかし、酷い痛みをじるが、同時に何か暖かく心地良いものも左頬から流れ込んでくる。
――きっとマイア・モーランドの治癒魔だ。
オードは確信した。聖の治療は何度かけた事があるからわかる。
まるでぬるま湯のように溫かく、心地良いこの覚は聖の魔力の特徴だ。
それは、魔によって人工的に作られたまがいの聖であるティアラには得られなかったものだ。
ティアラの治癒をけた時にじる不快は、一般的な魔力保持者の魔力を人に流した時にじる覚と同様のものだ。
殺すな、と魔師の片割れが言っていた。だからこれはそのための処置なのだろう。お優しい事だ。
さすがに羽筆(クイル)は取り上げられているだろうが、オードは魔をあちこちに隠し持っている。それをうまく使ってどうにかこの場を出しなければ。
「マイア、もういい。そいつ、もう起きてる」
若い男の発言にオードはギクリとした。
溫かな魔力が送られてこなくなり、怒りが募る。
余計な事を言うから聖の魔力が止まったではないか。まだ頬はズキズキと痛むのに。
「ルカ、目をこじ開けてくれ」
「わかった」
不吉な言葉が聞こえ、髪のが鷲摑みにされたかと思ったら、目元に手がかかり、無理矢理目を開かされた。
「よう、侯爵閣下。こうして顔を合わせるのは初めてだな」
視界にってきたのは、顔の悪い貧相な中年の男の顔だった。
その金を帯びた淡い水の瞳を見た途端、濃な魔力がオードを包み込む。
目を通して、自分の中に他人の魔力がり込んできた。筆舌し難い不快に加え、『自分』が侵食される覚に、まずいと思うものの目の前の男の瞳から目が離せない。
神作系の魔だとすぐに悟った。
調が萬全なら自分の魔力で抵抗ができるのに、負傷したせいでそれもままならない。
(クソ、やめろ、ってくるな!)
抗おうとする意志の力は目からり込んでくる魔力に絡め取られる。
――嫌だ。
この國の侯爵家に生まれ、この國では數ない魔力保持者として、誰よりも高い地位に君臨してきたのに。
この國でオードが膝を付かねばならない相手は王族だけだ。
屈辱だった。しかし、そんな思考すら侵食してきた魔力によってねじ伏せられる。
《答えろ》
目の前の魔師の男の意志が流れ込んできた。
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言えない。言うものか。あれはティアラの為に必要な、も……の……。
――それがオードの最後の思考だった。
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